『夢、翔ばたくときを信じて……』 Story「2」
きらめき高校サッカーグラウンド。
ワアァァァーーッ!!
フィールドを転がる1つのボールの動きに合わせて、歓声と悲鳴にも似た叫び声が上がる。5月の日差しに照らされたフィールドでは、白熱した攻防が続いている。沙希が気にしていたグラウンドは、少し湿ってはいるが、砂が舞わない分、サッカーをやるにはまずますのコンディションだろう。
試合は、もう後半も終わりに近づいていた。
きらめき高校×末賀高校
1−2
きらめき高校の選手の顔には疲れ以上に、焦りの表情が浮かんでいた。
「みんな、がんばってーっ! あきらめちゃダメよっ!」
「きらめき高校ファイトー!」
フィールドへ向かって、ベンチから沙希とみのりが力いっぱい応援している。
末賀高校は地区の強豪校。この学校に勝つことが国立競技場への第1歩になる。練習試合とはいえ負けられない。ここで勝つことが本番での自信につながるのだ。
「ファイトー! ほらみんな声を出して、こーえー!!」
フィールドへ向けられる沙希の応援の先に、"彼"の姿は、なかった。
"彼"は、沙希から、みのりと他の控えの選手4人を挟んだベンチの1番端に座って、フィールドに向かって檄を飛ばしている。"彼"の拳は強く握られていて、足には沙希がプレゼントした真新しいサッカーシューズが、ベンチで妙に浮き上がっている。その姿を見ると、沙希は胸が締めつけられたような想いだった。
誰よりも、なによりも、彼を応援したい……。
それが、沙希の正直な気持ちだった。でも、今はそんな個人的なことをしている場合ではない。沙希はサッカー部のマネージャーなのだ。それに、"彼"にかける言葉も見つからない。だから、今はマネージャーとして、一生懸命試合を応援するしかない。
試合より彼の事が気になるなんて、私、マネージャー失格だな……。
得点は変わらず1−2のまま、時間は刻々と過ぎていく。選手の表情は、よりあきらめの表情を色濃くしていった。末賀高校のゴールを脅かすシーンも何度かあったが、守りを固めた末賀高校の前に、どうしても1点が取れない。
ピピィィッ!
フィールドに審判の笛の音が響く。
試合終了……にはまだ早い。末賀高校の陣地内の真ん中あたりで、きら高の選手が1人倒れている。末賀高校ディフェンダーの反則があったのだ。
「沢渡君!?」
みのりが思わず立ち上がる。
倒れているのは1年のフォワード、沢渡だ。地面にうずくまって、右足を両手で抑えている。その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
「みのりちゃん! 急いで救急箱を!」
「あ、はい!」
なかなか立ち上がれない沢渡を見た審判が時計を止めると、沙希とみのりは沢渡の元に駆け出した。
ここまできら高を引っ張ってきたのは、紛れもなく1年の沢渡だった。その分、敵ディフェンダーのマークも厳しく、当たりも激しいものになっていた。ましてや1月前までは沢渡は中学生だったのだ。いくら中学で全国レベルのプレイヤーだったとはいえ、高校での初めての試合をフルタイムでプレイしてきた沢渡の体力は限界に近かった。そのため、激しい当たりに耐え切れなかったのだ。
フィールドでは、沙希とみのりが懸命に応急処置をしているが、それでも沢渡は立ち上がることができないでいた。
「担架だ担架! 誰か担架持ってきてくれー!」
いつまでも試合を止めているわけにはいかない。怪我がひどい場合、応急処置はフィールドの外でしなければならないのだ。審判にうながされたきら高の選手の1人がベンチへ向かって叫んだ。
沢渡がフィールドの外に運び出されると、すぐに試合が再開された。
沢渡の周りを沙希とみのり、そしてコーチが囲む。
「監督、オレ、大丈夫ですから。最後までやれますから」
「ちょ、沢渡君! 立てもしないのになに言ってるのよ!」
みのりが無謀な沢渡に声を荒げた。
「気持ちわかるけど、この足じゃ無理よ。こんなに腫れてるし……」
沙希も沢渡を諭す。それに続いてコーチが口を開いた。
「お前は十分がんばった。今日は練習試合だからな。これ以上お前が無理することはない。もう代わりはたててあるから、お前は休んでいろ。」
ピィィッ!
コーチの声に合わせたようにボールがサイドラインを割り、同時に、きら高の選手が1人、沙希の横を通ってフィールドの中へ入っていった。
「あ……」
フィールドに背を向けて手当てをしていた沙希が振り返ると、21人の中へ16番の文字が溶け込んでいくのが見えた。
彼が出てる……。
「はい先輩、湿布。……虹野先輩?」
沢渡の治療のために地面に膝をついていた沙希は、フィールドを走る"彼"の姿を確認すると、ゆっくりとその場で立ち上がった。そして、じーっとフィールドの方をみつめたままになってしまった。
あ、そこよ! いけ! やった、1人抜いた! あぁ、惜しい!
沙希の頭の中は、"彼"の動きを眼で追いかけ、その変化に一喜一憂することでいっぱいになっていた。当然、みのりの声は沙希の頭の中には届いてはいない。
激しい攻防の中、ついに審判が時計を気にしはじめた! それは試合終了が近いことを意味する。ロスタイムは多くても1分そこそこ。逆転のために残された時間はわずかである。
「くっそぉ! だめかぁ!」
きら高ベンチに座る控えの1人が、ついにその一言を吐き出してしまう。そして、その言葉をきっかけに、ベンチの空気はまるでオセロのコマをひっくり返したようにあきらめの色に染まってしまった。それに対して、末賀高校の選手の顔には勝利を確信した表情が浮かんでいる。その時、
「あ……パスが……」
沙希の呟くような一言で、きら高ベンチにいる全員がハッとフィールドに目を移した。
中盤から前線へ出た1本の縦パス。しかし強豪末賀高校のディフェンダーが相手では通らない……はずのパスが通る。勝利を確信したことが生んだ油断。練習試合という状況が生んだ油断。キープレイヤー沢渡が交代したことが生んだ油断。
ディフェンダーの間をボールが抜ける。そして、ディフェンスの裏に走り込む背番号16番。パスを受け取る。ゴール前、キーパーと1対1! 最後のチャンスだ!!
「お願いっ!!」
沙希が叫んだ。
キーパーが"彼"の足元のボールに飛びつくよりも早く、"彼"はその右足を振り抜く!
ボールはキーパーの上を越え、ゴールの左隅へ一直線に向かっていく。
そして……。
続く
Story「1」
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