#19 制御不能 v02
before
『見るがいい、シャラク星の諸君。命乞いをしてももう遅い。わたしの計画を台無しにしてくれたそのお礼に、諸君らに極上の絶望をプレゼントしようではないか』
 突如、オープン通信に入る声。
「この声は!?」
「ナムル!」
『これで全てが終わる。シャラク星の歴史が!』
 ナムルの船の主砲が花びらの様に砲口を開くさまががモニターに映る。
『最後に笑うのは、この、わたしだーっ!』
『ナムル! 止めろーっ!!』
『デシ〜っ!』
 閃く閃光。その瞬間、窓から見えるコアが脈打ったかのように見えた。
 コアは!?
 目を細めて、どうにかコアを確認しようとする……。
 コアの形が、輪郭が目に捉えられなくなっている。それは眩しさの所為ばかりではないようだ……。
 外部へのモニターがホワイトアウト直後、ブラックアウトしる。可視光のカメラはすべて焼き切れたようだった。
『はーっはっ・・は・ザ、ザ……ザザザーッ』
 ナムルの笑い声が途切れる……。
 ……。
 キシ、ギシギシギシ……。
 来た!
 ゴゴン。
「ああんっ!」
 身構えていたにも関わらず、おもいっきり尻餅をついてしまった……。カ、カッコ悪い……。
「ミルク!」
「ミルクちゃん!」
 ナッツさんが駆け寄ってくる。
「全員退避! 急いでっ!」
 
 ドン、ドン、ドン。パリーン、ギャリーン、ガシャーン。
 通路沿いに爆風が走る。
「クッ」
 ガシュゥン。
 ナッツさんが最後の隊員が部屋に飛び込むと同時に間一髪でドアをロックする。
「はぁ……」
「やってくれるわね、ナムル」
 苦々しくナッツさんが呟く。
 これが彼の望んだ結果なのだろうか……。
「みんな、脱出しろ!」
「キルシュ!」
 そう、彼らも、シャラク星に残っていたのだ……。もともとロボトは行く場所は無いのかもしれないが……。
「メルトダウンしたコアが上昇してくる。地下に居ると、危険だ!」
「なに〜!?」
 ドゴーン。
 取り敢えずは一息ついたが、ここもそういつまでも安全というわけではないようだった。
「冗談じゃねぇ〜ッ!」
「いや〜んっ」
 じきに人の生きて行ける温度ではなくなりそうだ…。少なくとも今は生きたまま蒸焼きになるのを選ぶ理由はなかった。
「キルシュなに、ぼさっとしてんの!?」
 コアントローの声が聞こえたが、ミルクに振り向く余裕はなかった。
 キルシュ達には管理ブロックは生まれた場所であり育った(と言うのだろうか?)場所だ。……感傷的になるなというのは難しいかもしれない。

 カシスの案内で、吹き抜けの場所にでた。ロボトバトルのときに表れた大ネズミの巨大ロボトの格納庫の様だ。
 カチッ、カチ、カチ……。
 カシスが格納庫横のエレベータを動かそうとする。
「ダメなのか?」
 キルシュが訊く。
「回路が死んでる!」
「いつものちょちょいのぱ〜ってヤツは一体どうしたんだよ!」
 ボルシチさんがイライラした様子で言った。
「そんな能力、とっくにデリートされちゃったわよ! コアが移動しちゃった時点でね」
 ……そうか、なにか感じてた違和感はコレだった。
 特殊能力さえ見せなければ、タイシ博士の作った高度なロボトはわたしたち人間と区別がつかない……。
「待って、このコを使いましょ!」
 そういって、二人組の一人が巨大ロボトを指した。

『動くのか!?』
『システムがダウンしてる…。でも、手動でやってみるわ』
 運転室に入ったボルシチさんと二人組の声が入る。
『ドブロック、一緒に来て』
『ええ』
『おい、コラ、一体どこ行くんだよ』
『機関室よ。おじさん。ここお願いね』
『おい、オレはこんなデカブツの免許持ってねえぞ! ケッ、マジかよ!」
 こんな時に、些細なギャグではある……。大丈夫、あたしたちはまだ冷静で居られる……。
「ああっ」
 巨大ロボトの足元が赤熱し始めた。もう、時間的に他の手段はとることは出来ないってことだ…。すでに外部の温度では生身で長時間活動することは不可能になっていた。
「ちくしょう、もうこんなトコまで侵食して来やがった」
「いや〜ん、早く出してよ〜っ!」
『んなこと言ったって、こちとら初心者なんだよ。第一、動力が来ないんじゃどうしようもねぇ』
 ど、動力が無い……ない……ナイ……。
 そ、それって、動く動かない以前の問題ってことじゃ……。
『今、やってるわ』
 !? な、無いって訳じゃないのね。
『捕まえた。コレね。エンジン始動。臨界まで3分頂戴』
「3分もてな〜い!」
 思わず叫んでしまう。
 この状況で3分は長い。この状況の1分は日常の10年より尊いかもしれない。
「あ、あれは……」
 ラビオリが窓の外に何か見つけたようだ。
「ロボトルーパーたちが…」
「ちっ!」
 ラビオリが扉に駆け寄る。
「どうするつもり!?」
「見捨てちゃ行けないだろう!?」
「今から助けるなんて無理だ!」
 カシスの一言だったが、それはここに居るみんなの意見でもあった。
「お前らの仲間じゃねえか!」
 ……。あたしたちはその一言に対する答を持っていない……。
「それに、カニパンがここに居たらそうするはずだ。くっ」
 ラビオリは手動の重い扉を開けてエアロック内に入って行った。
「こっちだ! 早く乗り込め!」
 ラビオリがロボトルーパーに声を掛けた。
『なんだオイ、ケツに火ィ着いてるぞ』
『エネルギーパイプがやられた。出力はどお?』
 わたしたちに与えられた時間もギリギリの様だ……。
『75%だけど…、やってみるわ。準備いい!? おじさん、行くわよ!』
『こうなりゃ、ヤケだ!』
『行けぇ!』
 エンジンに火が入り、Gがかかる。
 おりしも、ロボトルーパーの最後の一機が乗り込もうとするとこだった。
「うくぅッ」
 必死でトルーパーの腕を押えるラビオリ。
「そりゃあっ!」
 どし〜ん。ガシャーン。
 皆で一気に引き上げる。重力が低いから可能な芸当なのだが、そのトルーパーは勢いよくミルクの上にのっかってきた。
「ふぅ。間一髪だぜ……」
「お、重〜い……」
 地上なら無事じゃすまないとこだけど、ここなら、まだこんなもんで済む。
「お嬢さまになにをする〜っ!」
 あわててトルーパーを咎めるイゴールが少しミルクの心を和ませた。

 ……? 意外にスピードが上がらないような気がする…。こんなもんなんだろうか?
 窓から下を覗くと、赤熱した壁が見える。
『何だよ、オイ、ちっともスピードが上がらねえじゃねえか。』
 スピードが上がらないのは気の所為ではなかったようだ。
『定員オーバーか!? んあっ!? ガス欠!? こんなんじゃ逃げ切れねぇ、もっとエネルギーをまわしてくれ!」
「ああ……っ」
 絶体絶命……。上がるに従って重力が増し、推力が必要になるわけで……。
 こんなとき、カニパンならなんとかしてくれるんだろうか……。カニパン……。
『どうする?』
『やるしかないでショ』
 二人組の声が入る。あたしたちには、ただ聞いてることしか出来ない。
『あたしたちのエネルギーを解放すれば…』
『少しはタシになるはずよ』
『行くわよ』
『パワー』
『全開!』
『来た来た〜っ! うりゃぁあっ!』
 ボルシチさんの一喝とともに、ぐっと加速してGが増す。増える体重は、命の思さだろうか……。

 ざばぁああん!
 巨大ロボトがついに海面上に出る。窓越しに見る久々の空は夕焼けで真っ赤だった。
「助かったのですか?」
「みたいだな……」
「はぁ…」
 大きく喜ぶものはいない。皆、それが一時的なものであることを知っているのだ。
『寿命が縮んだぜ……。オイ、二人とも、上がって来いよ。オイ、どうした!? オイッ!?』
 エネルギーを解放した二人はその機能を停止していた。

 ゴゴゴゴ……。
 制御を失ったシャラク星の構造ブロックが迫り上がって行く。
「シャラク星が崩壊して行く……」
「わたし達はまだ…助かったわけじゃない……」
 ナッツさんが外を臨みながらつぶやく。
 そう、あたしたちには、まだ生きる努力を求められている。
 ここまで走ってきて立ち止まるわけには行かない。
 すべてが終わって、すべてのけじめがついてから、心の決着を着けよう。
 ミルクは唇を噛んでそう決心した。

 わたしたちはクワガタシティからの発明家集団から通信が入ったのでそこに行くことにした。シュー博士もそこに居るらしい。
 あきらめずにまだがんばる人がいる。それは心強いことだった。
 シャラク星の人々がロケットで次々と脱出していく……。
 あたしたちはそんな中、最後までシャラク星を守る方を選んだ。
 彼らとあたしたちがそんなに違うわけじゃない。ホンのちょっと通った道が違っただけだ。彼らは彼らなりの、あたしたちはあたしたちなりの全力を尽くす。
 ……まあ、かと言って、実際問題、わたしに出来ることはあまり無いんだけど……。せめて料理でももうちょっと勉強しておけば、皆に最後の気力を奮うべく美味しいものでも振舞えたかもしれないが……。
 うん、これが終われば、ちゃんと料理の勉強をしよう。
「彼らは惑星管理委員会の存在を隠そうとしたんじゃ。タイシ博士が残したスーパーテクノロジー……、悪用されたらとんでもないことになる…」
 もう、最終会議は始まっているらしく、案内先のホールから声が聞こえる。シュー博士の声だ!
「だが、その秘密主義が裏目に出た」
 ……ホールに入ると、図らずも視線が一点に釘付けになる。なつかしい姿。
「あ……、みんな!」
 なつかしい声。
「カニパン……」
 感動の再会………………のハズ…………だった…のだけど……。
「ん…。えっ!?」
 カニパンの胸に向けて出かけた足がぴたりと止まる。
「ナッツさん!」
「カニパン! よく生きて帰ってきてくれたわ」
「あっは、そんな簡単に死んだりしませんよ」
「デシデシ〜」
 既に、カニパンはナッツさんと抱擁中だった。セリフはカニパンらしいけど……。
 ……。
 あ、あたしはぁ……?
 罪のない笑顔。いつもの笑顔。……ムカムカムカ。
「くっ……」
「お嬢さまぁ……」
「なんならオレが……」
「誰が!」
 あたしが…、あたしがどれだけ心配したと思ってんのよ!
 ……あたしには一言もないの……。
 何となく、慣れてしまった寂しさ……。
「待っていたよ、君達が来るのを」
「なあに、逃げ遅れたクチでさぁ」
 シュー博士の言葉にボルシチさんが答える。
「兄さん!」
「アンジェリカ! つらい思いをさせてしまったな…」
「兄さん…、グランマニエが……」
「こっちも…、ギンジョーとドブロックが…」
「えっっ」
「我々を救うために……」
「えっ」
「そんな……。あの二人が……」
「カニパンさん、悲しんでる暇は無いですけん。あっしたちは、みなさんの分まで精いっぱいがんばらなくてはいけやせん」
 ポチさんが言う。
「その通りじゃ。我々は今、未曾有の危機にさらされておる。シャラク星を救うためには、きみたち全員の力が必要なんじゃ」
「お手伝いします。タイシ博士の意志を、引き継ぐために……」
 キルシュが一歩前に出でそう言った。

「これは、シャラク星をモデル化した映像です。中央の光点がコアの位置を示しています。現在、クワガタシティの地下45キロの地点を、毎秒10mの速度で移動中」
 現在のシャラク星とコアの3Dモデルが中央に投影されている。
「オレたちの、ケツの真下ってわけだ」
「3時間後には、コアのエネルギーはシャラク星内部で行き場を失い、爆発します」
「デシ〜」
「3時間以内に、コアの暴走を止めなきゃ行けないってことね……」
 あたしたちの有余は3時間と言うわけだ。
「ロボトの暴走を止めるのとはわけが違うぜ」
「博士、エネルギーの逃げ場を作ってやれば、少なくとも、爆発は防げるんじゃないですか?」
「どうやって?」
「そりゃあ……、シャラク星に穴を開けるとか…」
「C級」
 思ったことがすぐ口に出るのがカニパンの悪いトコだ。こんな事態に、もそっと考えてモノを言っても罰はあたらないでしょうに……。
「思いつきでモノを言ってるんじゃねぇ、このタコ!」
 ラビオリも呆れている。
「いや、カニパンの発想はそう捨てたものでもない」
 シュー博士がするどい視線をみせる。
「え?」
「は?」
「我々の手でシャラク星の組織を組み替えるんじゃ」
「出来るんですか、そんなことが!?」
「これが、シャラク星の構造図だ。地表ブロックは天然のシリコン結晶で構成されている。そして、その隙間にはKリキッドの原料ともなった、液体金属が満たされている。これに、極低温下で電圧をかければ超伝導状態となる」
「ああっ」
「あたしちんぷんかんぷん」
 ? 超伝導になるとどうなると言うのだろう?
「つまり…」
 ム……。
「抵抗を0にすれば、地表ブロックはわずかな力で動かすことが出来るんです」「あっ」
「シャラク星の中心に位置する、クワガタシティに衝撃を加えれば、後は玉突状態です。内部のコアの膨張力も手伝って、地表ブロックは、波紋を描くように動き出すはずです」
「それがエネルギーの抜け道となるわけね」
 意外にもカニパンの一言は、要点を突いていたと言うわけか…。
「過剰に放出されているコアのエネルギーを抜き取った後、インビンシブルバリアを張って、コアを封じ込めるというわけだ」
「おおーっ」
 会場から一斉に感心の歓声がもれる。
「なんか話聞いてる分には、むちゃくちゃ上手く行きそうだけど?」
 ホントに。
「コアのエネルギーが減衰するのはホンの5分程しかない。押え込むチャンスは、一度きりだ」
「ふう。そんなこったろうと思った。で、それ、誰がやんの?」
「オレがやります!」
 カニパンがいきなり大声で主張した。
「えぇ?」
「カニパン」
「デシ?」
「わかってんのか、一番危険な役なんだぞ!」
「あぁ?」
「オレが行きます」
「ラビオリ!」
「彼女が待ってるヤツに、んなコトさせられっかよ」
「え…」
 ラビオリの一言にアンが少し動揺する。しかし、それは決して否定の動揺ではない……。
 カニパンとの距離が遠い。
「え、そんなの関係無いだろ! オレは…」
 否定しないカニパン……。シャラク星の決着の前に、恋の決着は着いてしまっていたようだった……。わかっていたこと…だけど……多分……。
 ばん。
「全く、子供が何言ってるの! ここはデバッグ隊隊長としてわたしが…」
「そうだ!」
「え…」
「オレが行く!」
「ボルシチ!」
「おっさんはすっこんでろ」
「そうだそうだ」
「キルシュ兄さん!?」
「わたしが行こう。シャラク星の仕組については、精通している。それに、こう見えても普通の人間よりも幾分頑丈に出来ている」
「きったねえぞ、キルシュ。発明家でもないくせに!」
「そ〜だ。自分だけ目立とうとしやがって」
「わ、わたしは別に…。シャラク星のためにだな……」
「お前ら、まだケツの青いガキがいっちょ前の口聞いてんじゃねぇ!」
「うるせえ! おじさんなんかに任せられっかよ!」
「どうせシャラク星を救った英雄とか何とか言って、銅像の一つも作ってもらう魂胆なんだろ!」
「それは、お前たちだろ!」
「兎に角、冷静に考えてわたしが適…」
「オレが行くって言ってんだろ!」
「オレだ!」
「オレだ!」
 喧々諤々の中、あまり感傷に浸れる環境ではなかった。
「ったく……」
「こうなったら白黒はっきりつけてやる!」
「上等だ!」
「キッド、あれ持ってこい!」
「ふぉっふぉっふぉ……」
 シュー博士は温かく見守っているだけだった。

「というわけで…」
「すまんな」
「何故だぁ〜!」
「ついてねぇ!」
 結局、最終実行組はカニパンとキルシュと言うコトになった。
 一番危険とは言われてるが、あたしの心は意外に冷静だ…。
 それは、一番危険とそうでない者たちとの差があまり無いからだろうか。シャラク星に居る限り、一身同体とも言えなくもないからだろうか……。それとも………。
「キミたちにもやってもらうことがある」
「惑星を動かすっていう、空前絶後の役割がね」
「わかってる」
「おっさんと同じってのがシャクだけどな」
「ぬかせ」
「シャラク星の未来は我々発明家の肩に掛かっている。タイシ博士の意志を受け継ぐためにも、頼んだぞ」
「うん」
 カニパンが力強くうなずく。
「わかってるデシ。まかせるデシ」
「お前がはりきってどうするんだよ」
 ポン、とキッドをたたく。
 会議は終了し、各自、作戦実行に向けて各部署に散り始めている。
「カニパンはキッドがいないと何も出来ないデシからね〜」
「ああ、そうかい」
 カニパンが呆れたように相槌を打つ。
 そのカニパンの前にアンがそっと近付く。
 ……。
 握った手が汗ばむ。
「……アン。大丈夫。きっと上手く行くさ」
 ぐっと握り締めたカニパンの拳をアンが両手で包む。
「約束して。無事に帰ってきてくれるって…」
「……約束する」
 そう約束する瞳にわたしは映っていない。映らない……。
「……」
 あたしには見せたことのないカニパンの顔。
「カニパン……」
 やや首を傾げながら顎を上げるアン。
 ……。
 決心した様にゆっくり寄せるカニパン。
 ……。
 ゴゴゴ……。
「うわっ!」
 地鳴りと共に建物が大きく揺れる。
 バランスを崩したアンをカニパンが抱き止める。
「急げ! このクワガタシティまで不安定になってきている」
「行ってくる」
「カニパン」
「……」
 カニパンがアンのおでこに軽く口付けする。
 ……ふん、らしくない……。
 そんなのカニパンらしくない……。
「よ〜し、行くぞ! キッド!」
「はいデシ!」
 たったったった……。駆け出すカニパン。
 その後ろ姿は、遠くて、遠くて、遠くて……。
 ……。
「なぁ、ミルク〜……。オレも……」
 ちゅ。
「えっ!? あれ? ミ、ミルク〜?」
 よくわからない。わからないけど……。
 結構尽くしたつもりだったけど、全然報われなかったあたしからみれば、ラビオリの無償のやさしさは痛いほど分かるだけに、どうしてもほっとけなかった。
 思わせ振りなやさしさは本当のやさしさじゃないけど、そう、偶には、そんな役得だってあってもいいじゃない。……あたしにだって……。
「続きは帰ってきてからね」
「え、え〜っ、マ〜ジ〜!! オレ断然がんばっちゃうぅ! ヤッホー!」
「お嬢さま〜っ! なんてふしだらな〜っ! イゴールは許しませんぞ〜っ!!」
「い〜じゃない、ほっぺぐらい」
「あ〜っ!」
 プシューっと、イゴールが煙を上げて怒る。
「クスっ」
 ……あたしには、まだ怒ってくれる人が居る。
 そうね、いつもなら兎も角、今は落ち込むのはよそう。
 生き延びさえすれば、落ち込む時間はそれこそ死ぬ程あるわ…。
「はいはいはいはいはい!」
「それ、オレ、立候補するッス!」
「オレも!」
「わたしもです」
「オレに譲れ!」
「わたしって……モテモテ!?」
 ……あっちの方もなんか騒がしい。
 ん、最後の時に向かって、こういう雰囲気もいいかもしれない。

『ピーチリーダー準備よし』
『グレープリーダー準備OKだぜ』
『オレンジリーダー準備よし』
 各部署から準備完了の最終連絡がシュー博士のコンソールに入る。
 情報網が各所でダウンしてるため、あとの作戦開始後の権限は現場に移行され、この中央コントロールからは、各部署の有る程度のモニターが出来るだけだ。
『よし、予定空域に達した。カニパン!』
『バナナリーダー、準備よし』
『デシ〜っ!』
 最後のカニパンとキルシュの最終実行班から通信が入る。
 カニパン……。
「シャラク星の命運は君達に懸かっている。作戦開始っ!」
 シュー博士が最終実行命令を出す。
 もうあたしたちには、文字通り、見守ることしか出来ない。
 わたしたちに残された時間はあと1時間を切っていた。


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