#02 閉ざされた記憶 v00a
before
「はぁ、も〜ダサダサ。こんなセットでプロモ撮るなんて」
「や〜よかったよ、ミルクちゃん」
「あたしは、ちっともよくないわよ。やっぱこのセット、ウルトラスーパーゴージャスなお城の大広間に代えて。超アイドルのあたしにふさわしいような。ねっ」
「え、え〜っ」
「でないとあたし帰る」
「そんな予算が〜! 今まで撮ったビデオだって無駄になるし、そんなコトいきなり言われてもね〜!」
 も〜全く、せめてもちょっとセンスのあるセットにならなかったのかしら…。こんな山小屋のセットじゃあたしのゴージャスさは伝わらないわよ。
 !
「ぁあ」
 カ、カニパン!?
 セットの陰からカニパンが見えた。
 あたしに会いに来てくれたの!?
 ……そんなわけないか。カニパンに限って。はぁ。
 まぁ、なにか用が有ることだけはたしかだけど。
「あ〜ら、カニパン、あたしのサインでももらいに来たの?」
「そんなんじゃなくてぇ、女の子の着るもん、貸して欲しいんだ」
「んん?」
「頼むよ、他に同い年ぐらいの女の子の知り合いいないしさ」
「なにそれ、まさか…」
 ヤな考えが脳裏に浮かぶ……。ちょ、ちょっとぉ……。
「カニパンてば、そんな趣味があったのぉ……!?」
 心拍数が上がっていく。あたしはこんなカニパンと付き合って行けるのだろうか? 付き合っていていいのだろうか……?
「あ、服だけじゃなくて、ぱんつとかも……」
「ぱんつぅ〜!!!」
 なに、カニパンしな作ってんのよ〜!
「うん……」
 か細く言う。
 決定的だ。同情の余地無し。
「あんたはぁ……」
 ぱーん!
 二日ぐらい消えない手形を残すつもりでカニパンあたしはカニパンをひっぱたいた。

 しばらく休憩してると、あら、セットが何時の間にか、お城の大広間に。
 へ〜、言えばなんとかなるものねぇ。まぁ、デラックススーパーアイドルなんだから、これぐらいは許されるわよね。
 それにしても気になるのはカニパンのコトだ。今まで、カニパンがそれらしい素振りをしたことは一度もない。
 あたしが気付かなかっただけだろうか……?
 もしかして、5年の都会暮しがカニパンをそうしてしまったのかも知れない。街でのカニパンの交友関係はそんなに知ってるわけではないし……。
 カニパンに女装癖……。考えるほど、心拍数が上がるのは何故だろう?
 ……あ〜も〜イライラする。
 機械ばかり相手にしてて、有る日突然目覚めたりしたのだろうか……。趣味にしても、なぜ女装……、別に女装じゃなくても、他に趣味はいっぱい有るだろうに。
 考えがまとまらない。まぁこの際、趣味のことは取り敢えず一万歩ぐらい譲るとしてみよう。それが精神衛生上もよさそうだ。
 で、それをあたしに、このあたしに言いに来るとはどう言うことなわけぇ! 服を、女の子の服を借りるのを頼まれる女の子って……。少なくとも恋愛対象でないことだけは確かだ。同い年ぐらいの知り合いはあたしぐらいしか居ないとは言ってたけど……。
 ん〜……。
 女の子に向かってパンツ貸せだなんて、なに考えてんのよ、アイツは。
 なんかヘンだわ。なんか。
「妖しい!」
 やっぱりヘンだ。ヘン、ヘン、ヘン。
 もう、居ても立っても居られない。
 こんな考え続けるなんてわたしの性にあわないわ。
 すくっと立ってセットから降りる。
「ミ、ミルクちゃん!?」
「やっぱりロケに行くことにするわ」

「え〜っとどこだっけ?」
 この辺りは、クワガタシティでも、古い街並みのところで、オフィスと高層住宅がかなり無秩序に建っていて、地元の人でも無い限り、かなりわかりにくい。
「全くカニパンってば、なんで、こんなごちゃごちゃしたトコに住んでんのよ!」
 ぼすん。
「ちょっと、気を付けてよ! んん!?」
「よぉ、ミルク」
「ラビオリ!」
「ミルクもカニパンの処に来たのか?」
 ラビオリもカニパンに会いに来たらしい。
 どうも、場所はこの辺りで間違い無いようだ。
「カニパンさん、いやぁ!」
 すぐ横のビルの上の方から声がした。
「!」
「それは絶対にイヤぁ!」
「ああん!?」
 ちょ、ちょっと、ちょっとぉ!

 ここね。
 がちゃがちゃ。ちゃんと鍵が掛かってる。も〜ヘンなトコだけマメなんだから。
 どんどんどん。
「ちょっと、カニパン! 天下のアイドルが会いに来て上げたのよ! 早く、開けなさい!」
 どんどんどん。
 も〜早く開けなさいよ〜!
「カニパン! 何やってんの!?」
 どんどんどん。
「早く開けなさい!」
 も〜、何やってんのよ。絶対妖しいわ。
「早くしなさいよ!」
「わかったから静かにしろよ!」
 ガンガン。ドアを蹴飛ばす。
「アイドルらしくない行動はしない方がいいデシ。イメージ壊れるデシ」
「うわっ」
 ばたーん。
 思いっきり開いたドアの勢いで、カニパンとキッドは吹っ飛んだ。
「んん〜っ」
 どこかに女が居るはずだわ。
「いやぁ、はろお」
 このカニパンの態度。表情。みえみえじゃない!
 しかし、全部の部屋を覗いても見あたらない。
「おかしい。確かに女の声がしたわ『いや〜』って」
「それって、キッドじゃいか? ほら、キッド」
『あ、あ、イヤ〜ああぁ』
「全然違う!」
 も〜、もしかして、あたしをなめてない。
 ん、なんか似つかわしくない、アパレル系の紙袋が目についた。
 ガサガサ。
 確かに女物の服だ。
「なによコレ!?」
「えぇ、いや、あの、それはその…」
「お前もやるなぁ。やっぱ5年の歳月は、少年を男にするんだなぁ」
「なに言ってんだよ、女の子なんてどっこにも居ないって!」
「そんなハズない!」
 そうまでして、あたしに隠したいわけぇ! カニパン。このあたしに。
「ミルクぅ!」
「ん…、ん……。そこよ!」
「げ」
 バタン。
 開いたドアの裏にその娘はいた。
「ほらねぇ。 ん? この娘、この間の……!?」
 こないだのヘンな男に絡まれてた女の子だ。確か……アンジェリカ。
 はっきり言って大変だった。やもすれば、命さえも。
「行くトコ無いらしいんで連れてきたんだ。ほら、ヘンなヤツに追われてる見たいだし、記憶を失ってるんだよ」
「そうなんデシ。これは人助けデシ」
「でも、やっぱ、それってナンパだろ?」
 ラビオリが耳障りなことを言う。こんなトコはコイツ、変わってない様だ。
 バタン。
「ミルクちゃん、ここがロケ場所!? ダサいねぇ?」
 プロモの撮影隊が追い付いてきた。全く、仕事熱心なことだ。
「こんな娘、警察に突き出しちゃえばいいのよ」
 あたしはカニパンの話も聞かず、アンジェリカの手をとって走り出した。
 こんな女、あたしと同い年ぐらいの女の子が、カニパンと一緒に暮らしてる!? それはミルクにとってとても我慢できるものではなかった。
「あ、ミルク!」
「ミルクちゃん!」
「まったく、カニパンってば、こんなお荷物抱えちゃって!」
 この娘は危険だ。たくさんのモノを壊してしまう。ミルクはそう感じていた。5年前から止まっている、カニパンとあたしのバランスさえも……。
 でも、それはカニパンが居てこその話だ。あの男。あの事件。
 5年前、時計のかさぶたをさがしに行ったときの、あのときの一瞬がふと過ぎる。それだけで心臓が締め付けられるようだ。もう、あんな気持ちは味わいたくない。
 あの時のわたしは無力だった。でも、今は、それだからこそ、出来ることを放棄するわけにはいかない。絶対に。
「待てよミルク〜!」
「待ってよ〜! ミルクちゃ〜ん!」
 カニパン達が追ってくる。
 キキーッ。
 横道から出てきた宅配ロボトが急停車した。
「ああぁっ、ミルクちゃんだあ!」
 あたしのファンのようだ。
「ちょうどいいわ。載せて」
「いいですけど、二人も載れませんよ」
「それじゃぁ、改造しましょ。これでもあたしは発明家免許を持ってるスーパーアイドルなのよぉ!」
 しかもデラックス級よ!
 ドンカンチン。
「あ〜、あ〜、ボク、ミルクちゃんに改造されてるんだぁ」
「出来たぁ!」
「って、箱外しただけじゃ……」
「ごちゃごちゃうるさいわねぇ。文句有る!?」
「ないです」
「さ、乗りなさい」
 アンジェリカは素直に乗る。……? よくわからない娘だ。
「行くわよぉ」
「はいぃ」
 キュルキュル。ぶおおお〜ん。
 宅配ロボトはそう返事してスタートした。
 これで、カニパン達は追い付けないはずだ。

 後ろに座っているアンジェリカの顔を見る。確かに何か不安そうだ。しかし……。
「なによ、そんな顔して。警察に行けば、きっと何かわかるわよ。それとも、記憶を失くしたなんてウソなの?」
「ウソじゃないわ。ホントに何も覚えていないんです」
「だからって、いつまでもカニパンの処に居るのも迷惑なんじゃない!? アイツはすんごいお人好しだから、そんなコト言わないかも知れないけど」
 カニパンは昔から、迷惑を迷惑と思わないヤツだった。わたしのわがままも、なんだかんだ言いつつ、結局前向きに善処してくれた。善処してくれただけの場合も多かったけど。
 がしゃん、がしゃん、がしゃん。
 ロボトが3体、宅配ロボトの前に出てきた。
「はあーぁ!?」
 キキーッ。
「交通整理ロボト〜っ!?」
 取り敢えず、宅配ロボトの後ろからおりて抗議をする。
「なによ、あたしたち、スピード違反なんかしてないわよ」
「ああ〜、ボクぅ、仕事がありますんで、すいませ〜ん」
「ああ〜ん、ちょっとぉ! もぉ」
 結局、交通整理ロボトについて行くことにした。
 まぁ、手間が省けたような気もするし、ま、いっか。
「さ、警察に行くわよ」
 ガシーン、ガシーン、……。路地に入ってちょっとすると、後ろからついてきていた交通整理ロボトの足音が止まった。
「ああっ!?」
「その娘をこっちにわたしてもらおうか」
 ロボトの陰から人影が現れる。
「あんたは!?」
 あの男! なにか特殊な技術を持つ危険な男……。そして多分アンジェリカの……。
「さあ、来るんだアンジェリカ! 一緒に戻って、お前が為すべきことを行うのだ」
「あ……、え……」
「何故逃げる? 何を怖がっているんだ?」
「いやぁ〜!」
 アンジェリカは振り向くと走って逃げ始めた。
 何を、一体なにを彼女は怖がっているのだろう?
「行け」
 男はロボトにそう命令すると、自分もアンジェリカを追いかけ始めた。
「ちょ、ちょっと……」
 兎も角、ミルクも彼女を追いかけるしかなかった。

「ああっ!?」
 ラビオリや撮影隊の人達と一緒に追い付いたとき、アンジェリカは交通整理ロボトに襲われていた。
 カニパンは!? キッドのパーツを出しているようだ。
「待つデシ。キッドが相手するデシ!」
「キッドさん」
「アン、逃げるんだ!」
「はい」
 アンジェリカはカニパンとまた逃げ始めた。
「うらっ! たーあっ! とあ、たあ!」
 キッドが交通整理ロボトに立ち向かうが、交通整理ロボトとキッドでは、象と犬ぐらいの差が有る……。
 ごい〜ん。キッドが弾き飛ばされる。
「弱い」
 やはり根本的に無理が有る。
 キキーッ。
「早く乗って!」
 カニパンがアンジェリカに車に乗るように言う。
「そうはいかんぞ。来い!」
 アンジェリカがドアに手を伸ばしたところで、その手を、あの男が掴む。
「ああー!」
「待てー! あぐ、いて」
 あわてたカニパンは車のドア口につまずいてこけた。
 あ〜あ、あいかわらず三枚目なんだから。も〜。
 バシューン。もくもく。
 ラビオリが発煙弾を男とアンの行く手に打ち込むと、アンが男の手を振り払って逃げてきた。
「アン! さ、」
「ラビオリ、サンキューッ!」
「お前のためじゃねえよ」
 男がラビオリたちに近付いていく。
「ここはオレにまかせろ!」
「ああ」
 男の手が光る。やばい。あいつが手を差し伸べたとき、メカは不審な挙動をするのだ。
「うわーっ!」
 あわてて銃を離したラビオリが、男に払い除けられた。
「ラビオリ!」
 カニパンがラビオリを気にするが、今はそれどころじゃない。
「乗るんだ、アン」
「はい」
 きゅきゅきゅきゅ〜、ガン、がしゃん。
 カニパンたちが車に乗り込もうとしたとき、車は勝手に発車して、壁に衝突して横転してしまった。
「これ以上、手荒なマネはさせるな! 来るんだアンジェリカ」
「いや!」
 ガシャーン、ガシャーン、ガシャーン。
 交通整理ロボトも近付いていく。
 このままだと、逃げられそうもない。
 !? カニパンの胸にある何かが光っている!?
 なにかのアクセサリーだろうか?
「よおし! コレを使えば! モーターバイクパーツッ!」
 光ったかと思ったら、キッドが、モーターバイクに変身する。
 え……、一体何が起こったの!?
「カニパン、乗るデシ!」
「すごいぞキッド! 乗って!」
 アンジェリカがすっと、カニパンの後ろに乗る……。カニパンの後ろに……。
「おのれ! 追うんだ!」
 男と交通整理ロボトはすぐに追い始めた。
「ええっ、ちょっと、待ちなさいよ、カニパン……」
 少なくとも、今のカニパンの目にはわたしは写っていない……。
 あたしの出番はこれまでのようだった……。
「ミルクちゃん、まだ撮影が残ってるよ」
「わかってるわよ」
 ……。
 カニパンのばか。あたしは小さく呟いて撮影に戻っていった。


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