『ある密かな恋』 Story「1」

 ふと、時計に目をやると、いつのまにか日付は変わっている。
「どうしよう、まだ少しも書けてないよ……」
 今日手紙を書いて、明日の放課後、彼の机に入れよう。そして、卒業式の日に伝説の樹の下で、彼に告白する……。
 その決意とは裏腹に、目の前の便箋は白紙のまま、"明日の放課後"は"今日の放課後"に変わってしまった。
 頭の中で書くことを整理して、「うん、書くぞ」と自分に言い聞かせる。でも、いざとなると手が止まってしまう。

 ……だって、きっとこの想いは届かないから……。

 彼とは3年間クラス違うし、彼は野球部、私はサッカー部のマネージャー。それに、彼は同じ野球部のマネージャーの藤崎さんと幼なじみで、二人凄く仲良くて、藤崎さんはとっても綺麗でやさしくて頭が良くって、学園のアイドル。私が勝てることって言ったら……多分、料理くらいは……あ、どうなんだろう。なんでもできる藤崎さんだもの。もしかしたら料理の腕だって負けてるかもしれない。なにより多分、彼は藤崎さんのこと……。
 思い浮かぶのは背を向けたくなる様な事ばかり。「がんばればなんとかなる」って、いつものように胸を張って言えない。
「で、でも!」
 次から次へと出てくる不安要素を振り払おうと、思わず声が出る。
 上手くいく可能性が低いことくらい前からわかってた。きっと、振られることより告白しないでいることの方がずっと辛いはず。この恋がダメならなおさら告白しなきゃ次に進めない。
 自分を後押しするために思いついた理由はなんだか弱気なことばかり。でも、それでも告白したいと思う程好きなんだと思うと、少し嬉しくなってる。ここまで誰かを好きになったのは初めてだった。
 自分で自分を勇気づけて、励まして、またペンを持つ手にギュッと力を入れる。「さぁ、今度こそ書くぞ」と自分に言い聞かせたのに、紙にペン先が触れるとやっぱり手が止まってしまう。こんなことを何度も繰り返している。
「はぁ……」
 想いの堂々巡りに疲れて、大きなため息をつくと同時に机の上にへたり込む。
「やっぱり未緒ちゃんなら、こういうのスラスラ書けちゃうのかなぁ……」


 ピピピピッ!ピピピピッ!ピピピピッ!
 朝。いつものどおりの時間。いつもどおりの目覚し時計の音。いつもと違うのは、目を覚ました場所がベッドではなく机の上だったこと。
「あ、そうか。私、あのまま眠っちゃったんだ……」
 目を覚ますと、自然とあくびがひとつ出て、それにつられるように「うーん」と大きく伸びをする。
 くしゅん!
「やだ、風邪引いちゃったかなぁ」
 まだ息も白い二月の終わり。朝も冷え込むし、身体に何もかけずに寝るには寒い季節だ。でも、風邪を引くわけにはいかない。少なくとも、明日が終わるまでは。
「あ、そうだ。手紙……」
 未だ白紙の手紙。心に決めた締め切りは今日。書くなら今しか無い。でも、学校に行く準備もしなければいけないから時間もかけられない。
 人間切羽詰ってくると、できなかった事もスンナリできてしまうものである。一晩苦労して書けなかった手紙もあっさり書けてしまう。

   卒業式の後、伝説の樹で待っています。

 結局、それだけの短い手紙。名前は書かない。自分だってわかったら来てくれないかもしれないから。そんな人じゃない事はわかっていても、やっぱり不安になる。
「時間無いし、これでいいよね……」
 封をした手紙を鞄にしまうといつもより重く感じる。ちょっとだけ"荷物"が多いから。
「沙希、起きてるの? もう朝ご飯出来てるわよ」
「はーい、今行くー!」
 階段の下からの母親の声に答える。
 そして部屋を出ようとドアノブに手をかけたところで「何かが足りない」と振りかえった。
「あ、そうだ」
 机の上の日めくりカレンダー。めくるのを忘れていた。それだけ。たいしたことではないけれど、しないと落ちつかない日課。
 今日は「2月28日」。
 そして明日が運命の日……。

続く

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