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「ああ〜あ、疲れたぁ。ロボトバトルの前座なんてやってらんないわ」 タイシ博士生誕200周年記念ロボトバトルの一企画としてのコンサートが終了してミルクは一息付いていた。歌ったのもほんの数曲だった。 別に、歌うのはミルクでなくても構わないイベントなのだが、事実、最初、ミルクに出演依頼が来たときは断るつもりだった。 それでも、気が変わって出演ることにしたのは……。 「前座ではございません。メインはミルクお嬢様のコンサート。ロボトバトルは、言わば、おまけでございます」 「あっ、そ」 化粧直しを終えて立ち上がる。 「お嬢様どちらヘ?」 「おまけを見に行くのよ」 サングラスをしてロボトバトル会場に向かう。 ロボトバトル自体に興味があるわけじゃない。カニパンが出てるからだ。5年前から毎年出てるけど、まだ優勝したことはない。一昨年、去年と、仕事で来れなかったけど、今日はもうオフで、古い友人としては、まぁ、一言、応援でもするのが義理だろう。 カニパンがこんぺい島をでて5年近く、自分がアイドルになってやはり5年近く、お互い会う機会はめっきり減っていたけれど、カニパンは全然変わらない。超スーパーデラックスアイドルになったわたしに5年前と同じに接してくれる。 カニパンに会うとほっとするのは何故だろう……? 「あれがキッド01か!」 「カニパンって今日のバトルの優勝候補だろ!?」 「なんたって15歳でA級発明家だからな!」 スタンドに着くと、カニパンの試合が始まろうとしていた。 「なによ、結構有名じゃない、アイツ」 カニパンは10歳からA級よ、そうミルクは思った。 「キャー! カニパ〜ン」 なんか黄色い声も飛んでいる。結構人気も有りそうだった。全く、みんな、カニパンの実態も知らないで……。あたしらが、カニパンの発明の実験台になってどれだけ苦労したか……。まぁ、あたしも……。 ……。 何にせよ、特にミルクの応援は必要そうでもなかった。 後から無理矢理取った座席から、カニパンの処までの距離も、声を届かせるにはちょっと遠すぎた。 カーン。 試合開始の合図が鳴って、キッド01が飛び出す。 二足歩行形態でホバリングしながら、機敏に走行する様は、カニパンの成長を感じさせた。 才能だけはあるのよね……。 01のロケットパンチが飛ぶ。 飛ぶ……のだが、もくもくと黒い煙を上げながら、相手のロボト前でぽとりと落ちる。 ぷすぷす……。 「……。もぉ…C級」 こういう処は変わってない。はぁ。 ここぞとばかりに、相手ロボト、ドガッシャの右腕の鉄球が飛ぶ。 華麗に避ける01。すくなくとも、本体の方には、ロケットパンチの様な問題は無いようだ。 再びドガッシャの鉄球が01目がけて射出される。 ! 01の動きが一段と鋭くなり、ドガッシャ目がけてダッシュする。 鉄球を軽く上半身を捌いて避けて、懐に入り込む。 次の瞬間ドガッシャは宙に舞っていた。 実力差は明らかだった。なるほど、優勝候補なのかも知れない。 勝ったカニパンの顔が場内ディスプレイに映し出される。いつもの、屈託のない笑顔だ。 「いいぞ〜!」 「キャー! カニパ〜ン☆」 「すげえな、オイ」 「やっぱ、やるなぁ、カニパン」 そんな声が聞こえる。 「行きましょ」 すくっとミルクが立ち上がる。 「よろしいのですか?」 「見るだけ無駄。どうせ優勝はカニパンですもの」 優勝しなくても、それはいつものポカが出ただけのことだ。わたしが応援してもしなくても変わらない。 大勢の中で大勢と一緒に大勢と一緒の声援をカニパンに送る。ミルクにはそれがとても無意味に思えた。 「イゴール、お腹すいちゃったわ」 「わかって居りますデス」 「今夜は、そうねぇ、子牛のステーキがいいわねぇ」 ミルクとイゴールは、地下駐車場で車に込もうとしていた。 「さぁ、一緒に来るんだ!」 「いやっ!」 男が、ミルクと同じ年頃の女の子を連れて行こうとしていた。 「アナタ! 何してるの!」 こんな不審な状況を見逃す理由はミルクには無かった。 「アンジェリカ!」 「助けて!」 びくっと止まった男から女の子がこちらへ逃げてきた。 これだから男は。 何かにいらついているミルクは、確実に、男に非があるように見えた。 男が、そばの黄色の車に手を向ける。 その瞬間、何か光ったような気がしたら、その車が動き出し、ミルクとアンジェリカの方へ突進してきた。 「お嬢様ーっ!」 ガシャーン。 イゴールが突き離してくれなかったら、後ろの車とサンドイッチになっていたところだった。しかし、イゴールは!? 「イゴール!?」 「ワタクシは大丈夫です。お嬢様、早く!」 ほっ。イゴールは無事なようだ。 「さっ、逃げましょう!」 兎も角、この場から逃げなければ。人気も無さ過ぎる。エレベータを待ってる時間は無いので、非常階段を駆け上がる。 はあ、はあ、も〜なんてコトになるのよ。 階段の一番上に着こうとしたとき、ひらりと人影が。 びくっ。何、アイツなの!? 「オス!」 カ、カニパン!? 「ばか!」 「な、なんだよ、いきなり」 「アイドルに気安く声掛けるからよ」 「お前じゃないよ。オレはその娘に」 「ん? 知り合い」 「って、そういうわけじゃないけど……」 一体どういう……、って今はそんな場合じゃなかった。 「とにかく、あなたにまかせる」 こういうトラブルは昔からカニパンの役目だ。 「アンジェリカ!」 「逃げて!」 アンジェリカが切迫した表情で言う。 「な、なんだぁ?」 「もう、しつこ〜い!」 兎も角、わたしたちはヘンなアンジェリカを追っている男から逃げ始めた。 ひたすら、地下通路を走って逃げる。 と、突然、目の前の防火シャッターが閉り、逃げ道がなくなってしまった。 一体、どうなってんの!? 「どうすんのよ、カニパン」 「こっちだ」 言うそばから、カニパンは真横のダストシュートに飛び込んでしまった。迷わず、アンジェリカも……。 ちょ、ちょっと、わたしにここに飛び込めってゆ〜の!? タッタッタ。渇いた音を立てて、男が近付いてくる。 「も〜ぉ!」 覚悟を決めてわたしもダストシュートに飛び込む。 カニパンと居ると、いつもこれだ。 か〜、この臭い……むかしのゴミゴミ島を思い出す……。 どし〜ん。 「もぉ〜お、最低!」 しこたま尻餅をついてしまった。 あ〜ん、服も汚〜い。臭いも……。帰ったら、念入りにお風呂入んなきゃ…。 「オレ、カニパン。キミ名前は?」 「ん〜、この状況下で、なにナンパしてんのよ。彼女だって困ってんでしょ?」 も〜いつだってTPOを考えないんだから。 「いや、別に、困らせたいわけじゃ……」 あたりまえだ。 「アンジェリカ」 ぽそっと彼女が言う。 「あの人、あたしのことそう呼んだわ」 はぁ? なにわけわかんないコト…… ガシャーン。 爆発音と一緒に、あの男が倒れる壁の向こうから現れた。 「来た……」 しつこさも手段も尋常じゃない。どうも、唯事じゃなさそうだ。 「こっちだ」 カニパンが換気口のフィンを突き破って先導する。 「待ってよぉ」 この辺りの気の回らなさも昔のままだ……。 通路をひたすら走る。 光が見える。どうも出口のようだ。 カニパンが先導した先は、ロボトバトルのフィールドだった。 まだ試合の真っ最中だ。 「ちょっとぉ」 こんなトコに出てきて大丈夫なの!? 「いいから、走れ」 もぉ〜、あいかわらず、一方的なんだから〜……。 『なんだお前ら、オレの試合潰す気か』 「すまないラビオリ、これには訳が…」 ラビオリ…!? どこかで聞いたような……? あの男もフィールドまで出てきた。 人目のあるフィールドにまで出てくるとは、やはり、唯事じゃない。 ! また、手が光った! ひらり。男がラビオリのロボトの肩に乗る。どうも操っているようだ。 こ、こっちに来る。 「カニパン、なんとかしてよ〜」 『オイ、コラ、お前の相手はこっちだろ〜!』 ロボトバトルの相手がラビオリのロボトに掴み掛かる。 ガシィ。一撃で振り払う。相手ロボトは壁に激突し再起不能のようだ。根本的にパワーが違うの!? 「さあ、もどれアンジェリカ。さあ」 男がラビオリのロボトの肩に乗ったまま詰め寄る。 ロボトの手が、ゆっくりアンジェリカに伸びる。 「いや」 アンジェリカが震えながら、カニパンの胸に飛び込む。 ……。 …? 地響き? フィールドの端の地面から何か飛び出してきた。 「01!」 カニパンが叫ぶ。 確かに、カニパンの01だ。 空中で飛行モードに変形する01。 反転して、わたしたち三人を背中に載せて飛ぶ。 「いやぁあ、ウソぉ〜!」 しかし、当然、人を載せて飛ぶようには作られてなくて、掴むところもない。 わたしたちは必死でしがみつく。 しかし、これで逃げ切れるに違いない。 ちょっと落ちついて、下を見下ろすと、あの男が、ラビオリのロボトの腕に載っている。ロボトが腕を振りその反動で、男がこちらへ飛んでくる。 危険だ。ますますタダモノじゃない。 「なにィ」 「いやだぁ」 男は、01空中でくるりと回転して、飛んでいる01に飛び乗った。そして、その男が01に手をついた瞬間、01は飛ぶ方向を変えて反転した。 「なんなのよ、コイツ」 「その娘を、わたせ!」 「やだね」 「王子様気取りか。何も分かってないだろ!」 「わかるもんか。女の子を追い駆け回すヤツのコトなんかな!」 そ、それは正しい、正しいけど…… 「カ、カニパン!」 01は真っ直ぐラビオリのロボトに向かっていた。このままだと確実に衝突だ。 男が何かそのあとも言っていた様だったが、それどころじゃない。 「くっそ〜! いくぜミルク!」 「ええっ!?」 カニパンはアンジェリカを抱えてさっさと飛び降りてしまった。 「もぉ!」 飛び降りる以外の選択肢は無いので、飛び降りる。 「いったぁい。なんでこうなるのぉ?」 おしりをしこたま打ってしまった。あざになったかも知れない…。も〜。 ……。 揺れてる。空気が。 巨大なロボトらしきモノが空から降りてくる。尋常なじゃない。 やっぱ、狙いはわたしたち!? ロボトの手がゆっくり動いて……、やっぱり! あわてて飛び退く。 ズガーン。避けてなければ、今頃ぺしゃんこだ。 ?。巨大ロボトの動きは止まっている。 男がアンジェリカに向かって何か言っているようだ。 もともと知り合いなのだろうか? カニパンが間に入ると、男はあきらめたようだった。 男は巨大ロボトの中に吸い込まれて、周囲の混乱をよそにそのロボトは飛び立って行った。 まったく、なんだってゆ〜のよ。 「これ、落し物」 カニパンがアンジェリカになにか渡す。 「ありがと」 ……なに見つめあっちゃってんのよ。 も〜。 これから先も何かありそうだってのに。 辺りはすっかり月夜になっていた。 | next |