#16 邪悪な陰謀 v02
before
『うわああぁー』
 カニパンのポッドが作業を邪魔するアームに弾き飛ばされる。
「何やってんのカニパン! しっかりしなさいよ! もうっ」
 こうやって、また、カニパンに声を掛けられることが、あたしはうれしかった。
 状況的にはそれどころではないのだけれど……。
「どお? 新惑星への突入口へのアクセスは、できそうなの、ポチ」
 デバッグ隊は新惑星への連絡通路のロック解除に取り掛かっていた。すぐ外は宇宙空間だけに、物理的に手荒なことはあまり好ましくなかった。
「はい、あと5分下さい。そうすればアクセスできますけん」
「ダメ、3分ですませるのよ、わかった?」
 ナッツさんも、彼女らしくなくいらついているようだった。
 行動派なだけに、ただ、見守るだけと言うのは余計つらいのかもしれない。
「なんかヘンだぜ、やつらの動き」
 カニパンを邪魔していたアームの挙動が怪しくなってきた。
 攻撃しようという意図は感じるものの、まるで狙いが定まっていない……。どうしたのだろう?
「ああ、攻撃の動きがバラバラだ…」
「本当だわ。一体、どういうこと…?」
「さあ……?」
『あああ〜っ!』
 しかし、幾つかのアームがカニパンを襲おうとしていた。
『01!』
『BKデシ!』
 敵のアームのコントロールが乱れたために、01とBKがポッドのサポートに回れるようになったのだ。
「ここはオレたちに任せろ。お前は早くコアを止めるんだ」
『でも…』
「急げカニパン! チャンスは今しかない!」
『わかった。行くぞキッド!』
『デシ!』
 カニパンのポッドが一気にメインアームに向かって行った。
「行けぇ、BKmk2! お前のパワーを見せてやれ!」
「01、お前もだ。GO!」
「どーだ、やったぜ」
「負けるな、BK!」
 01もBKも快調にアームを撃退しているようだが……。
「なっ、やばい!」
「うわっ」
 にわかに、アームの動きが組織的になったかと思った瞬間、アームが一気に波状攻撃を掛けてきた。
 01とBK2体じゃとても手に追えない。
 バシバシィ。
 01とBKがアームに攻撃されるのに伴って、ボルシチさんとラビオリのインカムから火花が走った。
 フィードバックがリミッターの限界を超えたようだった。
「くそぉ」
「BK!」
 01とBKはコントロール不能になり、新惑星のビル街の中に吸い込まれるように墜ちて行った。
 それとは相反するように新惑星から伸びた輸送ケーブルがシャラク星に接続される。
 先のタイシ博士の放送に呼応したロボトが新惑星に降りて行っているようだった。
 沈む船からは鼠が逃げ出すと言うが……。
『急ぐデシ、カニパン!』
『わかってるって、焦らすなよキッド』
『来たぁ!』
 ボン。
 カニパンがメインアームに取り付こうとしたその瞬間を狙うように迫ってきた敵のアームが破裂した。油圧系統に無理な不可がかかったのだろうか…?
 他のアームも次々と爆発する……。
『な、なんだ? 一体、どうしたって言うんだ?』
「アームの動きが止まったわ!?」
「どういうことだ?」
「チャンス到来ってコトだろ。カニパン、すぐに作業に取り掛かるんだ!」
『わかってる。ん?』
『メインアームが!?』
 シャラク星から伸びた、コアを支えていたメインアームが、とうとうコアから分離し始めたのだ。
 コアはにわかに輝きが増し、ゆっくり下の新惑星に向かって動き出した。このまま行けば、新惑星の中心に納まり新惑星のメインエネルギー源として稼働するコトになる……。
 そして、シャラク星は熱を失い、死の惑星へと……。
『新惑星に向かって動き始めたデシ。コアのエネルギー上昇中。タイムオーバーデシ!』
『くっ、しまった!』
「カニパン!」
 思わず叫ぶ。
 ここからわたし達に打てる手は……。
『うわあああーっ!』
 急激にコアのエネルギー発振が増幅し、カニパンのボッドそのエネルギーに弾き飛ばされた。
 カニパン!
 大きく弾き飛ばされただけで、ポッドもカニパン自身も特にダメージを受けたわけではないようだった。
 しかし、コアはゆっくりと確実に新惑星に向かっている。
 あたし達は確実に一つの手段を失ったのだ……。
 ダメ……かも……。
 決心するときは着々と近付いている。そうミルクは感じた。

 うい〜ん。
 無事回収されたカニパンがエアロックを通って戻ってきた。
「大丈夫?、カニパン」
 ナッツさんが駆け寄る。
「ごめん。オレ結局、何も出来なかった」
「デシ〜」
「すまない、ラビオリ。BKに助けてもらったのに」
 すまなさそうなカニパン……。
 胸が締まる。
 カニパンがこういう顔をするときは、本当に落ち込んだときだけだ。それは、自分の限界を感じた時なのだ。そして、それは何かをあきらめたことを意味していた……。
「それに、01まで犠牲にしちまって……。やっぱ、オレってやっぱ、C級だ…」
「カニパン、何、泣き言言ってんのよ!」
 カニパンがそんなコトを悔やむ必要なんかない。
 全身全霊を掛けてシャラク星を守ろうとした。それは事実じゃない!
 カニパンが何も出来なかったと言うのなら、あたしたちは?
 カニパンのやったことが無意味だと言うのなら、このシャラク星は?
「えっ」
「あんたって、全っ然テレビ映りってものがわかってないんだから。今、生中継入ってんのよ。シャラク星のみんながあんたの顔を見てんのよ」
「キッドの顔もデシか?」
「カニパン、そんな顔じゃダメよ! シャキっと笑顔で映りなさいよ!」
「…ミルク」
「どんな時でも笑顔を忘れず、見ているみんなに夢と希望を与える。これがアイドルの鉄則よ」
「オレ、アイドルなんかじゃないんだけど…」
「そうデシ」
「つべこべ言わずに、いつもの顔でいつもの様に、『大丈夫、オレがなんとかしてみせる』とかなんとか言ってみなさいよ!」
 声が震える……。
「そっか…、そうだな」
「わかればいいのよ、わかれば」
 カニパンにはいつでも、そして最後までカニパンらしくいて欲しい……。それはあたしのエゴだろうか……。
「おい、あれは!?」
「ロボト達が戻ってきてるぜ?」
「本当だわ?」
「え?」
「デシ?」
 確かに、一旦新惑星に向かったはずのロボトたちが輸送ケーブルを逆に戻ってきているようだった。
『はははははは……』
 そのとき、突如、緊急放送が入った。どうやらシャラク星全土に向けられたもののようだ。
『お、おのれ……人間め……うわあああぁ……』
『シャラク星の住人諸君に告げる。もう心配はいらない。タイシ博士の名をかたる悪のロボトは、このわたしが撃退した』
 それはあまりにも唐突すぎて、耳を疑う言葉だった。
 TVに映ったその勝利宣言を行う男は白い不気味なマスクをしていた。
『すべては終結した。われわれ人間は勝利したのだ。恐怖は過ぎ去った。シャラク星を滅ぼそうとした悪のロボトは、この世から消滅した。ふははは……、ははははは……』
「一体誰なんだ? あの男は!?」
 男がゆっくりとマスクを外す。
「ああっ!」
「ナ、ナムル!」
 忘れたくても、忘れられないその顔は、5年前、エレックカンパニーを倒産の危機まで追い込んだナムル本人だった。
「どうしてあいつが!?」
『シャラク星市民の諸君、タイシの名をかたる悪のロボトは、このナムルが撃退した。われわれ人間に反旗を翻し、シャラク星を滅ぼそうとしたロボトに、われわれ人間は勝利したのだ。だが、残念なことにシャラク星の崩壊を食い止める手立てはない。われらの母なる惑星、
シャラク星はもはや死に行く運命なのだ。我々に残された道はだた一つ。シャラク星を捨て、新たなる惑星に移住するより他にない! そう、我々には新天地が有る! 科学の粋を結集して造られた、希望の惑星が! 民衆よ集え! 芽吹いたばかりのこの大地で共に生きようではないか! 来たれ! 惑星ナムルへ!」
 惑星ナムル!?
「ただし、我々が迎え入れるのは人間だけだ。ロボトが我が神聖なる大地に足を踏み入れることは、断じて許さん。見たであろう。ロボトは我らを裏切った。放っておけば、また同じ過ちを繰り返すに違いない』
 ナムルの演説は続いた。
「あいつ、まだあんなこと考えてたの」
 そう言いながら、ミルクは以前ほど、5年前のあの事件の直後ほどナムルを憎んでない自分に気が付いた。
 エレックカンパニーが倒産の危機を迎え、アイドルを始めたときは、悔しくて、憎くて、何度も眠れない夜を過ごしたものだった。
 それなのに……。
 ……。
 それはあたしがアイドルとして成功したからだろうか……?
「言いたいこと言ってやがるデシ!」
 キッドがそう言ったとき、ふと画面が切り替わった。
 ロボトが狭い部屋に閉じ込められている。シャラク星から渡ったロボトだろう。
 !
 行く人かの兵士が映ったと思ったら、閉じ込められて動けない大勢のロボト達に向かって兵士達が一斉に銃を放った。
 次々と倒れるロボト達……。
「ひいいい…」
「ひでえ…」
「なんてコトを…」
 間違ってる……。間違ってるわナムル。
 そう思うその心は以前の憎しみとは違っていた。それは、そう、憐れみに近いかも知れない。
 ナムルの心は人として大事なものを何処かに失くしてしまっているのだ。
 確かにその原因は、ナムルの場合はロボトにあったのかもしれない。しかし、今のナムルのそれは、狂った独裁者のそのものだった。
「くっ」
「カニパン!」
 カニパンが突如走り出した。
「どこ行くデシか?」
「アンはあの惑星にいるんだ。このままじゃアンが危ない!」
 ハンマーで頭を殴られたような衝撃が、あたしの心を走る。
「ちょっと、あんた、振られたんじゃないの!? それでも助けに行こうって言うの!? お人好しにも程があるわ!」
 あ〜、もう、あたしったら、どうしてもっと、もっといいセリフが出ないの!
「確かにね……。だけど…」
「えぇ?」
 迷いの無いカニパンの言葉の強さにあたしはびっくりした。
「オレはアンを助けたいんだ!」
 振り向いて言うその目の光りにあたしは絶句した。
「通路開きました。いつでも突入可能ですけん」
「サンキュ、ポチさん!」
 開いた扉を通って連絡通路にカニパンが迷い泣く走って飛び込む。
「あっ」
「惚れた弱みか……」
 ラビオリがあたしの心を知ってか知らずか呟く。
「フッ、どうする?」
「男なら、行かねばならん時がありますけん」
「行くしかないでしょ。A級指名手配犯が潜伏しているとなれば」
「決まりだな」
「ああ」
「ええっ?」
 ちょ、ちょっと……。
「行くわよ!」
 デバッグ隊も他のみんななも、放送隊も一斉に走り始めた。
「もう、信じらんない…」
 あたしも考えを整理する間もなく走り出した。

 たったった……。
 走って新惑星に向かいながら考える。
 もし、もし、あたしがあそこでカニパンに泣いてすがったら、カニパンは行くのを止めてくれただろうか……。
 あたしは、涙を流して頼むべきだったのだろうか……。

「ああっ!」
「むごい…」
 通路を渡りきり、新惑星に入って目にした光景は酷いものだった。
 先ほど放送された光景の結果がここにあった。
「ロボトをこんな風にするなんて許せないデシ!」
 ……。
 ザッ。
「ああ!?」
 呆然と惨劇を前にするわたし達をさっきの放送に映った兵士達が取り囲んだ。皆、手に銃を持ってわたし達を威圧する……。ヤな感じだ。
「ずいぶんと物騒なお出迎えだな?」
「きさまらは何者だ。一人ずつ名乗れ!」
 高圧的な態度だ。
「何者はないだろう。この惑星へ来いって言ったのはあんたらのボスだぜ」
「ロボトを呼んだ覚えはない」
 そう言って、キッドやイゴールに銃口を向ける。
「やめろ!」
 カニパンが銃口を防ぐように立ちはだかる。
「ナムルさまに忠誠を誓うならば、われらナムル帝国への入国を認めよう。しかし、ロボトを庇いだてするのであれば、即刻排除する!」
「ナムル帝国だって!?」
 ナムル帝国……?
 5年前のナムルは幾人かの手下は居たけど、基本的には単独犯だった。
 それに、エレックカンパニーで執行責任者をやっていたときも、少なくともこんなコトを言い出すようなヤツではなかった。
 それが……。
 人は、人に傅かれるとこうなってしまうのだろうか……。
「さあ、忠誠を誓うか?」
 ! カメラは回っているはずだ。
「……。ちょっと、みんな聞いた?」
 振り向いて、カメラに向かって話し掛ける。
 今は、多くの人にナムルのこの異様さを伝える必要がある。
「感じ悪っ。新天地なんて真っ赤なウソよ。ナムルは新しい惑星で独裁者になりたいだけなのよ!」
「だまれ!」
 ナムル兵の一人がリポートを邪魔をしようと駆け寄ってきた。ラビオリが体を入れて遮ってくれなければ、力ずくで中断させられてたに違いない。
 フン、都合が悪い証拠だ。
「おらよっ!」
 ボン。もくもくもく…。
 ボルシチさんが煙幕弾を放ったのにあわせて、わたしたちは、下がって体勢を整え直した。
 バシュウ。バシ、バシィ。
 前線ではデバッグ隊とナムル兵の銃撃戦が続く。
 どちらも、致死性の極めて低い衝撃弾を用いているのが、不幸中の幸いではあるのだが、直撃すれば大の大人でも吹っ飛ばす威力だ。胸や頭に直撃をもらえばやはり危ない……。
 あたしと放送隊はやや下がって、邪魔にならないように実況するしかなかった。
 ふと、カニパンたちの動きが慌ただしくなる。
 デバッグ隊が一斉に前に出て斉射してカニパンをサポートする。
「チェンジ、スーパーバイクモード!」
「デシデシッ!」
 次の瞬間に、カニパンが一気にキッドと奥に突入して行った。
「カニパンっ!」
 ……あたしの声は堅い壁に響く銃声に掻き消された…。
 だが、ミルクにはそんなことよりも、どうしても届かないカニパンの心の方が切なかった……。


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