『黒薔薇』acte 3


 「”TAP”旗揚げ当時に活躍した伝説の女子プロレスラー『黒薔薇』が今夜蘇る!」
 その噂はたちまちハリウッド全体に広がった。
 ”TAP”のメインスタジアムは、現役時代の『黒薔薇』を知るオールドファンや、一目『黒薔薇』を見たいという若きプロレスファンが押し掛け、3千人収容のスタジアムは超満員となっていた。
 「”TAP”解散当日にしてこの盛況・・・『黒薔薇』役を買って出てくれた、あの2人に感謝しなくてはなりませんね」
 コリゾンは満員の会場を見渡しながら、不敵な笑みを浮かべていた。
 「舞台は整ったし、仕掛けも終わった・・・あとはあの2人が、どれだけ苦戦してくれるかですね」
 
 その頃、霧香とミレイユは控え室で出番を待っていた。
 「まさか私達が、こんな格好でプロレスとかいうのをやる事になるとは思わなかったわ」
 「ごめんねミレイユ。私がワガママ言ったから・・・」
 「ま、何事も経験よ」
 不意に、控え室の扉をノックする音が聞こえてきた。
 「どうぞ」
 「出番です。リングに向かって下さい」
 セーラの言葉を聞いて、霧香とミレイユはブーツの紐を締め直して、リングへと向かう。
 
 2人が花道に姿を現した瞬間、7色のカクテルライトが浴びせられ、光を受けたコスチュームが虹色にきらめく。
 (何だか緊張するわね、ミレイユ)
 (そうね。まるで初仕事の時みたいだわ)
 霧香とミレイユはリングサイドに上がり、トップロープに手を掛けると、軽やかな身のこなしでロープを飛び越えてリング内に入った。
 そして、一旦カクテルライトが全て消灯し、反対側の花道から選手が出て来る。
 自分達より2回り大きな体躯。
 上半身裸のコスチューム。
 ・・・現れたのは男子選手だった。
 
 コーナーポストの裏から、聞き覚えのある声がミレイユと霧香の耳に届いた。
 「フフッ、やはり『黒薔薇』の対戦相手は男でないと盛り上がりませんからね」
 声の主はコリゾンだった。
 ミレイユはコリゾンを睨み、強い口調で言う。
 「約束が違うじゃない!」
 「残念ながら女子選手の都合が付かなかったので、こんな形になってしまいました。平にご容赦を」
 コリゾンのわざとらしい口調から、ミレイユはコリゾンが最初から自分達を男子選手と対戦させようと画策していた事を見抜いた。
 「こんな試合やってられないわ! 帰るわよ!」
 「どうぞご自由に。その格好でハリウッドの街をウロウロしたければ、という条件付きですが」
 「クッ・・・・」
 「勿論、貴女達がちゃんと試合を終えてくれれば、服はお返ししますけどね」
 ミレイユと霧香は、コリゾンの狡猾な策略にハメられた事に気付いた。
 
 男達はトップロープとセカンドロープの間からリングに入った。
 昼間の連中とは異なり、男達は全身を隅々まで鍛え上げたプロレスラーらしい体型をしていた。2人ともかなりの格闘能力を持っている様子が、外見からは窺えた。
 彼等も自分達の姿を見て、何やら小さな声でブツブツ言っているが、何を言っているのかまでは判らなかった。
 
 「まさか、女と試合が出来るなんて夢にも思わなかったぜ。しかもあんな美女が相手だとはな、デビッド」
 「コリゾンさんも粋な事をしてくれますね、ロイ」
 「あの金髪女のむしゃぶりつきたくなる様なバストときたら・・・グヘヘヘ」
 「じゃ、金髪の方はロイに任せますよ」
 「いいのかよデビッド。後悔しても知らないぞ」
 「僕はむしろ、小さい娘の方に興味があるんです。あの薄い皮膚の下で躍動する柔軟な筋肉の感触を、早くこの手で味わいたい・・・」
 「そうと決まれば、開始早々に邪魔者を排除する必要があるな」
 「OK。リングに出ている方が機会を見て仕掛けましょう」
 
 そして間も無く、選手紹介の時間を迎える。
 「これより時間無制限1本勝負を行います」
 会場全体がシンと静まり返る。
 「青コーナー、155センチ・105パウンド〜〜〜、プリティ〜〜〜・ブラックゥ〜〜〜ッ!」
 霧香は前に出て小さくペコリと挨拶する。
 「同じく、165センチ・123パウンド〜〜〜、ビューティ〜〜〜・ブラックゥ〜〜〜ッ!」
 ミレイユはその場を動かず、単に左腕を上げて周囲を見渡しただけだった。
 そんな2人を見て、会場全体から大きな歓声が上がる。初代『黒薔薇』の生き写しの様な2代目『黒薔薇』の姿を見て、オールドファンは若者に負けじとばかりに大きな歓声を上げ、ヤングファンも年配者に刺激されてより大きな歓声を上げた。
 
 「赤コーナー、190センチ・220パウンド〜〜〜、ロイ〜〜〜・サンダ〜〜〜スッ!」
 不精な口髭をたくわえたむさい表情の男が、己の筋肉を誇示するかの如く、両腕でガッツポーズをする。
 「同じく、185センチ・193パウンド〜〜〜、デビッド〜〜〜・マーク〜〜〜ッ!」
 今度は赤褐色の頭髪の美形の男が、両腕を上げて周囲を見渡す。
 男達に向けられた歓声は「それなり」というレベルに留まっていた。
 「チッ、応援合戦は向こうの勝ちか」
 「まあいいでしょう。彼女達の肉体を堪能出来るのは、我々だけなんですから」
 「そうだな」
 
 一方、青コーナーサイドでは、ミレイユと霧香が小声で話し合っていた。
 「髭の体重は100キロ、美形は88キロ。体格もパワーもテクニックも全て向こうが上。キツイ闘いになりそうね」
 「そうだね。でも、私達は自分達の闘い方をする以外にないわ」
 「まずはあんたが出て様子を見てほしいわ、プリティー」
 「判ったわ、ビューティー」
 ミレイユと霧香はお互いを初代『黒薔薇』のリングネームで呼び合っていた。
 
 そして、試合開始のゴングが鳴る。
 リング上には霧香とデビッドの姿があった。
 デビッドは霧香に向かって突進を始める。自分の半分程度の体重しか無い女の子など、赤子の手を捻るが如く容易に倒せると見込んでの行動である。
 次の瞬間、霧香はその場で宙返りを行い、デビッドの顎先をキックで狙う。
 デビッドは首をよじって霧香の蹴りをかわすが、体勢を崩して思わずしりもちを突く。
 (・・・・かわされた・・・さすがはプロね・・・・)
 (ふぅ、危ない危ない。見掛けから想像するより遥かに強いぞ、この娘)
 
 「プリティー、タッチよ、タッチ!」
 まだ試合は始まったばかりなのに、ミレイユは交代を促した。
 霧香は青コーナーに戻ってミレイユと交代する。
 (よしよし、これで美形が相手っと・・・・え?)
 デビッドも赤コーナーに戻ってロイと交代していた。
 ミレイユは少々がっかりしたが、さすがに何もしないで交代する訳にもいかず、そのままロイと対峙していた。
 ロイもまた、ミレイユに向かって突進を始める。ロイの頭の中は、ミレイユの豊満な肉体を我が手にしたいという思いで一杯だった。
 ミレイユはロイとの距離を計算し、避け様の無いタイミングでロイの頭部目掛けて回し蹴りを放つ。
 ロイは咄嗟に左腕で頭部をガードするが、ミレイユの蹴りを受けた左腕は赤く腫れ上がった。
 (咄嗟に腕でガードするとは・・・闘い慣れしてるわね)
 (チッ、あんな華奢な身体からこんな強烈な蹴りを放つとはな・・・油断ならねぇぜ)
 
 ミレイユとロイはそのまま睨み合い、互いに隙を窺っていた。
 ロイはミレイユを捕まえようとして左右の腕を交互に突き出す。
 ミレイユは俊敏な動きでロイの腕をかわす。
 その時、宙に舞ったミレイユの髪がロイの指に触れた。
 (!)
 ロイは咄嗟にミレイユの髪を掴み、自分の方へと引っ張る。
 髪の毛を引っ張られ、ミレイユの身体は無理矢理ロイの元へ引き寄せられる。
 そして、ロイはミレイユの右腋を左手で掴んだ後、ミレイユの下腹部に手を伸ばし、そのまま両腕でミレイユを上空高く持ち上げた。
 「何するのよ!このスケベ野郎!」
 「まさかボディスラムが反則だとは言わねぇよな、姉ちゃん」
 ロイはミレイユを持ち上げたままその場で回転すると、唐突にミレイユの身体を放り投げた。
 「うわあぁっ!」
 ミレイユの身体はレフェリーと激しく激突した。
 ミレイユのダメージは小さかったが、ミレイユの下敷きとなったレフェリーはそのまま失神してしまった。
 「さて、これで邪魔者は消えた。もっともっと楽しもうぜ、姉ちゃん」
 (こいつ、最初からレフェリーを倒す気でいたんだわ・・・)
 
 ”TAP”ルールでは、レフェリーが失神した場合にも代役を立てたりはしない。レフェリーが回復するまではノーレフェリー状態となり、ロープブレイクやピンフォール等、レフェリーの判断による試合中断や試合終了の判定が無くなる。
 但し、ノーレフェリー状態でも試合監視委員が目を光らせている為、リング内で失神して20秒が経過した場合に、失神した側が負けとなるルールは適用される。
 
 リング上では、再びミレイユとロイが睨み合いになった。
 互いを牽制しながら、リング中央を中心にゆっくりと2人は回っていた。
 そして、ミレイユが赤コーナーを背にしたその時だった。
 何時の間にかコーナーポストに登っていたデビッドが、ミレイユに襲い掛かった。
 「危ない、ビューティー!」
 ミレイユは霧香の視線から、デビッドが攻撃を仕掛けて来る方向を見切り、間一髪で難を逃れた。
 しかし、回避行動を取った結果、当面の敵であるロイに背を向けてしまった。
 ミレイユの隙を突いてロイが仕掛ける。
 ミレイユはリングに落ちたロイの影を見て、後ろを向いたままロイが伸ばした右腕を両手で掴み、一本背負いの要領でロイを投げようとする。
 ロイの身体が宙に浮き、一本背負いが決まるかに見えたその時。
 ロイは咄嗟に左腕を伸ばし、ミレイユの脇腹を触った。
 「ああんっ!」
 抵抗し難い快感がミレイユの身体を襲い、思わずよがり声が漏れる。
 同時に、ロイを投げようとして張り詰めていた全身の筋肉が緩む。
 ミレイユはそのまま、ロイに押し潰される様にして倒れてしまった。
 
 ロイはうつ伏せに倒れたミレイユの腰の上に馬乗りになっていた。
 「フッ、散々てこずらせてくれたがもう終わりだ。これからは俺様の寝技で、ゆっくりとその豊満な肉体を堪能させてもらうぜ」
 「いつまでもいい気で居られると思ったら大間違いよ」
 「ほう、こんなに不利な状況でもそんな口が叩けるとはな。ますます気に入ったぜ」
 ロイは再び、ミレイユの脇腹を撫でる。
 「あんっ!」
 「やはりそうか」
 (しまった・・・・完全に弱点を見抜かれたわ・・・・)
 人間の身体には、他人に触られた時に非常に過敏な反応を見せる箇所が点在している。その位置は人それぞれに異なるが、いざ触られると抵抗し難い快感が生まれ、全身の力が抜けてしまうという点は共通していた。
 反撃すらままならぬ姿勢を強いられた上、弱点まで知られてしまった今、ミレイユは完全にロイの手中に落ちてしまった。


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