#21 さらばシャラク星 vr04a
before
「くっ……」
「見て、カニパン。コアがあんなに小さくなってる。あの火が消えてしまったら、シャラク星は二度と元には戻せなくなるのよ」
 コアの火は、さっきの状態からは推測もつかないほど衰弱していた。
「……」
「それに、早くしないとミルクさんが……。お願い! あたしの回路を使って。あたしどうなっても構わない!」
「……出来るはずないだろ、そんなこと!」
 時間が経てば経つほど、不利になっていくこと……、シャラク星は死に近付き、ミルクの容体も手遅れに近付くことは明らかだった。
 それでも、カニパンに決断することは出来なかった。
「カニパン」
 アンがさらに強く決断を促す。
「ダメだ。危険すぎる。確かに、アンの回路を使えば、一時的にコアを安定させることは出来るさ。でも、それには、アン、キミの回路とコアとを直結しなきゃならない。コアの制御が他の回路に移せるようになったとしても、アンの意識が今のまま別の体に再インストール出
来る可能性は低すぎる……」  コア自信の膨大なプログラムと莫大なデータ量に直接接触したアンの意識を再インストールしたとき、アンが今のアンである保証はどこにもなかった。
 仲良し回路は再生されたとき、以前の記憶を失う。それは平時には、新しい出会いのプログラムかもしれない。しかし、今、カニパンはそれが怖かった。
「あたし、信じてる……カニパンを……」
「アン……」
「大丈夫。あたしだって、惑星管理委員会の一員だもの。コアのことなら誰よりもよくわかってる。だから……」
 がしっ。
 カニパンはアンを強く抱き締める。
「アンがいない世界なんて、オレには何の意味も無い。アンを失うぐらいなら、こんな惑星壊れたってかまうもんか!」
「カニパン……」
「アンと、離れたくない……。ずっと、一緒に居たい…」
 ぎゅ…。
 アンの腕がカニパンの背中を抱える。
「……」
「あたし……カニパンのことが好き。いつも前向きで、失敗を恐れずに向かって行くカニパンが」
「アン……」
「あたし……変わったでしょ」
 アンが体を話して言う。
「え……」
「カニパンのおかげよ」
「……」
「仲良し回路は心のプログラム……。この心を育ててくれたのは……カニパン、あなたよ。あたしの大好きな発明家のカニパン…」
「アン……」
「大丈夫、心配しないで。ちょっとの間だけ、あたしは惑星になるの。この惑星の大地に、海に、大空に」
「……」
 カニパンから、アンの表情は見えない。
「あたしはいつでもここにいる。この惑星になって、ずっとカニパンを見守っている」
「……」
 くるっ。アンが振り返る。
「くすっ、次の体は、もうちょっと、胸を大きくしてね」
 にっこりと笑顔を見せるアン。
 それが、不安を隠すためだとわからないほど、カニパンは子供ではなくなっていた。
 カニパンを育てたのも、また、アンだった。
「アン……」
 ほろん。アンの頬を涙が伝わる。
「カニパンっ!」
 がばっ。
 たまらず、カニパンの胸に飛び込む。
 微かに震える、アンの体……。不安なのはアンも同じなのだ。
「アン……」
 長い、初めてのキス。
 それは二人の決心の証だろうか……。

 ビジュアルメモリとキッドを媒介にコアに回線を接続する。
 カチャカチャ……。キッドのキーボードから直接プログラムを入力して行くカニパン。
 コアの火は消える寸前……。すでに、コアの、本体表面が姿を表しつつあった。
「オレのプログラムはまだシミュレーションも出来ていない。ぶっつけ本番だ。失敗する可能性も高い」
「一つ、発明家は失敗を恐れてはならない」
 アンが、聞き慣れた、そして、昔、カニパンがよく使っていた一つの言葉を言った。
「あ、アン…それ…」
「お父さまの口癖だったの」
「タイシ博士の?」
「誰だって、最初は自信なんてない。だけど、自分を信じていれば、きっと道は拓ける。自分を信じて」
 アンが地表ブロックの縁に立つ。眼下に、ホントに小さくなってしまったコアが見える。
「アン……」
「あたし……カニパンのこと…信じてる……」
 ふわっ。
 そう言って、アンはコアに向かって飛び込んだ。
「アン!」
 もう、後戻りは出来ない。カニパンはプログラムの実行に全力を尽くすしかなかった。
「コマンド入力開始。コアのエネルギーコントロールプログラムを破棄。インビンシブルバリア、エネルギーアウト!」
 コアを閉じ込めていた6枚のインビンシビルバリアの一枚を解除し、アンの接触経路を作る。
 ピー、ピー、ピー……。警報と同時にDANGER表示がインカムに映る。
「くっ、コアがアンの接近を拒否してる! 大丈夫か、アン!?」
『あたしは平気。それより急いで! コアの火が消えちゃう……』
「コアシステム、解除スタート」
 コアの外部プロテクトが解かれる。
「コアシステム、アンの回路と接続スタンバイ」
 コアが新システム受入体勢を取り変形する。
「接続開始……」
 最後のENTERキー。
 これを押すとアンは文字通り、コアと一体となる。アンはアンでなくなり、シャラク星となる……。
「くっ……」
『カニパン、接続したわ。早くプログラムをスタートさせて!』
「アン……、オレは……、オレは……」
 いつもは、普通に押す一つのキー。それが今、とてつもなく、重いキーに思える…。
『カニパン!』
「ア……」
『あたし…、あなたに逢えて幸せだった…。たくさんの思い出をもらったから……』
「アン……、必ず、必ず迎えに行くから!」
 込めた想いとは、裏腹に、ENTERキーはいつもの重さだった。
『……ありがとう……カニパン……』
「アーン!」
 ……。
 あとは、待つだけだ……。
 カニパンは地表ブロックのアンの飛び込んだ地点からコアを見下ろす。
 ……。
「ダメだ……。コアに変化がない……」
 そんな……、今までの努力は無駄だったのだろうか? 犠牲になったアンは……。
 カニパンはインカムを下ろし、プログラムの状態を確認した。
 ……プログラムは全部走っている。
 何故……!?
 モニタ内容を切り替える……。
「! 処理速度が追い付いていないんだ!」
 膨大なエネルギーを制御する膨大なデータ。
 それに、アンの制御回路が、20%程度追い付いていなかった。
「そんな莫迦な!?」
 アンの仲良し回路の制御状態をモニタする。
 ……7割。7割しか、コアの制御に使われていない。残りの3割は何か他の処理が入っている様だった。
 ……?
 そう難しいことではなかった。この3割を解放すればコアの制御には事足りる。カニパンはすぐにこの3割を解放するプログラムを組んだ。
 これで……大丈夫なはず……。
 !
『仲良し回路は心のプログラム……』
 ふと、脳裏に浮かぶその言葉。
 そう、この3割は、アンのプログラム。アンの心。アン自身。アンとカニパンが二人で育てた心そのものなのだ。
 それを消す!?
「そんな……」
 絶望がカニパンを襲う。死んだ人間が生き返らないように、消えたプログラムは二度と生き返らない……。
 ……。
 カニパンは問題を先送りする様に、気を失っているミルクに横にしゃがみこんだ。
「ごめん、ミルク……」
 そう言って、血でべっとりと顔に張り付いた前髪をかきあげようとして、カニパンは思わず手を引っ込めた。
 再び触ったミルクの頬は驚くほど冷たかった。
 限界だ……。
 カニパンは再び、キッドのキーボードの前に立ちすくんだ。選択肢は無かった。
「くっ……」
「カニパン…、キッドを使うデシ…」
「キッド!」
 保護回路が働いて、動けないはずのキッドがかすれた声をだす。
「キッドの仲良し回路だって、コアを制御出来るはずデシ…」
 確かに、残りの部分をキッドの仲良し回路で制御することは可能だ。
 しかし、二つの仲良し回路が直接接触することになる……。それが何を引き起こすかは想像出来なかった。
 最悪、二つの心は消えてしまうかもしれない……。
「覚えてるデシ、キッドが目覚めたときのこと……」
「キッド……」
「始めて見たカニパンの顔、キッド今でも仲良し回路に焼き付いてるデシ」
「ああ、オレだって忘れてないさ」
「キッドはカニパンのインターフェイスロボトデシ」
「動いちゃダメだ」
「最後までカニパンの役に立ちた…い…デシ……」
 しゅうううんうん。
 目の光が点滅する。主電源系統が不安定なのだ。
「キッド」
「キッド、歩けないデシ。コアまで連れて行ってデシ……」
 しゅううん。
 キッドが自ら自律回路を落とし、外部コントロールモードに入って接続準備に入る。
 ゴゴゴ……。
 重力が一瞬不安定になる。
 コアのエネルギー縮小自体はぎりぎり止まっているようだったが、今のエネルギー状態では、シャラク星は徐々に崩壊して行くだけだった。
「キッド……」
 キッドを抱えてカニパンが走る。
「キッドーーッ!」
 カニパンはキッドをコアに投げ入れた。
 バイザーに映る画面が涙で歪む。
 ……。

 コアの復活の代償は大きかった。


「イゴール、ミルクは?」
 シュー博士たちと合流したラビオリは訊いた。答は半分分かっていたのだが。
「お嬢さまは、アンさんを追って行きました。おそらく、カニパンさまと一緒におられるのではないかと……」
「……、サンキュ、イゴール」
「ラビオリさま……」
「ま、なんにせよ、これから忙しくなるな。シャラク星復旧という、大仕事だからな」
 ラビオリは、光を取り戻した空を見上げながら言った。

「ナムルさま……」
 気を失ったナムルに掛けられる優しい声。
 ナムルの宇宙挺はコア爆発の反動でシャラク星下部の管理ブロックの端に突き刺さっていた。
 他に人影は無い……。
「ナムルさま……」
「うっ……」
 ナムルが目を覚ます。
 ガタっ。
「お、お前は!?」
 そこに居たのは、かつての秘書だった。
「お、お前、何故ここに!? 封印しといたはずだ!」
 忌まわしい記憶がナムルに蘇る。
 かつて、暴走チップを使って、ロボトを絶滅に追いやるべく画策したときの秘書。いつしか、秘書という言葉では尽くせないパートナーとなった女……。
 そして、ロボトだった女……。
 それも、にっくき仲良し回路を作ったタイシ博士の作った最終形態……。
「コアの再始動時に、封印のプログラムがリスタートしたんです」
「フッ、貴様、笑いに来たか? このオレを! この不様なオレを!」
「いいえ、ナムルさま…」
 ゆっくり首を振る。
「まだ、ロボトを憎みますか……。あたしを恨みますか……」
「だましたのは貴様だろう」
「……それは……」
「ロボトと人間は共存出来ん。絶対に!」
「……そうでしょうか?」
 ゆっくりと右手がお腹に当てられる。
「それでは、この子はどのような人生を送るのでしょう?」
「!?」
「ナムルさまっ!」
 呆気にとられたようなナムルの胸に飛び込む。
「同じ、過ちを犯さぬようにすればいいではありませんか!」
「……」
 ……。
 長い沈黙のあと、ナムルは秘書をゆっくりと抱き締めた。


 ずきん。
 頭が痛い……。体も重い……。
 何処かの天井が目に入る。
 ……?
「ミルク……!?」
 カニパン!
 !?
 ……声が……出な…い? 出せな……い?
 ここは何処? シャラク星はどうなったの!?
 体が動かない!? 思考も重い…。考えが上手くまとまらない……。
「大丈夫だよ、ミルク」
 カニパンの穏やかな表情……。
「安心して。みんな、みんな助かった。シャラク星も…」
 そ、そうなんだ……。
 ホッとしたように、ミルクは再び眠りについた…。

「ちょっと、急に入ってこないでよっ!」
「あぁ?」
「いいから出てて。あたしが『いい』って言うまで入ってこないで」
 そう怒鳴って、ミルクは見舞いに来たカニパンを再び病室の外に出した。
「ん、もう、女のコにはちゃんと準備が必要なんだから。わかってないんだから、カニパンったら…」
 例え、病人で、そこが病室であってもだ。それが好きな人ならなおさら……。
 そそくさと、髪をとく。イゴールがベッド周りとシーツを整える。パジャマはどうしようも無いけど、取り敢えず、上にカーディガンを羽織る。
 最初、ミルク本人は、何故怪我をしているのか分からなかった。ミルク自身は、アンと一緒にカニパンに再会したところまでの記憶しかなかった。大きな事故なんかでは、結構あることらしかった。
 ことの顛末も後からカニパンに聞いて知った。アンとキッドのことも……。
 結局、あの時の怪我は左肋骨骨折2本、ヒビ2本、左上腕骨骨折、全身打撲と擦過傷。あと、頭を右額から大きく切ってた処を縫って、左胸下にも、手術跡が残ってる……。
 手術跡は、どちらも再手術で消せるとはいえ、本来、こんな怪我した傷だらけの姿をカニパンに見せたくはない。
 左腕が肩から完全に固定されていて、お風呂にもちゃんと入れないし……。
 それでもカニパンの顔が見られるのは嬉しかった。
 忙しい中、カニパンがあたしだけの為に時間を割いてくれるのが……。
 いつも来るのは急だったが、二日に一回は必ず来てくれていた。
「いいわよ、カニパン」
 うい〜ん。
 ゆっくりカニパンが入ってくる。
「どう、具合は?」
「うん、もうすぐ退院出来るわ」
 全治6週間で完治にはまだ3週間ぐらい掛かるけど、ベッド生活とは取り敢えずおさらばだ。再手術はもうちょっと後になるか……。

 カニパンがシャラク星の復興に飛び回ってる話をしてくれる。
 何やら、ナッツさんとキルシュがいい感じだとか……。昔のカニパンなら気付かなかったに違いない……。
 取り留めの無い話だけど、楽しいのは何故だろう。
 カニパンがちらっと時計を見て、話を続ける。忙しい身なのだ。
 ミルクはちらっと、イゴールに目をやる。
「ワ、ワタクシは、ちょっと用事が有りますので、カニパンさま、どうぞごゆるりと」
 イゴールがそそくさと退室する。
 怪我をしてるミルクにイゴールも、結構甘いようだ…。
 二人っきりになって、ちょっと落ち着かないカニパンがミルクには、なにかおかしかった。

 最初にカニパンが見舞いに来たとき、左頬に大きなあざを作っていた。そして、あたしに怪我をさせたことを、傷を付けたことをカニパンは謝った。
 あたしは怒った。覚えてないこととはいえ、謝ってもらうために、同情してもらうためにしたわけでは、絶対にないからだ。
 ナッツさんや、ボルシチさん、他の人達が代わる代わるお見舞に来てくれる中で、あのときのあざは、どうやらラビオリが殴ったらしいことが分かった。
 あたしに、なぜ、ラビオリがカニパンを殴ったかを訊く権利はないわね……。きっと…。
 ……。
 ともかく、それ以後、カニパンはそのことは言わなくなった。ただ、以前よりずっと優しい……。それはあたしへの同情だろうか、償いだろうか……。
 その答は、今は急いで出す必要はなかった。退院して、怪我が治ってゆっくり考えよう……。
 今はゆっくり安むときだ……。


「何やってるのよ、カニパン。早くしないと始まっちゃう……」
 ナッツさんの結婚式だというのに、こんなときまで寝坊するなんて……。
「あっ! いやああぁあ!!」
「あ?」
 な、なんで、パンツ一枚で歩き回ってんのよ!
 こ、心の準備ってもんが……。
「何してんのよ、レディーの前で、失礼でしょお! 早くなんか着なさいよ!」
 そこらヘンに有るものを投げつける。
「な、なにいってんだよ。そっちが勝手に入ってきたんだろ!」
 だからって、もうちょっと、常識ってもんを考えなさいよっ!
「あいてっ」
 もちろん、危なくないように手加減はしてるつもりだけど、あ、全然大丈夫なようね。
「も〜っ、先行くからね!」
 そう言って先に行く。
 ま、起きてるなら大丈夫ね。
 ……ホントは二人っきりになるのが不安だからというのもある……。
 あれから8ヵ月。
 あたしは怪我療養ということで、オフを多く取っていた。
 ん〜、あたしなりに、あたしたちなりに、あ、愛を……ってトコまではいかなくても、親睦は深めたつもりだ。
 3ヵ月程前、リハビリも傷痕消去の手術も終わって、仕事を本格再開すると、カニパンはアンの新しい体を作り始めた。
 ……そのカニパンの表情はどこか沈んでいた。キッドの新しい体も作ろうとしない……。
 あたしが何か訊いても、カニパンは困った顔で沈黙するだけだった……。カニパンにも何か答の出ない問題があるらしかった。
 不安じゃない、と言えば、それは丸っきりウソだ。
 でも、それは、あたしの踏み込む領域じゃない、カニパン自身が解決すべき問題にも思えた。
 あたしは、仕事にかまけて、それ以上追及するのは止めた。
 ……。
 でも、それも、今日で終わりかも知れない。
 今日、再び、アンが目覚める……。

 コローン……。コローン……。
 結婚式日和……っても、気象コントロールも完全復旧したので、気分の問題なんだけど。
「おめでとー」
「おめでとーナッツさーん」
 ナッツさんとキルシュに祝福の声が飛ぶ。
 ホント、キレイ……ナッツさんのウエディングドレス姿…。
「はいっ」
 ナッツさんが、ブーケを投げる。
「いっただきっ!」
「あ、ずるい」
 ずるいも何も、もちろん、早い者勝ちである。
「あ?」
 今、まさに、ブーケを手中に納めようとしたとき、白い大きな影が目の前のブーケをかっさらって行った。
「うふっ、もらっちゃった」
 ゼ、01!?
 それは、01だった。紛れもなく。しかし……。
「01!? いや、違う、その声は…まさか!?」
「お兄さま、結婚おめでとうございます。ナッツさんも」
 響く声は、久々に聞くアンの声だった。
「アン!?」
「どういうことだ? これは」
「まさか……アンの意識が01に移植されちゃったんだ!」
 いや、確かに、01はアンの体の培養槽のすぐ横に置いてあったけど……。
「なんですって!?」
「どおしてくれんのよ!」
 コアントローとギンジョウ、ドブロックが次々にカニパンに詰め寄る。
 かしゅ、かしゅん。
「そ〜んなわけないでしょ」
 膝をついてしゃがんだ01の胸が開いてアンが軽やかに出てくる。
 …アンってこんなだっけ…?
「びっくりした? うふ♪」
 ……?……『うふ♪』!?

「って、コレはなんだよっ!」
「なにって、あたしの部屋に決まってるじゃない」
「そ〜じゃなくって、どうしてこんなトコに作るんだ!って訊いてんのっ!」
 駐車場ビル屋上のカニパン宅すぐ隣に作られた、ミルクの部屋を差して怒鳴った。
「あったり前でしょ。こんな汚い、あんたん家に住めないし、かといって、アンと二人っきりにさせるわけにもいかないんだから」
「なんでだよ!」
「あんた、胸に手を当てて考えてみなさい」
「う……」
「それとも、なにかやましいことでも有るワケ?」
「うぐ……、あるわけ無いだろっ!」
 カニパンが顔を真っ赤にしながら言う。
「カニパーン、ぼちぼち出ないと、仕事遅れちゃうわよ〜!」
 アンの声がする。
「ホラ、早く行きなさいよ。アンが待ってるわよ」
 ちょっと意地悪く言う。
「くっそ〜っ……」
 カニパンがくやしそうに走って行く…。
 ふう。
 ため息をつきながら、上を見上げると、眩しい太陽が目に入った。
 コアに取り込まれたアンとキッド。
 二つの仲良し回路が、コアを制御するために直に接触しあったとき、心と心は文字通り融合してしまった。感情を共有する、一つの意識へと。
 発明家としての人生を、インターフェイスロボトとして、親友として、そして、ただ一人の家族として一緒に暮らしてきたキッドと、初めて愛した人。
 今、外見はアンジェリカだが、中身は以前のアンジェリカとは違う。仕事の手伝いはするし、あいかわらず家事もやってる。それは家族の様に……。以前のキッドの様に……。
 カニパン自身はもうずっと覚悟はしていたようだった。それでも、未だ、今のアンに対する態度には戸惑いがある……。
 アンの方は今のトコ、完全に家族気分の様に見えるが……。
 二人っきりにしとくと、アンの方は兎も角、カニパンが何かの拍子にイってしまいかねないのが心配だった。アンの姿がアンなだけに……。そうなると、カニパンの性格だけに手遅れ度が一気に大きくなる。
 ふう……。
 まあ、今はカニパンがあたしを女と見てくれてるのが、以前と大きく違うところだ。
 それに、雰囲気もそんなに悪くないと思うし。
 50/50って言うのもヘンだけど、なんとなく勝負してる様な気がする。
 ? 誰とだろ? アン……じゃないし、カニパンと!?
 ……? ま、そうかも知れない。
 カニパンが「好き」と言ってくれるか、あたしが、また言うのか。
 くすっ。
 贅沢な悩みだ。
「さて、あたしも、仕事行かなくっちゃ!」
 ぱたん。
 ミルクは出来たての新居に着替えに入って行った。

■ 終 ■


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