茜色の空 文藝春秋 (2010/03) 辻井 喬(著)
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「アーウー」の裏に, 2010/5/19
「アーウー」「鈍牛」などで形容されることの多い大平正芳の、辻井喬による伝記である。辻井の筆によると、そのように云われる大平は、その実、哲学ないし理念をしっかりと持ち、それに裏付けられた政策を実行しようとした政治家だった。それは、学問を重用し、時には学者の意見もよく聞き、現実をも直視したという大平の性向による、というところが描かれている。吉田茂、池田勇人、佐藤栄作と続いた保守本流の、対米依存、平和優先、経済成長を旨とする主流を形成した首相だった、と読み進めながら思い至る。自民党総裁に立候補するにあたって掲げ、総理として実行を目指した「総合安全保障戦略」「田園都市の建設」「家庭基盤の充実」という基本政策や21世紀まで見越した構想にそれらは凝集されている。さらに、辻井による文章の故か、大平に豊かな感性をさえ感ずることもできる。
近年の歴代首相には、国民の広範な支持を得られるような根拠のある理念と政策が見られなくなっているが、それが、社会経済の混迷に適応できない政治、ということが根本にあるとはいえ、日本の歴史にとって良いことではない。保守であれ、革新であれ、あるいは改革派であったとしても、しっかりした哲学、理念をもって、国をリードする政治家が待たれていることは確かなことであろう。そのことを、ひとりの保守政治家の生涯をたどりながら考えさせられる伝記であった。