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仕事がハネて、帰る途中にカニパンん家に寄った。 アンの一件以来、気軽にカニパンに会いに行けるようになったのが、ミルクにはちょっとうれしかった。 ただ、アンが先日の事件以後出て行って、ややもすればいらついているカニパンを見るのは少し辛かった。 「オレが……、オレがバカだったんだ。アンの気持ちも考えずに、『帰れ』だなんて言ったばっかりに…」 「だって、仕方ないわよ。兄妹だって言う人があらわれたんだもの」 あの男の言うことが全面的に信用できる訳ではないが、当事者であるアンに対して選択肢を与えることは間違いではなかった。 「あの男の人がお兄さんと言うことはデシ、アンしゃんも不思議な力を使うデシか?」 「まさか! あんあヤツとアンを一緒にするな!」 カニパンのアンに対する想い……。それは…、それは、あたしがカニパンに求めてるものと同じなのだろうか……。 「そんなに怒ることはないデシ…」 「ねぇ、カニパン、あたしに考えが有るの。明日、仕事もオフだし、タイシ記念館に行ってみない?」 「だめだ。デートなんか断る」 こ、こいつ〜。 「バカ! 勘違いしないでよ。前にアンが言ってたでしょ。タイシ博士に会ったことが有るって」 「あのなぁ、タイシ博士は200年も前の人間なんだぜ。今生きてるわけがない。アンの記憶違いだよ」 「でも、たとえ彼女の記憶違いかも知れないけど、彼女は信じてるわ。タイシ記念館に行けば、なにか重大な手掛かりがそこにあるんじゃないかって気がするのよ」 女のカンって訳でなく、あたし達とアンとの接点は結局タイシ博士しかないのだ。あたし達から動くなら、結局タイシ博士から始めるしかない。 「タイシ記念館か……」 「地下鉄なんて久し振りデシ」 あたし達は地下鉄でタイシ記念館に向かっていた。 キッドの言うように、地下鉄に乗るのはミルクも久し振りだった。まして、カニパンと一緒に乗るのは…。 「遠足じゃないんだぞ、キッド」 「わかってるデシ」 『次ハ、タイシキネ ン カ…ン マエ ツ ギ ハ……』 車内放送が次の駅を告げるのだが、どうも不調の様だ。電灯が偶にすこし暗くなったりもする。電圧が不安定なのだろうか……? どうも、最近、街の色んなシステムがしょっちゅう障害を起こしてるような気もする。まぁ、かと言って、重大な事故が起こっているわけではないのだが…。 兎も角、タイシ記念館はもうすぐだった。 「この記念館には、博士の5000を越す発明品はもちろん、愛用した全ての品物が展示されいてるんだ」 タイシ記念館に来るのは、何年も前に学校の遠足で来たとき以来だった。そのときは大して興味もなく、退屈で仕方なかったものだったが、今は、発明家のはしくれとして、彼の偉大さはよくわかる。「発明」のすばらしさも。 「それに、売店には、タイシ饅頭やタイシ煎餅と、色んなおみやげも売ってるデシ。その中でも大人気なのが”タイシキーホルダー”デシ」 「タイシキーホルダー!?」 そんなのものは、昔はなかった……と思う。昨今のキャラクターブームで作られるようになったのだろうか? 「そうデシ。魔除や、御利益が有るって、飛ぶように売れてるデシ」 「そんなの、単なる迷信に決まってるだろぉ」 「ホントは欲しいデシよねぇ、タイシ級」 「ん?」 「タイシ級免許に合格するデシよ〜、御利益で〜。デシシ」 ぽか。 「いたたたデシ」 「オレは、実力で勝負すんの」 くすくす。 カニパンとキッドの漫才も、ミルクにはここち好いものだった。 「シャラク星の立体映像だ」 ほぼ建物中央は、シャラク星の立体映像モデルが投影されている大きなホールになっていた。 「あたしたちの、クワガタシティはこの辺りね」 コンペイ島はあの辺りだろうか? 「ん〜、居住区の反対側って一体どうなってるんデシかねぇ?」 キッドの何気ない一言の重大さにあたしたちが気付くには、もうちょっと時間が必要だった。 「ええっ!?」 何枚も展示してある写真の内の一枚を何気なく通りすぎようとしたとき、ふと目にしたものはやや色あせた信じ難い一枚だった。 「そんなバカな!? この写真は!」 そこに映っているのは、200年前のタイシ博士と……アンだった。 「アンの言ってたことは本当だったのよ! 彼女は200年前、タイシ博士とこうして…」 ミルクはカニパン達を呼んで写真を見せた。 「と、するとデシ、アンしゃんの年齢は200歳……」 「なにバカなコト言ってんだよ、二人とも。200歳の人間なんて居るわけないだろ。きっと、他人の空似ってヤツだよ。これは」 そう言いいながらも、カニパンはその写真をじっと見つめた。 ホントに、一体どういうコトなのだろう……。 ビー。ビー。 突然、館内に警告音が鳴り響いた。 しかし……、火事とかの災害では無いようだ? わたしたちは人のざわめきのする、さっきの立体映像のホールに向かった。 たったった。 「これは!?」 立体映像の画像がノイズっぽくなり、やや不安定だった。何か干渉を受けている様な感じだ。 「立体映像が変化してる」 カニパンが叫んだ。 確かに、シャラク星の像の非居住区、つまり、居住区の反対側に、何かが描かれようとしている様に見える。見えるが……。 「アン!」 カニパンがホールの反対側にアンの姿を発見した。 アンはこちらに気付いてないようだ……、と言うより、なにか様子がヘンだ。 「アン、一体どうしたんだ? オレの声が聞こえないのか!?」 駆け寄ってみるが、アンはあたし達どころではない様だ。あたし達のコトは全く目に入っていない。 アンはあたし達の考えているコトとは別の次元で戦っているのでは……。あたしはふとそう思った。あたし達は根本的にアンの謎に対するアプローチを間違っていたんじゃないだろうか……。 「あ、あ……、け、けんじゃの…」 アンが呟く……。しかし、意識しての言葉とは……。 「賢者のって」 「賢者のプログラム…」 「賢者のプログラム!?」 カニパンが反芻したその言葉は、あの謎の男キルシュが言ったモノだった。そして、それは、アンの謎を解く、重要なカギっぽかった。 「ああん、きゃはああ……」 アンが頭を抱え苦しそうに悶える。 「くっ、くぅぅう……。いやぁあああっっ!」 バシバシ、ぼすん。 アンが叫ぶと同時に、立体映像の投影機が煙を吹いた。 アンの悲鳴と投影機の故障との関連にあたし達の思いが至るのはまだ先のことだった。 「アン!」 アンが倒れそうになり、あわててカニパンが支える。 「大丈夫か? アン」 「カニパン、あたし、一体…」 「気付いてくれたかい、アン」 アンはようやくわたし達に気が付いたようだった。 「はやく、医務室に」 「急ぐデシ」 アン自身は、自分で歩けるし、やや憔悴してること以外は外見からは、特に問題が有るようには見えなかった。 しかし、さっきの様子からも、彼女自身に重大な謎があることは明らかだった。 たったった。 あたし達がアンを医務室に連れて行こうとしたそのとき、数人の警備員がホールに走り込んできた。 ふと、アンが立ち止まる。その瞳に見えるのは……怯え? それとも……。 「い、いけない」 確認するする間もなく、アンは逃げるように反対側に走り出した。 「あ、アン!」 カニパンはあわてて、アンを追い掛け始めた。 「カニパン…」 カニパンの姿はすぐに見え無くなった。 「カニパンの乗ってる地下鉄が暴走中デシ!」 カニパンからの連絡を待ってるキッドに通信が入った。 「なんですってぇ!?」 『アンも一緒だ。オレはなんとかして電車を止めてみる』 通信はそれで途絶えた。 無理しないでカニパン……。 「止めてデシ、ミルクしゃん」 カニパンの車で地下鉄のターミナルへ向かっていると、キッドが叫んだ。 「どうしたの、キッド」 「カニパンからSOSデシ!」 そうキッドが言うと、キッドが青い光りに包まれた。……かと思うと、キッドはジェットモードに変形して飛んで行ってしまった……。 「キッドぉ〜!」 ……。 もお、どいつもこいつもぉ。 「ミルクちゃん!」 ターミナルへ向かいながら車を飛ばしてると、バイクから声が掛かった。 「ナッツさん!」 コンサートの度に花束を送ってきてくれるが、顔を合わせるのは久し振りだった。 しかし、今は、話し込んでいる場合ではなかった。 どか〜ん。 地面が盛り上り、煙が吹き出す。 地下鉄のターミナルの辺りだ……。 「ああ…」 地面に大きな穴が開いている。 カニパンでも暴走は止められなかった様だった……。 カ、カニパンは!? キッドが助けに向かったはずだが……。 心臓が痛い。体温が下がる。震えが止まらない……。 ……。 !? 大穴から立ち上る煙を切り裂いて、キッドジェットが飛び出してきた。 カニパンも、アンも一緒だ。どうやら、キッドが間にあったようだった。 「二人とも大丈夫!?」 「ナッツしゃん!」 キッドが下りてきたので駆け寄る。二人とも怪我も無いようだった。 ゴゴゴ。 !? 「なんだ!? このロボトは!」 穴を更に突き崩して巨大ロボトが現れた。メインボディは地下鉄車両のようだ。もちろん、こういうことを出来るヤツは限られている。 ギギギ。 「ここはあたしが!」 ナッツさんが、ハンドガンを撃つ。 キン。キン。キン。 堅い金属音をたてて弾いている。材料そのものの強度の他に、別に特殊な防御手法を持っているようだった。 「だめだ。特殊シールドか」 ガン。 キッドが何か試しているが、効果はあまり無く、地面に打ち付けられてしまった。 「キッド!」 「大丈夫デシ」 キッド自身は大丈夫の様だったが、地下鉄ロボトは、更に腕を振るい、すぐ横の建設中のビルの鉄骨を打ち付けた。 ガシーン。 ビルの鉄骨は大きくひしゃげ、一番上に設置してあった大型クレーンが一気に傾いて、落下してきた。 「きゃああぁ!」 死んだ……と思ったような気がしたけど……? 恐る恐る顔を上げると、アンが…、アンがあの男の様にクレーンに向かって手をかざしていた。 ……。アンがキルシュの妹だと言うのは、ホントの様だ……。 クレーンはロボトの形をとり、地下鉄ロボトに挑んで行った。 決着はあっさりついた。 クレーンロボトの方が地下鉄ロボトの約倍の大きさが有り、簡単に持ち上げたかと思うと一気に右腕で貫いて破壊してしまった。 「なんなの、今の力は……」 アン本人が自分の力に驚いていた。わたし達は……。 「キルシュ達と同じ力……」 「デシ」 「アン、キミは……」 わたし達は、意外なほど驚いていなかった。どちらかと言えば、「やはり」という気持ちが強かった。 アンとあたし達は「種類」が違う。それが何の「種類」かは今は判然としないが……。 アンがあたし達を見つめる。 あたしは感じている。「恐れ」を。それは人知をを超えたモノに感じる「恐れ」と同じ「恐れ」……。 「……、いやぁ!」 アンがまた逃げ出す。 しかし、それは、さっきとは違う理由だった。 「アン!」 カニパンがアンを追い掛けて行った。 落ち着かない。ベッドにもぐり込んでもう、小一時間が過ぎようとしていた。 色々なコトがありすぎた。 何一つ解決はしてないのだが、その謎は近付けば近付くほど危険な気がする。 不安。 落ち着かない理由は昨日までと少し違っていた。 「あ〜、もう、あたしらしくない!」 ミルクはもう一度、何度目かわからない寝返りをうった。 | next |