『ある密かな恋』 Story「2」
昼過ぎ。いつもなら昼食を取っている時間だ。でも今日のきらめき高校は、明日が卒業式ということで全学年、ホームルームと卒業式の予行が終わると放課になっていた。
大抵の三年生は、気の合う仲間達と最後の高校生活を学校内ではなく街中で過ごそうと、そそくさと学校を後にしていた。在校生の中で部活動に所属する生徒は、すでに昼食を済ませ部活に励み、その他の生徒の多くは、間近に迫った期末テストに備えて、教科書でいっぱいになった重いカバンを抱えて帰っていった。
沙希は、サッカー部のグラウンドが見渡せる、芝生の生えた土手に一人座って、そこからサッカー部の練習を眺めていた。
ほんの二ヶ月前までは自分が居た場所なのに、今はこうやって遠くから眺めているだけの自分を思うと、沙希は不思議な気分になっていた。そしてすぐそれが寂しさだということに気づいた。
沙希の高校三年間はクラブを中心に動いていた。部員みんなで目指した国立競技場。沙希はマネージャーとしてであったが、それでも、誰よりも強い気持ちで国立競技場を見つめていた。
国立競技場に行くために、実際にプレイし苦しい思いをするのはフィールドに立つ選手達だ。自分はそれをただ応援するだけ。それが他力本願だという事を沙希は自分でもわかっていた。だから、少しでも選手達の力になろうと、周りから見れば過剰とも思える程、一生懸命にマネージャーの仕事をした。選手達の喜びも苦しみも、自分がマネージャーとしてがんばった分だけでも分けてもらおうとしていた。
結局、サッカー部は国立競技場には行けなかったが、そんな三年間はとにかく楽しくて一生懸命になれた。そして、自分が一生懸命になっていると感じるのが好きだった。その三年間が明日終わろうとしている。もしかしたら二度とこんな気持ちになれないかもしれない。そう思うと無性に寂しくなるのだ。
でも、もし彼と一緒になれたらこの先もそんな、一生懸命な自分でいられるような気がする……。沙希は今そう思っていた。
「せんぱーい! 虹野せんぱーい!」
グラウンドの方から、みのりが沙希の方に向かって走ってきた。
沙希はそれに気づくと、立ちあがって近づいてくるみのりを迎えた。
みのりは、グラウンドを横断しさらに土手の斜面と、全速力で走ってきたせいで息が大きく弾んでいたが、構わずに沙希に話しかけた。
「はぁはぁはぁ……、せ、んぱい、こんな……とこ、ろで、何を、やってるんですか? はぁはぁ……」
「みのりちゃん大丈夫? ふふふ、そんなに息切らして。サッカー部のマネージャー失格よ。ふふふ……」
「はぁはぁ、いいんです。私が試合に出るわけじゃないんですから」
少しずつ呼吸が整っていくみのりの顔には笑みが浮かんでいた。部活を引退して、放課後すぐ帰るようになった沙希と話すのは久しぶりなのだ。
「そんな事より、先輩、こんなところで何やってるんですか?」
「ちょっとサッカー部の練習を見てたのよ。みのりちゃんがちゃーんとやってるかなーって」
「あ、先輩ひどいですよぉ! 私はちゃんとやってます。先輩が引退した時だって、みのりちゃんがいるから安心して引退できるわ、って言ってたじゃないですか」
「ふふふ、そうだったね。大丈夫よ、今でもそう思ってるから。がんばってね、みのりちゃん」
沙希はそう言ってみのりに微笑んだ。その時、沙希は無意識にみのりに感情移入していた。今、マネージャーでいられるみのりがやっぱりうらやましかった。
「でも、先輩。練習を見るならこんな遠くからじゃなくて、こっち来てくれればいいのに。きっとみんな、虹野先輩が来た!って一生懸命になっちゃいますよ」
「私はもう引退したんだからこっちでいいの。それに、この後ちょっと用事があるの。それまでの間だから」
「せっかく久しぶりに虹野先輩とたくさんおしゃべりできると思ったのにぃ〜。あ、でも、用事ってなんですか?」
「え、うん。ちょっと、ね……」
その時の沙希のふとした表情にみのりは見覚えがあった。大切な物を見るようなそれでいてどこか寂しそうな表情。みのりは、沙希がこの顔になる時がどんな時かも知っていた。
「先輩……。明日、告白するんですか?」
「え!? ……うん……」
沙希はいきなり核心を突かれて一瞬驚いてから、それでも小さくうなずいた。
隠そうとはしなかった。自分が誰を好きなのか、みのりが知っているのをわかっていたからだ。
「今日ね、この後彼の教室に行って、彼の机に手紙を入れるつもりなの……あは、多分、振られちゃうんだけどね」
そうおどけて見せても、沙希の顔は不安でいっぱいだった。その姿にみのりは思わず声を上げた。
「先輩! 自信を持ってください! 絶対大丈夫です! 先輩に告白されて断るような男の人なんていませんから! 絶対絶対大丈夫ですっ!」
「……ありがとう、みのりちゃん。うん、おかげで自信出てきた」
沙希はやさしく微笑んだ。
「あ、でも、もし振られたら、私が先輩を一人占めできるからそれでもいいかなぁ〜なんて」
「あぁ、こら、みのりちゃん」
「冗談ですよぉ〜」
そう言って二人は笑った。
続く
Story「1」
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