#01 アンジェリカ v01a
before
「ああ〜あ、疲れたぁ。ロボトバトルの前座なんてやってらんないわ」
 タイシ博士生誕200周年記念ロボトバトルの一企画としてのコンサートが終了してミルクは一息付いていた。歌ったのもほんの数曲だった。
 別に、歌うのはミルクでなくても構わないイベントなのだが、事実、最初、ミルクに出演依頼が来たときは断るつもりだった。
 それでも、気が変わって出演ることにしたのは……。
「前座ではございません。メインはミルクお嬢様のコンサート。ロボトバトルは、言わば、おまけでございます」
「あっ、そ」
 化粧直しを終えて立ち上がる。
「お嬢様どちらヘ?」
「おまけを見に行くのよ」

 サングラスをしてロボトバトル会場に向かう。
 ロボトバトル自体に興味があるわけじゃない。カニパンが出てるからだ。5年前から毎年出てるけど、まだ優勝したことはない。一昨年、去年と、仕事で来れなかったけど、今日はもうオフで、古い友人としては、まぁ、一言、応援でもするのが義理だろう。
 カニパンがこんぺい島をでて5年近く、自分がアイドルになってやはり5年近く、お互い会う機会はめっきり減っていたけれど、カニパンは全然変わらない。超スーパーデラックスアイドルになったわたしに5年前と同じに接してくれる。
 カニパンに会うとほっとするのは何故だろう……?

「あれがキッド01か!」
「カニパンって今日のバトルの優勝候補だろ!?」
「なんたって15歳でA級発明家だからな!」
 スタンドに着くと、カニパンの試合が始まろうとしていた。
「なによ、結構有名じゃない、アイツ」
 カニパンは10歳からA級よ、そうミルクは思った。
「キャー! カニパ〜ン」
 なんか黄色い声も飛んでいる。結構人気も有りそうだった。全く、みんな、カニパンの実態も知らないで……。あたしらが、カニパンの発明の実験台になってどれだけ苦労したか……。まぁ、あたしも……。
 ……。
 何にせよ、特にミルクの応援は必要そうでもなかった。
 後から無理矢理取った座席から、カニパンの処までの距離も、声を届かせるにはちょっと遠すぎた。

 カーン。
 試合開始の合図が鳴って、キッド01が飛び出す。
 二足歩行形態でホバリングしながら、機敏に走行する様は、カニパンの成長を感じさせた。
 才能だけはあるのよね……。
 01のロケットパンチが飛ぶ。
 飛ぶ……のだが、もくもくと黒い煙を上げながら、相手のロボト前でぽとりと落ちる。
 ぷすぷす……。
「……。もぉ…C級」
 こういう処は変わってない。はぁ。
 ここぞとばかりに、相手ロボト、ドガッシャの右腕の鉄球が飛ぶ。
 華麗に避ける01。すくなくとも、本体の方には、ロケットパンチの様な問題は無いようだ。
 再びドガッシャの鉄球が01目がけて射出される。
 ! 01の動きが一段と鋭くなり、ドガッシャ目がけてダッシュする。
 鉄球を軽く上半身を捌いて避けて、懐に入り込む。
 次の瞬間ドガッシャは宙に舞っていた。
 実力差は明らかだった。なるほど、優勝候補なのかも知れない。
 勝ったカニパンの顔が場内ディスプレイに映し出される。いつもの、屈託のない笑顔だ。
「いいぞ〜!」
「キャー! カニパ〜ン☆」
「すげえな、オイ」
「やっぱ、やるなぁ、カニパン」
 そんな声が聞こえる。
「行きましょ」
 すくっとミルクが立ち上がる。
「よろしいのですか?」
「見るだけ無駄。どうせ優勝はカニパンですもの」
 優勝しなくても、それはいつものポカが出ただけのことだ。わたしが応援してもしなくても変わらない。
 大勢の中で大勢と一緒に大勢と一緒の声援をカニパンに送る。ミルクにはそれがとても無意味に思えた。

「イゴール、お腹すいちゃったわ」
「わかって居りますデス」
「今夜は、そうねぇ、子牛のステーキがいいわねぇ」
 ミルクとイゴールは、地下駐車場で車に込もうとしていた。
「さぁ、一緒に来るんだ!」
「いやっ!」
 男が、ミルクと同じ年頃の女の子を連れて行こうとしていた。
「アナタ! 何してるの!」
 こんな不審な状況を見逃す理由はミルクには無かった。
「アンジェリカ!」
「助けて!」
 びくっと止まった男から女の子がこちらへ逃げてきた。
 これだから男は。
 何かにいらついているミルクは、確実に、男に非があるように見えた。
 男が、そばの黄色の車に手を向ける。
 その瞬間、何か光ったような気がしたら、その車が動き出し、ミルクとアンジェリカの方へ突進してきた。
「お嬢様ーっ!」
 ガシャーン。
 イゴールが突き離してくれなかったら、後ろの車とサンドイッチになっていたところだった。しかし、イゴールは!?
「イゴール!?」
「ワタクシは大丈夫です。お嬢様、早く!」
 ほっ。イゴールは無事なようだ。
「さっ、逃げましょう!」
 兎も角、この場から逃げなければ。人気も無さ過ぎる。エレベータを待ってる時間は無いので、非常階段を駆け上がる。
 はあ、はあ、も〜なんてコトになるのよ。
 階段の一番上に着こうとしたとき、ひらりと人影が。
 びくっ。何、アイツなの!?
「オス!」
 カ、カニパン!?
「ばか!」
「な、なんだよ、いきなり」
「アイドルに気安く声掛けるからよ」
「お前じゃないよ。オレはその娘に」
「ん? 知り合い」
「って、そういうわけじゃないけど……」
 一体どういう……、って今はそんな場合じゃなかった。
「とにかく、あなたにまかせる」
 こういうトラブルは昔からカニパンの役目だ。
「アンジェリカ!」
「逃げて!」
 アンジェリカが切迫した表情で言う。
「な、なんだぁ?」
「もう、しつこ〜い!」
 兎も角、わたしたちはヘンなアンジェリカを追っている男から逃げ始めた。

 ひたすら、地下通路を走って逃げる。
 と、突然、目の前の防火シャッターが閉り、逃げ道がなくなってしまった。
 一体、どうなってんの!?
「どうすんのよ、カニパン」
「こっちだ」
 言うそばから、カニパンは真横のダストシュートに飛び込んでしまった。迷わず、アンジェリカも……。
 ちょ、ちょっと、わたしにここに飛び込めってゆ〜の!?
 タッタッタ。渇いた音を立てて、男が近付いてくる。
「も〜ぉ!」
 覚悟を決めてわたしもダストシュートに飛び込む。
 カニパンと居ると、いつもこれだ。
 か〜、この臭い……むかしのゴミゴミ島を思い出す……。

 どし〜ん。
「もぉ〜お、最低!」
 しこたま尻餅をついてしまった。
 あ〜ん、服も汚〜い。臭いも……。帰ったら、念入りにお風呂入んなきゃ…。
「オレ、カニパン。キミ名前は?」
「ん〜、この状況下で、なにナンパしてんのよ。彼女だって困ってんでしょ?」
 も〜いつだってTPOを考えないんだから。
「いや、別に、困らせたいわけじゃ……」
 あたりまえだ。
「アンジェリカ」
 ぽそっと彼女が言う。
「あの人、あたしのことそう呼んだわ」
 はぁ? なにわけわかんないコト……
 ガシャーン。
 爆発音と一緒に、あの男が倒れる壁の向こうから現れた。
「来た……」
 しつこさも手段も尋常じゃない。どうも、唯事じゃなさそうだ。
「こっちだ」
 カニパンが換気口のフィンを突き破って先導する。
「待ってよぉ」
 この辺りの気の回らなさも昔のままだ……。

 通路をひたすら走る。
 光が見える。どうも出口のようだ。
 カニパンが先導した先は、ロボトバトルのフィールドだった。
 まだ試合の真っ最中だ。
「ちょっとぉ」
 こんなトコに出てきて大丈夫なの!?
「いいから、走れ」
 もぉ〜、あいかわらず、一方的なんだから〜……。
『なんだお前ら、オレの試合潰す気か』
「すまないラビオリ、これには訳が…」
 ラビオリ…!? どこかで聞いたような……?
 あの男もフィールドまで出てきた。
 人目のあるフィールドにまで出てくるとは、やはり、唯事じゃない。
 ! また、手が光った!
 ひらり。男がラビオリのロボトの肩に乗る。どうも操っているようだ。
 こ、こっちに来る。
「カニパン、なんとかしてよ〜」
『オイ、コラ、お前の相手はこっちだろ〜!』
 ロボトバトルの相手がラビオリのロボトに掴み掛かる。
 ガシィ。一撃で振り払う。相手ロボトは壁に激突し再起不能のようだ。根本的にパワーが違うの!?
「さあ、もどれアンジェリカ。さあ」
 男がラビオリのロボトの肩に乗ったまま詰め寄る。
 ロボトの手が、ゆっくりアンジェリカに伸びる。
「いや」
 アンジェリカが震えながら、カニパンの胸に飛び込む。
 ……。
 …? 地響き?
 フィールドの端の地面から何か飛び出してきた。
「01!」
 カニパンが叫ぶ。
 確かに、カニパンの01だ。
 空中で飛行モードに変形する01。
 反転して、わたしたち三人を背中に載せて飛ぶ。
「いやぁあ、ウソぉ〜!」
 しかし、当然、人を載せて飛ぶようには作られてなくて、掴むところもない。
 わたしたちは必死でしがみつく。
 しかし、これで逃げ切れるに違いない。
 ちょっと落ちついて、下を見下ろすと、あの男が、ラビオリのロボトの腕に載っている。ロボトが腕を振りその反動で、男がこちらへ飛んでくる。
 危険だ。ますますタダモノじゃない。
「なにィ」
「いやだぁ」
 男は、01空中でくるりと回転して、飛んでいる01に飛び乗った。そして、その男が01に手をついた瞬間、01は飛ぶ方向を変えて反転した。
「なんなのよ、コイツ」
「その娘を、わたせ!」
「やだね」
「王子様気取りか。何も分かってないだろ!」
「わかるもんか。女の子を追い駆け回すヤツのコトなんかな!」
 そ、それは正しい、正しいけど……
「カ、カニパン!」
 01は真っ直ぐラビオリのロボトに向かっていた。このままだと確実に衝突だ。
 男が何かそのあとも言っていた様だったが、それどころじゃない。
「くっそ〜! いくぜミルク!」
「ええっ!?」
 カニパンはアンジェリカを抱えてさっさと飛び降りてしまった。
「もぉ!」
 飛び降りる以外の選択肢は無いので、飛び降りる。
「いったぁい。なんでこうなるのぉ?」
 おしりをしこたま打ってしまった。あざになったかも知れない…。も〜。
 ……。
 揺れてる。空気が。
 巨大なロボトらしきモノが空から降りてくる。尋常なじゃない。
 やっぱ、狙いはわたしたち!?
 ロボトの手がゆっくり動いて……、やっぱり!
 あわてて飛び退く。
 ズガーン。避けてなければ、今頃ぺしゃんこだ。
 ?。巨大ロボトの動きは止まっている。
 男がアンジェリカに向かって何か言っているようだ。
 もともと知り合いなのだろうか?
 カニパンが間に入ると、男はあきらめたようだった。
 男は巨大ロボトの中に吸い込まれて、周囲の混乱をよそにそのロボトは飛び立って行った。
 まったく、なんだってゆ〜のよ。
「これ、落し物」
 カニパンがアンジェリカになにか渡す。
「ありがと」
 ……なに見つめあっちゃってんのよ。
 も〜。
 これから先も何かありそうだってのに。
 辺りはすっかり月夜になっていた。


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