#13 告白 v02
before
「アン……、もう絶対離れないからね」
 やわらかにカニパンが囁く…。
 あたしに向けては、絶対放たれないその言葉……。
 あたしはそんな言葉を聞くためにここまで来たのだろうか。
 がばっ。
「カニパン、あたしのメモリーは?」
 アンが突然、目を見開いてカニパンに訊いた。
「メモリーは……」
 カニパンが申し訳なさそうに肩を落とす。
 カニパンが負目を感じる必要は無い。あたしがそうしたのだから。
「タイシ博士に渡したわ。カニパンを助ける為にね」
 その為にわたしは来たのだから。
「ええっ」
「ゴメン…、オレ……」
「コアの分離が始まってしまう。完全にコアが分離したら、シャラク星の機能は停止してしまうわ」
「機能停止?」
 シャラク星の機能停止……。そうなれば、わたし達は少なくとも当面はシャラク星を捨てなければならない。わたし達の世代の内にこの大地に戻ってこれるかどうか……。
 シャラク星とカニパンの生命……。
 あのとき、メモリーを渡さなかったら、カニパンは確実に生命の危機に陥っていただろう。
 では、メモリーを渡さなかったら、シャラク星の危機は回避できたのか?
 多分、それはNOだ。遅いか早いかの差でしかない。メモリーを渡したのは絶対に間違いじゃない。
「コアの分離が始まると、エネルギーダウンが起こるの。それを始めに、徐々に惑星の機能が停止し始めるわ。大気の循環もなくなり、水も枯れ、温度も低下してしまう」
 しかし……、もし、シャラク星を失うことになったとき、その為に多くの生命が失われたとき、あたしは、後悔せずにいられるだろうか……。違う選択が有ったのではないかと悔やまずにいられるだろうか……。
「それじゃあ、シャラク星のみんなはどうなるのよ!? なにが賢者のプログラムよ!」
「賢者のプログラムは本来なら惑星の環境が悪化したときに、発動されるものだったの。でも今は、その時期ではないのにスタートさせられてしまった…」
「それでアンは、あのメモリーを……」
 それで、アンはメモリーを持ち出したのか。
「それに、グランマニエが冷凍されてしまったのを見て、怖くなったから…」
「グランマニエって誰デシ?」
「あたしの恋人……」
「こい、びと……」
 カニパンが動揺している……。
 あたしは……、あたしはどうなのだろう。
 第一、アンは…、アンは一体どう思っているのだろうか……?
「お父さまが…、そう…、言ってた…」
 アンは、グランマニエが好きなわけではない。少なくとも今は。
 少し俯き加減に言ったアンを見てあたしはそう確信した。
 ……、じゃあ、カニパンを好きなのだろうか?
「それがなんで冷凍されてしまったんデシ?」
「わからない。プログラムの最終段階では、あたしとグランマニエが必要なの。それなのに……。あたし達はシャラク星を管理しながら長い、年月をみんなで一緒に過ごしていたの。でもある日、急にグランマニエの姿が見えなくなって……」
 アンの話によれば、グランマニエと入れ代わりに死んだと思っていたタイシ博士が現れたと言うことだったが、そこまで話したところで、アンの言葉が止まってしまった。
 アンが青ざめて振るえている。そんなに怖いことだったのだろうか……。
「アン、落ちついて、大丈夫だよ」
 カニパンがやさしく声を掛ける。
「大丈夫だって。アン」
 もう一度カニパンが言う。
 自分を取り戻したアンが、落ち着くように上を向いて目を閉じた。
「カニパン」
 キッとカニパンの方を向いて言う。何か心に決めたようだった。
「ん?」
「この先の廊下を右に曲ったところに、青い扉があるわ。そこが通路になってる。通路を抜けると地上に出るエレベータが有るの」
 !
「ふわっ、エレベータデシか?」
「あなたは地上に戻ってみんなに伝えて! 早くこの惑星から、避難するようにって」
「でも、アンは?」
 アンはカニパンに帰れと言っているのだ。
 ……アンもカニパンが好きなのだ……。しかして、それは……。
「あたしは、クリスタルルームへ行くわ。メモリーを壊せば、プログラムを止められるかも知れない」
「じゃあ、オレも行く」
 相変わらず、女心が伝わらないわね。
 ……。
 でも、この場合、アンの心が伝わらないのはあたしに取っては都合が良かった。
「ダメよ、危険すぎるわ! あなたも早く、この惑星を離れて!」
 アンが踏み出したカニパンに合わせて一歩下がる。
「イヤだ!!」
「カニパン!」
 カニパンの腕を取る。
 このままだと確実にカニパンはアンと一緒に行ってしまう。カニパンがアンを一人で行かせて納得出来るような人間でないことをミルクは十分承知していた。
「ん?」
 カニパンが振り向く。
「行きましょう、カニパン! ここはアンに任せた方がいいわ」
 黙ってたら、カニパンは行ってしまう……。
 それは、永遠の別れかもしれない……。
「ええい」
 カニパンが思いっきりあたしの手を振り払った。
 ……。
 ショックだった。
 少なくとも、カニパンはどんなときもあたしを女のコとして扱ってくれていた…。
 どんなときもいたわりがあった……。なのに……。
 初めて……、初めてカニパンを怖いと思った……。
 !?
 アンが手をかざす。あの力だ!
 通路床の格子上になってる隙間からコードが伸びてカニパンの身体に絡まる。
「うわっ!」
 その瞬間、青白い火花が一瞬閃いたかと思ったら、カニパンが感電して床に崩れ落ちた。
「カニパン!」
 キッドが叫ぶ。
「なにするのよっ!」
「カニパンのコト…、お願い…」
 後退りながらアンがあたしに言った。
 このコは、ホントにカニパンが好きなのだ。そして、それはロボトとしてではなく、一人の女のコとして。そして、生命を懸けて好きなのだ…。
 振り向いて、アンが駆け出す。
「あ…、アン!」
 アンは振り返らない。
 礼は言わないわ。それが女のコとしての礼儀だから。
「アン……]
「カニパン、アンの言うとおり、地上に戻りましょう。なにしてんのよ、早く!」
 横から崩れ落ちそうなカニパンを支えながら言った。
 !
 ミルクは思わず、カニパンの左腕を掴む力を緩めた。
 カニパンの横顔を見てみてぞっとしたのだ。
 こんな生気のないカニパンを見るのは初めてだった。
「キッド、ミルクと一緒に地上に戻ってくれ。頼む…」
「カニパン…」
 それでも、カニパンの口から出る言葉はそんな言葉だった。
「なによ、そんなにアンがいいの!? アンなんてただのロボトじゃないの!」
 弱々しく振り向いたカニパンの顔がすこし悲しく歪む。
 カニパンもそれは分かっていたのだ。分かっていて結論が出ていない問題だったのだ。
 しまった、言いすぎた。ミルクはそう思った。
 それでも、取り消さない。止めない。止めるわけには行かない。
「アンなんかよりあたしの方がずっと前から、あんたの側にいるじゃないの!」
 決めた。
 そう決心してあたしは後ろを向いた。
「あたしの方がずっとあんたのこと好きなんだから……」
 言った。
 言ってしまった。
「ミルク…?」
 ……。
 胸が締め付けられる……。
 ……。
 何か……、何か言ってよ、カニパン!
 ……。
「ふわ? ふえ? ミルクしゃんがカニパンを!? でも、カニパンはアンしゃんのコトが好きで…、アンしゃんにはロボトの恋人がいて…、こう言うのを修羅場て言うデシ?」
 ……。
 待つ。待つ…。待つ……のだが……。
 一体、なにやってるの、カニパンは!
 ……もう我慢できないわ!
「ちょっと、なにぼ〜っとしてんの!? 女のコにここまで言わせておいて! 何とか言ったらぁ!」
「え…、あ…、ああ…、あんまり、意外だったから…」
 こいつは……。
 一瞬気が遠くなりそうなカニパンのセリフだった……。
「あんたが気付かなかっただけよ!」
「そっか……」
 そうよ。
「ずっと……好きだったんだから…」
 好きだった…。ずっと、ずっと。
 アンなんかよりずっと前から、ずっと好き。
 少なくとも、アンの知ってることより多くのことまでずっと好き。
 アンの心がわかった今、ミルクはその気持ちにだけは負けるわけにはいかなかった。女のプライドを懸けて。
「ミルクしゃんがカニパンを? これは結構オイシイ話デシ〜。超人気アイドルをGet! しかも、将来はエレックカンパニーの社長になれるかもしれないデシ。大金持ちデシ」
「ミ、ミルク……」
 ズシューン。
 音と共に建物全体が揺れる。
 アンが走り去った方角だ。
「カニパン!」
 カニパンが駆け出す。
「カニパン…」
 これがカニパンの答だろうか……?
 と言うより、反射的に駆け出したに違いなかった。
 いつだって頭より先に体が動く方なのだから…。
 しかし……。
「カニパン!」
 キッドの声も耳に届いてない様だ。
「何よ。もう知らない」
 なにも、こんな時まであたしを無視しなくてもいいじゃない。
 ミルクはカニパンと反対方向に駆け出した。
「あ、ミルクしゃ〜ん!」

 たったったった…。
「はあはあはあ」
 ひとしきり走って壁にもたれて休む。
「ミルクしゃん」
「何よ、ほっといて!」
「でもデシね〜…」
「どうしてロボトなんか恋敵になっちゃたのよ。ロボトと人間の恋なんて出来るわけないじゃない」
 でも、それはカニパンには承知のことだった。まだ結論は出てないのかも知れないが……。
「でも、友達にはなれるデシからね〜…。愛情が生まれることも有るデシ!」
 ムっ。
「何よアンタ! あたしを慰めに来たんじゃないの!」
 こいつ、何の為に来たの?
「そうデシ! 元気出すデシ、ミルクしゃん」
「取って付けたように言わないで!」
 これじゃ、単なる八つ当たりだわ。
 それでも、分かっていても、言わずにいられない。
 キッドの無表情な顔もわたしのささくれだった心を刺激する。
 キーン!
「何!?」
 何かの音が響いたと思ったらキッドが一瞬光る。
「カニパン!」
 次の瞬間、キッドがモーターバイクモードに変形した。
 カニパンが呼んだようだった。
 そして、それは、カニパンの緊急事態を意味していた。

 ガシーン。
 バトルモードに変形したキッドが敵の大型ロボトに弾き飛ばされたところだった。
 カニパンとアンはあの、太った二人組に行く手を塞がれている。
 何か、何か武器になりそうなもの……も無いので、コードの先に何だか金属部品の塊が付いてるモノを握り締めた。あまり役に立つとは思えないが、もしもの時は、投げつければ、一瞬なら敵の足を止められそうだ。
「止めて、止めてよ!」
「ミルク!」
「あたし、まだそいつにちゃんと答えてもらってないんだから。スーパーアイドルのあたしと、アンとどっちが好きか聞いてないんだから。だからまだ、死なせるわけには行かない」
 答が欲しい。
 カニパンがもう、十中八九アンを選ぶとしても、カニパンの答が欲しい。
 そうでなければ、あたしは前に進めない。
 はっきり拒否されなければ、ここ何年かのカニパンへのあたしの想いは浮かばれない。
 自分でも無謀な行動をしてるとは思う。それでも、それでも、ミルクはカニパンの答を必要としていた。
「ミルクしゃん」
「それに、あんたはどう思ってるのよ、アン。カニパンのコト」
 最後に、全てをはっきりさせとかなきゃ。
 ミルクの心にあるのはそれが全てだった。
「そ、それは…」
「ったく、こんな時になに言ってんのよ、お嬢ちゃん」
「あんたから先に片付けちゃうわよ!」
 太った二人組が前に立ちはだかり、気圧される。
「くっ」
 ガラガラ……。
 突如、敵の大型ロボトが崩れて、ガラクタに戻った。
「どうしたんだ?」
「ばかばか、何やってんのよ!」
 どうやら、カシス達の意図したところではないようだが……。
「プログラムが最終段階を迎えたからだわ。この段階まで来てしまえば、惑星管理者としての役目は終わる。あとは、プログラムを遂行するだけ…」
「プログラムを遂行…」
 賢者のプログラムはホントに実行に移されたようだ。
「だから、能力がダウンしたのか?」
「余計なエネルギーを使わないように…」
「あたしはプログラムに組み込まれる予定だったから、能力ダウンはしないわ! これで立場は逆転ね」
 今までとは逆に、アンがカシス達を脅す。
「くそ、ひとまず引き上げよう。博士の指示を仰ぐんだ」
 カシス達がそそくさと逃げて行く。
 かくん。
「はぁ」
 緊張が解けて、膝の力が抜ける。
「さ、行こう、アン」
 最後までカニパンはあたしは気にしてくれなかった……。
「でも……」
 アンに促されてカニパンがあたしの方に振り向く。
「ミルク…ごめん。オレ……」
 その顔に迷いは無い。
 カニパンの答が出たようだった。
「言うな!」
 最後のプライドを振り絞って言う。
 みじめなあたし…。
 最後まで強がるわたし…。
「ミルク…」
 あたしを振る、その言葉はカニパンの言葉でなく、恋敵に促された言葉だ。
 いくら答を求めていたからって、そんなモノを聞くためにわざわざ戻ったわけじゃない。あたしは。
 いくらなんでも、それではみじめすぎるではないか……。
「あんたなんかいなくたって、あたしには何千万っていうファンがついてるんだから」
 ……声が振るえそうだ。
 カニパンの方を向いてられない。
「さっ、地上に戻って、ナッツさん達にプログラムのこと知らせてくるわ。これで、あたしは歌って閃くアイドルから、シャラク星を救ったアイドルとしてますます人気者よ!」 だめ……もう限界だ……。
 カニパンに背中を向ける。
「カニパンなんかあんたにあげる!」
 そう言い放つとミルクは駆け出していた。
「ミルクしゃん!」

 うい〜ん。
 エレベータの扉が閉まる。
 乗っていれば地上まで直行だ。
 ……。
 ガラスに自分の姿が映る。
 思ったより元気そうだ…。もっとひどい顔してるかと思った…。
「ばか。あっさり振ってくれちゃって」
 覚悟していたつもりだった。
 迷いのないカニパンの顔が目に浮かぶ。
 不意に視界が歪む。
「なんであいつの前では素直になれないのかしら……」
 なにが足らなかったのだろう……。
 どうして、もっと素直になれなかったのだろう……。
 なぜ、もっと早く告白できなかったのだろう……。
 押し止めていた感情が雪崩のように押し寄せてくる。
「好きなのに……ずっと前から…あなたのコトが……」
 ガラスに頭を押し付けてミルクは泣き崩れた。
「カニパン……」
 管理ブロックでもなく、地上でもない。
 それが、ミルクが涙を見せられる数少ない空間であることが、ミルクにはありがたかった。


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