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こつん。こつん。 自分を落ち着かせながらゆっくり階段を登る。 ナッツさんの話を改めて聞いた限りではかなり重症のようだ……。あたしに出来るだろうか……。 「じゃあね〜、お兄ちゃん」 カニパン家の前にくると、壊れて大きく開いた玄関からカニパンのお得意さんの女の子が丁度出てくるところだった。 心配していたけど、意外と元気なのかも知れない。 「毎日華やかな生活をしてると、たまにはこんなみすぼらしいトコロへ来たくなるもんよねぇ」 わかってはいるけど、ついつい、憎まれ口から入ってしまう。 「ミルクしゃん」 ……カニパンは背中を向けて反応がなかった。 「ナッツさんに聞いたとおりね。この世の終わりみたいな顔しちゃって」 「……ホントに終わりなのさ」 ああん? 何?、ホントにこれがカニパンなの!? その生気のないセリフは一体何!? 「ミルクしゃん、今は何を言っても駄目デシ」 違う。あたしの知ってるカニパンは違う! カニパンはどんな時も、落ち込んだりしたことなかった。常に前向きに、常に脳天気だった。 「しっかりしなさいよ! みっともないわよ、カニパン! あんた発明家なんでしょ! どうせ、こんな時にしか活躍するときがないんだから、なんとかしなさいよ!」 そう、どんな時も、発明でなんとかしてきた……とは言えないけど、なんとかしようとしてきた。 「……もう、発明家はやめたんだ」 カニパンが背中を向けたままつぶやいた。 ええっ……! たまに、的外れなモノも作ったけど、それでも、カニパンの手も頭の回転も止まったことは無かった。ましてや、心が止まることなんて……。 「……憧れていたタイシ博士が…、あんなヤツだったなんて……」 カ、カニパンが死んでしまった。カニパンが発明を止めるなんて……。 「それに、オレが幾ら頑張ったって、タイシ博士になんてかなうわけないだろ。もう終わりにするよ、発明家なんか」 うっ……。 何、その顔……。薄く笑いながらあたしにそんなセリフを言うの? 「何よ、そんなに……、そんなに……」 あたしが幾ら言ってもダメなの……? あたしが何を言ってもムダなの……? あたしじゃダメなの……。 「ミルクしゃん!」 思わず、涙がこぼれそうになった。とてもここに居られない。 そう思った瞬間駆け出していた。 「そんなにアンのこと……」 階段を駆け下りて、歩道に出たところで呟いた。 「カニパンの前でも、偶にはそんな風にしおらしくしてみれば」 ふと、横から声が入った。 「え? ラ、ラビオリ!?」 ちょ、ちょっと、なんでこんなトコに!? あわてて、潤んだ目をこする。 「付け込むなら今だゼ」 ラビオリがすぐ横まで来てささやいた。 「な、何言ってんのよ! あたしは落ち込んでるカニパンなんか見たくないだけ」 どきどき。 「ふん、やっぱり強気の方がミルクらしいな。オレも落ち込んでるあいつなんて見たくないから、帰るわ」 「え?」 「あいつのコトは任せたゼ」 「別にあたしは…」 どきどき。 「もっとも、オレに乗り換えるなら歓迎するけど」 「ラビオリ……」 ラビオリは手を小さく振りながら去って行った。 振り向かないのは、あたしを信用してるからだろうか。 カニパンと比べると、ずっと成長してたラビオリは、昔は、ただのうざいヤツだった。あんまり記憶にないけど。 カニパンともしばらく会ってなかったはずだった。 ……男友達ってのは、こう言うものなのだろうか。 だとしたら、ちょっとうらやましいかも知れない。 カニパンったら、こんなに周りに心配駆けて、もう。 ラビオリの御蔭でもう一度カニパンにアタック(?)する元気が出た。 サンキュ、ラビオリ。 まだまだ。 カニパンは何度も致命的かと思われた場面であたしを助けてくれた。 これぐらいであたしがあきらめるわけにはいかない。そうよ。 「よし」 ミルクは自分に喝を入れた。 バラバラバラ。 「いつも豪華な食事してると、たまにはこういう質素な料理も食べたくなるものよねぇ」 キッドがカニパンに作ったハンバーグステーキの夕食を食べながら言った。けっこういけるわ。 「素直に、おいしいと言って欲しいデシ。それにしてもミルクしゃん、強引デシ。一体、キッド達をどこへ連れて好くつもりデシか?」 陽も落ちた頃、自家用のピンクのヘリをカニパン家に回して、無理矢理連れ出したのだった。 「別に。ただの散歩よ」 口をナプキンで拭い、立ち上がって、相変わらず生気のないカニパンの横で大きな窓から足下の光りのともったビル街を見た。 「ふあ? 散歩って?」 「ほら、見てご覧なさいよ。たくさんの明りが見えるでしょ。あの明りの下に居る人達が、みんなあたしのファンかと思うと、と〜っても気分がよくなるのよね。だからあたし、ときどき、この中で食事するの」 「気分がよくなるって…、ミルクしゃんでも落ち込むことがあるデシか?」 「うっ、別にあたしは…」 キッドも、余計なところで突っ込むわね。 「あ、あの時計台、カニパンが修理したやつデシ」 実は飛ぶルートは、先にイゴールに指示してあった。 しゃくだけど、この際、利用できるものは何でも使うつもりだった。それがアンの記憶でも。 「プラネタリウム、あそこにも修理に行ったデシね〜。ほら、アンしゃんも一緒に…ああっ」 「そうよねぇ、あたしがアンに成り済まして、追手の目を晦ましてやった処よねぇ」 「ミルクしゃん、アンしゃんのコトはああ!」 「ホ〜ント、あの娘にはイライラさせられたわ。あんなにトロくさいなら、メモリーなんか持って逃げなきゃよかったのに」 ……。 肝心の、カニパンの方に反応がない……。 「こんな惑星のことより先に、自分のコトを心配しろって言うのよね。大体、ロボトのくせに、こんなにたくさんの人間の生命を救おうなんて、バカなのよ、あの娘。ま、超アイドルでお金持ちのあたしには、この惑星がどうなったって、宇宙に脱出するくらいなんでもないけどね、この明りの下に居るあたしのファンはそう言うわけには行かないし。なんとかしなさいよね、カニパン! あんた発明家やめたらなんの取柄もないんだから!」 ……ダメ? これだけ言ってもダメなの? 「そうデシ。アンしゃんがカニパンを助けてくれた訳を思い出すデシ。アンしゃんはカニパンにこの惑星の未来を託したんデシ!」 カニパンがじっと窓の外を見つめている……。見えているのかどうかは分からないが……。 ……。 バラバラバラ。 ヘリのローターの音が室内に響く。沈黙が長く感じる。 「……探すよ」 ! カニパン! 「オレ、アンが持ち出したメモリーを捜し出す。あいつらなんかに渡すもんか」 振り向いたカニパンの顔…。久し振りに見た気がする。 それでも以前と、少し違う感じがするのは……。 「タイシ博士の計画は絶対に、阻止してやる」 「それでこそカニパンデシ!」 「もう、全くいつも、意気込みだけは一人前なんだから。ほーんと世話が焼けるわ」 そう、あんまり考えて無さ気な言葉が出てくるようになれば、もう大丈夫だ。 「ミルクだって言うことは一人前でも、いつもイゴールに迷惑掛けてるだろ」 くっ、昔はこんな風に厭味言うヤツじゃなかったのに。 「なによ、そんな口利くとあたしのファンが許さないわよ! ホントはあたしのファンクラブに入りたいクセに」 「誰が!」 兎に角、減らず口も出るようにまでなれば、もう安心だった。 相変わらず女心も伝わらないようだし。くす。 シャワーを浴びて、ベッドにもぐり込んでちょっと考える。 ……期待していたわけじゃないけど、カニパンからは「ありがと」の一言も無かった。 やっぱり、どこまで行っても友達でしかないのだろうか……。 『付け込むなら今だゼ』 ラビオリのセリフが頭の中でこだまする。 付け込めばよかったのだろうか……。 それが出来るぐらいなら…………。 もやもやとした思いが消えないままミルクは眠りに落ちて行った。 | next |