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がちゃん。ちりんちりん。 「カニパン!」 カニパンとキッドそれと、話にあった、シュー博士の助手…だと思われる人をやっと見つけた。 「ミルク!」 「ミルクしゃん」 「やっと見つけた」 「いつモンシロ町に?」 「たった今よ。そんなことよりこれ」 上着の内ポケットから、一枚の葉書を取り出してカニパンに渡した。 「この絵はがきがどうかしたのか?」 「差出人を見なさいよ!」 もう、何もないのに、あたしがわざわざ来るわけ無いでしょ! 「ああっ! シュー博士!!」 「なんデシ?」 「なに!?」 「どこでこれを?」 「実はシュー博士が消えたって聞いて、あなたの家に行ってみたの。何か連絡はないかと思って。そしたら…」 無駄足では無かった。無かったのだが……。 「灯台もと暗しデシ」 「なんて書いてある?」 「…いや、名前以外はなにも……。ただの絵はがきだ」 そう、ただの絵はがきなのだ。ただの一枚の絵はがきで、何かの記念碑らしき時計が写っている。 ……? あたしには、それ以上は分からないし、知らない。しかし、この最中、シュー博士からの絵はがきが、真にただの絵はがきな訳は無い。 兎も角、カニパンにこの絵はがきを渡す必要があったのだ。 「ホント、世話が焼ける。あたしがいないとやっぱりダメねぇ」 絵はがきの写真の場所をボルシチさんが思い出したので、わたしたちはボルシチさんの車でそこへ向かうことにした。 「ちぇ〜。絵はがきを見つけたくらいで、そんなに威張んなよ」 「なに言ってんのよ。だいたい、あんたは昔から、閃くのはいいけど、肝心なところが抜けてるんだから」 ……なぜ、絵はがき一枚をわざわざ届けに来たかも、わからないクセに……。 「んん、その点はキッドも同感デシ」 「ったく、キッドまで。それにしても、こんな処にシュー博士の山荘があるなんて」 「オレも絵はがきを見て思い出したんだ。一度だけ尋ねたことが有る」 「カニパンも知らなかったなんてね。でも、なんでわざわざ絵はがきなんかで?」 どうも、あまり使ってない山荘だったらしい。 「敵は惑星を管理している連中なんだゼ。電話やe−mailは探知される恐れがあるからな」 そう、あたしたちが……カニパンが敵に回してるヤツらはそんなヤツらなのだ。 「あれ? デバッグ隊だ」 キキー。車を止める。 山荘のある町がもうそろそろだと言うところで、デバッグ隊が道路を封鎖していた。何事だろう? 「この先は立入禁止だ」 「何が有ったんだ?」 ボルシチさんが隊員に訊く。 「町に重力異常が発生した」 「重力以上!?」 カニパンが声を上げた。 ほぼ人工惑星である、このシャラク星に於いて、重力異常とは、許されざる事故だ。 「一時的に重力の逆転現象が起きたんだ」 「今は小康状態を保っているが、原因が分かるまではあの一帯は立入りが禁止された」 「この先の山荘に、オレ達の知り合いが居るんだが…」 「すでに住民達には避難命令が出ている」 退避するのは簡単だ。しかし、それでは、シュー博士からの折角の手掛かりを失ってしまうことになる。 「待ってくれ! 隊長のナッツさんに連絡を。カニパンと言えばわかるから」 パッパー。住民避難用だと思われる、大量のバスがすぐ後ろに来ていた。 「じゃまだ、早く車を移動して!」 「待って!」 カニパンが声を掛けたが、デバッグ隊員はこっちの車を離れてバスの誘導に向かった。こちらに関わっている時間は無いようだ。 「無駄だ」 「でも…」 「わかってる。まぁ、まかせとけ」 キュキュッ。ぶろろろ。 ボルシチさんはそう言うと、車を反転させた。 鋪装されてる道を外れ、しばらく走ったところでボルシチさんは車を止めて、わたしたちは車を降りた。 がちゃん。トランクを開ける。 「ああっ」 「これは?」 「すごい武器だな…」 中には幾つもの武器が入っていた。あまり一般人が持つものではない。 「これは、なんの袋デシ?」 「気を付けろ! 冷凍爆弾だ」 「冷凍爆弾!」 キッドがあわてて手を引っ込める。 「ちょっとオーバーじゃないの?」 わたしたちは戦争に行くわけじゃないのだが……。 「相手はタイシ博士率いるロボト軍団だからな。これでも足りないぐらいだ」 ……そう言われればそうかも知れない。タイシ博士の技術は現代でもかなりオーバーテクノロジーだ。役に立つとは限らないが、あればあるだけ、選択肢は増えるだろうし、彼らの今までのやり口からするに、効果的に使える場面はありそうだ。 「それで、山荘までは?」 カニパンが訊く。 ボルシチさんしか山荘の場所を知らないのだが……。 「すこし遠回りになるが、この森を抜けて行こう」 「えーっ! 歩いて行くのぉ」 ……あたし普段着なんだけど……。 「ねぇ、まだ着かないのぉ?」 なんの準備も心構えもなく、森な山道はきつい……。 「ったく、文句言うぐらいなら、始めから着いてこなきゃいいのに」 分かってたとはいえ、つれないカニパンの返事だった。 「なによぉ、少しは同情しなさいよぉ! あたしはか弱い女の子なんですからねぇ」 おぶってやるよ、とは言わないまでも、大丈夫か、とか、せめて、心配ぐらいしてくれたって罰は当たらないだろうに。 アンに対してだったら、決してそんなセリフにはならないだろうに……。 ガサガサ。 「わああ、なんデシか!?」 キッドがいきなり大声を上げた。 「なんだ、兎デシか」 脇の薮から飛び出したのは兎だった。 「脅かすなよ、キッド」 「あら?」 ガサガサっと音がしたかと思うと、沢山の小動物が目の前を横切って行く……。次から次へと……。 もちろん、吉兆であるわけはない…。 「すごい……」 「動物達が逃げて行くデシ」 「連中も本能で感じてるんだ。この森が最後だってことをな…」 「ここだ」 森を抜けて、しばらくすると博士の山荘だった。町からはちょっと離れていて、かなり清閑な場所で、確かに人目を避けるにはよさそうな場所だ。 山荘横の……発電機か通信機か何かのヘンな構造物があるのがちょっと普通とは違う処だが。 がちゃ。ドアを開ける。鍵は掛かっていなかった。 「シュー博士!」 カニパンが読んでみるが返事はない。 「博士、居ないデシか!?」 「シュー博士!」 あたしも呼び掛けてみるが……。人気自体が無いようだ。 「やっぱり居ないみたいデシねぇ」 「だが、少なくとも重力異常の有ったときにここに居たことは確かだな」 床に割れたコーヒーカップあり、コーヒーの染みはあまり時間を経ってないことを示していた。 部屋や建物自体はそんなに荒れてるわけでもないので、シュー博士自身が驚いたのだろうか? 「もう、避難したのかしら?」 「よし、部屋を手分けして探そう。博士がメモリーを隠したかも知れない」 あたし達は、手分けして手掛かりになりそうなのを探すことにした。 コツコツコツ。ミルクは懐中電灯を手に地下室に降りて行った。 地下はワインセラーになっていた。 ワイン棚を順に照らして行く。 きらん。 一つだけ光ったワインボトルがあった。 「あら?」 他のはほこりが積もっているのだが、この瓶だけほこりがなく、それで、ライトの光りを反射した様だった。 ミルクは近付いて、その瓶を手に取ってみた。 ギギギギ……。 「ああっ!」 ワイン棚が壁毎動いてその先に通路が現れた。 シュー博士はここを使ったのだろうか? 兎に角、カニパン達に知らせなければ。ミルクは引換えして階段を登った。 居間へのドアを開けると、3人とももう戻っていた。 「みんな、ちょっと来て」 「どうした?」 「地下に、抜け穴があるの」 「抜け穴?」 バリバリ! ガシャーン。 「なんなのよ、これ!」 突然、ドアを突き破って、ヘンなコードの化物見たいなのが現れた。 「こんなコトが出来るのは、あいつらに決まってるデシ!」 ボルシチさんが銃で応戦する。しかし、あまり効果が有るとは思えなかった。ボルシチさんの言っていたことが正しかったのだ。 「キッド!」 キッドが忍び寄ったコードに足を取られた。 「うわああデシ〜」 「キッドを離せぇええ!」 ギュルルル。ドカッ! キッドに飛びついたカニパンがコードに吹っ飛ばされた。 「カニパン! カニパーン!」 「キッド!」 キッドは瞬く間に外に連れて行かれてしまった。 「カニパン」 誰かの声が響く。 「誰だ!?」 「今度はボクが勝つよ。ボクはケンカで負けるのが大嫌いなんだ」 「カシス!」 「この前は運が良かっただけさ」 「うわっ!」 「ボルシチ!」 今度はコードがボルシチさんを捉えた。 「来るな! オレのことは心配するな。お前はこれを使って…」 ボルシチさんが足下の袋をこちらへ蹴ってよこす…。冷凍爆弾だ。 彼自身にはまだ余裕がある様だが……。 「冷凍爆弾……。そうか!」 「うわ〜」 次の瞬間、ボルシチさんも外へ引っ張り出されてしまった。 どうも、カニパンを誘き出す為の様だ。 「脱出するぞ。抜け穴に案内してくれ」 冷凍爆弾で足止めすれば、しばらく時間を稼げる。 今は、絵はがきの謎に手が掛かったばかりで、時間が欲しかった。 「…こっちよ」 カニパンが爆弾のタイマーを15秒ほど掛けて、わたし達は抜け穴に急いだ。 ドカーン。大きな音と震動がした。 抜け穴の入り口も塞がってしばらく時間を稼げるはずだ。 「はあはあ」 抜け穴をしばらく走る。 ! 上から光りが漏れてる処が。梯子もある。 「よし」 カニパンが梯子に手を掛けて登る。続いてあたしも。 ぼこん。カニパンのお尻にあたまをぶつけてしまった。 「ちょっと、急に止まらないでよ」 カニパンが上の蓋を外して顔を出したところで止まってしまったのだった。 「よしょ」 カニパンが外に出る。 「やっぱりそうだ」 「どうしたのよ? あら? ここって……」 「間違いない、絵はがきの場所だ!」 そう、そこは、シュー博士から来た絵はがきの写真に写ってる時計の記念碑が有る処だった。 そして、それは、やはり、シュー博士がカニパンに何かメッセージが有ることを示していた。 「これは……、絵はがきにある時計だ」 「あ、ねぇ見て、これ、シュー博士が寄贈したって書いてあるわよ」 記念碑のプレートにシュー博士寄贈と書かれていた。 「本当だ!」 「あんな別荘持ってたり、こーんなでっかい時計を寄贈したり、シュー博士って結構お金持ちだったのね」 まぁ、あれだけ有名な発明家だからそうなのかも知れない。あんまり、金持ち然としたところがなかったんで考えたことはなかったけど。 「ん、なに、考え込んでるの?」 カニパンがじっと時計を見つめている。 「ひょっとしたら……」 「あ、どうしたのよ、急に!?」 カニパンが記念碑に向かって駆け出した。 「シュー博士は、絵はがきでこの時計のことを知らせたかったんだよ。きっと」 カニパンが記念碑に足を掛けて時計にへばりつきながら言う…。虫みたい。 「あ、こいつは動くぞ」 カチ。時計の[が記念碑の意志に減り込んだ。 「やっぱり」 ゴゴゴ。音はするんだけど……。 「で?」 「そんなはずは……」 「ったく、C級」 もう……。 「あ、これもだ!」 カチン。Tが引っ込む。 「これも…」 続いてVが。 「う、うわああ」 カニパンが足を掛けていた石が大きく動いて、カニパンがバランスを崩してひっくり返った。 「大丈夫?」 怪我は無いようだが……。 「そうだ、時計!」 動いた石の奥に赤いシートが引いてあり、何かのカプセルが置いてあった。 「これは…!?」 取り立てて特殊なカプセルでは無いようだが……。 カニパンがカプセルを手に取って、蓋らしきところをなでる。 ピピ。インジケータが光ってロックは外れる。 中には、ボルシチさんが持っていた写真に写っていたモノが……。 「アンのメモリーだ! ついに見つけたぞ!」 「はっ、はっ」 ミルクとカニパンは町を走り抜けようとしていた。 町はかなりのダメージを受けている。これでは、ここに住むのはもう不可能だろう。人影は全く無い。 「もう、みんな避難したんだわ」 「キッド達は無事かなぁ?」 カニパンが心配する。 「気持ちは分かるけど、今はここを脱出するのが先決よ」 「うわっ!?」 急に身体のバランスが取れなくなった。すぐにその感覚は収まったのだが…。 「なに? 今、急に地面が無くなった見たいな…」 「重力が弱くなったんだ。早いトコ、ここから離れないと」 今のは、規模が小さかったが、おそらく、今のの大きくて長いのが、町を襲ったに違いなかった。 「よし、あれを使おう」 カニパンが乗り捨ててあった赤い車を差した。 「あの、ごっついおじさんも一緒なんだし、キッドなら大丈夫よ」 車を運転しながらも、カニパンはキッドのコトを心配してるようだった。 「……」 心配する気持ちは分かるのだが、わたしにはカニパンが元気なコトの方がずっと大切だ。キッドは修理が可能だが、カニパンはそう言うわけにはいかないのだから。 しかし、そんなミルクの気持ちがカニパンに伝わる程には、二人の心の距離は近くなかった。 「はぁ」 ミルクは一つため息をついた。 「うわあああ!」 キキキキーッ! 荒れた道をギリギリの速度で飛ばす車の前に急に人影が現れて、カニパンが急ハンドルを切った。 「キャアアア」 ガツーン。 ガアアン。車が横転して、ビルの壁に激突したショックで頭を強く打ち付けた。 ……視界がぼやけて、意識がはっきりしない。 「ミルク、大丈夫か、ミルク!」 カニパンの声が聞こえる……。 「ううっ」 身体が動かない。 「今出してやるからな」 ガシャーン。 音と震動だけは感じられる……。 危ない、カニパン……。カニパン……。 声に出てるのかどうかも、もうミルクには分からなかった。 気付いたとき、周りに居たのはデバッグ隊の人達だった。 どうやら、救出されて、町の外まで運ばれたらしかった。 しかし、デバッグ隊の人達に訊いてもカニパンのコトはわからなかった。 身体の怪我は、腕をいくらか擦りむいて、身体に何ヶ所か打ち身が有る程度だった。事故の割にはましな方だろう。 ゴゴゴゴ……。 目の前で、町が浮上して行く。 重力異常もほぼ最終段階レベルで発動しているようだ。 しかし、まだ、カニパンと、ナッツさんが戻っていない……。 「町が……」 「どうなってるんだ一体!?」 デバッグ隊の人達もざわめいている。 「カニパン……」 もう、町は10m以上浮上している。 バルルルーン。 バイクの影が飛び出してきた! ナッツさんだ。 カニパンは……。 カニパンは敵らしい子供に捕まって、空中に浮いていた。 カニパン……。カニパン。カニパン。 どんに焦っても、ミルクには、ただ見てるだけしか出来なかった。 ! 突然、子供が何かに気を取られたようだった。 次の瞬間、カニパンが子供を突き飛ばて、子供を踏台にしてこちら側に大きくジャンプした。 ! ミルクは大きく息を飲んだ。カニパンが大きく跳ねたのはいいが、重力異常範囲を超えたので落ち始めたのだ。 落ちるカニパン。 この感覚……。昔、一度だけ味わったことがある感覚。二度と味わいたくないと思った感覚……。苦い思い出……。 しかし、今回は少し違った。すぐに、キッドジェットバージョンに乗ったボルシチさんがカニパンをキャッチしたのだ。 「はあっ」 止まっていた呼吸を再開する。脚の震えが止まらない…。 キッドジェットがゆっくりと降りてくる。 「カニパン!」 思わず駆け出す。 「メモリーは守ったぞ」 駆け寄ったカニパンが脳天気に、脳天気に言う。罪のなさそうな笑顔で。 バシイ。 思いっきりひっぱたく。 「なにすんだよ!」 「ばか! いくらメモリーを手に入れたって、自分が死んじゃったら何もならないじゃない。少しは考えて行動しなさいよ! ほんとうにあんたったら、昔からそうなんだから…」 最後の方は声にならない…。 死んじゃったら……、あんたが死んじゃったらあたし……。 「そうだな……。悪かったよ、ミルク」 ……そうよ、いつもカニパンは気付くのが遅いのよ。 「でも何はともあれ、みんな助かってよかったわ」 ナッツさんが声を掛ける。 「いや、賢者のプログラムを停止しない限り、本当の恐怖は、これから始まるんだ」 あたしがついてないと、カニパンはまた無理を続けるに違いない。 果てしなく浮上して行く町を見ながら、ミルクはある決意を抱くのだった。 | next |