#12 再会 v01b
before
「ああっ」
 目が覚めたとき、ミルクが飲み込まれた渦巻は未だゴウゴウと音を立て、頭上に回っていた。
 円筒状の広いスペースの底にミルクとカニパン、そしてキッドは居た。天頂に渦巻。
「ど、どうなってるの!?」
「地下への入り口さ。あの渦巻がゲートになっていたんだ」
 カニパンが説明する。
 落ち着き方をみると、あらかた推測していたのだろうか?
 結構なスペースのあちこちには、色んな資材か廃材と思われるものが散乱している。長い間使われていなかったようだ。
 他には、巻き込まれて吸い込まれたらしい船の残骸もある。
「これも、タイシ博士の発明デシか?」
「ああ、多分な」
 小さくカニパンが言う。
 服は濡れていない……。と言うか、すでに乾いたのか。
「すごいデシ…」
 かなり、現代のテクノロジーをビヨンドした「発明」だと思う。わたしでも。
 まして、カニパンにこの凄さが伝わらないはずはない。
 この歳で、「神に挑む」とか言う表現は使いたくないけど、今のシャラク星の技術から見ると、タイシ博士の「発明」はもはや、「魔法」のレベルだ。
 わたし達は、雷を落とす神に、斧と松明で挑む小賢しい人間でしかないんじゃないだろうか……。
「でも、どうやって降りていくデシ?」
 キッドが底の真ん中に開いているの、おそらくシャラク星中央に向かって続いていて、資材搬入路だったと思われる縦穴を覗いて行った。
 建設当時はどうだったか分からないが、今は、重力にたいして垂直な穴だ…。かなり深くて、かなり暗くて底も見えない。
「こいつさ」
 そう言ってカニパンがヴィジュアルメモリのスイッチを入れる。
「チェンジ、バーニングキッド!」
「デシデシ! がおーデシ」
 ……。
 なんか怪獣だか恐竜だかのぬいぐるみ(?)にキッドがなった。
「なによ、それ?」
 キッドが火を吐くからバーニングキッドなんだろうけど……、それで?
「まあ、見てなって」
 カニパンが周りの資材を漁り始める。
 そういや、カニパンが「ひらめいた!」ってのやらなくなってどのぐらいたったんだろう?
「がおーデシ! がおーデシ、がおーデシ」
「なるほどね!」
 カニパンは適当にかき集めた資材で熱気球を作り上げた。
「じゃ、ミルクはここに残っててくれ」
「ええっ!?」
「ここから先は、オレとキッドで行くからさ」
「なに勝手なこと言ってんのよ! ここまで人を巻き込んでおいて!」
 ちょ、ちょっと、ここまで来て、あたしを置いて行くって言うの?
「この先、どんな罠が待ちかまえてるか、わからないんだぞ」
 う……。一応、心配してくれてんだ…。ちょっとうれしいけど…でも…、
「ここに居た方がよっぽど危険よ! 兎に角、わたしも行くからね。あんた一人じゃ何しでかすかわかったもんじゃないわ」
「わかったよ! 勝手にしろ!」
「するわよ! こんな処に一人で残れなんて。全くもう!」
 カニパンを一人で行かせる!? ここまで来てそんなコトが出来るわけがない。
 カニパンは絶対に無理をする。タイシ博士に勝つとしたら、それはどうしても必要なコトに違いない。
 アンを取り戻すために無茶をするに違いない。アンを目前にして、冷静な判断と行動が出来ないことは、今までの言動で明白だった。
 それで、もし、タイシ博士に勝ったとしてカニパンは!? アンを取り戻したとしてカニパンは!?
 あたしの生命に代えても、なんてコトは言えない。生きてなきゃ意味がないから。それでも、あたしはカニパンの生命の為ならなんだってやる。
 キッドの熱気球でゆっくり縦穴を降りながらミルクはそう決心していた。

「うう〜ぅ、さむ〜い」
 気球で縦穴を降りて行くに従って気温が下がって行く。
 シャラク星上は特殊な場所を除いては適温にコントロールされてるので、あまりこういう経験はなかった。
「この縦穴、今は使われていないから、温度調節なんてしてないんだな」
 こいつは〜…。あっさり解説してくれちゃて……。他には気が付かないの!?
「うわっ。なにすんだよ!」
 ミルクはがばっと、カニパンからジャケットをはぎ取って、防寒モードのスイッチを入れた。
 ジャケットの袖が伸びて、生地が空気を取り込み膨らむ。
「レディが寒いって言ってんだから、ジャケット貸すのは当然でしょ!」
 ったく、気が利かないんだから。
「レディ!? 他人の服いきなり取ってくのはレディじゃね〜ぞ〜!」
 そんなことわかってるわよ。
「デリカシーが無いわねぇ。そんなことじゃ、女のコに嫌われるわよ」
「ん、うるさい」
 ん? 一応、ちょっとは気にしてるようだ。まぁ、この歳の普通の男のコはこんなもんだと思うけど。
「う〜、くしゅん」
 カニパンがくしゃみをする。
 寒そうだ。
 …………。
 ごくん。自分を落ち着かせるように唾を飲み込んだ。
「ほら」
 ジャケットのカニパン側を開く。
「ん?」
 も〜、にぶいんだから。
「なにやってんの! 早く入りなさいよ。ホントはヤだけど」
「オレのジャケットだぜ…」
 カニパンがそそくさとジャケットを被る。
 どきどき。
 あ……、カニパンの体温……。
 ……。
「はぁ〜」
 カニパンが落ちついて、ため息をつく。
 こ、こいつ…。人がこんなにどきどきしてるって言うのに……。
「言っとくけど、あたしアイドルなんだからねぇ」
「だからなに?」
「あたしと握手出来る、って言うだけで一万人の男のコが並んじゃうのよぉ」
「だからなに!?」
「にぶいわねェ! 今をときめく発明家アイドルを独り占めしてんだから、少しは幸せ噛み締めなさい」
「はいはい」
 く〜っ。
 そりゃ、カニパンがアイドルだからって理由で女のコをちやほやするような男のコじゃ無いことはわかってる。
 でも、そうじゃないでしょ。そうじゃ。
「そっか。あんた人間の女のコより、ロボトの方がいいんだもんね〜」
 ……。
 また、やってしまった。
「な、は!?」
「アイドルなんかに、興味無くて当然よねぇ」
 止まらない。
「オレは別に…」
 なんで、素直になれないんだろう。
 どうして、いつもこうなんだろう。あたしは……。
 ボソン。ボソン。
 バーニングキッドの吐いてた火が上手く燃えていない。
「ん? どした?」
「火がうまく出ないデシ」
「ガス欠?」
「違う! これは……」
「うわ」
 平衡感覚が混乱し、身体が浮き上がる。
「無重力エリアに入ったんだ!」
「ああっ」
「ミルク!」
 カニパンが浮き上がるあたしの身体を捕まえてくれた。
 不意に、カニパンとの距離が近くなる。
「無重力だと、空気の対流も起きないから、ガスが上手く燃えないんだよな」
「んん? 離しなさいよ!」
 ぽかぽか。
 とても冷静ではいられない……。
「いっ」
「カニパン!」
 キッドが叫ぶ。
「んん?」
 下を見ると、光りが見える。
「入り口だ!」
 気球はゆっくり落下を続けていた。

 カラン。
 カニパンが通気ダクトの蓋を蹴飛ばして外す。
「よっと」
「んっと」
 あたしも続いて這い出す。
 身体中、ほこりでいっぱいだ。最悪。
「もう、惑星管理人って掃除しないのかしらねぇ?」
 取り敢えず、頭の髪についたほこりを叩き落とす。
「キッド、アンの居場所を検索してくれ」
「はいデシ」
 あたしは辺りを見回す。
「んん?」
 窓があって外が見える。
「わあ、宇宙!」
 ホントに、シャラク星の裏側に来たようだ。
「ん?」
 宇宙は見えるのだが、管理ブロックの下から繋がっている部分、視界の下側一体には、なにかの巨大な六角柱構造物がびっしり作られていた。
 規模からして、唯事では無い。
「あれは……?」
「タイシ博士が言ってた。シャラク星を潰して、新しい惑星を作るんだって…。もうあんなに出来ているのか!」
 ……。
 あたしには、これの意味することはわからない。
 しかし、タイシ博士が本気だと言うことだけは確からしかった。
「わかったデシ!」
 端末から情報を探していたキッドが叫んだ。
 駆けつけると、ディスプレイ上のマップ上の一点が点滅している。
「そこデシ。そこにアンしゃんは居るデシ!」
「それって!」
 ……。マップの点と、現在位置表示からすると……。
「ここじゃないか!」
 って、端末の真後ろの部屋じゃない!
「出来すぎてるぅ!」
 ダン、ダン!
 カニパンがドアを叩く。
「アン、居るのか!? アン!」
 ウーッ、ウーッ。
 警報が鳴り響いて、警備ロボトが整然と現れた。
「来たーっ! カニパン何とかするデシよ!」
「ちょっと待ってろ」
 カニパンがヴィジュアルメモリを取り出した。
「行くぞキッド! チェンジ、キャタピラモード!」
「デシデシー!」
 キッドが光ったと思ったら、ボール状に変形した。
 ぶろろろ〜。
 キッドが警備ロボトに体当たりして、警備ロボトを弾き飛ばして行く。
 第一陣は数の割には、簡単にやっつけてしまった。かなり旧式の意志を持たないロボトだったようだけど……。
 バシバシ。
 そうしてる間に、カニパンはドアの方の電子ロックを解除した。コードを直結して短絡させた様だ。結構荒っぽい?
 ウィーン。
 扉が開く。
 カニパンが駆け込む。
 アンはホントに居るのだろうか?
 あたしも続いて部屋に入った。
 白い、半卵形のベッドがある。
「…アン」
「カニパン」
 居た。アンだ。
 服が以前とは違うけど。
「アン! アン!」
 カニパンが駆け寄ってアンを抱き締める。
 ……。下唇を噛む。
 覚悟はしていたつもりだったけど、やっぱり平静ではいられない。
「よかった。無事だったんだね」
「……」
 ? 何かヘン?
「アン?」
「いつまでやってんの! ヤツらが来るわよ!」
 兎も角、アンが見つかった以上、もうここに居る理由は無い。
 アンさえ居れば、カニパンもこれ以上危険なコトはしないだろうし。
「そうだ、早く逃げよう」
「まって、メモリーは?」
「メモリーなら有るよ」
 カニパンがメモリーを取り出す……。
? あれは…?
「みつけてくれたのね」
「アン?」
「あたしのメモリー」
 ヘン。この娘ヘンよ。
「アン、何言ってんだ。今はそれ処じゃ…」
「これは、あたしのもの。あたしがあずかるわ」
「アン、そんなコトより、早く行こう!」
 コイツ、全く気が付いてないわね。ったく、世話の焼ける。
「待って!」
 カニパンを制してアンの前に立つ。
「あなた、誰!?」
「えっ!?」
 アンじゃない。この娘は。外見はアンだけど、少なくとも、あたし達の知ってるアンじゃない。
「何を言い出すんだ、ミルク!」
「この娘はアンじゃない。ヘンだわ。別人よ!」
「アンは捕まってたんだぜ」
「そんなの、幾らでもお芝居できるわ。それよりなにより、こんな簡単に敵の本拠地に入り込めるなんて、絶対おかしいわよ」
 確実な理由は無い。しかし、あやしいことはある。
 何かの罠。そう考えれば辻褄が合う。
「どうしてそんなことをいうの?」
「え?」
「あたしがロボトだから?」
「そうだ、証拠は有るのか? アンが偽物だって言う証拠は!」
 う……。
「それは………女のカンよ!」
「それじゃあただの言いがかりデシよ」
「そうだよ、酷いじゃないかミルク。アンに謝れ」
 カニパンもキッドもきつい目であたしを睨む…。
 もしかして、あたしだけ悪者? そんなにあたしが悪いの?
「さあ!」
 カニパンがアンに謝るように促す。
 う……。
 でも、あたしには、どうしても、アンが本物だとは思えないのよ!
 ……。
「あ」
 ! いいことを思い付いた。
「本物のアンはおへそにピアスしてたハズよ!」
「え?」
 アンの偽物がおへそを探る。フン。偽物の証拠だ。
「な〜んてね。本物のアンは、そんな処にピアスなんてしてないわよ。ほらね」
 どお、ぐうの音もでないでしょ。
「カニパン…、カニパン」
「アンしゃんの声デシ!」
 カニパンのジャケットからアンの声がした。また、ヴィジュアルメモリを通しての通信だ。
 これで、カニパンにも、目の前のアンが偽物だと疑う理由は無くなったはずだ。
「おまえ……」
 偽アンがメモリーを持ったまま駆け出した。
 あたし達が入ってきた反対側のドアから走って逃げ出す。
「待て!」
 カニパンがあわてて追い掛ける。
 !?
 ドアを出たところでカニパンが急に立ち止まった。
「タイシ博士…」
 そこには仁王立ちしたタイシ博士が居て、アンはその後ろに立ち止まってこちらを不敵に睨んでいた。
「フフフフ……」
「アンをどうした! どこへやったんだ!?」
「フン、ここに居るではないか。ほれ、目の前に」
 アンはタイシ博士の影からこちらを見つめている。
 ……さっきから、ずっと無表情だ…。
「違う! そいつはアンじゃない! ニセモノだ!!」
 カニパンにも、このアンがニセモノだと、やっと分かったようだった。だけど……、だけど、本物は!? さっきの声は……?
「だまれ小僧! わしの発明に本物の偽物もない。この娘は間違いなくアンジェリカだ。生まれたばかりのわしの娘だ」
「生まれたばかり!?」
 ……、と言うことは作られたばかりと言うことだろうか。
 だとすれば、あのアンから今イチ感情が感じられないのは、その所為なのだろうか?
「じゃあ、オレの知ってるアンは…」
「あれはもう用済みだ。わしに逆らうモノなど必要無い」
 ……。
 この人は……、タイシ博士は違う。
 こんな人が、こんな世界を作れるわけがない。仲良し回路を作るような人は、決してこんな言葉を言うはずがない。
 なにか、なにか違っている……。
「用済みだって……アンをどうした!? あんた、ロボトを何だと思ってるんだ! ロボトは使い捨ての道具じゃないぞ。ましてや、アンはあんたの娘だろ! それなのに、どうして…」
「お前にはわかるまい。わしがどんな思いでアンジェリカを作り上げたのか……」
 その瞬間、タイシ博士が遠い目をしたようにミルクには見えた……。
「わかるはずがない。わしがどれほど娘を愛していいたかなど……わかってたまるか…」
 この人は、娘を失ったショックで心を壊してしまったのかもしれない。
 それはそれで、同情すべきことだとは思う。
 でも……、でも違う。
「わしは娘の為ならなんでもした。兄が欲しいと言えば兄を作り、弟が欲しいと言えば弟を作った。そして、恋人が欲しいと言えば恋人を作った…」
 !? 恋人を……? だとしたら、アンは…?
 ミルクは思わず、カニパンの方に視線をずらした。
 しかし、カニパンに分かるような変化はない……。
 ……。
「……しかし、あいつはわしに逆らった。父親たるこのわしにっ!」
「だからって…」
「だからって、違う娘を作るの!? そんなの本当の父親じゃない!」
 失くしたものは決して他のものじゃ置き換えられない。
 まして、それが長年つきそった娘だとしたら、例えそれがロボトであっても。
 タイシ博士はすでに親として…、人としての心を失ってしまっている……。そうミルクは思った。
 おそらく、この人と和解することは有り得ないと……。
「違うだと? キサマ達の知るアンジェリカと…。この娘のどこが違うと言うのだ」
 泰然としてタイシ博士が言う。
「ええっ!?」
「部品もオイルも、髪の毛一本、螺一本に到るまで同じだ。違いなど微塵も無い。フフフ…。そうだ、設計図さえあれば何人でも同じアンジェリカを作り出すことが出来る。メモリーを持ってきた礼として一つ作ってやってもいいぞ。お前の思うがままにするがいい」
 違うわ。それは。
 それは、仲良し回路を作ったタイシ博士本人が、一番知っていることではないのか……?
「違う! 姿かたちは同じでも、オレのアンは…、オレのアンは…!」
「フハハハハ…。お前の求めるガラクタ人形は壊れたままよ。スクラップ同然の身体を、今も不様に晒しておるわ。はははは…」
 ……。
「タイシ博士〜っ!!」
「うるさいっ! キサマの悪足掻きもここまでだ。メモリーは我が手にある。これでわしの理想郷は完全なものとなるのだ」
 ボン。
 タイシ博士が掲げたメモリーが突如爆発した。
「なにっ!」
「こんなこともあろうかと、偽物にすり替えておいたんだ」
「小僧〜っ…」
 タイシ博士の顔が鬼の形相となって行く。
「アンを返せ! 断ればメモリーは永遠に手に入らないぞ!」
 カニパンはまだ、このタイシ博士と交渉するつもりなの!?
 このタイシ博士とあたし達は、すでに別の世界に生きている。別の論理で生きているのだ。それがわからないの?
 それとも、そんなコトの判断もつかなくなってしまうぐらいアンが好きなの? そんなにアンがいいの?
「フハハハハ! それで勝ったつもりか、小僧?」
 うい〜ん。
 突如、天井に扉が開き、カシスというアンの弟と姉のコアントロー、警備用のロボト3体が飛び降りてきた。
「ああっ」
「捕まえた」
 あまりにも急で、わたしたちは警備ロボトに為す術なく捉えられた。
「うぐあああっ」
 カニパンを捉えたロボトがカニパンを絞り上げ、カニパンの両足は浮き上がった。
「カニパン!」
「言え、本物のメモリーの在処を…」
 タイシ博士がゆっくり近付きながら言う。
「うぐっ……。誰が言うか! このまま握りつぶされたって」
「カニパン!」
 カニパンは言わない。ホントに握りつぶされても……。
 どくん。どくん。
 汗がどっと吹き出してくる。
「…カシス」
 タイシ博士の声が低く響く。
「やっちゃえ!」
「うわああああああっ!」
 ロボトが更に力を加えると同時に、カニパンの悲鳴が通路にこだまする。
 あと数秒で確実に腕の骨、運が悪ければ、肋骨や背骨までもイきそうだった。
「やめて! 肩よ、左腕のドライブの中よっ!」
 黙ってなんかいられなかった。
 致命的な一言だということはミルクも重々承知だった。
 例え、ここから無事帰れたとしても、決してカニパンは許してくれないかも知れない。
 それでも、それでも、黙っていることはあたしには出来ない……。
「下ろせ」
 カチ。
 アンが倒れて動けないカニパンの肩のドライブからメモリーを取り出して、タイシ博士に渡す。
「フフフ……。これでメモリーが全て揃った。今こそわしの理想の新世界の幕開けだ」
「どうします、こいつら?」
「メモリーが手に入った今、もう用はない。処分しろ」
 コツコツコツ。
 タイシ博士とアンが去って行く。本物のメモリーと共に……。
「どうしてだよ。ミルク!?」
「……」
 カニパンの目が痛い。心につき刺さる。
「そいつをやれ」
 カシスが警備ロボトに命令する。
 この場で与えられた時間がないのは、あたしにはありがたかった。
「デシー!」
 ガシーン。
 キッドがロボトに体当たりした。
 ロボトはバランスを崩して、天井に大穴を開けた。
 ぶしゅ〜。
 穴から勢い良く煙が噴出した。何かのパイプを突き破ったようだった。
「なによコレ〜!?」
 コアントローが叫ぶ。
 あたし達は煙に姿を隠して、取り敢えず、この場から逃げ出した。

「はあはあはあ」
 カニパンに肩を貸して走る。一応、当面の追手は撒いたようだ。そんな大した時間ではないだろうけど…。
「しっかりしなさいよ!」
「離せよ。はあはあはあ……」
 カニパンがわたしの肩を振り払う。
「どうして、どうして教えたんだ、メモリーのコト」
 真剣に怒ったカニパンの目……。滅多に見ないカニパンの赤い目。
 そして、決してあたしの心の届かない目……。
「後悔なんかしてないわよ、あたし。あたしはアイドルなのよ。こんな処で無駄に生命を落としたら、あたしのファン100万人を泣かせてしまうことになるもの!」
 あたしには、こんな時にも、こんなセリフしか出ないのだろうか……。
 強がって、強がって、強がって……そして何もかも失くしてしまうのだろうか…。
 カニパンも、わかってくれてもいいじゃない……。
 あたしがこんなコトを言いたいわけじゃないって……。
「なに〜!」
「なによ!」
「二人とも、ケンカしてる場合じゃないデシよ〜」
「ミルクは帰れ!」
 あたしを睨んでいたカニパンが唐突に言った。
「えっ!?」
「アンを連れ戻す」
「なに言ってんのよ〜っ。どうしてわかんないの!? 死んじゃったら元も子も無いんだから。それに、アンがどこに居るのか分からないじゃないの!」
 あ〜、もう、どうにも説得力のある言葉が出てこない。
「お前には関係無いだろ」
 かちん。
「関係無いですって!? 一体、誰の為に死ぬ思いしてついてきてると思ってんのよ!」
 どうしても、どうしても、あたしの心はカニパンには届かないのだろうか……。
「……誰の為に……。くっ」
 ……。
 ダメかも……。
 ここまで言っても表情を変えないカニパンを見て、ミルクは初めて、そう思った。
 ……。
 ガシャン。
 ガシャン。
 隔壁の閉まる音がする。順に隔壁が締まっている。
 警備ロボト隊の足音も響く。
 このままでは追い詰められる!
 わたしたちはあわてて逃げ始めた。
「はあはあはあ」
 ガシャン。
 ガシャン。
 誘導されている様な気もするが、ともかくわたし達には走るしかなかった。
 ガシャーン。
 遂に目の前で隔壁が閉まる。すぐ後ろには警備ロボトが迫る。
 絶体絶命だ。
「くっそぉ…」
 ガシーン。ぷしゅ〜。
 !
 ロボトをわたし達を隔てる隔壁が閉まると同時に、目の前を塞いでいた隔壁が開く。
「開いたデシ!」
 ぷしゅ〜、ぷしゅ〜。
「どんどん開いて行くデシ」
 通路上の隔壁がどんどん開いて行く。
 まるでわたし達を誘導しているようだ……。
「ん? …呼んでいる」
 カニパンが呟く。
「カニパン?」
「わかるんだ」
 カニパンが駆け出す。
「アン!」
「カニパン!」
 たったった……。
 ウイーン。
 幾らか走ったところで、目の前の隔壁がゆっくり開く。
 その光りの中に、人影が……。
「カニパン! カニパン!」
 走って、アンがカニパンに抱きつく。
「ア、アン! ちょ、ちょっと…」
 カニパンが自分で自分の頬を叩く。
「夢じゃないよね、アン」
 うれしそうなカニパンの声……。
 耳なんて聞こえなければいいのに…。
「ええ」
 再びアンのカニパンが抱き合う。
 あたしの目の前で……。
 うれしそうなカニパンの笑顔……。
 目なんて見えなければいいのに…。
「よかった。キミが無事でよかった」
「カニパン…」
 ……。
 歯を食いしばって…、拳をおもいっきり握って、ミルクは耐えた。
 そうしなければ心が壊れてしまいそうだったから。泣いてしまいそうだったから……。
「……」
 あきらめ……。
 耐え切れず、抱き合う二人から目を逸らしてしまったとき、ミルクの脳裏にそんな言葉がよぎった。


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