『痛ましい記憶』 acte 5


 側近達はサブマシンガンの銃弾でボロボロになった壁を見やると、勝ち誇った様な笑みを浮かべた。
 「自分の死に方は自分で決めるなどと言っておきながら投身自殺を図るとは、ノワールも遂にヤキが回った様ですね」
 「まあいいでしょう。どんな死に方を選ぼうと、ちゃんと死んでくれれば文句はありませんわ」
 「私達の理想が少しずつ現実のものとなっていく・・・・・ベルレーヌ様にお仕えして本当に良かった・・・・」
 側近達が口々に歓喜の声を漏らす中、ベルレーヌは少し慎重な面持ちで言葉を発した。
 「貴女達、勝利の美酒に酔うのも結構ですが、あのノワールが相手だという事を忘れないで下さい。彼女達の屍をこの目で見るまで、気を緩めてはなりません」
 「このビルの外側には手摺りも何も無いのですよ。おまけにここは5階。飛び降りれば確実に死ぬ筈です」
 「では、ベルレーヌ様の不安を取り除く為に、道路に転がった死体を見てみましょうか」
 側近の一人が窓際に近付き、上半身を窓の外に出す。
 パァン!
 1発の銃声と共に、外の様子を見に行った側近は窓から転落した。
 「ボアレ!」
 側近の一人が落ちた反動で、窓の外に掛かっていたロープが揺れた。
 「ノワールめ・・・こんな所に脱出ルートを用意していたとは・・・」
 仲間が殺られた事で、側近達は微妙に浮き足立っていた。いかにサブマシンガンを構えているとはいえ、彼我の戦闘スキルには圧倒的な開きがある。何の策も無しに階下に降りて行けば、ことごとくノワールに殺られてしまうのは明白である。
 「落ち付きなさい、皆さん」
 ベルレーヌは大きな声で側近達を一喝した。
 「いくらノワールの戦闘スキルが高いとはいえ、拳銃を撃つには姿を見せなければなりません。全員一団となって行動し、銃声がした方向に向けて一斉射撃を行えば、いかにノワールと言えどそうそう逃げられるものではありません」
 「判りました、ベルレーヌ様」
 ベルレーヌと7人の側近はサブマシンガンを構え、西側の階段から降りて行った。
 
 その頃、霧香とミレイユは3階の一角に身を潜めていた。
 「1人倒したとはいえ相手はまだ8人。拳銃の残弾も心許ない。さっきの構えを見た限りでは相手は素人の様だけど、確実に仕留めなければ殺られるのは私達だわ」
 「どうする、ミレイユ?」
 「私が先回りして奴等を牽制する。霧香は銃声を聞き分けて奴等を狙い撃ちして」
 「判ったわ」
 ミレイユは東西の階段の中間の位置に向かい、銃弾を1発だけ放った。
 バァン!
 ・・・・・ズダダダダダダッ!ズダダダダダダッ!ズダダダダダダッ!
 西側の階段の方角から、サブマシンガンを乱射する音が聞こえる。
 (なるほど、西側ね)
 ミレイユは修道女達の移動場所を先読みして銃弾を放つ。
 「うわっ!」
 ミレイユの銃弾を受けて側近の一人が倒れる。
 修道女達は銃声のした方向に一斉射撃を行う。
 勿論、そこにはミレイユの姿は無い。
 今度は霧香が銃声を聞き分けて銃弾を放つ。
 またしても側近の一人が倒れ、サブマシンガンの音が空しく響く。
 「バカな・・・・・何故奴等は姿を見せない・・・・・」
 見えない敵を相手に闘っているかの様な恐怖感で、修道女達はすっかり自我を見失っていた。サブマシンガンを必要以上に乱射した事が仇となり、1階に降りる頃には全員の銃弾が尽きてしまった事も、修道女達の恐怖心をかき立てた。
 「所詮、私達には歯が立たない相手だったのよ!」
 「バラバラに逃げれば、何とかなるかもしれないわ!」
 1階は他の階と異なり、四方から脱出する事が出来る。
 3人残っていた側近達は散り散りになって逃げた。
 
 バァン!
 バァン! バァン!
 ビルの表側で1発、裏側で2発の銃声が響いた。
 一人残ったベルレーヌは、迷わず裏側へ歩みを進めた。
 ビルの裏側に居るのがミレイユなら、まだ何とか手はある。
 ベルレーヌは首からチェーンで吊るした、小さなパイプ状のアイテムを手に取った。
 
 「もう終わりよ、ベルレーヌ」
 ベルレーヌの気持ちとは裏腹に、ビルの裏側に居たのは霧香だった。
 周囲を見渡すと、自分の目の前に1人、霧香の背後に1人、側近が倒れているのが見える。
 「チッ・・・・」
 ベルレーヌは小さく舌打ちした。
 そして、霧香はベレッタのトリガーを引いた。
 カシャン。
 ストライカーの音が空しく響く。
 「こんな時に弾切れとは・・・どうやら、私にも未だ運が残っていたという事ですね」
 ベルレーヌは再び、悪魔の様な笑みを浮かべた。
 
 その時、ベルレーヌの背後からミレイユが姿を現した。
 「あんたの手下は全員倒したわ。観念しなさい、ベルレーヌ」
 「私には神様が憑いています。死ぬのは貴方達です」
 「随分と往生際の悪い女ね」
 ミレイユがベルレーヌに向けて、ワルサーの銃口を向けたその時だった。
 「危ない、ミレイユ!」
 ベルレーヌはパイプ状のアイテムを口にして息を吹き込む。
 「う・・・あああっ!」
 ミレイユは急にその場にうずくまり、頭を抱えて苦しみ始めた。
 そして、先程霧香と闘った時の凶悪な表情で再び立ち上がった。
 「ミレイユ!」
 
 ベルレーヌが口にしていたのは犬笛だった。
 犬笛は犬に指示を与える為に、人間には聞こえない周波数の音を出す為の道具だが、ベルレーヌは犬笛を改造する事で、マインド・コントロールの道具として使用していたのである。既に身体が慣れてしまっている霧香には全く効果は無いが、免疫の無いミレイユに対しては絶大なる効果を発揮していた。
 ベルレーヌは妖しげな笑みをたたえながら言う。
 「霧香は銃弾を使い果たしました。今が敵を討つ最大のチャンスです、ミレイユ」
 「はい、ベルレーヌ様」
 ミレイユはワルサーを構えて、一歩一歩霧香に詰め寄る。
 霧香も咄嗟に身構えるが、先程ミレイユの銃弾を受けた右腿が急に痛み出し、思わずその場にうずくまってしまう。
 「ミレイユ!止めて!正気に戻って!」
 「死ね」
 哀願する霧香に銃口を向けて、ミレイユはワルサーのトリガーをゆっくりと引く。
 バァン!
 「うっ、うわああっ!」
 
 
 
 ミレイユの背後で、ベルレーヌの断末魔が聞こえた。
 ミレイユはストライカーが戻る寸前に銃口を霧香から反らし、腋の下から発砲してベルレーヌを射貫いたのだった。
 
 
 
 ミレイユは霧香を立たせると、事切れる寸前のベルレーヌに歩み寄った。
 「・・・バカな・・・・・なぜ私の術が・・・・」
 「人間はどんなに辛い事だって、必ず乗り越えられる。それだけの事よ」
 「・・・・・フッ、さすがはオデットの娘ね・・・・・」
 ベルレーヌは何故か、感心した表情を見せて息絶えた。
 
☆★☆★☆
 
 ミレイユは傷付いた霧香の身体を支えながら、アパルトマンへ向けて歩みを進めていた。
 「今日はしんどい闘いだったわ。ソルダがいよいよ、私達を倒す為に動き始めたみたいね」
 「でも、今日の闘いは何か変だった」
 「そうね。ベルレーヌは私達と男達の両方を消したかったとしか思えない。ソルダも一枚岩では無いって事ね」
 「多分、ミレイユの言う通りだと思う。これからも私達は、ソルダに利用され続けるのかもしれないわね」
 それから暫く、霧香もミレイユも一言も話さず、ただ黙々と歩いていた。2人とも、言葉を発する度に気持ちが沈んでしまうように思えてならなかったからである。
 
 「温泉にでも行こうか、霧香」
 2人の間に流れる重苦しい雰囲気を、払拭する様にミレイユが明るい声で言う。
 「温泉?」
 「暫くは花屋も休業しなければならないし、どうせパリに居ても暇なだけでしょ? だから日本に飛んで、あちこちの温泉を2人で回って歩くの。どう?」
 「賛成。私も久し振りに、温泉に浸かりたいなと思っていたの」
 「じゃ、決まりね。店の改修を依頼したら、直ぐにでも発ちましょう」
 「うん」
 沈み掛けた気持ちの中に、少しだけ浮き立つものを2人は感じていた。
 

(おわり)


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