before |
ん〜っ。 TV局の控室でステージ衣装に着替えてるのだが……。 ……きついわね……。 ウエストのファスナーがちょっときつい。 昨日のお団子がまずかったかしら……。 最近、眠れない夜が続くからだわ。それもこれも……。 んっ! 右手にぐっと力を入れてファスナーを上げる。 ふぅ。 「ミルクさん、10分前です。スタンバイお願いしま〜す」 立ちながら、ふと、窓の方へ目をやる。 そう言えば、局に来るときは曇ってたけど、天気はどうなんだろ……。ん〜、今にも振りそうだ。 わたしの心もこんな感じ……? 「ううん!」 ミルクはちょっと頭を振って控室を出た。 暗い顔は見せない。それがアイドルとしてのミルクの矜持だった。 「そっくりさん!?」 「そう、ようするに、アンは本物のタイシ博士に会ったことがあるんじゃなくて、どこかで多分、博士にそっくりな人にィ、出会ったのよ」 カニパンから電話があって、相談したいことがるってんで、TV局のカフェまで来てもらったのだが、相談事はアンのコトだった。 一体、アタシって……。 「それだ!」 「頭イイデシ。それなら納得デシ」 「あなた達が単細胞なだけなんじゃない?」 「いくぞ、キッド!」 「デシ?」 「決まってんだろ、タイシ博士のそっくりさんをさがすんだよ!」 カニパンがおもむろに席を立つ。 「アンの記憶の鍵を握ってる人を!」 「あ、待って」 「サンキュ、ミルク」 行ってしまった……。 「も〜、アンのコトになると夢中なんだから」 ……。 カニパンが相談に来てくれたことはうれしい。多分。 相談の内容がアンのコトなのは悲しい。おそらく。 ミルクには、二つの感情を上手く整合して理解するにはまだ人生経験が足りなかった。 「な、なんだ、この連中!」 「あたしが集めたの」 タイシ博士のそっくりさんを集めてカニパンの家に押しかけたのだ。 アンの正体が分かれば、アンの問題が解決すれば、アンがカニパンの処に居る理由はなくなる。 それに、カニパンの為に何かもして上げたい……。 あたしは……どちらの気持ちがホントなのだろう……? ま、それにしても、予想外に人が集まった。ちょっとは期待できるかもしれない。 「ミルクぅ!?」 「あの後、テレビの生放送でね、『タイシ博士のそっくりさん、大募集〜っ!』と言うわけ」 「恐るべし、アイドル効果でし」 「でも、数が多けりゃいいってもんでもないぞ!」 「それもそうデシ」 こいつ、折角、アタシがこうして手伝おうってのに、第一声がコレ!? 「いいわ、誰の連れてきたそっくりさんが一番か勝負しましょう」 「んおう!」 「望むトコロデシ!」 「ん? 犬は関係無いの、犬は」 ? キッドが乗っかってる犬は……こころなしかタイシ博士に似てるような。キッドが連れてきたみたいね。まさか、アンの知ってる「タイシ博士」ってのが犬だとは思わないけど……。 「アンが居ない!?」 しばし、狭いカニパンの部屋で、あ〜だ、こ〜だと騒いでる間に、アンの姿が見え無くなっていた。 「カニパン!?」 カニパンはドアが開いてるのを見て飛びだして行った。 もぉ。 兎も角、わたしも後を追わなきゃ。 今までのコトから、アンが一人でふらふらしてると、必ずあの男が出現する。 ……。確かカニパン達はココを曲った……。 ! いた。期待に違わず、あの男も。アンが倒れている。あの男がアンに何かしたのだろうか!? 「誘拐よ、誘拐〜っ! みんな〜っ、誘拐犯よ〜! 誰か助けて〜!」 男が振り向いて逃げて行く。やはり、人目につくのは気にしてるようだ。 カニパンがアンに駆け寄って抱え起こす。 あたしも急いで駆け寄る。どうかしたのだろうか、アンが起き上がらない。 「アン!」 カニパンが声を掛ける。 「カニパン……」 「大丈夫、気を失ってるだけみたいだ」 ほっ……。 「でも……」 「でも?」 カニパンには何か気に掛かるコトがあるようだった。 「いや、なんでもない。取り敢えず、連れて帰ろう、キッド」 「はいデシ」 取り敢えず、わたし達はカニパン家に戻ることにした。 ミルクはアンの為に真剣になるカニパンの横顔を、そっと眺めた。 「そんな形の物体が、何度も頭に浮かんで…くるの」 安静にしていたアンが気がついて、一つの絵を描いた。 あたし達3人…とキッドは一つのテーブルについて相談していた。 そう言えば、アンのコトとは言え、じっくりカニパンと話すのはいつ以来だろう? 「なんだろう……。この絵だけじゃよくわかんないな」 「なにか、他に思い出したことはないの?」 「……」 「スタジアムで会ったあの日、キミはどこから来たんだろ」 「キッドに考えが有るデシ!」 キッドが連れてきたのはロボトバトルのスタジアムだった。 「ここに来るまでのアンしゃんの足取りを、犬で追跡するんデシ」 「その野良犬でかぁ!?」 「タイシ博士に似てはいても、犬は犬デシ。犬の鼻の力は人間の100万倍デシ!」 「んあ〜」 キッドが乗っかっている犬が大きな欠伸をした。 「なんだかとっても不安…」 「いざ、出発デシー!」 あたし達(アン除く)の不安をよそに、キッドは意気込んで叫んだ。 「ぐー……」 が、犬にはあんまり関係無いようだった……。そりゃまぁ、そうか。 「あの野良犬、なかなか出てこないぞ」 その後、あの犬は、しばらくうろうろした挙げ句、そこそこたいそうな家へ入って行った。 「ひょっとして、この豪邸が、アンしゃんのお家なのではデシ?」 「見覚え有る?」 念のため、アンに訊いてみる。 「…」 「あ、出てきた出てきた」 !? 靴をくわえている。 「どこ行くデシか!?」 犬は、靴をくわえて、そのままわたし達の前を通りすぎて行った。 キッドがその後を追う。 「どろぼー!」 「えっ!? あのバカ!」 カニパンがキッドと犬を追い駆け始めた。 バウバウ! この家に住んでるらしいおばさんが、飼犬を引き連れて走ってきた。 ……。アンとは関係無いようだ……。 ガン。ガン。 ハンマーの音が部屋に響く。 「あの野良犬に、ちょっとでも期待したオレが間違いだった」 結局、靴は取り返して、おばさんにひたすら謝って返したのだが、犬とキッドはそのままどこかへ駆けて行ってしまった。 カニパンが自分がなんとかするってんで、あたし達はカニパンの部屋に戻ってきた。 戻ってきたカニパンは手早く何か作り始める。こういうときのカニパンには、何を言っても耳に入らない。何年も何年も前から……。 女の子を横にして、自分の世界に没頭してしまう。カニパンの悪い癖だ。 そんなカニパンに一言二言言うのがあたしのスタイルだった。でも、今は、あたしの横で、そんなカニパンをアンがじっと黙って見守っている。 あたしは、じっと堪えて、カニパンの額に流れる汗を見つめた。 「んじゃ、耳塞いどいて」 カニパンが準備を終えて言う。 あたしとアンは強く耳を塞ぐと、カニパンはボタンを押した。 ぼしゅう。 以外と大きな音も立てず、ミサイルは飛んで行った。 「あの追跡ミサイルの能力は犬の鼻の100万倍あるんだ。わずかな匂いをを追跡して、アンの来た路を逆探知出来るんだよ」 「へ〜、すごいじゃない!」 うん。すごい。あたしは素直に感心した。……したのだが、 「C級も偶にはまともな発明をするものねぇ」 一言多いのが、あたしの悪い癖だった。少なくともカニパンに対しては当分直りそうもない……。 「C級じゃなくて、A級なの! A・キュ・ウ」 「ん!?」 あいかわらず、そう言われるとムキになる、かわいいカニパンの肩ごしに何か光った。ヤな予感がする……。 「カニパン……あれ?」 「ん……?」 なにか飛んでくる……。 「ミサイルだっっ!?」 「ええっ!? なんで戻って来るのよォ!?」 「! ……しまったぁ。ミサイルがアン本人を探知したんだぁ」 よく考えれば当たり前だった。アンの匂いが一番強いのはアン本人なのだから……。 「あ、あぶない!」 あわてて地面に伏せる。 ごお〜っ。 ミサイルが頭のすぐ上を霞める。 どきどきどき。 ……い、命が縮んだ……。確実に。 「今のうちに逃げるんだぁ〜!」 取り敢えず、ミサイルは反対側に大きく飛んで行っていた。 しかし、すぐ戻ってくるのは、わかりきったコトだった。 わたし達三人はあわてて、カニパンの車に飛び乗った。 カニパンがエンジンを掛けようと、キーを回す。回す……のだが、なかなか掛からない。 「早く動かしなさいよ! このC級!」 「わかってるよ!」 あ〜も〜、なんで車の整備もちゃんとやってないのよぉ。 「くそ、掛かれ、掛かってくれぇ!」 ぶるるる。 「掛かったぁ!」 きゅきゅきゅきゅ〜っ。 急発進して、タイヤがホイルスピンを起こす。 「ん、もぉ、掛かったら、掛かったで、コレなのぉ……」 急発進の際に、肘を打ち付けた。 「って、カニパン、来てるわよっ!」 ミサイルはすぐ後ろに迫っていた。 キーっっ! 町中をカッ飛ばす。 ミサイルも器用に障害物を避けながら建物の間をすり抜けて追いかけてくる。 相変わらず余計なトコがよくできている。 町中だと、こっちもあんまりスピードが出せない。 あたし達は追われるように湾岸にコースを取った。 「もぉ、一体、何時まで追ってくるの!」 「そんなのミサイルに訊いてくれ!」 湾岸の高速コースだと、ミサイルとほぼスピードは互角だったが、じりじりと追い付かれてるような気もする。 普通なら、ドライブデートコースと言えなくも無いけど、こんな追い詰められた気分で走るのは心臓に良くない。 「カ、カニパン……」 「なんだよっ!」 「ま、前……」 大きいトラックが前から走ってくる。質量差は推定100倍以上。このまま行くと、t=3秒後にあたし達は天国行だろう。 「ああーーっ!!」 カニパンがハンドルを大きく右に切る。 ガン。 ガードレールを突き破って飛び出す。下は10メートルほど空気の層のあと砂浜だ。 「飛び出せ!」 「うそぉぉおお!?」 カニパンといると、いつもこれだ。 「あああああぁぁあああ……」 どしん。 あたたた。んもう、子供が生めなくなったらどうしてくれるのよ! どぼぉおん。 車とミサイルは絡み合って目の前の海へダイブして行った。 「助かった……」 ホッとしてるカニパンを見ると、また腹が立ってきた。 「あなたと居ると、アイドルの寿命が縮まるわ! やっぱり、超C級ね」 「うるさいなぁ、もお!」 「この景色……」 アンが……、アンが何かに反応している。 「どうかしたのか? アン」 「この景色……、見覚えが有る」 「ここよ。間違いない。ここに、あの物体が」 ちょっとしたクレーターの様だ。 「あなたが、絵に描いたあれのことね」 「確かに、何かが落下したような跡が有る。どこに消えたんだろ?」 ビー、ビー。 カニパンにどこからか通信が入ったようだ。 「ん? もしもーし、キッド!? まーだ野良犬と遊んでんのか?」 キッドらしい。 「どうしたんだ!?」 カニパンの顔がやや険しくなる。どうしたのだろう? 「回収車……? あ! あの車だ!」 「どうだ、あったかぁ〜?」 「ううう〜ん!」 カニパンといると、なにかとゴミと縁が有る……。はぁ。 わたし達は回収車の来るゴミの集積場にやってきて、キッドと、あの物体を探し回っていた。しかし、すでに夕焼けがゴミの山を心なしかロマンチックに赤く染めている。 「あ、あれ……」 「え!?」 アンが指さした方を見ると、白いカプセルの様なモノが。 確かに、アンが描いたのと一緒だ! 「あった!」 カニパンが駆け寄って行く。 ピー。 カン高い音が鳴る。あの物体からか? そう思った瞬間、 ドカーン。 「爆発しちまった……」 カプセルが爆発してしまった。跡形もなく、と言うわけではないが、多くの情報が失われたことだけは確かっぽかった。 「アンの記憶を取り戻す、大事な手掛かりが……」 「それは本当か!?」 不意に高い位置から声がした。 「記憶を失っていると言うのは本当なのか!?」 あの男だ。 「お前だな、爆破したのは!?」 カニパンの言葉はあまり気に掛けてないようだ。 「あの物体はなんなんだ!?」 「だまれ! 今度こそ、アンジェリカを連れ帰る!」 高くジャンプしたかと思うと、工事用ロボトのスクラップの上に飛び乗った。 あの男が腕を掲げる。またいつもの手法だ。 「行け!」 スクラップが、アンを狙って動き出す。 振り回す腕が出鱈目だ。当たると、怪我ぐらいですめばいい方だ。 あの男も連れ帰るとか言いながら、こんなんでは死体にされかねない。 「カニパン!」 「キッド!」 「きゃああー!」 キッドの声に気を取られたその瞬間に、アンがロボトに捕まってしまった。 「アン!」 「行くぞ、キッド!」 「はいデシ!」 「パーツアップ! キッド、スーパーバトルモードッ!」 カニパンが叫んで、アンからもらったとゆ〜、ヴィジュアルメモリとかゆ〜ものを掲げると、キッドがパーツアップして、バトルモードに変形した。 「キッド、アンを救出しろ!」 ガシーン。 ガン、ガスン。 キッドと工事用ロボトが戦う。 こう言うときあたしは見てるだけしか出来ない。祈ることしか出来ない。信じることしか出来ない。 それでも、目を逸らしたりしない。あきらめない限り、なにか出来る可能性があるから。 ガシィィン。 キッドの右腕のドリルパンチがアンを掴んでいる工事用ロボトの左腕を根本から千切り飛ばした。 「きゃーっ」 「アーン!」 駆け寄ってアンを助け出す。 キッドの方もロボトを倒した様だ。 「やったぁ!」 喜ぶカニパンを後目に男がこちらを見つめている。 かと思ったら、身軽に大きくジャンプして、去って行ってしまった。 ……。 また、どうせ来るのだろうが、取り敢えず、今日はもう大丈夫な様だ。 「メカの修理、タイシ博士、謎の物体。なんだか謎が深まるばかりだなぁ」 日も暮れてようやくカニパンの家に戻ってきて、すぐアンは寝入ってしまった。 あたしとカニパンとキッドは今日の出来事を検証した。 「あの男も人間とは思えない力を発揮したわ」 少なくとも、あの男のロボトを操る力は、現文明のモノとは異質だった。 「アンしゃんの正体は実は宇宙人!?」 「うちゅうじん?」 アンが? 「じょ、冗談デシ。冗談」 「あたりまえでしょう」 アンの肢体を実際に見たミルクには、それは単なるジョークでしかなかった。多分……。 「でも、不思議な娘だな……」 カニパンがアンの寝顔を見つめながらそう呟くのを見て、あたしの心はちょっと痛んだ。 「帰るわ。あたし、明日も仕事だし」 「ああ、じゃあ、送って行くよ」 「いいわ、イゴールに迎えに来させるから。あんたはアンに付いていてあげなさい。また、何か思い出すかもしれないでしょ」 「あ、ああ……」 それでも、「送ってくよ」と言って欲しかった。そんなこと有り得ないと分かっていても……。 間もなくイゴールが着いた。 「じゃ、あたし帰るわ」 「んじゃ下まで」 ちょっとしたやさしさがうれしいのは、もう負けてる証拠とも言えるかも知れない。 「ね、階段で行こ」 「あ、ああ……」 カツーン、カツーン。 階段に靴の音が響く。 キッドが部屋に残ってるので、滅多に無い、真に二人きりの時間だ。 それでも、何か特別なコトが有るわけでもない。 そろそろ一階だ。 「ね、カニパン」 「ん? なに?」 ……。 「ううん、なんでもない」 「…?」 一階に着いてしまった。すぐそこでイゴールが待っている。 「じゃあね」 「ああ、じゃな、おやすみミルク」 今夜も、すぐには眠れそうにない……。車の中でミルクはそう思った。 | next |