ウズベック・クロアチア・ケララ紀行―社会主義の三つの顔  
                    岩波書店 (1959/8/31)
 (岩波新書 青版)  加藤 周一 (著)

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1960年頃の社会主義を加藤さんはどう見たか,  2015/3/5

私が、今や古めかしいといえそうなこの本を読もうとしたのは、直接的には、最近のテレビ番組でケララの農業事情を見た時に、加藤さんがケララのことを書いておられたな、と思いだしたからなのですが、同時に、その時代に加藤さんという方が、それらの国の社会主義をどのように見ていたかを、改めて今の時点で確かめてみたいと思ったからでした。

1950年代から60年代にかけて、社会主義は将来の希望を託す可能性をもってかなりの人々のこころの中に存在していました。しかし、現実の社会主義国はいくつかの小さくない問題を抱えていました。そんな時代、加藤さんは、いくつかの困難、それは外貨持ち出し制限や航空路の不備などでしたが、そんななかでも加藤さんはこれらの国を旅する機会を得ました。アジア・アフリカ作家会議の仕事のためでした。

これらの国または地域は、当時、社会主義の政権のもとにあり、低開発国として発展途上にあると同時にいろいろな違いも多く、加藤さんは、そうしたところに鋭く視線を向けます。

共産党政権の出来方は、これら三ヵ国(州)には違いがありました。ウズベック共和国は、1917年のロシア革命により社会主義国になって、この時点で40年の歴史がありました。クロアチアは、ユーゴスラビアの一員として、第2次大戦下の対ナチスの抵抗を通じ社会主義国となり15年を経ていました。ケララ州が選挙による共産政権を世界で最初に実現したのが2年前のことでした。

加藤さんは、それらの地域を、実際に目で見て、現地の人々や作家会議関係者などとの会話を通して、経済発展の実態、衛生と教育を中心とした人々の生活、そして伝統的文化が社会主義のなかでどう扱われているか、などにつき統計データや見聞した事実を前にして考えます。

それらの結果は、大変ユニークなのですが、加藤さんの文明観が発揮されて興味深いのです。ごくごく一部のみ、思いつくままに挙げてみます。

まず、共通することとして、西欧の社会主義で関心の的となる平等や冨の分配と違って、これらの地域では、まず、生産の絶対量を増やすことが最大の関心事です。

ウズベックでは、それを社会主義によってスピーディに実現してきたところが見られます。教育や衛生についての向上・改善も著しいものがあります。コルホーズなどで経済運営がうまくいっているという発言は多いのだけれど、何か問題がないか、の問いかけには杓子定規にないという返事が返るところには、加藤さんは言外に疑問を漂わせています。イスラム教徒は、全人口の10%程ですが、奨励されることはないにしろ、迫害されることも見聞きしません。教育では、何よりも子どもたちが希望を持って学んでいると見えます。衛生状態の改善は、主要急性伝染病(感染症)は、ほとんど克服され、結核などの慢性伝染病に対策の的が当てられていることが見えます。「非スターリン化」について、加藤さんは、日本の敗戦時における天皇の人間宣言と同じところと違うところをみながら考察しますが、しっかりと根付いているようにはみえません。

クロアチアでは、経済運営を国営とするのではなく労働者協議会に委ねるという独自路線に注目します。実態としては、協議会によるものと国営によるものが併存しており、協議会の内部には、高等教育を受けた階層による官僚主義が発生している問題点を加藤さんは見ております。文化などにも、戦前のものをふくめヨーロッパの影響が色濃いことも見られます。

インドのケララ州では、まずケララまでの道が極めて不便で、行くところ毎に先が見えず、いつ着くか分からないと嘆いています。そんな旅程の途次、果てしないほどの貧困を目にします。インドで英語が通ずるというのは知識人など一部の層においてであって、その割合は1%に満たないところに注目します。アジャンタの彫刻の限りないエロティシズムの魅力を見るのですが、インドの中産階級はこれら自国の芸術よりも西洋に目が行っていると見えます。ケララに着いて、加藤さんが、選挙で共産政権が出来たことに注目するのは勿論ですが、それが、高等教育がインド国内でもっとも普及した州として実現したところに注目しています。

以上は、私なりに思いつくまま、加藤さんが3ヵ国を回りながら見聞きし考えたことの特徴を書いてきただけでして、実際には、加藤さんらしいユニークな視点、考察の仕方が随所に見られますので、原本はもっともっと魅力的です。これからの社会主義を含め、わが国の、あるいは世界のこれからを考える時、加藤さんがこの本で示された視点、観点は学び取り活用する価値があるように感じました。

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