#14 アンの恋人 v02
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 事故……? 違う。シャラク星全体が壊れだしてんだわ……。
 交差点が一向におさまりそうにない大渋滞を起こしているのを見て、ミルクにはそんな考えが過ぎった。
 続けて起こる事故と混乱。迫り来る危機は、ミルクを傷心の世界に閉じ込めてはおけなかった。
 ミルクは一遍振られたぐらいで自暴自棄になったり、この世界がどうなってもいい、と思うほど弱くなかった。
 どんな時も前向きに生きる。それを自分の武器とすることをミルクは信条としていた。
 シャラク星の陥っている現状を知っている者として、ミルクには出来ることが、少なからずある。落ち込んでばかりはいられなかった。
 もっとも、だからと言って、こんなときに人に当らないでおける程大人ではないのだが……。
「お嬢さま〜! ここでしたか、ミルクお嬢さま」
 イゴールがやっと来た。
「もお、遅いわよ!」
「色々トラブルがあったもので。電話は繋がらないわ、交通は麻痺してるわ…。しかし、まあ、ほんっとおによく御無事で」
 無事? あたしが!?
「体は無事でも、心はズタズタよ」
「は?」
「あんたにはわかんないわ」
 言わずにはいられなかった。
 こんなときは、誰かに、誰かに慰めて欲しかった。でも、それは叶わないコトだった。アイドルとしてももちろん、それよりなにより、わがまま放題、いばり放題で生きてきたミルクにとって、誰かの前で弱音を吐くなんてことは有り得べからざることだった。
 あたしってバカな女……、そう思ったことも一度や二度では無い。特に今回のことでは。
 この一言は、そんなミルクの最大限の強がりであり、出来る限りの弱音だった。
「カニパンさまのコトですか」
 ぐっ。
 かんぱつ入れずに返ってきたイゴールの言葉にミルクは思わずつまった。
「振られたのですね」
 その言葉と同時に思わず体が動いて、イゴールを足下にしていた。
「んぎゃ」
「どうしてわかんのよ!」
 ふーっ。ふーっ。
「ミルクさまの振舞いを見れば一目瞭然です」
「えっ!?」
 ギク。
「全く、ミルクさまがここまで尽くされていると言うのに、カニパンさまときたら鈍感で…」
 イゴールがやや遠い目をして言う…。
 ……。
「ぐっ…。イゴール相手じゃ、隠し事出来ないわね」
 はぁ。
 意外にわたしを分かってくれてる人は多いのかも知れない…。
 そう思うと、少し世界が広くなったような気がする…。
「伊達に長くお側に付かせて頂いてはおりません」
「くす」
 やや自慢気に言う、イゴールを見て、ちょっとだけ肩が軽くなった。
 ありがと、イゴール。
「シャラク星を汚せし民衆共よ」
 !
 突如、街中に響き渡る声。
「わしはシャラク星に別れを告げ、新たなる惑星を開拓した」
「この声は…?」
「タイシ博士の声だわ」
「それが、惑星タイシ。我が理想郷タイシ星だ。コアを失った惑星は根を刈り取られた老木同然。もはや枯れ行くのみ。人間共は死に絶えるのだ。集え、わしが発明した仲良し回路を持つロボト達よ。お前達はわしの子供同然。共に新たな世界で生きるのだ!」
 事実上のタイシ博士の宣戦布告だった。
「冗談じゃないわ!」
「ミルクお嬢さま」
 イゴールがあわてる。
「行くわよイゴール。タイシだろうが、何だろうがぶっつぶしてやるんだから!」
「しかし、ぶっつぶそうにも武器もなにも……」
 いつもイゴールには心配掛けて申し訳ないが、もちろん止めるわけにはいかない。止めるつもりもない。
「あたしの武器は、これよ!」
 ミルクはマイクを取り出して突き出した。
「い!?」
「マイクは剣より強いってトコ、見せてあげるわ!」
 発明家には発明家の、アイドルにはアイドルの戦い方があるってコトを示してあげるわ。
 一体誰にだろう…。ミルクは自問自答する。
 ……。
 取り敢えず……一旦帰ってお風呂ね。

 ちゃぷん。
 熱めのお湯に浸かって疲れを落とした後、温めのお湯に浸ってリラックスする。
 カニパンのコトを考える……。
 コトが終わって、それでもカニパンがアンを選ぶなら、そのときはホントにあきらめよう。そう、今はまだ終わっていない…。
 今は、明日が来るように全力を尽くすときだ。
 ぱしゃん。
 女のコの儀式。心の武装を終えて、ミルクは湯船からあがった。

 がたんがたん……。
 管理ブロックへのエレベータが有るところに放送車で向かうのだが、途中の街の交通状態がほぼ不通状態だと分かったので、街中を通らずに惑星エレベータまでクワガタシティの外っ側の沙漠をぐるりと遠回りすることにしたのだが……、石がごろごろしてて、大したクッシ
ョンもない放送車じゃお尻が痛い。  助っ人を頼もうと、ナッツさんに連絡を取ったのだが、どうやら、発明家はみんな政府に呼ばれたらしい。
 政府もやっと本腰を入れ始めたと言うことだろう。
 しかし、管理ブロックに助っ人無しはつらい……。
 と、言うことで思い付いたのはラビオリだった。発明家免許を取ってないので、彼には発明家召集は掛かってないはずだった。
 しかし……。
 時間がない。意を決して掛けた電話にラビオリは一つ返事で答えてくれた。笑顔で。
 ……。
 カニパンに出逢わなかったら……。そんな考えはラビオリに失礼だろうか……。あたしはずるい女だろうか……。
 兎も角、ミルク達はそうして惑星エレベータに向かっていた。
 !?
 沙漠の真ん中に大きい…工場だろうか?
 工場から、走って出てくる人影が幾つか見えた。
 キーッ。
 がちゃ。
「ナッツさん」
 それは、ナッツさんと、ポチさん。それとボルシチさんだった。
 意外な処で会うものだ。
「ミルクちゃん?」
「生きてたのか! ぼうずは!?」
「知らないわよ、あんなヤツ!」
 フン。
「なにィ?」
「お許し下さい。今日のお嬢さまはニトロ状態ですゆえ…」
「取扱注意ってか」
「誰が!」
「ホント、ヘタに触るとドカンだ」
「ふん」
 もう、イゴールも、ボルシチさんも。
「よお」
 運転席のラビオリがナッツに声を掛ける。
「ラビオリ!」
「あいつら、ナッツさんのファン?」
 ? 誰かついて来てるのだろうか?
「出して」
「あいよ」
 キュキュキュ。
「きゃ」
 放送車が急発進する。
 パンパンパン。
 かなり距離があるが銃声だ。唯事じゃない。
 どうも、地上の方もあまり悠長じゃないようだ。
 ますます、急ぐ必要が有る……。
「ちょ、ちょっと、タクシーじゃないのよ」
「まぁ、いいじゃねえか」
 ボルシチさんが言う。
 大体、あたりまえのように、乗り込んでるし。
「んもう」
「そっちこそ何の騒ぎ?」
「スクープだよ、スクープ! 惑星管理ブロック潜入レポート! しかも案内役は歌って閃く発明家アイドルミルクちゃん! 視聴率60%は行くよ〜!」
 ディレクターが興奮気味に叫ぶ。
 このディレクター作るモノはいいんだけど、センスと表現がちょっと大袈裟なのがねぇ……。アクションもオーバー気味だし。
 でも、今度の番組は少々大袈裟の方がいいのでぴったりだった。
「知ってるのね、地下への入り口を!」
「あったり前でしょ。あたしは管理ブロックから戻ってきたんですからね」
「ふん、おもしれえ」
「その話、わたしたちも乗せてくれる?」
「いいわよ。引き立て役でよければね」
 何にせよ、ここに来て、助っ人が増えるのは心強かった。
 まってなさいよ、カニパン…。


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