モンマルトル日記  辻 邦生(著) 集英社 (1979/04)

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二度目のパリ滞在における思索の結晶,  
2011/11/11

辻邦生は、パリに三度、長期滞在している。最初は、1957年9月から1961年3月までの約3年半。その時の思索の記録が「パリの手記」全5巻である。そして、二度目が1968年10月から69年8月までの1年弱。二度目のパリにおける思索の記録が本書である。ちなみに、三度目(1980年6月〜1981年10月)は、「パリの時」と副題を付された三巻にまとめられている。

辻邦生は、書く人である。書きつつ考え、考えつつ書くのであろう。そのような書き通しの生活を、植物のカキドオシに重ねておもしろがるところが、あるエッセイで紹介されているが、この一年弱で2000枚にのぼるノートを書いた、と本書のまえがきに記している。長編連載の他に一日に6〜7枚を書いているのである。本書は、そのうち、約450枚を抜粋したものだという。

本書を書いたパリにおいて、辻邦生は、『嵯峨野明月記』から『背教者ユリアヌス』への移りゆきの時期を経験していた。特に、「いかに対象(もの)を映像(イマージュ)に転じるか」および「詩の源泉としての『生』の肯定感を、いかに自分の中に自覚的に捉えるか」という二つの課題に全身をもって取り組んでいた。本書において、「作品創造の根源としての詩的高揚をひたすら追いつづけてい」たとのこと(「夏の光 満ちて」あとがき)。まさにその姿が、日々の行動と思索を記した本書にうかがえるのである。

詩や小説を書く人なら、この本を通読し、さらに時に応じ本書をひもとく中から、辻邦生のそれら課題との格闘を追体験し、自身の書く力を得ることが出来るのではないか、また、辻作品の読者にとっても、それらをより深く理解する上でのヒントを得ることが出来るのではないか。


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