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キイィィーン。 テーブルに置かれたアンのメモリーが高周波を放ちながら光っている。ぎりぎり聞こえるかどうかの音だ。 カニパンとキッド、ボルシチさんとそしてわたしはふたたびシュー博士の山荘に来ていた。冷凍爆弾の残滓で、部屋のあちこちにはまだ氷が残っていた。 「カニパン」 「ああっ」 カニパンのジャケットの内ポケットに入れてあったヴィジュアルメモリからアンの声がした。 「アン」 カニパンがヴィジュアルメモリを取りだして、話し掛ける。 ヴィジュアルメモリをアンのメモリーに近付けると、メモリーの光りが増した。相互に反応し合っているようだ。 「お願い、返事をして、カニパン」 アンの声がヴィジュアルメモリから響く。 「アン、キミなのかい!?」 「カニパン! あたしの声が聞こえるのね。よかった」 「聞こえる、聞こえるとも! アン、無事だったんだね!」 ずき。 カニパンのうれしそうな顔が心につき刺さる。うれしそうな声がわたしを不安にする。 「カニパン……」 ザ、ザザザー……。 「アンっ!」 ノイズが拡大しアンの声は途絶えた。もともと、たまたま繋がっただけのようで、メモリーも、ヴィジュアルメモリも沈黙してしまった。 ……。 カニパンの眼の光りが違う……。 少なくとも、アンと出会う前の距離まで引き戻したはずのカニパンの心がまた遠くになってしまった。 アンなんか死んじゃってればよかったのに……。 そう思うのはいけないことなのだろうか……。 「どこもタイヘンだったみたいデシねぇ」 わたしたちはカニパンの家に戻ってきていた。 「ホ〜ント、あたしの主演ドラマ、報道特集で飛んじゃったじゃないのよ、全くぅ」 「そういうタイヘンじゃないデシ」 もちろん、そんなコトはわかってる。 カニパンは昨晩返ってきてから、ずっとコンピュータに向かってる。わたしはずっとほっとかれたままだ…。そんなカニパンに少しでも振り向いた欲しかっただけなのだ…。 「アン、もう一度返事をしてくれ、アン!」 カタカタ。 ずっと、メモリーに色んなアクセスを試し続けている。どうせ無駄なのに。 「カニパン、すこし休んだらどうだ? 夕から一睡もしてないだろ」 ボルシチさんがカニパンに声を掛ける。 「まだまだ、もう一度アンと話をするまでは!」 むかっ。 「ちょっとカニパン、うるさいわよ。TVの声が聞こえないじゃないの」 いらいらしてるところで、出てきたカニパンの言葉は、また『アン』だ。少しぐらい、わたしの相手をしてくれたっていいじゃない。 「うるさい! TVの声より、アンの声の方が大事だ!」 「な、なんですってぇ〜!」 「や、やめるデシ〜」 「なによ、こんなモノがあるから、シャラク星が大変なメにあっちゃうんじゃないの! さっさと壊しちゃえばいいのよ!」 ミルクはパソコンに繋がっていた、アンのメモリーをさっと、奪った。 なによ、こんなモノ! こんなモノがあるから、カニパンはアンに出会ってしまったのだ。カニパンが遠くに行ってしまったのだ。一度わたしのトコに戻ってきたカニパンが、また離れてしまったのだ。 「オイ! 何するんだ! 返せ!」 カニパンが、掴み掛かってきた。 「やめんか、二人とも!」 ボルシチさんが見兼ねてどなる。もっともだ。 しかし、このまま、メモリーをカニパンに渡すわけにはいかない。渡したくはない。 「あっ!」 カニパンを振りほどこうと身体をひねった瞬間にメモリーが右手から滑り落ちた。 コトン。 ぱぁ。 メモリーが床に落ちた瞬間に、強い光りを放つ。 「あああっ」 「カニパン?」 ヴィジュアルメモリからアンの声が聞こえる。 「アン!?」 「ちょうどいい、あんたには訊きたいことが山ほどあるんだ」 カニパンがヴィジュアルメモリに向かって話し掛けたところで、ボルシチさんがそれを奪って話し掛けた。 「あなた…、誰?」 取りつく島も無いようだ。 「大丈夫だよ、アン。オレならここに居る」 ヴィジュアルメモリを取り戻して、再びカニパンが話し掛ける。 「カニパン!」 「今、どこに居るんだ? すぐ助けに行くよ!」 「もう、いいの」 「え!?」 「カニパン、お願い、早くこの惑星から逃げて」 どういうことだろう? アンは、もうカニパンと会う気が無い、と言うことだろうか。 「な、何言ってるんだよ!」 「タイシ博士は、シャラク星の人々を犠牲にしてまで、新しい惑星を作ろうとしている。メモリーさえなければ、博士の計画を止められるかと思ったけど、もうダメ。あたしの力では、もうどうすることも出来ない。ごめんなさい。あなたまでこんなことに巻き込んでしまって …。これ以上、迷惑を掛けるわけにはいかないわ。お願い、逃げて! あなただけでも、生き延びて……」 ザーザー。 再びノイズが大きくなってしまった。 「アン、アン!」 カニパンが叫ぶ。 こんなときのカニパンの行動は決まっている。それが分かってるだけに、そんなカニパンなだけに、あたしはその行動を止めることが出来ない。 「行くぞ、キッド!」 「カニパン!」 「待ってろ、絶対キミを助け出してみせる!」 「なに? それ?」 カニパンが側の公園でスコップを振り上げる。 ……。 「こほ、こほ」 スコップでほうり上げた砂がかかる。まわりのコトは全く目に入っていない……。 「もう…」 「カニパン、何やってるんデシか!?」 「アンを助けに行くんだ。アンはきっと、この下の地下管理ブロックに居る。だから地面を掘って行けばいいのさ!」 「たく、理屈もへったくれも…」 「まんまじゃないの……」 偶に、壊れるのよね…、カニパンって。 「アン待ってろよ〜! 今行くからな〜!」 「何を言っても無駄デシ」 「ありゃあ、豆電球並の思考回路だな」 「フン。地面の底でミイラにでもなればいいのよ」 何を言っても、カニパンの耳には届いてないようだ。まったく。 「うわああ〜!」 カニパンが突如叫ぶ。 え、何!? なにか起こったでも、出てきたでもないようなんだけど……? 「こ、腰が痛いよ〜ぉ」 「んが」 ったく……。 「と、言うわけで、キッド、タッチ!」 カニパンがヴィジュアルメモリを取り出してスイッチを入れる。 「デシデシ」 「行け! ドリルキッド! 穴を掘って掘って、掘りまくるんだ!」 ガガガガ……。 カニパンの掘った穴にドリルパーツを付けたキッドがまた入って行く。 「よし、その調子だキッド!」 ……。なんかテキトーに掘ってるようにしか見えないんだけど……。 「ちょっと、カニパン」 「だから、無闇矢鱈、穴を掘ってもなぁ…」 ボルシチさんも同意見のようだ。 ゴゴゴ……。 ? 穴から、何か音がする。 「うわああ〜!」 穴から、凄い勢いで水があふれてきた。 水道管でも突き破ったのだろうか!? しかし、尋常な水量ではない。 「どどど、どうしたんだキッド!」 「ちちち、地下水脈デシ!」 「え〜い、言わんこっちゃない!」 「一体、何やってんのよ、あんたは! このC級っ!」 ったく、もう、いつまで経っても、成長しきれないヤツなんだから。 「オレはA級だっ!」 「うわ〜! また違う〜!」 場所を変えては掘って、変えては掘るのだが……。 ったく、幾つ掘れば懲りるのよ。もう。 「今度は温泉デシ!」 「いい加減にしなさいよ!」 「シャラク星の地盤をめちゃくちゃにする気か!」 ホントに、こんなに掘り回すのも当然、惑星に良いわけがない。 「はあはあ」 取り敢えず、このままにするわけにもいかないので、掘り返した土砂で穴をテキトーに埋めて、休憩。 休んでいると人の気配がした。 「ちょっと、カニパン!」 「あれ?」 声を掛けてきたのはナッツさんだった。デバッグ隊の数人と一緒だ。 「ナッツさん、こんな処でなにやってんの?」 パトロール中か何かだろうか? 「それは、こっちのセリフよ。さっきからなにあちこち掘り返してるワケ?」 「え、あの…」 「ちょっと、コイツ止めてやってよ!」 ナッツさんから言われれば、さすがにカニパンも今やってることのムダさ加減に目が覚めるだろう。 「カニパン、どうしても惑星管理ブロックヘ行くって聞かないデシ!」 「管理ブロック?」 「アンを助けに行くんだ!」 「それで、穴を掘っていたの?」 「う〜ん、どこかに入り口でもあればいいんだけど…」 「そんな都合のいいもん、有るわけないでしょ!」 「入り口なら、海よ」 あっさりとナッツさんが言う。 ……。 !? 「は!? 海〜っ!?」 ザザザザ……。 わたしたちはナッツさんと一緒にデバッグ隊の作業船に乗せてもらった。 「この辺りよ。昔、シャラク星建設当時に使われていた資材搬入口なの。きっと、この辺りに管理ブロックへの入り口が有るはずだわ」 地図の一点を指さしながらナッツさんが言った。 「そんなものが有ったなんて…」 「それにしても、メモリーを手に入れたのがあなた達で良かったわ。あれが、ヤツらの手に渡ってたら……」 「ああ、だが、対処に困っているんだ…。このまま持っていれば、いずれは敵の手に渡ってしまう危険性がある…」 ボルシチさんの心配ももっともだ。 それになにより…、持ってる人がヤツらに狙われてしまう……。そしてそれは……。 「確かに危険ね…。なんとかしないと…」 カニパンがメモリーを見つめている…。 「だからぁ、ぶっこわしちゃうのが一番なのよぉ!」 そうすれば、カニパンに直接危険が降り掛かってくることはなくなる。 「メモリーは持ってくよ」 「カニパン!」 「あんた、人の話聞いてんの!?」 一体、コイツ、自分の危険がわかってるの? 周りの人がどれだけ心配してるかわかってるの!? 「鮫の口の中に、生肉ぶら下げて飛び込むようなものよ」 「シュー博士の厚意を無駄にするつもりか!?」 ナッツさんもボルシチさんも口々にカニパンに再考を促す。 「いや、これは、シャラク星の危機を救う、キーになるものなんだ」 「シャラク星の危機を救う……」 「キー…だって!?」 「デシ?」 ? どういうことだろう。 「ずっと調べてたんだけど、プロテクト解除の方法がもうすぐ見つかりそうなんだ。メモリーのプログラムを書き換えれば、タイシ博士の計画を阻止できるかも知れない」 「メモリーの書き換え……」 ナッツさんが呟く。 「ホントにそんなコトが出来るんデシか!?」 「まかせておけよ! やってみせるさ! このオレが!」 「カニパン、やるデシ!」 「オイ、いつの間にそんなコトまで調べていたんだ?」 ボルシチさんも驚く。 確かに、一晩徹夜したのも、ただのムダってコトはないようだ。この辺りは、腐ってもA級って処ではある。 「へへっ、たいしたモンだろ」 この辺りはC級のままだが。 「何よ、ただアンの声が聞きたくて、やってただけじゃないの」 ひゅひゅひゅ〜。 無視したようにカニパンが口笛を吹かせる。 キーッ! カニパンったら、ちょっと上手く行きそうだからって〜っ! もぉ〜っ。 「隊長!」 デバッグ隊の隊員がナッツさんに声を掛ける。 「どう? 入り口は見つかった?」 「それは…」 「コンピュータの計算によれば、この地点が管理ブロックへの入り口になるはずですけん…」 ポチさんが言うのだが……。 「ここが? なにもないじゃ…ないの?」 まるっきり海の上だ。遠くに陸が見えはするが、それだけだ。 何もない。ザザーンと海の音と、船のエンジン音がするだけだ。 「ああ、隊長! あれ、あれーっ!」 デバッグ隊の一人が大声を上げる。 「ひょ、氷山!?」 氷山が見える……。 本来はこんな処にあるモノでもないのだが、やはり、管理異常の所為だろうか? ……近付いてくる? ちょ、ちょっと……!? 「なんで氷山が近付いて来るのよ〜っ!」 かなりのスピードだ。明らかに、この作業船よりも早い。 こ、これは…!? 「ぶ、ぶつかる〜っ!」 カニパンが叫ぶと同時に氷山が船体右から衝突した。 ガガガガ……。ギシギシギシ…。 氷山が船体をえぐるように削り、甲板は大きく傾いた。 「隊長! 右船腹がやられました。浸水が始まっています!」 「なんですってぇ!?」 ウー、ウー。 緊急事態警報が船全体に鳴り響く。 「オーッホッホッホ…!」 氷山から声がする。 「誰!?」 ナッツさんが誰何する。 ばん。 氷山上部の氷が大きな音と一緒に砕け散った。 「いっかが〜あ? 名付けて、大海原のタイタニック風先制ラブラブ攻撃よ〜ぉ」 「また現れたな! アンのメモリーは絶対渡さないぞ!」 なかから、変な小太りの二人組が現れた。カニパンは知っているようだが…? 兎も角、メモリーを狙ってるコトだけは間違いなさそうだ。 「おとなしく引き上げなさい! さもないと…」 ナッツさんが銃を構える。 「あらぁ」 「まぁ?」 どこまでも気の抜ける二人組なのだが……。 「あたし達に銃向けてるわぁ」 「おもしろそ。撃ってみて、撃ってみてぇ!」 ばん、ばん。 ナッツさんが威嚇する。 「おや」 「まぁ」 「みんなぁ、ムキになっちゃって、かわいい〜」 「だけど、わたしたちィ、これまでちょっぴりソフト路線で攻めてたけどぉ…」 「今度はハードに行くわよ!」 二人が手を揃えて上げる。と、同時に手が光る。今までと同じパターンだ。 光りが船を包む。 案の定、船首がロボトになって襲ってくる。 「きゃあ」 反動でふっ飛ばされる。 「今回は、出血大サービスの超スーパーどデカサイズロボトよぉ〜ん!」 「倒せるものなら倒して御覧なさい〜!」 二人組が船首ロボトの頭の上にたって、余裕綽綽で言う。 「行くぞキッド! チェンジバトルモード!!」 「デシデシッ!」 キッドが変身して、戦いを挑む。 起動力ではキッドの方が幾分優れて入るが、根本的なパワーに差がありすぎる。 キッドの攻撃自体があまり利いていないようだった。 ガシィ。 キッドが思いっきり弾き飛ばされた。 ゴゴゴ……。 大きく揺れて船体が傾き始めた。そりゃそうだ。浸水してるのだから。 ゴボゴボ……。 ロボトの船首は完全に沈んでしまった……。二人も一緒に……。 なんだったの……。あれ……。 こっちもデバッグ隊員が救命挺を下ろし始めた。 「カニパン、急げ!」 船員はあらかた救命ボートに退避したようで、すでにボートに乗ったボルシチさんから声が掛かった。 「ああ、ミルク何やってるんだ!」 「早く乗るデシ?」 「ふん。ナンバーワンアイドルのわたしに、そんなぎゅうぎゅう詰めのボートに乗れって言うの!? いやよ!」 ボートは汚れていて、しかも、定員以上に乗っている。 だからと言って乗らないのは、ここで溺れ死ぬと言うことだ。もちろん、本気でそう思っているわけではない。 ちょっと、ちょっとだけ、カニパンを困らせてやりたかった。 もう、こんなコトでしかカニパンの気を引くことは出来なかったのだ……。 「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」 「いや!」 「うわぁ」 さらに大きく船体が傾いた。 そのショックで、みんなが脱出した左舷のボートの反対側の右舷のボートがすべって来た。これで脱出できそうだ。二人で。 「オレ達はこっちのボートで行く。みんな、先に行ってくれ!」 「わかったわ。急いで!」 カニパンが一声掛けて、左舷のナッツさん達の乗ったボートは離れて行った。 「さ、ミルク」 右舷の方もボートを下ろし終えてカニパンが手を差し伸べてくれる。 もう、こんなコトは有るのだろうか……。 「早く乗るデシよ」 「ちょっと、乱暴にしないでよ!」 釣り縄梯子なので不安定なのだ。ボートも揺れる。そんなに急げと言われても……。 「あん」 カニパンに手を取られて、ボートに飛び降りた反動で、大きく揺れる。 「おわっ!」 今度はカニパンが落ちそうになって、あわてて腕を掴む。 ぎゅ。 ボートから大きく迫り出してあわや落ちそうだったカニパンの腕を、海から生えてきた手が掴んだ。 「ええっ」 「ばあ」 あの二人組だ。海に沈んだんじゃなかったの!? 「あんたはダ〜メっ!」 「助かりたかったら、メモリーを渡してから行きなさ〜い」 「いやだ! 渡すもんか!」 「なによあんた達、その汚い手を離しなさいよ!」 「なによ、そっちこそお離し!」 両側からカニパンを引っ張り合ってボートが大きく揺れる。 「離しなさい!」 「お離し!」 「うわっ」 バランスを崩した際に手の力が緩んで、カニパンは大きく海に投げ出されてしまった。 「カニパン!」 ボートから必死で手を伸ばす。 カニパンも手を伸ばす。 船は沈み続けて、波が荒い。ボートも揺れる。 届かない。50センチぐらいの距離が無限の距離に思える。 距離がじょじょに離れて行く。 波に飲まれて沈んで行く…。カニパンが……。 ゴポゴポ……。 ザザザザ……。 「カニパン! きゃあ」 急に海面が騒がしくなったかと思ったら、急に渦潮が出来て、ボートは大きく傾き、キッド共々渦の中に投げ出されてしまった。 渦はどんどん急に、激しくなっていく。 「ああああっ……」 渦に飲まれて行く……。 アイドルの最期としては、あまり締まらないような気がする。 それでも、カニパンと一緒なら……。 ミルクは少しだけ覚悟を決めた。 | next |