#20 最後の選択 vr02
before
『冷却開始!』
 ナッツさんの声が入る。
『地表温度急速低下中。超伝導可能温度まで、あと500秒』
『よっしゃ、充電開始!』
 ラビオリの方も準備OKのようだ。
『電圧上昇中、回路良好』
 ラビオリのサブを担当しているコアントローの声が続いて入る。
「オレンジリーダー、グレープ班の放電開始と同時にハンマーを打ち出してくれたまえ」
 シュー博士の最後の指示が飛ぶ。中央コントロールから出来る最後の指示だ。
『オレンジリーダー、了解』
 センターモニターに映ったボルシチさんが答える。
「ああ、地下に高エネルギー反応! 爆発します!」
 コンソールでシャラク星をモニタしてたアンが叫ぶ。
「なにぃ!?」
 !? 揺れてる……? シャラク星が……。
『ああぁあぁああっ!』
『きゃああああぁぁっ!』
 インカムから、悲鳴が入る。
「どうなってんの!? 応答して!」
『センターブロックから炎の渦がっ!』
『コアのエネルギーが吹き出したんだ!』
『消火してくれ、作業が出来ない!』
 現場から悲鳴にも似た連絡が入る。
 こちらから、現場の被害状況はわからない。
 もともと、まわせる手はまわせるだけ現場にまわしているだけに、このコントロールから出来るコトはほとんど無い。遠隔操作で災害対策用ロボトと救急用ロボトがまわせる程度だ……。それとて、どこまで効果がかあるか……。
「メルト……ダウン」
「いかん…、早すぎる」
 重苦しい雰囲気がコントロール室を包む。
 この作戦が不可能なら、一刻も早く、全員脱出を図らねばならない……。
『ナッツさん、応答してください、ナッツさん!』
 カニパンの声が聞こえる。
 ナッツさんは……。
『……こっちは……ヘイキよ。地底のガスが、一時的に吹き出しただけみたい』
 ほっ。
 モニタも回復して、ナッツさんは一応無事のようだった。
 しかし、それと、冷却作業とは別だ。それが可能でない限り、わたしたちの負けだ……。
『大丈夫ですかナッツさん、無理しないで下さい』
『あたしにそんな口をきくなんて、十年早いわよ』
 そう言ったナッツさんからの回線が切れる。
 ナッツさんが作業に向かったようだった。

 事故後、上昇していた地表温度が再び下がり始める。
 冷却作業は無事再開したようだった。
 ふぅ。
 安堵の声が皆から漏れる。
 まだ致命的な事態には到っていない。わたしたちはまだがんばれる!
「ガス噴出の影響で、全体の作業が30%遅れています」
「コア、地上到達まで、あと680秒」
 あと10分強。それまでに決めなければわたしたちは永遠に母なる惑星を失うことになる。
「ピーチリーダーはまだか…?」
 温度の下がりが遅い。−40度付近でぴたりと下がらなくなってしまった。液体金属の超伝導化温度まで、まだ20度以上下げなくてはならない。
 シュー博士の焦りの色か濃くなった。

「地表温度、急低下!」
「なにっ!?」
 下げ止まった地表温度がまた下がり始めた。かなり急な下がり方だ……。
 ……さっきまでの作業状況を見ても尋常ではない……。
 こ、これは……。
「超伝導可能温度まで、あと300秒」
「ナッツくん……」
 シュー博士が呟いた。
 ナッツさんは立派に彼女の責任を果たしたのだ。

 ついに、超伝導可能温度に到達した。ここまで来れば、まとまった時間の必要な作業は残っていない。半分勝ったも同然だ。
 ……ラビオリが動かない。
 モニタしてる電圧は予定電圧にすでに到達している。
 どうしたと言うのだろうか?
 ラビオリに何かあった!? 不安が襲う。
「電圧上昇120%」
「どうした!? グレープリーダーは何故動かない?」
「わかりません」

「……175、180。危険領域突破!」
「早くしなさいよ。なにもったいぶってんのよアイツ」
『そうあせるなって』
 !?
 ミルクの独り言に答えるようにラビオリがモニタに映る。
『なに、ちょっとしたトラブルだ。大したこたぁないさ。超発明家のオレがついてるんだからな』
 ホッ。
 少なくとも、ラビオリが不測の事態に巻き込まれたわけではないようだった。
 ラビオリの無事な姿を確認して張り詰めた気が緩む。
「それが信用できないって言ってんのよっ!」
『フッ、その口の悪さ、相変わらずだな。でも、オレはお前のそう言う処が好きだぜ』
 そう言って、パチリとウインクしてみせる。
「……」
 こんな時にもラビオリはラビオリらしかった。
 どこまでもあたしに心配かけまいとしてくれる……。
『エネルギー充電、200%』
『ミルク、帰ったら、約束通り、キスの続きしようぜ』
 言葉そのものとは裏腹に、無事の生還を期待していないその声。
 それは、最後の挨拶に似ていた。
「ラビオリっ!」
『電流放射っ! どおおおぉぉぉ!』
 ラビオリっ!
『ボン、ボン、ボガン』
『きゃあああっ』
『うわああぁああっ』
 連続する爆発音と同時に悲鳴がコントロールルームに響きわたる。
「ラビオリっ!」
 うっ、うぅ、うくっ……。
 ラビオリ……。
 ……ラビオリがこんな無茶をしたのはあたしの所為だろうか……。
 おそらく、そうではないだろう。たとえあたしが行くなと言っても、ラビオリはやはり行ったに違いないのだから。
 でも、それでも、こんなに悲しいのは、胸が苦しいのはどうしてなのだろう……。涙があふれるのは……。
「超伝導状態、確認」
「うむ。オレンジリーダー!」
『よし。シャラク星のどてっ腹に風穴あけてやれっ!』
 ……。
 震動が伝わってくる。
 シャラク星の地表が今、動いてるのだ。
 時間はぎりぎり……。
 地表ブロックに対する内圧がみるみる下がって行く。
 コアの暴走したエネルギーは上手く解放されたのだ。鎮静したコアがトランスフォオームで開いた穴からゆっくり上ってくる。成功だ!
 あとは……。
「やったぁ」
「よし」
 コントロールルームのスタッフからそう、声が漏れ始める。
「トランスフォーム成功。メルトダウンしたコアのエネルギーが、上空へ放出されて行きます。エネルギーの減少、空気の流出ともほとんどありません」
「うむ。予定通りだ」
「カニパン、今のうちに、コアを押え込んじゃいなさい!」
 これで悲劇も終劇だ! 願いを込めてあたしは叫んだ。
『行くデシ!』
『おう!』

 刻々と作業状況がディスプレイにモニタされる。
 バリア展開端末が順にセッティングされていく。順調だ。
『バリアセッティング完了』
『コアのエネルギー再上昇まで300秒デシ!』
『よし、バリア展開っ!』
『ピー、ピー、ピー……』
 ノイズに混じって届くエラー音……。緊張が高まる。
 バリア端末がエラー表示されている。認識されていない!?
『なにっ?』
『どうした!?』
『バリアのスイッチが入らない』
『なんだって!?』
『リモートの電波が、届いていないんだ! 手動でやってみる』
『危険だ!』
『大丈夫だ。キッド!』
『はいデシッ!』
 ノイズ混じりのカニパンとキルシュのやり取りが、乾いたコントロールルームに響く。
 カニパン……。
 詳しい状況はもうここからではわからない。
 それが、どのぐらい危険なのかさえ……。

『はあっ!?』
『うわあああっ!』
 不意に、バリアのモニタ画面が途切れる。
 何か不測の事態が起こったのだ。最悪の事態を想像して体が強ばる。
「カニパンッ!」
『キルシュ!?』
 ……カニパンの声……。無事……なの?
『コアが戻ってきたおかげでパワーが使える……。早くしろ、チャンスは今しかないんだ!』
『ああ!』
 ホッ……。
「エネルギー再上昇まであと200秒」
 アンが気を取り直して言う。
 時間がない。
『ゴーン……』
 ひときわ大きな爆発音が聞こえる。
 とても安定した作業が出来る状態ではない様だった。
『うわああっわっ』
『くわあぁぁっっ!』
 カニパンの叫びが入る度に心臓が止まりそうになる……。
 ぎゅっと握った手に汗がにじむ。
『キルシュ! ……キルシュッ!』
『こっちは大丈夫だ…。それより早くバリアを!』
『コアのエネルギー再上昇まであと50秒、急ぐデシ〜!』
『タイシ博士が作り上げた、ロボトと人間が共に生きる世界…。カニパン、キミなら守り抜くことが出来るはずだ。本当の意味で、人とロボトが、心の底から愛し合える世界を……』
 キルシュの言葉が響く。
『キルシュ、キルシュ!』
『妹を…よろしく頼む……』
 キルシュの最期の言葉……。
 きゅうう……。そんなことはおかまいなしにあたしの胸は締め付けられる。
「兄さん!…」
 あたしには……、あたしは、頭ではあきらめたつもりだったのかもしれない……。でも……、でも、心と体はまだ、二人を認めるには程遠いようだった……。
 あたしは……、あたしは一体どうすればいいのだろう?
『キルシュ!』
『ガラガラガラ……』
 何かが壊れて行く音が聞こえる。
『キルシュっ!』
『あと、15秒デシッ!』
 ……。
 ……。
 ……。
 時間の進みが遅くなったような感覚にとらわれる。
 すごく……すごく静かだ……。自分の心音すら聞こえそうな……。
 !
 バリアのモニタがグリーン表示に次々に変わっていく。
 六つのバリアがオールグリーンになったところで、すぐにインビンシブルバリア展開に入る。
 バリアが次々に展開される……。間にあった!
「コアのエネルギー収束。バリア復活しました」
「やったぁあ」
「やったあ!」
「よかったあ」
 コントロールルームが大きな歓声に包まれる。
 あたしとアンは思わず手を取り合う。
 今は、ホントに、純粋に、助かったシャラク星が、生きているカニパンがうれしい。
『終わったよみんな。コアは封じ込めた。これでシャラク星は、救われる』
『カニパン!』
 キッドが叫ぶ。
『博士、博士!』
 キッドから、コアのモニタが繋がる。
「ん? ……こ、これは!? 光りが弱まっている!」
 コアが急速に小さく、暗くなっていく。
『バリアで封じ込めた途端なんだ。このままじゃ光りが消える。惑星の命が消えちゃうよ! ザザー……』
 突然、通信が途絶える。
「おおっ……」
「ああっ……?」
 再び震動がコントロールルームを襲う。今までになく大きい!
 !? 不意にバランスを崩す。
 ! 重力が不安定なのだ。
 それは惑星の命が収束に向かっていることを示していた…。
「カニパン!」
 アンがモニタに向かって叫ぶ……。
 ガズン。ぼごん。
 答を待つ間もなく、天井から吊ってあるモニタが崩れ落ちる。
「いかん、ここも危険だ! 全員退避っ!」
 わたしたちは全員、急いで逃げ出した。
 わたしたちは負けたのだ……。
 ……。それでも、まだ、わたしたちは生きることをあきらめたわけではない。
 まだ、生きるために、明日のために、全力を尽くさなければならない。
「みなさ〜ぁん、お急ぎくださぁ〜い」
 イゴールが逃げるみんなを誘導する。
 ゴゴゴゴ……
「シャラク星の命が消える……」
 不意にシュー博士が立ち止まり、暗く落ちた空を振り返る。
 こんなに暗い空を見るのは初めてだ。
 暗い、暗い太陽。コアが消えるとき、シャラク星のの太陽も消える…。
「所詮わしらのレベルでは、タイシ博士の発明を救うことは出来んのか……」
「……」
 乾いた暗い空……。
 悲しいのか、虚しいのか……。
 ……。
「あたし……行かなくちゃ……」
「え?」
 アンが突然そう言って振り返り、何処かへ行こうとする。
「アン! 何処へ行くの!?」
 ミルクは思わずアンの手を取る。
 今、一人で行動するのは自殺行為に等しい。
「呼んでるんです。惑星がわたしを」
 アンは力強くミルクの手を振り払うと同時に駆け出した。
「待ちなさいよ、アン。アーン!」
 こんな感情をあらわにしたアンは初めてだった。
 アン……。
 アンは確かに変わった。変えたのは……。
 ……。
「アーン!」
 どんどん小さくなるアンの背中……。
 アンの向かった先は、コアがバリアに閉じ込められている場所……カニパンの居る場所に違いなかった。
 あたしは……あたしはどうするべきなのだろう……あたしはどうしたいのだろう……。
「お嬢さま!」
「イゴールごめん」
 あたしは次の瞬間、アンを追い掛けて走り出していた。

 どん。
 ミルクはアンが出そうとしていたスクーターの後ろに飛び乗った。
「きゃ」
「急いで」
 アンがびっくりして振り返る。
「ミルクさん……」
「早く出して」
 ……。
 こくっとアンが小さくうなずいて、スクーターは発進した。

 ブロロロロ……。
 二人を乗せたスクーターが誰も居ない街中を進む。
 死んだ街……。シャラク星と共に命尽きた街……。
 風が強い。空気が抜けて行ってるのかも知れない……。
 塵や砂、小石まで風に舞い、風に向かって進むスクーターに正面から当る。
 おそらく、コア付近に近付くに従って、もっと強くなるだろう。
 莫迦なコトなのかも知れない。ミルクはふと思った。
 ならば、あそこで、あたしは逃げることが正しかったのだろうか……。
 正しいとして、あたしは後悔せずに生きて行くことができるのだろうか……。
 !
「きゃっ」
 強風にあおられて飛んできた、何かの大きい金属板を避けるために、アンが大きくハンドルを切ったために、スクーターは横倒しになり、アンとミルクは投げ出された。
「あつつ……」
 風に舞い上がる砂が、あちこちを擦りむいた体を打つ。
 ここから先は、スクーターは無理なようだ……。
 二人はそれでも前に進んだ。
 コアまで、そんなに離れてないはずだった。
「カニパン……、カニパン!」
「カニパーン、カニパーン」
「カニパーン、カニパーン、カニパーーン!」
「アン、アーンっ! ミルクーっ!」
 ! 暴風の轟音の中に、確かにカニパンの超えが聞こえた。
 砂煙の中からカニパンが走ってくる……。真っ直ぐ……真っ直ぐアンに向かって……。
「アンっ!」
 抱き合う二人。
 一人のあたし…。
 ……一体何しに来たのだろう……あたしは……。
「ごめん、オレ、シャラク星を守れなかった…」
「ううん、まだシャラク星は生きてる……。惑星がわたしを呼んでいるの」
「惑星が…?」
 まだ…、まだ、何か手段がある!? この惑星を救う手段が?
「コアは惑星の命…。封じ込めるだけじゃダメ。ちゃんと、根付かせてあげないといけなかったんだわ」
「どういうこと?」
「今のコアは、新しい鉢に植え替えられた、バラみたいなものだわ。不安定で、誰かが制御していないと、枯れてしまうのよ」
 コアは、バリアに閉じ込めるだけでなく、コントロールが必要だったのだ。
 シャラク星を、惑星一つを支える膨大なエネルギーを、制御無しに利用しようとするのは存外無理な話だったのかも知れない……。
「あ……、ダメだ……。制御しようにも…、地下管理ブロックはもう……」
「他に方法はないの? カニパン」
「ん……」
 考えるカニパンをアンとミルクは固唾を飲んで見守る。
 ゴウっ。
 突如風が強く唸り、高く積み重なった瓦礫がバランスを崩し、風にあおられる。
「……ロボト…………閃いた!」
「ホント!」
 どん。
 次の瞬間、ミルクはカニパンとアンを強く突き飛ばしていた。
 がん。
 頭の中に大きな音が響く。
 世界がいきなり静かになる……。静寂だ……。
 ……。
 地面に打ち付けられたはずだが、別に痛みは感じない……。それより、カニパンは…!?
 傾いた視界に起き上がるカニパンが見える。
 よかった。無事な様だ。
 不意に視界が赤く染まる。
 カニパンが駆け寄ってくる。よかった。怪我も無いようだ。
 あ……。
 カニパンが抱え上げてくれてる……。それだけのことがこんなにうれしい……。
 ……?
 カニパンが何か言ってる? カニパンの口が大きく動いてるのは見えるのだけど……。
「ミルクっ! ミルクーッ!!」
「ダメよ、カニパン! 頭を打ってるわ!」
 カニパンははっと我に返り、そっとミルクを寝かせる。
 ジャケットとシャツが赤く染まっている。そして手も……。
 カニパンはぎゅっと手を握り締めて、踵を返した。
「シャラク星をロボトに改造するんだ! 天然シリコンの地層と、その隙間を流れる液体金属を利用して、制御システムを組み上げるんだよ!」
「超伝導体を、コンピュータの基盤にするのね!」
「ああ。惑星そのものがロボトになれば、コアの制御だって、出来るはずなんだ。や、でも……」
 カニパンの顔が曇る。
「どうしたの、カニパン!?」
「無理だ……。今すぐ、惑星全体のシステムを組み上げるなんて……。せめて……コアを制御するだけの…回路があれば……」
 急速に衰えて行くコアは、どう見ても惑星全体のシステムを構築するまでもちそうになかった。
 コアを制御出来るほどの回路……。
「あたしを使って」
 アンが凛として言った。
「え……。……アン……」
「あたしの回路をコアに組み込むの。そうすればこの惑星は、お父さまの作ったシャラク星は、救われるんでしょ!」
 確かに、アンは、この惑星の管理者として作られたロボトだ。コアをコントロールするのは性能的に、能力的に十分だ。だが……。
「でも……、そんなことしたらキミ自身は…」
「お願い。あたしの回路を使って。迷ってる暇はないわ」
 アンの決意をカニパンはその表情から読み取ってしまった……。
「そんな……」
 そらす視線の先にぐったりとしたミルクが入る。
「くっ……」
 カニパンに残された時間はほとんど無かった。


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