『白き街』 acte 4


 カルフールとカルボローは、書斎で葉巻を吸いながら談笑していた。
 「あの小心者のカルロバが、自分のホテルに火を放ってノワールを焼き殺すとはな。なかなか大胆な手を思い付くものよ」
 「全くです。追い詰められた人間というのは、何をやるか判らないものですね、カルフールさん」
 「奴等もまさか、君とワシが結託しているとは思うまい。過去の経歴を洗っても、あの事件しか接点が無いのだからな」
 「汚職で手にした金の資金洗浄を行い、以後の追求の手を逃れる為にわざと検挙するとは、あなたもなかなかの策士ですな」
 
 突然、カルボローの携帯電話が鳴った。
 「カルボローだ。何があった?」
 「ノワールがカバチ達の車を奪ってそちらに向かっております」
 「カバチ達は?」
 「ノワールに殺られました」
 「・・・至急、『兵隊』達を屋敷に集める様に手配して下さい」
 「了解しました」
 カルボローは苦虫を噛み潰した表情で、携帯電話の電源を切った。
 「・・・奴等はまたも、罠をかいくぐった」
 「何だと!」
 「様々な暗殺者を葬り去ってきたこの『白き街』が、たかが女2人に敗れるとは・・・」
 「まだ敗れたと決まった訳ではない。ここで奴等を始末出来れば、『白き街』は敗れた事にはならん」
 「勿論です。何が何でも奴等を倒さなければ、私の首が危なくなります」
 グレイファードが『白き街』の使用をためらったのは、『白き街』を動かす為には巨額の費用が必要だったからである。
 まず、2千人の町民全員に1日1000ユーロの諜報活動費を支払う必要がある。つまり、『白き街』を使用すると決めただけで、1日当たり2億円以上の出費が発生する。
 更に、約50人の『兵隊』を戦闘に参加させた場合に支払われる1万ユーロの戦闘参加費、ミッション中に命を落とした町民(『兵隊』を除く)の親族に支払われる1万ユーロの弔問費、ソルダ外部の人間がターゲットを仕留めた場合に支払われる100万ユーロの報奨金などが必要となる。
 これだけ巨額の費用を投じておきながら、何の結果も出せないという事態になれば、カルボローがソルダ内部での立場を失うのは自明だった。
 
☆★☆★☆
 
 ミレイユは屋敷の裏の森に車を止め、霧香と共に愛銃を携えて屋敷へと向かった。
 そして、薄暗い常夜灯が点る長い廊下を歩いていると、不意に廊下の両側からサブマシンガンを構える音が聞こえた。
 どんなに身のこなしに秀でた人間といえど、何一つ遮蔽物の無い場所で自分の両側から乱射されるサブマシンガンの銃弾を回避するなど、到底不可能である。
 サブマシンガンが火を噴こうとした瞬間、霧香とミレイユは廊下の右側にある扉を開け、中に飛び込んだ。
 薄暗い部屋の中には、床まで届きそうな程に裾の長いテーブルクロスを掛けられた、円いテーブルが幾つも並べられていた。どうやらパーティールームの様である。
 
 カッ!
 強烈な閃光がミレイユと霧香を襲う。
 ミレイユと霧香は咄嗟に目を塞ぎ、正面にあったテーブルの下に潜り込んだ。
 ミレイユは瞼を押さえながら、苦しげな声で言う。
 「・・・さっきの光で目をやられたわ。霧香は?」
 「私もダメ。何も見えないわ」
 先程の強烈な閃光が、ミレイユと霧香から視力を奪っていたのである。
 
 ふと、周囲が明るくなった事にミレイユは気付いた。
 「我が屋敷へようこそ、お嬢様方」
 パーティールームにカルフールの声が響く。
 そのすぐ後に、パーティールームの両側の入口から『兵隊』達が入って来るのが靴音で判る。周囲の様子は判らないが、靴音の響きから察するに、完全に包囲されてしまった様だ。
 「いかに凄腕とはいえ、視力を失ったお前達に到底勝ち目は無い。潔く蜂の巣になるんだな」
 視力は完全に失った訳ではなかった。
 周囲が明るいか暗いかは判るので、一時的に視神経が麻痺しているという事は判った。
 恐らく3分も経てば、元通りに見える様に回復するだろう。
 だが、敵はその3分を待ってはくれない。
 何の反撃もしなければ、カルフールの言う通り蜂の巣にされてしまうだろう。
 だからと言って盲目打ちをする訳にはいかない。銃弾が尽きれば、やはり蜂の巣にされてしまうだろう。
 どうすればいい?
 
 ミレイユは何気に、バニティバッグの中に手を突っ込んだ。
 (!)
 ミレイユの指先に触れたのは、男から奪った携帯電話だった。
 そして、何を思ったのか、ミレイユは自分の銃にサイレンサーを装着すると、霧香の前に差し出した。
 「これを使って。今はあんたの鋭敏な聴覚だけが頼りよ、霧香」
 霧香にはミレイユの言葉の意味がよく判らなかったが、とりあえずミレイユから差し出されたワルサーP99を手にした。
 
 『兵隊』達は姿勢を低くし、音を立てない様に気を遣いながら、ゆっくりと包囲網を狭めていった。
 ピッ!
 ごく微かな電子音が鳴る。
 霧香は電子音の方向に銃を向け、トリガーを引く。
 何かに包められた様な、小さな銃声が響く。
 「ウワァーッ!」
 断末魔の叫びを上げて、『兵隊』の一人が倒れる。
 
 ピッ!
 再び、ごく微かな電子音が鳴る。
 そしてまた、何かに包められた様な小さな銃声が響くと共に、『兵隊』の一人が断末魔の叫びを上げて倒れる。
 
 その後も小さな電子音が響く度に、『兵隊』は一人づつその数を減らしていった。
 目が見えない筈なのに、正確に位置を見抜かれて射殺される。
 そんな化け物じみた芸当が可能な相手に勝てる筈が無い。
 元々が単なる町内のならず者集団である『兵隊』達はすっかり萎縮し、怯えきっていた。
 
 「ぐおおっ、こうなったらヤケクソだ!全員で銃弾をぶち込んでやれ!」
 残りの『兵隊』が一斉に立ち上がり、霧香とミレイユが潜んでいる筈のテーブルに拳銃やらサブマシンガンやらの銃弾を容赦無くぶち込んだ。
 数百発の銃弾を受け、テーブルは原型を留めない位に粉砕された。
 「奴等が幾ら化け物でも、これだけの銃弾を受けて生きていられる筈が・・・ウワッ!」
 『兵隊』達が一斉に立ち上がった瞬間、霧香とミレイユは中央のテーブルから二手に分かれて抜け出した。そして、『兵隊』達が中央のテーブル目掛けて銃弾をぶち込んでいる間に、『兵隊』達の間隙を縫って包囲網の外へと脱出したのである。
 すっかり視力を回復した霧香とミレイユの前に、約40名程生き残っていた『兵隊』は瞬く間に全員倒された。
 
 カルボローとカルフールはその様子を見届けるや否や、一目散に逃走した。
 自分達がどう足掻いたところで、あんな連中に勝てる筈が無い。
 たとえソルダからの粛清を受けようと、今を生き長らえる事の方が先決だ。
 カルボローとカルフールは黒塗りのセダンに乗り込むと、慌しく車を出した。
 ところが、カルボローが車を出して数秒後、左の前輪が突然バーストした。
 車がスピン状態に入ると、今度はボンネットが爆発した。
 カルボローとカルフールは、放り出される様にして車から脱出した。
 地面の泥が口に入り、四つんばいになって咳き込みながらも、何とか落ち着きを取り戻したカルボローとカルフールが顔を上げると、2人の少女が自分達に銃を向ける姿が見えた。
 「そろそろ仕事にケリをつけさせてもらうわ」
 「・・・私が君達に依頼したのは、ここに居るカルフールの暗殺だった筈じゃないか。何で私まで」
 「悪いけど、あなたの仕事はキャンセルさせてもらったわ。今回の依頼人はリサラ、そしてこれが今回の仕事料よ」
 ミレイユと霧香はポケットから1ユーロコインを取り出し、指で弾いた。
 コインはカルボローとカルフールの目前に折り重なる様に落ちた。
 「それが、あなた達の命の値段よ」
 霧香は怒った表情でカルボローとカルフールに言う。
 「あのノワールが、たった2ユーロで仕事を請けるなんて・・・」
 「頼む、見逃してくれ! 金ならやる! 100万ユーロでも200万ユーロでも、お前達の言い値で払う! だから命だけは」
 「これ以上、腐った演説は聞きたくないわね」
 ミレイユと霧香はゆっくりとトリガーを引いた。
 そして、2人は息絶えたカルボローとカルフールの前から1ユーロのコインを拾うと、再びポケットの中に入れた。
 
☆★☆★☆
 
 カルボローとカルフール、そして約50人の『兵隊』を倒したミレイユと霧香は、来た時に乗って来た車に戻り、急いで車を出した。
 「今回はしんどい仕事だったわ。ま、この仕事はいつでもしんどいけどね」
 「ねぇ、ミレイユ?」
 「どうしたの、霧香?」
 「私達が視界を奪われた時、小さな電子音が鳴ったよね? あれって一体」
 「これよ」
 ミレイユは男の携帯電話をバニティバッグから手探りで取り出し、霧香に手渡した。
 「奴等は頻繁に連絡を取り合っていた。となれば、短縮ダイヤルで電話をすれば誰かの携帯が鳴ると思ったの。もっとも、鳴らしっぱなしだと電源を切られてしまうから、一瞬だけ鳴らして切ったけど、思いの外上手くいったわ」
 「・・・やっぱり凄いわ、ミレイユって」
 「あら、霧香だって十分凄いわ。一瞬の音を聞き分けて正確に狙撃するんだから」
 霧香は妙に感心した顔で男の携帯電話を見つめた後、カーブに差し掛かった頃合を見計らって、携帯電話を谷底に投げ捨てた。
 
☆★☆★☆
 
 数日後。
 ミレイユは自宅の居室で、インターネットの画面から『白き街』事件の概要を眺めていた。
 大勢の犠牲者リストの中には、カルロバの名前も入っていた。
 多分カルロバは、愛しい一人娘と商売道具であるホテルの両方を失った事から、絶望して自決したのだろう。
 (どうしてお金なんかの為に、人を殺そうだなんて考えるのかしら)
 ふと、リサラの言葉がミレイユの脳裡をよぎる。
 「本当ね・・・どうしてお金なんかの為に、人を殺せるんだろうね・・・」
 ミレイユは妙に感傷的になった自分に気付くと、そんな気持ちを振り払おうとしてパソコンの電源を落とし、ロフトで横になっている霧香を明るい声で呼んだ。
 「ねぇ霧香、何か美味しいものでも食べに行こうよ!」
 

(おわり)


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