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「ふあ〜あ」 久し振りにぐっすり眠れたような気がする。 昨日の夜、撮影が押して、帰ってきたのが1時を回っていた所為で、帰って来て、シャワー浴びて、すぐに、ばたりとベットに倒れ込んだのだった。 その代わりに、今日はOFFなのだが、時計は既に12時近い……。 どっしよかな……。 電話に手を伸ばして途中で止めた。 「ふう……」 あ、あれは……。 ……。 ……。 ……。 ……はぁ。 「いつまでやってんのよ」 「わ、ミルク!」 「ミルクしゃん!」 あいかわらずのわかりやすい反応だ。 「ミルクさん」 「はぁ〜い☆ は〜あ、もう、やってらんない。人が折角のオフだから、買物に来ればなに? 目の前で、くっさい芝居しちゃってるヤツが居る」 「くっさい!?」 「気を付けた方がいいわよ」 アンの耳許に近付いて、わざとカニパンに聞こえるように言う。 「アイツってば、あんたにカンペキに恋しちゃってるからね〜」 ふん、これくらいのイジワルは許されるわよね。 「ミルク、なにを!」 「こい?? ですか?」 「そう。それも、今まで発明バカ一筋で免疫がないもんだから、も〜ラブラブ☆」 「らぶらぶ??」 「ま、根が善人だから大それたコトはしないと思うけど、い〜い、切札は、最後まで取っておくのよ」 「はぁ」 「ぐぐぐ……、うわぁ〜、ミルク、いい加減にしろ〜!!」 あ〜も〜、あんなに照れちゃって……。 ……なんかムカつく。 「キッド、アン連れて先に帰れ!」 「ミルク、あのなぁ……」 「立ち話もなんだから、茶店でも入りましょ」 「ん、ああ…」 カニパンがオレンジジュースを頼んだので、あたしもそうした。 「あの娘の前で、あんまりヘンなコト言うなよ」 いきなり、核心を突く話ね。 「ホントのコト言っただけじゃない」 「好きとかキライとか、そう言うの意識したらぎくしゃくするだろ」 「ふ〜ん、そこまで考えてるんだぁ」 まだ、子供だと思ってたけど、意外とちゃんと成長してるらしい。 そして、何より、今のカニパンの言葉は、カニパンがアンを意識してることを表していた。 さらに決定的なことに、それは、あたしに対してはらわれたことは一度足りとして無いものだった。 ……。カニパンがもうちょっと成長するのを待っているつもりだった。それは愚かなことだったのだろうか? それとも、アンがカニパンを成長させたのだろうか……? 考えるまでもなく、答は後者に違いなかった。 「なに、怒ってるんだよぉ?」 ふん、あいかわらず、女心は分からないクセに……。 「べつに。あっ!」 「ん!?」 あの謎の男がこちらに向かってきていた。 「お前は!?」 「なんで、こいつとお茶飲まなきゃならないのよ!?」 さっきの茶店で少し注目を浴びたので、わたし達は場所を替えた。 「オレに訊くな!」 「わたしとて、平和な解決を望んでいる。だからこそ、こうして話合いの場を設けたのだ」 「よく言うぜ」 わたし達はこいつのしたことを忘れていない。 あれをして、平和な解決と言うのなら、この夜に暴力的な解決なんてものは存在しないだろう。 「平和な解決…ねぇ」 「あれはわたしの本意ではない。キミ達がおとなしくアンジェリカを返してさえくれれば…」 「いやよ」 女は直感で生きる生き物なのだ。 「なんで、ミルクが答えんだよ」 「ちょーしイイこと言ってるからよ。大体、自分の正体も教えないようなヤツの話を、はい、そうですかって聞けると思ってんのォ?」 大体、自分の胡散臭さに考えが及ばないのだろうか、この男は? 「いいだろう。わたしの名はキルシュ。アンジェリカは、わたしの妹だ」 「妹!?」 「わたし達は、とある施設で暮らしていた。しかし、アンジェリカは、施設の重要機密を持ったまま逃げ出したんだ」 「えっ!?」 キルシュが、機密を持って逃げるアンの様子を話す。 確かに、ただの追手と言うわけではなく、兄妹のようだが…。 「やだ、あの娘、どろぼうだったわけ?」 あたしは思ってもいないコトを口にした。子供じみたコトだとは分かってはいるのだけど……。 「そんなはずないだろ!」 「わたしとて、信じたくはない。アンジェリカに何か、特別な事情が有ったとしても…、あいつが記憶を失ってる今、それを知る術はない。わたし達のところに戻してくれれば、必ず記憶を回復させてみせる」 「ちょっと待てよ。肝心なことが抜けてるぜ。そもそもお前は何モンで、どこから来たんだ? それに、賢者のプログラムってのは何なんだ?」 「それはわたし達の最高機密だ。キミ達に教えることは禁止されている」 「それじゃあ、アンを渡すわけにはいかない」 こいつ、一体何がしたいのだろう……。これでわたし達を説得するつもりなのだろうか? ボーン。 「!?」 カニパンの家があるあたりのビル街から爆発音がして煙が登っている。 「あれ、カニパンの家のあたりじゃない!?」 「そう言えば…」 「まさか!?」 男が小さく呟いた。 兎も角、わたし達は店を出て走り出した。 はっ、はっ、はっ。 警官が出て、交通規制をしている。現場はやはり……。 「やっぱりオレん家の方だ!」 「カニパーン!」 カニパンを知っているらしい5歳ぐらいの女の子が声を掛けてきた。 「どうしたんだい?」 「ヘンなお姉ちゃんがね、あたしの風船とっちゃったの。そしたら、カニパンの家がどか〜ん、って」 ヘンなお姉ちゃん? 「まさか…、コアントロー!?」 どうもこの男には心当たりがあるようだ。 「お前の仲間か!?」 「そうか、あなた! カニパンを誘き出しておいて、その隙にあの娘をさらわせるつもりだったのね!」 道理で、何だかんだと、本気で説得しようとしてる様には見えなかったはずだ。そう考えると、結局明かさないあいつの正体とかも辻褄が合う。 「そんな汚いマネはしない!」 「信用できるか!」 カニパンが警官の横を抜けて走り始めた。 「アーン!」 「カニパーン!」 あたしも行こうとして警官に止められてしまった。 ……。 カニパンがアンを助けに向かうのは好きだからじゃない。 もし、あたしがあんな目にあってもカニパンは今みたいに駆けつけてくれるだろう。カニパンはそう言うヤツだ。昔っから……。 ! 気が付くとあの男も既に居ない。 ……。 あたしは細く登る煙を見つめた。 もう深夜近い。 結局カニパンからは何の連絡も無かった。 何度も電話に手が伸びたけど、結局スイッチは入れられなかった。 「バカ…」 ミルクは月に向かって呟いた。 | next |