ハッピーバースデー 青木 和雄 吉富 多美(著) 金の星社 (2005/4/18)
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個人の心の持ちようだけでは解決しないのでは・・・? 2007/11/3
知人の女性に、「とっても良い、泣ける。人に尽くすってことの大事さなんかを教えられる」と紹介されたので読んでみました。結論としては、あまり良くできた本とは思えませんでした。
出版社の紹介文によれば:
「実の母親に愛してもらえず、誕生日さえ忘れられてしまった11歳の少女・あすかは、声を失ってしまう。しかし、優しい祖父母の元で自然の営みに触れ、『いのち』の意味を学ぶ。生まれかわったあすかがどんな行動を起こすのか。そして、母親の愛は戻って来るのか…リアルな展開に、5頁に一度は、涙が噴き出る物語。」となっています。
ひとりひとりのいのちよりもお金や仕事が大切にされ、責任や立場などに必要以上にナイーブにならざるを得ない世の中で、この本に書かれている諸々の言葉の訴えるところは大事なところを突いています。だから、多くの方が、身につまされ、思いあたり、涙を禁じ得ないのだろうと思います。そのような場面、そのような言葉、そのような連想がこの本にはあふれています。
しかし、このような世の中の実際は、自分や周りの人が気づかなかったところに気がつき、自分の生き方を反省し、家族や友人や仲間の信頼を発見することで解決していくのかどうか。このような世の中で問題が再生産され続けることこそを問題と気付き、それをなくすことをも同時に一生懸命考え、やらないといけないのではないか。社会的構造にまで目を向け、それとの関係の上で、この本の内容を位置づけないと片手落ちと思うのです。個人の心の持ちようだけでは解決しないのではないでしょうか。
それに、この本の宣伝コピーには「リアルな展開」と紹介されています。が、本当にリアルでしょうか。現象や場面描写はある程度理解できるのですが、いろんなところで、えっ、どういうこと、なぜ、と思って読み返してみてもよく分からないところも多いのです。描かれている問題が大きいわりにページ数はあまり多くない、つまり、その問題を描ききれていないのではないでしょうか。問題の本質まで掘り下げるためにはこの本の4,5倍のページ数がいる、あるいは逆に、問題を網羅的に扱うのではなくどれかに絞って掘り下げることが必要なのではないでしょうか。
これらは、無い物ねだりではなく、この本の登場人物のように苦しみ、それに向き合おうとしている人達が、本当に生きて良かったと思えるような世の中を実現するために書き手も読み手も、特に大人はそこまで掘り下げることが不可欠と思うのです。
なお、旭爪あかね著「稲の旋律」(本サイトの「図書館」の「自然と人間」に簡単なレビューを書きました)は、同様な問題を扱って、社会的背景についても読者の目を向けさせ、これら創作上の問題点もうまくクリアしていますので、多くのかたにおすすめしたいです。