#07  心の居場所 v00
before
 バラバラバラ。
「コンサート会場ヘ着いたらヘリから下りつつまず一曲だそうデス」
 会場に向かうヘリの中でイゴールがコンサートのタイムスケジュールを説明していた。
 結局昨日寝つけなくて、寝坊した挙げ句、順番に仕事が押してしまったのだった。
「ったく、ありがちな演出ね〜」
 まぁ、ギリギリに着く方も悪いのだが。まったく、会場が屋外でよかったよかった。
「お、会場が見えて参りましたよ〜」
 会場が近くなってきたのでヘリは高度を落とした。
「ん?」
 すぐ横のオペラシティビルに目をやると、最上階の展望台にアンの姿が見えた。
「何やってんの、あんな処で?」
 地下鉄での事件のあと、アンはまた数日行方不明で、カニパンはアンを探し続けていた。
「ま、あたしには関係無いけど」
 まったく、本来そうなのだ。あたしにアンを気に掛ける理由など全く無いはずなのだ…。
「ふぅ」
 ミルクは一つため息をついて受話器を取った。

『なんだミルクか』
「なんだとは何よ! そんなこと言うならアンのこと教えて上げないわよ」
 カニパンの反応は大体いつもそんな感じだったので、怒るのも飽きたものだったが、やはりちょっとだけ寂しい。
『ええっ!?』
「探してるんでしょ! あのアンって娘。あの娘、オペラシティビルに居たわ」
 それだけ言って受話器を置いた。コンサート会場はもう真下で、ヘリは着陸体制に入っていた。
 これ以上はカニパンの器量の問題であたしの出る幕ではない。
 それにしても……。

 場所を移動してヘリのゴンドラに乗る。
 ゴンドラが下り始めるとファンの声援はヘリの音を押し退けて聞こえる程大きくなっていた。
 は〜ぁ。なんかあたしってば、ただのお人好しに成り下がったって感じ。
「ふぅ」
 ちょっと息をついて、スタンドに向けて手を振った。
 どんなときも笑顔。
 それがアイドルとしてのミルクの矜持だった。

 アイドルを始めて5年。
 アイドルを始めた理由は、ナムルの一件でエレックカンパニーが致命的な打撃を受けたからだった。
 当時、実質製品開発トップだったナムルが実は暴走ロボトの仕掛人だと判明したとき、エレックカンパニーは社会的信用を大きく失ってしまった。
 売り上げを大きく落とし、さらに、暴走ロボトの賠償、不当回収になってしまった仲良し回路の保証等、支出は大きく増えた。
 出荷額は前月比2割になり、シャラク星で1,2を競っていた総合電器メーカーは1ヵ月で買収を心配しなければならなくなってしまっていた。
 もしも、Kリキッドがあのまま、無くなっていたりしたら、本当に倒産していたに違いなかった。カニパンが居なければ、もっと致命的なコトになるまでナムルの悪事も発覚しなかったに違いなかった。
 兎も角、当時の社長令嬢のミルクに出来ることは、アイドルになって、エレックカンパニーのイメージガールになることぐらいだった。
 沢山の人にお世話になった。沢山の人に沢山。
 エレックカンパニーは以前ほどではないが、一応、その後の真摯な対応も認められて今では普通に操業している。そう言う意味では、ミルクにもう、アイドルを演じ続ける理由は無かった。
 それでも今はミルクはアイドルを止めるわけにはいかなかった。まだまだ、お世話になった人達に恩を返し切っていない。ファンがわたしの歌を求めてる間は歌い続けなければいけない。
 あんまり、自分の性格がよろしくないと気付いたのは芸能界に入ってすぐの頃だった。
 何か有ればすぐ、憎まれ口は叩くし、何か言われれば、厭味の3倍返しはせずにいられなかったし。
 もともと芸能界入りの動機が他と違うのもあって、嫌がらせや攻撃も執拗に受けたりしたものだった。
 しかし、そんなものに気を使ってるヒマは無かったし、そんなことに落ち込む自分を見せたくなかった。
 そう言う意味で、見栄っ張りな性格は役に立ったし、そう言う態度でこの世界で生きて行くことも決めた。
 強くてワガママな女のコ。まぁ、地もあるけど、ファンがそれを求めている限り、それを演じ続ける。
 それがミルクの芸能界への恩返しであり、義理だった。エレックカンパニーが裏切った信用を、ミルクがもう一度裏切る訳には絶対にいかなかった。

 でも、最近、ちょっとだけ、決心がグラついてる。と言うより、他のことを考える時間が増えてしまった。
 カニパンとアンジェリカ。
 二人のことを考えると穏やかではとても居られない。
 アンを探すカニパンを見ていると、どうにも切なくなる……。
 ……。
 小さく首を振って考えるのをやめた。
 今はまだ、コンサートの最中なのだ。すぐ衣装替えしてステージに出なければならない。
 !
 窓から立ち上る煙が見える。オペラシティビルの方……ビルそのものだ。
 心臓の鼓動が聴こえそうなほど大きく鳴る。
 あたしは、何故アイドルをやっているのだろう。何故、カニパンの側に居ないのだろう。
 ……。
 ミルクは下唇を噛んで鋭く振り返り、ステージへ向かって行った。


next

目次