パリの手記〈2〉城そして象徴  辻 邦生(著) 河出書房新社 (1973)

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文学に向け思索は加速されて,  
2013/9/20

1958年5月6日から12月31日まで。この夏、7月下旬にはクレルモン・フェランに滞在し、その近郊を巡るだけでなく、ポアチエの18世紀の館における夏季講座に出席し、オルレアン、ブールジュなども回ります。ひきつづき、8月前半、仲間とニースに滞在し、後半は、イタリアに旅行し、ピザ、ローマ、フィレンツェ、ラヴェンナ、ヴェネツィアなどを回ります。旅のひとこまひとこまを印象に刻印された姿で、多くは単語の羅列のように記録するやりかたは、この後の巻にも引き継がれます。たまにスケッチも入ります。

ここに至って文学探究が本格的に動きだした感を強くします。思索が進まない日々もありますが、いくつかの成果は「小説への序章」から「言葉の小箱」にまで引き継がれます。

曰く、日本の近代文学は、「いかに生くべきか」しか書かれていない。恋愛、性欲描写にしても、それが人生全体の一部分にすぎないのを忘れて、それが人生であるかのように書く。そのような小説の中から「時の流れ」を---本当に良く生きてきたなアというこころからの感慨を---感じ取ることはまず不可能に近い。

8月10日のニースでは:
最小限の言葉で、ある物、状況から、分かり易く現れてくるようにする。・・・すじも、考えの一つの要素であり、形を与えるものであり、それは「詩」に達するための土台である。・・・・等々、やや長い考察により 「言葉を書く」という行為を追求します。

グラバール先生という、無邪気さとおそるべき博学と鋭い考察のひらめきを備えた老碩学との対話から多くのことを考た上で、僕は「時間」という耕地を耕すひとりの農夫であるべきだ。それに従い、それを自由と見た人にだけ、この「孤独」は実りをもつ世界へと高まりうる、と記しています。

この巻の最後の日、12月31日には、やや長い手記を残しているのですが、そこには、10行余りにわたる抜き書きらしき文章で「もしお前が文字の一つ一つを、楽音の一つ一つのように愛することができなかったら/もしお前が・・・/そしてもしお前がそこに死ぬことを願えなかったなら・・・・・・/お前は文学者となるな」と記されます。

また、同じ日に、何の変哲もない廊下、そこに未見の、新しい本質の姿を見たものだけが、はじめて、それを「存在」たらしめようとして文字を細心に使うことができる、として、トーマス・マンがブッデンブロークの客間を「存在」せしめるところをあげ、その考察を記しています。

これらは、それらのほんの断片に過ぎませんが、迷ったり止まったりしながら、文学修行を続ける軌跡を本巻からは覗うことができます。勿論、パリでの生活も活写されます。そして、「城」その他でお目にかかることとなるような情景が描かれもしています。

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