#08 アンの秘密 v00a
before
 ツーツーツー。
 かちゃん。
 寝る前にもう一度と思って掛けてみたのだが結果は一緒だった。
「もう、なによ、一体どうしたってのよ」
 オペラタワーの火事から三日、何度か電話するのだが、カニパンは一度も出ない。
 ただ、昨日一度、キッドが出ただけだった。
 一応、カニパンの無事だけはわかったのだが、それ以上のことはわからなかった。アンのことも……。
 兎も角、明日はオフだ。カニパンの処へ行こう。それからだ。
 ポロロロ〜ン♪
 と、思ったところで逆に電話が入った。もちろんプライベートな電話で、極、近しい人しか知らない。
 かちゃ。
「ミルクちゃん? 少し時間有るかしら?」
 それはナッツさんからの電話だった。

 タイシ博士は生きていて、あの賢者のプログラムとかいうので、シャラク星を作り変えようとしていた。
 アンはロボトだった。
 カニパンはアンを犠牲にして脱出してきた。
 混乱している。考えがまとまらない。
 アンがロボト!? 確かに思い当たらなくもない。
 あたしはアンがロボトでホッとしてるのだろうか……?
 ……多分その気持ちは0ではない。あたしは自分がそこまで出来た人間ではないことを知っているし、そんな……そんな恋が正しい恋だとは思わない。
 でも……。
 この違和感はいったいなんなんだろう。
 ……。
 タイシ博士は生きていた。
 アンはロボトだった。
 カニパン脱出した。
 アンは壊れた。
 アンは壊れた……。……犠牲になって。
 ! カニパンがアンを見捨てて逃げてきた!?
 そんな莫迦な!?
 カニパンがそうしたくでアンを犠牲にしたのではないと言うことをミルクは確信していた。
 もし、カニパンがそんなヤツだったら、わたしは、カニパンのコトでこんなに思い悩むことは無いはずなのだから。
 じゃあ、そうせざるを得なかったカニパンは? カニパンの心は?
 ……。
「ナッツさん、明日、時間取れますか?」
 多くの情報は、ショックが強いカニパンでなく、キッドから得られていて、電話ではやはり詳しいニュアンスには難があった。
 カニパンに直接会う前に、ナッツさんにちゃんと話を聞く必要がある。どうしても。
「ええ、午前中なら大丈夫よ。9時には出勤してるわ」
「じゃ、じゃあ、明日9時に伺います」
「ええ、待ってるわ」
「それじゃ、明日…」
 ふう。9時にナッツさんと会って、11時か、まぁ、昼前にはカニパンの処に生けるだろうか。
 カニパンに会うのは何日ぶりだろう?
 ……気が進まないのは何故だろう?

 あまり眠れなかったが、寝ている場合でもなかった。
 ミルクはイゴールの運転する車に乗り込んだ。
 行き先は、デバッグ隊本署。
 例えナッツさんに話を聞いたとしても、あたしに出来ることはほとんど無いことは分かっていた。
 それでも……、それでも、カニパンを元気付ける義務があたしには有る。
 少なくともそう努力する義務が有る。
 出来ることは全力ですべてやる。
 ……そして、あたしなら、カニパンを元気付けることが出来る……。出来ると思う……。
 この点に関しては、自分の弱気を感じずにはいられない。
 こんなのは自分らしくない、そうミルクは思う。
 しかし、アンが来てから、確実にカニパンについてわからない…、理解できないコトが増えた。
 それは、カニパンがもう子供ではないと言うことを表すのかも知れない。
 カニパンの本当の好さを分かるのは自分しか居ない。ミルクはそう思っていた。
 しかし、カニパンが誰かを好きになる、と言うことを考えたことは無かった。フツーの女の子がフツーにカニパンを相手にするコト自体が想像不可能だった。
 確かに、大会でも人気はあったし、A級発明家としてのカニパンにあこがれる女の子は居るだろう。
 けれど、そんな女の子をカニパンが相手にすることは絶対に無い。だからあたしは安心していたのだ…。それが……。
 ……もう、そんなカニパンに会うことは出来ない。
 別にカニパンが変わってしまった訳ではなく、ちょっとだけ成長したからだ。
 ……。
 そう、あたしも進まなきゃ。
「イゴール、ここまででいいわ。あとは一人で行くから」
 デバッグ隊本署のすぐ前で、車を下りてミルクは言った。
「はい、お嬢様。お気を付けて」
「おはよう、ミルクちゃん」
「ナッツさん」
 ナッツさんが入り口前で待っていてくれた。
「ミルクちゃん」
「はい?」
「そんな顔してちゃ、カニパンも元気でないと思うわよ」
「ちょ、え、……」
「ねっ☆」
 ナッツさんが、くすっと笑う。
「あ、あたしは別にっ」
 そう言うのがやっとだった。顔は真っ赤にしてたに違いない。
「そうそう、その方がミルクちゃんらしいわよ」
 ちぇ。あたしもまだまだ子供だ。
 ……でも、確かに、心も身体もちょっと軽くなったような気がする。
 先を歩くナッツさんの横顔をちょっとのぞき込むと、さっきのやり取りはもう過去のことのようだ。
 あたしもなるんなら、こんな大人になりたい。ミルクはそう思った。


next

目次