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演奏会名をクリックすると記事に移動します。この欄に関しては演奏会名が略称表記となっているものもあります。
なお本文中に書かれている曲名は私が弾いた曲のみです。ただしアンコールは省略しています。
2007 | 4/22 | 白金フィル室内楽演奏会2007NEW | Vn |
2006 | 11/23 | ポーランド大使館・港区高輪区民センター・明治学院大学 文化の架け橋コンサート (アンジェイ・ブルーベル氏公開レッスン) |
1st Vn |
10/22 | 白金フィル15th定期NEW | 1st vn(コンマス)・2nd vn(トップ) | |
8/20 | 千葉ジュニア・ストリングス14th定期 | va(トップ) | |
4/23 | 白金フィル室内楽演奏会2006 | vn・va | |
2005 | 10/30 | 白金フィル14th定期 | 1st vn(コンマス)・2nd vn(トップ) |
4/3 | 白金フィル室内楽大会2005 | vn・va | |
2004 | 10/31 | 白金フィル13th定期 | 2nd vn(トップ)・1st vn(コンマス) |
8/29 | 千葉ジュニア・ストリングス13th定期 | 1st vn(コンマス) | |
5/30 | ピアチェーレ室内合奏団5th | vn(コンマス) | |
2003 | 11/3 | 白金フィル12th定期 | 2nd vn(トップ=メインのみ) |
9/20 | 戸塚チャぺルデュオ デュオの夕べ(某ホームパーティーにて) | vn,va | |
5/24 | ピアチェーレ室内合奏団4th | 1st vn(コンマス) | |
2002 | 10/26 | 白金フィル11th(10周年記念) | 1st vn |
9/1 | 千葉ジュニア・ストリングス12th定期(25周年記念) | 1st vn(コンマス) | |
4/28 | 幕張フィル17th定期 | 1st vn | |
4/21 | ピアチェーレ室内合奏団3rd | vn(コンマス) | |
2001 | 11/10 | 白金フィル10th | 1st vn |
8/19 | 千葉フィル13thサマコン | 1st vn | |
7/15 | リーガルアンサンブル あずまや高原ホテル開業十周年記念イベント | 1st vn | |
5/19 | MGOB室内楽フェスタ2001 | vn・va | |
5/5 | ピアチェーレ室内合奏団2nd | 1st vn(コンマス) | |
1/6 | 千葉フィル16th定期 | 1st vn(コンマス) | |
2000 | 11/28 | 明学大オケ56th定期 | 1st vn |
11/12 | 千葉大オケOB室内楽2nd | 1st vn | |
10/29 | 白金フィル9th | 1st vn | |
9/16 | 管絃樂團”響”2nd | 1st vn | |
9/10 | 羽鳥&高野ピアノ教室発表会 | vn | |
8/27 | 千葉ジュニア・ストリングス11th定期 | 1st vn | |
8/20 | 千葉フィル12thサマコン | 1st vn(コンマス) | |
7/22 | 李英淑独唱音楽会 | 1st vn | |
4/9 | ピアチェーレ室内合奏団1st | 1st vn(コンマス) |
ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲Op.81より第1楽章
バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番BWV1041より第1楽章
バーンズ:アルヴァマー序曲
W.A.モーツァルト:『三つのヴァイオリンの為の音楽』よりアダージョ、メヌエット
その他
業務全てを行いました。昨年までは幹事がいても準備のほとんどは特定の人物が行っていた為、記録はなく記憶に
頼る状態。そこへもってきて今年はその人物が準備スタッフに入っていなかったのでいろいろ大変だったわけですが、
苦労の甲斐あって来年に渡せるだけの記録を残して今年の実績を団体としての(運営上の)財産の一部にしよう、という
目標は達成出来たのではないかと思います。係を引き受けてくれた皆の努力は本当に助かったし嬉しくて、これで今年も
頑張れる、と思ったものです。
まあ、天板をセットし忘れ、それに気づかずに終わってしまったことは取り返しのつかないミスですし、そのことから
派生した事件については今もって複雑な気分ですが、今確実に言えるのは、人の振り見て我が振り直せ、ということ。
こうしてささやかながらも一応全世界につながっているホームページとブログを持ち、拙いながらも発言している以上、
内容はもちろん、作法についても細心の注意を払い、ルールやマナー、そしてネチケットを守ることを忘れてはならないと
改めて自分に言い聞かせました。
話を戻すと、このような事情から今回はお祭り企画だけの参加にしようかと思った時期もありました。が、やはり室内楽
好きの血がうずいてきたのと、ここでは書いていませんが昨年11月に室内楽の本番が1つ、メンバーのアクシデントで前日
キャンセルとなってしまったこともあり、1つだけなら影響はないだろう、ということでドヴォルザークのピアノ五重奏曲を
弾く事にしました。ここで書いている通りこれを弾かなきゃ死ねないという程好きな曲なのですが、楽譜を6年前に購入して
つまみ食い程度にではあるがさらっており、何種類ものCDを聞いて研究していたにも関わらず、楽器に触れる絶対的な時間の
不足からくる個人技の崩れ―基礎的技術の荒れ、それに精神力の脆さ―はどうしようもなく、弾いていて情けなかったし、
また、これだけ入れ込んでいる曲にもかかわらず曲に没入する時間が取れなかった、また本番でもそれが出来なかった事に
悔いが残ってしまいました。後者については全くの予想外で、「死ぬまでに一度は弾いておきたかったんだ!」という思いを
寸分も込めることができなかったのが悔やまれます。ただ、2時間×2回というリハの内容からすれば結果はまあまあ良かった
とは思うし、ビデオで確認してみても細かい部分はともかく大きな音楽の流れは意外にも(?)良かったのが救いでした。
音楽の流れが良かったのは、メンバーに恵まれたことに尽きます。ピアニストのNさんは子育てで以前より練習時間を削ら
れている中、きっちり本番に照準を合わせてきてさすがでした。ステリハで快適なテンポを呈示してくれたおかげで一気に
皆のテンションが上がっただけに、そのテンションを本番に持って行けなかったのが残念でした…その原因は私がやや緊張
気味だったことにあります。私以外の弦3人は安定していて、特に(blogでもおなじみの)O夫妻は音楽の波長が合うので
心地良かったです。少ない練習で一定の結果が出たのはそのおかげかもしれなせん。
残り3つはお祭り企画で、一つはバッハのVコンで小2生(!)の伴奏。ここ3年程白金フィル室内楽でバロックを弾いて
いるが、そろそろちゃんとピリオド演奏でやりたくて仕方なくなってきました。来年はこのグループとは別に有志を募って
でもやりたいという気持ちがふつふつと湧いてきています。
2つめは吹奏楽。今年はついにoboeを吹けることを期待していたのですが、諸事情あってまたもや延期。そのこととは関係
ありませんが、打ち上げで意外な「実は昔この楽器を」という話が聞けたこともあって、吹奏楽ではなく「実は昔この楽器を
やってましたオーケストラ」なんて企画の方が気楽にoboeにチャレンジできるかもしれないなあ、と考えています。
最後はVnパートでの演奏。Mozartの3Vnの曲。あまり有名ではないと思うのですが、何かと便利なので困った時には結構
使えそうです(笑)。『鏡』(でしたっけ?同じ楽譜を上下から読んで弾いていくやつ)も面白いですよね、来年はこれも
いいかも。 (2007.5.6記)
[2006年]
♪ポーランド大使館・港区高輪区民センター・明治学院大学 文化の架け橋コンサート(アンジェイ・ブルーベル氏公開レッスン)(11月23日(祝)、港区高輪区民センターホール)W.A.モーツァルト:弦楽四重奏曲第3番 K.156
後日掲載致しますm(_ _)m ♪白金フィルハーモニー管弦楽団第15回定期演奏会(10月22日(日)、ミューザ川崎シンフォニーホール) メンデルスゾーン:交響的序曲『フィンガルの洞窟』(ヘブリディーズ諸島)
リヒャルト・シュトラウス:交響詩『ドン・ファン』
ブラームス:交響曲第1番
指揮:汐澤安彦
今回はとにかく疲れました。書くのが遅くなってしまったのはそれも原因です。なぜ疲れたかは後述するとして…
ところが、昨年の演奏会についての記述を読み返してみたら、「白金では肩の力を適度に抜いた状態でコンマスができる
ので、やっていて楽しいし、いろいろ見えてきます。なにしろ余裕があります」と書いてあるではありませんか!なんと
まあ。今回はとにかくドンファンの出来が悪く、練習が追加に次ぐ追加で体力的にも精神的にも、そして財布の中身も
厳しいものがありました。まあ、弾けてないから、と言ってしまえばそれまでですが予定にない練習を追加することで
どれだけの成果が上がるかというと実は期待した程は上がらない。なぜなら追加された練習にも出席する程熱心な人は
もともと練習に出てくる人で、もともとの練習を欠席していた人が弾けるようにならなければ本当の意味での技術は向上
しないから。そして熱心な人だけが負担増に苦しむという悪循環。次回はなんとかしないといけません。前回は最初から
ある程度多めに回数を見込んでいたけど、あまり最初に多くの回数を設定しすぎても圧迫感を与えてしまうし、難しいとこ
ろ。これはもう、試行錯誤でやっていく他ありません。
さて演奏。やはりというか何と言うか、前回に比べ音楽的な完成度がどうしても低くなってしまったと言わざるを
得ません。まあ、ドンファンは沢山練習しただけの成果はそれなりにあったと思いますが、ピアノの部分でもっと静けさが
出せればもっと良かっただろうと思います。これを書いている時は実はもうCDを聞いているのですが、CDでも同じ印象を
受けました。フィンガルは、直前の練習を見にきて下さったにのじ@ばよりんさんによると「一番心配」だったのですが、
案の定…という感じ。プロでも難しいんだそうですが、「しっとり感」みたいなものが出ていなくて、なんだかつかみどこ
ろのない演奏でした。本番でも最初の大きな山(展開部の前)が来るまではオケ全体が霧の山道を徐行しているような、
おっかなびっくりという感じがオケ全体に広がっていました。そういう時にオケに喝を入れるのもコンマスの仕事だと
思うのですが、それができなかったのが反省点。ドンファンは先程少し触れた通りですが、tuttiも私のソロも、ステリハの
方が良かったなあ。なんだか最近、毎回このフレーズを書いている気がする…orz
ブラームスは、全体の響きとしては一番良かったかもしれません。が!アンサンブルとしてはやはり練習量の少なさが出て
しまったように思います。単純に(コマ)数もドンファンに圧されて足りなかったというのもありますが、細かいニュアン
スの練習が多くて、アンサンブルそのものを鍛える練習が少なかったという、内容面での少なさもあったのではないか?と
感じます。まあこればっかりは指揮者の意向もあるので単純には解決出来ませんが、次回はベートーヴェンですし、自主練習、
分奏のあり方などと共に考えなくてはならない課題だろうと思います。
ところで今回の楽器について。弦については昨年に引き続きいろいろ試したいというのがあって『インフェルト』の に
してみました。結果は残念ながら思い通りのイメージでは楽器が鳴ってくれませんでした。まあこればかりは個々の楽器との
相性なので致し方ありません。まずいな、と思ってもすぐに替えられるものでもありませんし。ただ、次に書く松脂の問題も
あるので弦ばかりのせいではないのかもしれません。
松脂も今回変えてみました。今まではずっと『黒猫』だったのですが、今回本番前の毛替えを機に『ベルナーデル』に変え
ました。以前ヴィオラで試してみたのですがなかなか毛にのってくれなくて黒猫に変えたことがあり、それ以来ずっとほぼ新品
状態で持っていたのですが、今回使ってみたのです。つきが悪いのは今回も同じで、30分もごしごし塗りたくってもついでくれ
ず、振り下ろし時刻が迫っていたので結局『黒猫』をちょっと付けてから再びつけたらぴたっとのってくれました。その後も
ついているんだかついていないんだか…という感じで明らかにひっかかりが柔らかくなったので、弦の鳴りが悪かったのも
ひょっとしてこのせいか?と思ったりもします。ただし、毛の切れ方は格段に少なくなりました。2年前など、本番前に毛替え
したのに1週間で10本以上切れたことがありましたが、今回はわずかに1本か2本。諸刃の剣というか、一長一短というか。
松脂の「ブレンド」が良いことなのかどうか分かりませんが、場合によっては状態を見ながら黒猫をちょっと使った方がいいの
かなあ、なんて思ったりもしてます。
次回はいよいよベートーヴェンの『第九』。大曲だけにいろいろ大変そうですが、頑張りましょ!
(2007.1.7記)
♪千葉ジュニア・ストリングス第14回定期演奏会(8月20日(日)、千葉市若葉文化ホール) モーツアルト:ディヴェルティメント K.136
グリーグ:ホルベルク組曲
ヴィヴァルディ:『和声法とインヴェンションの試み』作品8より第2番(『四季』より『夏』)
ブリトゥン:シンプル・シンフォニー
ヴァイオリン:佐藤拓人、指揮:富川歓
今回は、この団体では16年ぶり(!)にviolaでの参加でした。あの時と違うことは、弾く度に身体が痛くなること(^^;)と
トップを弾いたことです。
前回の記事でも書いていますが、やはりOBはなるべくなら後ろで弾くのが望ましいとは思うのですが、今回はそんなことを
言っていられるような状況ではなかったのです。受験やら何やらで、ついにviolaの団員ゼロという、創団以来の危機。一応
本番では団員が1人いましたが、急造violistである上に私よりも練習に参加していなかった位なのでさすがにトップは無理。
というわけで本番前日と当日だけ参加して下さる、violin教師の先輩を頼りにしていたのですが裏切られ断られて結局私が弾く
ことに。いや、トップ自体はその先輩が仰る通り普段練習に出ていた私がやれば丸く収まることは分かっていたのですが、
さすがにソロを弾くことに関してはviolaだけにちょっと自信がなかったのです。
そんな紆余曲折を経てのトップでしたが何とか後輩達の2年に1度の晴れ舞台にミソをつけることもなく、終えられたかなと
いう感じです。ソロに関しては録音を聴くまでは安心出来ませんが...。
団全体の演奏に関して。みんな、少ない練習の中でよくさらってきたとは思いますが、今までで一番、“表情のない演奏”
だったように思います。小学生から高校生が中心の団体だけに仕方ない部分はありますが、運営にしても演奏にしても、もっと
積極的に、また感情を出していかないといけません。練習の中で、そもそも出すだけの感情がないんじゃないか?とすら思いま
したし、何のために音楽をやっているの?楽器弾いてて楽しいかい?と一人一人をつかまえて問いつめたい気分になったことが
何度もありました。驚いたことに、『夏』でソロを弾いた子ですら、tuttiに入るとそうなってしまう。なぜだろうか?ともかく、
一言で言えばつまらない演奏。技術的な上手い下手とは別の次元の話です。おそらくみんな、楽器を、音楽をやるということで
何かを得たい(何かというのは何でもいいし、具体的でなくもいいし、文字通り「何か」でもいい)というモチベーションが
ないんだろうな、こうなるとトレーナーはそのモチベーションを与えることも仕事の一つになってしまうのかな、などと考えまし
た。ちょっと前までは考えもしなかったことですが、おそらくこれも人の親になったことによる心境の変化なのかもしれません。
ところでこの団体も次回は15回めの演奏会となります。4年前の演奏会が創立25周年記念だったので、次回は満30年という
事になるのかな?とにかくそれだけの歴史を重ねてきていますが、残念ながら歴史が遺してくれた様々な財産が団に還元されて
いない部分がまだまだ多いのです。私を含め、トレーナーやOBが教えたり手伝ったりしているのは良いことではありますが、
基本的には全てを主宰者の先生にお任せしている状況にはどうしても無理がある。先生がやりたいようにやれるようにと言えば
聞こえは良いが、厳しく自問すればそこには遠慮も甘えもあったのではないか?という反省も出てきます。ここ数年来の「専門
教育を受けていない自分が、どこまで教えて良いのか/どのように教えるべきか?」という問題とも関連しますが、自分が団員の
親御さんの年齢に近くなってきたせいか、トレーナーとしての責任をもっと目に見える形で果す必要性を感じるようになったことも
この事を考えるようになった一因です。が、やはり一番はOBとして先輩、後輩に対して申し訳ないという思いや、歴史の財産を
うまく蓄積している他団体と比較して勿体無いなあということです。もしかしたら遅い決断だったかもしれないけど、やらない
よりはまし。前段で書いた「モチベーションを与えること」も含め(その是非はともかくとしても議論の俎上に載せるという意味で)
これからは単に請われて教えに行くだけのトレーナーではなく、主体的に動いていかなくてはならないなあと思った演奏会でした。
(2006.9.6記)
♪白金フィルハーモニー管弦楽団室内楽演奏会2006(4月23日(日)、中町ふれあいホール) バッハ:二つのヴァイオリンのための協奏曲BWV1043より第1楽章
カウディル:バンドのための民話
ストラヴィンスキー:組曲『兵士の物語』抜粋
エルガー:弦楽の為のセレナーデ
その他
今年もやってきました白金フィル室内楽演奏会。活動休止中のピアチェーレも含め、私にとって春は室内楽の季節!
オケは楽しいけど、室内楽はもっと楽しいのです。もちろん楽しいばかりではなくて、室内楽ならではの辛さ、厳しさも
あるけれど、やはりプレーヤー同士で議論しながら音楽を作り上げていくのは楽しいし、マエストロから受ける「講義」
とはまた違った意味で勉強になります。切磋琢磨、という言葉が合っているのではないかと思います。たとえ今回の様に
内輪だけの発表会であっても気持ちは同じです。
今回はずっとblogで書いてきた『ストラヴィンスキー/兵士の物語・抜粋』『バッハ/二つのヴァイオリンの為の協奏
曲・第1楽章』『エルガー/弦楽セレナーデ』『八木節』に加え、吹奏楽企画に打楽器で混ぜてもらいました。吹奏楽企
画でやった2曲は私にも演奏経験のある懐かしい曲でしたが、今回は現oboe奏者が4人もいるということで怖気づき、じゃ
なく、さすがにバランスが悪かろうということで人数の足りない打楽器のお手伝い。オケでも吹奏楽でも打楽器の経験は
ほとんど無いに等しいですが、白金の指揮者S先生による打楽器奏法講習(世間一般ではtutti中の打楽器パート練習と表現
しますが)を長年間近で見てきたおかげで(!?)本職からのダメ出しもなく無事に終えられました。来年こそは20年ぶり
にoboeを吹かせてもらうべく、トレーニング開始を宣言してきました。
バッハは、もう一人のコンマスPoronさんと、そのお弟子さん(白金bass弾きさんの息子さん)とによるソロを伴奏する
企画。親子共演でお父さんは嬉しいことでしょうが、ピアノではなく弦で伴奏して貰えたことは6歳の息子さんにとっても
貴重な体験だったはずです。彼にそれがどこまで分かっているかは謎ですが。
エルガーは少ない練習期間/回数にもかかわらず、皆がさらってきた成果がちゃんと表れていた演奏だったとはいえ、
やはり最後の詰めが甘いな〜と思う箇所がいくつもありました。前日、当日で確認作業をしましたが、どうしても付け焼刃
になってしまって、本番では修正前の癖が出てしまった部分がありました。同じメンバーでやった八木節のテンポにして
もそうです。緊張とか、いろいろな要素があるとは思いますが、それを乗り越えて最終的にお客さんに伝えることができない
と、練習を重ねた意味が半減してしまいます。まあ細かいことを言い出せばきりがありませんが4回という練習回数を考慮す
れば合格点ですし、結果としての演奏以上に練習で得られた雰囲気がメンバーの今後にとって大いに力になると信じています。
この雰囲気を来週から始まる練習につなげていって欲しいし、欲を言えば今回参加しなかった人たちにも本番を聴きに来るな
りして感じて欲しかったと思います。
自分のことを書くと、バッハとエルガー(&八木節)はviolaを弾いた訳ですが、今回はヴィオラ弾きSさんと一緒に弾かせ
てもらって勉強になりました。violinとの奏法の違いをうまく切り替えられずにいた時など、横で反省しながら弾いていたも
のです。それから、sordinoを忘れるという大失態をやらかしてしまいました。もし車でなかったら打ち上げでしこたま反省
飲みをさせられるところでしたm(_ _)m
そして『兵士』。1年以上も前から曲の勉強をしてきて、ようやくここまできたかという感じです。長かったなあ。でもこれ
で憧れの曲がひとつ演奏できたわけで、とにもかくにも嬉しいというのが実感です。帰宅してすぐに会場で録画したヴィデオを
確認しましたが、全体的には大きなミスもなく、平均すればいい出来だったように思います。打ち上げでエルガーメンバーの
I嬢に「スペイン奇想曲のほうが難しかったでしょ?」と言われた時は何言ってんだこの人はと思いましたが、今考えてみると
そう思えるほどスペインより兵士の出来の方が良かったということになるのかな、と少し嬉しくもあります。難しいことを難し
く思わせないように弾くというのは、難しいと思わせるように弾くことよりも難しいことですから。それともスペインの出来が
よっぽどお気に召さなかったのかな?怖くて聞けない・・・(^^;)
今回は組曲をさらに抜粋しての演奏でしたが、雰囲気だけでも完全上演版に近づけようということで服装を兵士と悪魔のイ
メージで揃えました。この辺にも兵士演奏の提案者であるアイデアマンclokumさんの力量が出ています。当日の天気(曇のち
雨)ももちろんのことですが(笑)。服装のことをもう少し書くと私はカーキ色(アメリカで言うカーキ色=オリーブ色で、
元の意味である土色ではない)のカーゴパンツに同系色のポケットが沢山ついたシャツ、トレッキングシューズに迷彩柄のウエ
ストポーチ、仕上げはロシアの略帽。略帽はtromboneのKさんにお借りしました。blogにも書きましたが、演奏前にやった敬礼も、
1曲めの後に帽子を取るタイミングも実はちゃんと意味があったのですが、ウケ狙いとしか理解して頂けなかったようで・・・。
まあ、これは説明しないとわからない位細かすぎることで、全曲版を理解しているメンバーでさえ分からなかった位ですから、
ちょっと失敗だったかな。もちろん、ウケ狙いとしてだけでもウケたのならいいんですけどね。内輪の演奏会、楽しみ、そして
楽しんで頂く事(<いろんな意味で)が一番ですので!
演奏そのものですが、やはり「この1回」に賭けたのが良かったのかなと思っています。ステリハでは時間が押していたせいも
ありかなりの緊張感を覚えましたが、本番は開き直って弾くことだけを心がけたことが良かったのかもしれません。これもblogに
書いたことですが、この曲を弾きたいと思うようになったきっかけを作って下さった大学オケのI先生が仰った一言を思い出します。
ともかくこれで憧れの一つは達成できました。今回の演奏会で「アマチュアの限界への挑戦」と題してまさに玄人はだしの演奏を
披露されたoboeのEさんと、挑戦することの意義について打ち上げで盛り上がったのですが、私は次にどの曲に挑戦しようか悩む
ところ・・・。メンデルスゾーンのオクテットもいいし、『ます』もいいなあ。いや、やっぱりドヴォルザークのピアノクイン
テットかな。どれをやるにしてもメンバー集めが問題だなあ。 (2006.4.24記)
スメタナ:連作交響詩『我が祖国』より『モルダウ』
リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲
ドヴォルジャーク:交響曲第8番
指揮:汐澤安彦
昨年の演奏会についての記述を読み返してみたら、「白金フィルでのコンマスデビューとなる演奏会であったことを
すっかり忘れてしまうくらい(セコバイトップだった)英雄の練習が多かった」と書いてありましたが、今年は逆に、
自分がコンマスである『スペイン』、次いで『モルダウ』の練習が多くて、ドヴォ8の練習が増えてきた9月後半になる
までは、セコバイメンバーとのコミュニケーションが不足しているなあ、と感じる程でした。
そのためか、やはり昨年書いた「白金フィルのコンマスとなれるよう成長すること」という課題については、逆に挑戦
しやすかったです。そりゃそうです、練習の回数が多いのですから。
白金では肩の力を適度に抜いた状態でコンマスができるので、やっていて楽しいし、いろいろ見えてきます。なにしろ
余裕があります。といっても考えてみれば昨年はそこまでの余裕はなかったので、やはり慣れが大きいのかもしれません。
白金フィルに慣れ、白金フィルのコンマス席に慣れてきて、私自身のコンマス経験を体が思い出してきてくれているのだ
ろうと思います。あとは、明るく楽しく、という気持ちを持つようにしていることも大きいのかもしれません。
さて今回は「学生時代にさんざんやったあの曲を完璧に演奏しよう」というテーマでドヴォ8が選曲されたのですが、
結果としてドヴォ8だけでなく3曲とも音楽的な完成度が高かったのではないだろうかと思います。そりゃもちろん、細かい
点を挙げていくことは可能でしょうが、もっと大きな、音楽の流れとかまとまりという意味においての完成度では私自身の
経験の中でもかなり良い方の部類に入ると思います。
私自身について少し書くと、今回は弦の銘柄を替えました。私は社会人になってしばらくしてから、島根先生のアドヴァイスも
あってガットからナイロンに替えました。最初はドミナントだったのですが、今の楽器を買ってからは楽器屋さんの勧めで
『トニカ』を張っていました。千葉フィルという大編成のオケでソロを弾くにはとにかく音量が欲しかったし、新しい楽器との
相性も良かったので、それ以来ずっと『トニカ』で通してきました。正確には『インフェルト』や『ヴィオリーノ』を試して
みた事もあったのですが、どうも音の立ち上がりが悪くてしっくりこなかったのです。しかし今回はソロがあるにも関わらず
あえて『オブリガート』に挑戦しました。結果は良かったです。ナイロンの豊富な音量と『オリーブ』(ガット弦)のような
暖かみのある音色を実現・・・とショップの説明には書いてありましたが、たしかに暖かみのある、というか柔らかい音色で
ある事は確かですし、音量というよりも音の伸びがあるので、音がよく通っていたのではないかと思います。汐澤先生からも
中プロ後の休憩中に「楽器、調整に出したの?音がキンキンしなくなった」と仰って頂いたのですが、それも『オブリガート』の
お陰かもしれません。
いいことだけでなく残念な事なども。まず、ソロに関して言うとカデンツァがステリハであまりにも上手く行き過ぎ、肝心の
本番ではあまり上手くいきませんでした。せっかく1曲目のソロが完璧だったのに、だんだん下手になってどうする!という感じ。
まあ、終曲のソロは持ち直したのがせめてもの救いと言えましょうか。フラジオの連続も当てる事が出来ましたし。
次に、これまた昨年の記述で課題として挙げていたパートの底上げについて。ドヴォ8のセコバイについては、パート練習、
おさらいメールの積み重ねでパートとしてのまとまりは作れたと思うし、活性化や将来への布石という意味合いで、トップサイ
ドに白金では初めて1プルトに座るという若い人を起用することも出来ました。しかしストバイはパート練習があまり出来ず、
結果オーライとはいえ悔いが残りました。
さてこれからは、室内楽の練習をしつつ、来年の曲もすこしづつ勉強していこうかと思います。来年はもっと大変な曲が
入っていますから、心して取りかかります。
それにしても、また千葉フィルでソロ弾いた曲だなあ。再来年は弾いたことない曲がいいなあ。贅沢かな?でもいよいよ
ショス5やりたくなってきた・・・。 (2005.10.31記、11.3修正加筆)
♪白金フィルハーモニー管弦楽団室内楽大会2005(4月3日(日)、豊洲文化センター) バッハ:シャコンヌ
シューマン:おとぎ話
トレルリ:トランペット協奏曲ニ長調
今回は、vnの団員なのにvaで2曲も弾き、しかもvnはコンチェルトのtuttiだけという変則的なエントリーでした。
持ち替えは大変ですが、でも持ち替えをする上でオケvn、室内楽vaというのは究極のおいしいとこどりと言えなくもない
組み合わせなのです。まあまず間違いなく本職のva弾きには怒られるでしょうけど、少なくとも私の中では持ち替えは
全く矛盾しないことであり、むしろそれによって視野が拡がるという考え方です。もちろん罪悪感などありません。
オケの他のメンバーにも、奏法がきちんと切り替えられるのであればどんどん挑戦して欲しいと思っている位です。
とはいえ一つの演奏会で持ち替えなんて、こういう内輪だけの会でもなければ機会は殆どありませんが。
さてそのヴィオラで弾いた曲ですが、まずバッハ:無伴奏vnの為の『シャコンヌ』の4台ヴィオラアレンジ版。
メンバーは変な話ですがちゃんと譜面通りの音楽が作れる人達だし、4人の内二人はvnで原曲を弾いていることもあって
練習は実にスムーズ。細かい箇所を詰める時間がなかったのは残念ですが、それでも練習時間延べ2時間でこれだけ
できれば上等上等、という演奏でした。後述しますがシューマンでピアノやクラリネットとのバランスで苦労したのに比べ、
そういう心配がなかったので楽だった、ということも少なからずあるでしょう。ただし、原曲のイメージを出すのか、
新たな別の曲としての側面を出すのかという認識のズレが本番で出てしまい、ちょっぴり残念な部分もありました。
#私が緊張していたからという話も・・・(^^;)
シューマンは1年半くらい前に初めて聴いて以来虜になった曲。意外に早く演奏出来て非常に嬉しかったです。実に
綺麗で可愛らしい曲です。しかし実際の音楽作りは困難そのもの。まあ奏者の力量という要因が大きいのだろうとは
思いますが、本当に「音にするのは簡単だが音楽にするのは難しい」という類いの曲でした。しかも、クラリネット、
ヴィオラ、ピアノという変則的な編成のトリオで、バランスを取るのがとても難しい!バランスだけを考えて弾くと
音楽が壊れてしまうし、その逆もしかり。繊細な感覚を要求される曲でした。でも同時に、室内楽の楽しさを改めて
思い起こさせてくれた曲でもありました。
トレルリはvnで参加。こちらは室内楽というより室内オケという感じ。現代楽器によるバロック音楽の演奏法はいかに
あるべきか?という話をする時間もなく本番を迎えたので、個人的には不満の残る演奏でした。そもそも楽譜がまともに
手に入らない曲だったので、少ない練習回数の中では仕方なかったかもしれません。まあ、本番前日が初参加だった私が
言えた義理じゃありませんが(爆)
今年はPCEがないので、これで今年の室内楽は弾き納め・・・かな。さて、来年は何を弾こう?と書きたいところだが
実は既に1曲決まっています。ついに念願のあの曲が弾けるのですが、とてつもない難曲なので、1年がかりで練習です(泣)。
(2005.4.16記)
[2004年] ♪白金フィルハーモニー管弦楽団第13回定期演奏会(10月31日(日)、東京芸術劇場大ホール) ベートーヴェン:交響曲第3番『英雄』
ラヴェル:古風なメヌエット
ボレロ
指揮:汐澤安彦
今回は、白金フィルでのコンマスデビューとなる演奏会でした。そんなことをすっかり忘れてしまうくらい(セコバイ
トップだった)英雄の練習が多かったですが...(^^;) それはともかく、考えてみると千葉フィルのコンマスを退いてから
もう3年になります。オケのコンマスというのは自分の中では実に久しぶりの感覚でしたから少々戸惑いもありましたが、
本番が近付いて練習が続くにつれ、だんだんと感覚が戻ってくるのが分かりました。本番ではその感覚を十分に楽しんで、
私のカラーが少しは出せたかな、と思っています。
千葉フィルでコンマスを引き受けた時は前任の方のカラーが色濃くオケの中に残っていて、最初の3〜4年は見えない敵と
闘っているような感覚がありました。コンマスとしてやらなければいけないことの他にそういうことに気を使っていた気が
します。今から考えれば若さと勢いで乗り切っていたようなものです。その後はパート内外の諸問題に悩みつつ、開き直り
つつ、という感じで、今振り返ってみると結局なんだかんだと悩み続けていたような感があります。その中でソロが一音も
ない演奏会は一番最後の演奏会だけだったわけで、楽器の勉強にはなったけど今の自分が置かれている環境では務まらなかっ
ただろうなあ、と思います。
白金フィルも創立以来中抜けはあるけれど基本的にずっとコンマスを務めている方がいらっしゃるし、雑用が多いのは同じ
なので、千葉フィルの時と似た状況であるはずですが、その方の人柄や、パート内の仕事分担体制の充実、さらに出席率の高さ
などがあって、見えない敵と闘う必要もなく、演奏以外の諸問題に悩まされることもあまりなく、と快適な第2コンマス生活
(?)を送ることが出来ました。
コンマスは一つのオケに一人、という考え方があります。これは千葉フィルにトラで何度も参加してくれたErilinさんの言葉
なのですが、たしかになるほどと思います。だからこそ千葉フィル時代に前任者との違いを出そうとして、また早くオケを自分の
色に染めたくて(というのは同時に自分もオケの色に染まるということでもあるのですが)躍起になったわけですが、白金では
一方でそういう意識があるからうまく第1コンマスのカラーをフォローする形で第2コンマスとしての自分の地位を確保しよう
としたし、もう一方で実は何人でも存在できるのではないか?という考えも起こりました。どっちが正解なのかわからないし、
正解などないのかもしれませんが、少なくとも今回は2人のカラーの異なるコンマスが共存共栄出来たのではないかと思って
います。第1コンマスの人柄がいいし、私も(自分で言うのも何だけど)肩の力が適度に抜けていたからだと思うのですが。
コンマスは一つのオケに一人、というのは同じ人間についても言えることですから、私は白金ではまだまだコンマスとして
未完成の状態ということになります。初心にかえって、一歩づつ着実にステップアップしていきたいと思います。
セコバイトップとして臨んだ英雄は本当に難しかったけれど、この曲のセコバイは勉強になっただけでなく楽しさもありまし
た。この曲はやってみて改めて実感しましたが『主体的に弾くセコバイ』が求められる曲です。だからこそ私に合っていたの
かもしれません。反省点は、パートの技術的底上げが間に合わなかったこと。時間が作りにくいのは社会人オケの宿命ですが、
お客様に聴かせる以上、ましてトップである以上は結果が全て。本番では熱演で乗り切れた(と思う^^;)ものの、来年以降に
つなげる意味でももっと丁寧に指導する必要があったと反省しています。
来年の曲はサブもメインもタイプは違うけどコンマス冥利に尽きる曲。サブは千葉フィルコンマス時代にやったし、メインは
初めて弾く曲なので出来ればこちらを弾きたいけど、さっそく汐澤先生から『曲想を考えて決めるように』と暗に中プロ弾きな
さいとのお達しが...。言われてみれば確かにその通り、残念だけどそうするしかないか。じゃあその代わり、将来絶対ショス5
弾かせてね!曲想ばっちりだし!とここに書いておくことにしよう。これ読んだ白金関係の方、よろしくねっ!
(2004.11.6記)
♪千葉ジュニア・ストリングス第13回定期演奏会(8月29日(日)、千葉市文化センターアートホール) モーツアルト:ディヴェルティメント k.138
ホルスト:セント・ポール組曲
チャイコフスキー:弦楽セレナード
指揮:富川歓
weblogに予告編のようなものを書きましたが、改めてきちんと書いてみようと思います。
今回もまた、チャイコ限定でしたがコンマスでした。この団体の実力を考えると、OBが頭を弾かないと難しい、というのは
分かってはいるのですが、それでも正直言ってどうしてもためらいが残ります。私自身、大学オケでトレーナーがコンマスサイド、
トップサイドに座ることを快く思っていませんでしたので(Vnの先生は私の卒業後しばらくしてから、折り返しの頭などで弾かれる
ようになりましたが)、その頃の自分の気持ちを思うと、やはり団員が頭で弾いてこそ「自分達の団体」だという意識があって、
それを自分が邪魔してしまっているのではないか?という気持ちがあるのです。ただ、逆にそうやってOBの力を借りてでも色々な
曲が出来ることによって見える世界もある、という考え方もあるわけで、トレーナーの立場としてはそれもありかな、とは思います。
それにしても今回はとにかく疲れた!やはり弦楽オケは室内楽に近いものがあって、体力と集中力が要求されるのだということを
改めて知らされました。加えて今回は前半2曲でコンマスを務めた団員の子のことが気になって仕方がなかった。何せ、コンマスは
おろかセコトツの経験もないのに、半年でコンマス、しかもソロまで弾くというのですから...!半年といっても、練習は月1ペースで
社会人オケより少ない(笑)。トレーナーである私がその数少ない練習になかなか出られなかったりして、じっくり教えることが出来た
のは直前の合宿くらい。お陰で久々にトレーナーらしいことをしたなあという感じ!なんて冗談はともかく、まだどの色にも染まって
いない、どの型にもはまっていない子をどう導くべきか?というのは、音楽であるかを問わず教職を本業としていない私にとっては
悩むことだらけ。自分の後輩ではあっても生徒ではないから、自分のメソッドを教えるわけにもいかない。加えて2年前(前回演奏会時)
から悩み続け今もって未解決でいる「専門教育を受けていない自分が、どこまで教えて良いのか/どのように教えるべきか?」という
問題もある(専門教育を受けている先輩・後輩を見ていると、やっぱり言うことが違うもんなあ...)。そんな中での試行錯誤でしたから、
音楽的なことで教えるべきことをきちんと教えてあげられたかどうか不安で、ステージマナーを教えることをすっかり忘れる始末。
緊張しているだろうに、出待ちの袖で教える羽目になってしまいました。Mちゃんごめんね〜(汗)。そして本番でも我がことの様に、
いやそれ以上に緊張してしまいましたが、本人は度胸があるというか胆が座っているというか、ともかくちゃんと普段通りの演奏を
してくれました。やっぱりいまどきの子は場慣れしてるのかねえ。<我ながら年寄りクサイ!
そして自分がコンマスを務めたチャイコの弦セレは、前述のように室内楽並みの集中力を使いましたが、本番を何とか乗り切れた
のは、何といっても仲間の力です。後ろから、もしくは1プルトで支えてくれたトレーナー仲間やOBの面々、賛助の仲間。その一人
一人が、持てる音楽性を存分に発揮して下さったおかげで、気は使ったけれども楽しく音楽を作ることができたのです。特にチェロの
トップとビオラのサイドに座った方々は、それぞれ遠方からの参加で本番前日に初合わせだったのですが、1プルが変わるだけで
こんなに違うのか!という位の変化がありました(他の仲間の名誉の為に言っておくと、それまで私以外は1プル全員がずっと団員
だったのです)。プロだから当たり前と言ってしまえばそれまでかもしれないけど、それにしてもこんなに変わるものか、という
位、弾き易くなったし、何より楽しかったんです。そのことや、先程の専門教育云々のことも含めて、今回は改めて仲間の偉大さを
認識しました。しかしそれは裏返せば、自分の至らなさ、小ささを知ることでもあったわけでして。
いろいろ考えたらきりがないから、来月の本番頑張ろうっと!(と現実逃避)・・・そういえばこの本番で休んだ2日間の練習で、
エロイカでセコバイが汐澤先生の集中砲火に遭ったって報告が来てたっけ。次の練習でお詫びしなくては!うーん、ある意味なかなか
現実逃避できそうにない・・・。
(2004.9.11記)
♪ピアチェーレ室内合奏団第5回演奏会(5月30日(日)、タワーホール船堀小ホール) ベートーヴェン:フルート、ヴァイオリン、ヴィオラの為のセレナーデ 作品25
イグナツ・ラハナー:ヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノの為のトリオ 作品103
ピアチェーレも早いもので5回目の演奏会でした。新しい事、面白い事への潜在的な欲求を抱えていた6年前の私に提示
された「室内合奏団旗揚げ」プランは、それから結成実現を経て今日までの間、私にとって常に音楽上の最優先事項で
あり続けました。そんな中でも今回は今までにない様々な試練との闘いがありましたが、そのうちの一つでありおそらく
最大の課題とも言えたのが、曲に向き合う度に壁にぶつかったベートーヴェンのトリオでした。
音程、ボーイング、表現、他パートとのアンサンブル・・・。これが今の自分にとって最高の選択、と思える奏法(運指
なども含めて)にたどりついたのはなんと本番30分前でした。本番そのものは、完璧ではなかったにしろ力を出し切ること
が出来たと言える内容でしたが、極限状態、もしくはいっぱいいっぱいという表現がぴったりで、演奏後、舞台袖では腰が
抜けたような状態になってしまいました。そのせいか休憩後のラハナーのトリオでは、切れかかった緊張の糸を修復できずに
ステージに上がってしまいましたが、結果的にはそれで余分な力が抜けてちょうどいい具合になったようです。
そのようにただでさえ難しいベートーヴェンがありながらも、今回は特に長音階3度音の音程を正確にとることを自分に
課していました。この団体で室内楽をやるようになってからずっと実行してきたことですが、今回はそれを最重要課題と
位置づけていました。
長三和音の3度音(ドミソ、のミの音ですね)は低めに取る、というのは鉄則であり常識なのですが、実際のアンサンブル
では苦労する点です。ヴァイオリンは自ら和音を演奏でき、しかも音程が自由に作れる楽器ですから、本来はきちんと勉強
しなくてはならないことなのですが、実際にはこのトレーニングが不足してしまうのです。理由は様々でしょうが、日本人は
音程を横で考える(旋律の前後=横の関係で音程を捉える)能力に比べ、縦で考える(旋律を構成している音が和声の中で
どの位置にあるかで音程を捉える)能力が低いといいますから、その辺りが主な原因ではないかと思っています。能力を訓練
する音楽教育のシステムにも原因があるのだということになるのでしょう。ヨーロッパにおいては和声ありきで旋律の音程を
捉えるように訓練するそうですが、言われてみれば今までにそういうトレーニングを受けた記憶があまりないような気がしま
す。音楽教育のありかたはともかくとしても、私にそういうトレーニングが不足していたことは事実です。その点に気づいて
からはなるべく音楽を「縦に」聴くように心がけるようになりました。不思議なものでそうやって聴くように心がけるうち、
旋律そのものよりも和声進行、さらには音楽の形式が頭に入りやすくなりました。
そういうことに気づいた頃とこのアンサンブルを始めた時期とはだいたい一致しています。弦楽器同士のアンサンブルでは
音が似通っているから音程を合わせやすいし、多少合っていなくても溶けやすい。逆に楽器の数も種類多いオーケストラでは
いろんな音程がありすぎて合わせるには気の遠くなるような作業が要るので実際には特に重要な、もしくは特にひどい(!?)
地点だけを修正することがほとんどです。しかし弦と管が少人数で混ざったこのアンサンブルでは、音色が溶けにくく、しか
も人数も中途半端に多いので許容範囲が狭いのです。そこへピアノが入ってくれば、純正律か平均律かという根本的な問題が
発生するのでなおさら難しくなります。そういうことがあったからなおさら、この問題を自分なりにきちんと勉強してみよう
という気になったのだろうと思います。
まあ、もともと音感そのものには自信がありますが、出す音程が良い方ではないので、「それはとりあえずおいといて、
平均律で公約数的に音程をとってしまおう」という逃げ道に何度誘われた事か(笑)。結果として今回のベートーヴェン、
そしてラハナーではかなり自分でも進歩したのではないかと思っていますが、こんどはそのことで指が覚えていた感覚がばら
ばらになってしまい、下げなくてもいい音程まで下がってしまったりと、全体としては音程が悪くなってしまったようにも
思えます(<ダメじゃん!)。ホント、物事はうまくいかないもんです。でも気を取り直して練習練習...。これからも厳しい
修行の道は続きますが、より良い演奏のために一歩一歩努力していこうと思います。
(2004.6.3記)
[2003年] ♪白金フィルハーモニー管弦楽団第12回定期演奏会(11月3日(祝)、東京芸術劇場大ホール) グリンカ:歌劇『ルスランとリュドミラ』序曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
シューベルト:交響曲第8番『ザ・グレイト』
ヴァイオリン:大谷康子、指揮:汐澤安彦
今回、最初は今まで通り1stの一員として参加する予定でしたが、指揮者からの天の声もあってセコバイ(2nd
violin)のトップをやることになりました。その後個人的な理由で参加を保留し、ヒラで復帰し、そして半分だけ
トップに復帰、ということになりました。まあ本当にいろいろあって山あり谷ありという表現がぴったりでしたが、
本番の演奏もまた、同じようにスリリングでした。私自身も、トップではない前半2曲は後ろで弾いていましたから、
前と後ろでは気の使い方が全く違うのだということを久しぶりに肌で感じました。今後に生かしたいところです。
オケでセコトツをやったのは今回が初めてです。いつもストバイからセコバイを見ていて感じていたのは、一言で
言うと消極的だな、ということです。白金だけでなく他のほとんどのオケでもそうでした。だから今回セコトツに
なった時、「ストバイを煽るセコバイを目指そう!」というテーマを掲げて皆に伝えました。
内声パートは(ヴィオラもそうですが)常に低音楽器の動きに耳を傾け、そして旋律の動きに気を払い、その上で
他の内声パートと連係をとりながら弾かなくてはなりません。単にストバイのお供ではどうしても出だしが遅れがちに
なり、音量も少なくなります。時と場合によってはむしろ積極的に仕掛けていくというか、音楽の流れの発信元になら
なくてはならない場合もあります。そうでない場合も、投げられたボールをきちんと流れにのって投げ返すか転送するか
しなくてはならないのです。決して自分の投げ易い速さやタイミングで投げてはいけないのです。「ストバイを煽る」
とはそういうことをちょっとおもしろ可笑しく表現した言葉なのです。本番では、概ね達成できた・・・かな?とり
あえず、あれだけスリリングな本番の中でも、セコバイ起点の事故はなかったので合格ですかね。
来年はさらに大変なプログラムが待ち受けています。どういう立場で参加するかわかりませんが、セコバイを経験して
思い出したその意識を忘れずに、参加したいと思っています。
(2003.11.9記)
♪戸塚チャペルデュオ デュオの夕べ(9月20日(土)、某氏邸ホームパーティー) エルガー:愛の挨拶、パガニーニ:カンタービレ、
少年時代、Yesterday Once More他(いずれもchachaky編曲)
考えた末、会場の広さや本番までの日数を考え、旧知の友人、フルート奏者K氏とのデュオで臨むことにしました。当
初、軽いノリで「9月20日空いてる?」なんていう感じでブッキングしたせいで、当のK氏は引き受けた後になってパー
ティーの内容を知り、「お前なあ・・・」と文句を言いつつ焦ってさらうハメになってしまいました。悪いことしたけ
ど、こちらとすればしてやったり、です。
と、まあ悪友というか腐れ縁というか、そんな間柄のK氏とのデュオですが、手前味噌ではありますがいざ始まって
しまえばちゃんと聞かせられるだけの演奏には出来ました。ブランクはあっても、ある程度お互いのクセとか好みを
知っているし、なにせ一番沢山合わせていた当時に比べて私が謙虚になったことが成功の最大の要因でしょうか!?
ただ今回は客層を考えてポピュラーが中心だった為、同音域の旋律楽器2台というこの編成ではかなりアレンジに苦労
しました。ヴィオラとの持ち替えに踏み切ったのもそのことからでした。
ちなみに名前の由来は、学生時代、教養課程の頃通っていたキャンパスから。このキャンパス内のチャペルが、
tuttiのない日の練習場所だったのです。専門課程のある白金チャペルとは風情も、実際の音響効果も違いますが、
それでも弾いていて気持ち良かったし、作曲家と向き合って練習しているような気分になれる所でした。懐かしい
なあ。
(2003.10.5記)
♪ピアチェーレ室内合奏団第4回演奏会(5月24日(土)、かつしかシンフォニーヒルズ・アイリスホール) マルティヌー:バレエ音楽『調理場のレヴュ−』演奏会用組曲
ヨハン・シュトラウス2世(chachaky及びフルートS氏編曲):
『こうもり』序曲、アンネン・ポルカ、ワルツ『春の声』、トリッチ・トラッチ・ポルカ、
ワルツ『ウィーンの森の物語』、ポルカ『観光列車』
今回のピアチェーレは、クラシックに詳しくない人にも、そうでない人にも楽しんで貰えるような演奏会にしたい、
というプログラミングになりました。そういった意味では最初から「とにかく楽しく弾かなくちゃ!」という心づも
りでいたのですが、個人的には練習期間中に父が急死したことで尚更その意識が強く働きました。父はピアチェーレ
ファンの一人でもあったし、今回の演奏会を聴いていたらさぞ楽しんでくれたことだろうな、という気持ちがありま
したが、そこで悔やむのではなく父の代わりに喜んでくれる人を少しでも増やしたい、と考えて、それにはまず自分が
マルティヌーやシュトラウスの音楽を、そしてピアチェーレそのものを楽しまなくては、という意識が強くなったの
です。
昨年の演奏会の感想で、「私にとっては『やりたい音楽』と『できる音楽』とをどうやって折り合いをつけるべきか
や、技術上の問題で完全に自信を失い、本当にどうしたらいいのか全くわからなくなった時期が」あったと書きました
が、今年は幸いにしてそういうことは全くと言って良い程ありませんでした。毎回の演奏会ごとに、あがり易くなって
いたり、体力が落ちていたりという、早い話が年齢を感じることがほんの少しづつ多くなっているのですが、逆に様々な
経験を積んできていることも事実なので、それをきちんと自分のものにして音楽に正直に向き合っていれば、音楽に
裏切られることはない、という私の持論を裏付けられた演奏会であったように思います。
ただ、細かい点では技術的な詰めが甘かった、と改めて認識した部分も多かったので、リハの回数なども含め、
来年はより慎重に進めていきたいと思っています。
ところで今回はいろんなところにこだわりをもって演奏したのですが、そのうちのいくつかを御紹介したいと思います。
(1)『調理場のレヴュ−』のチャールストン
この曲、「ジャズバレエ」からの組曲のはずなのに、なんでスイングしてないんだろう?とふと思ったのがきっかけで、
チャールストンについて調べてみたのです。文献ではいろいろと分かったのですが、肝心のところは分からずじまい。
とりあえず『五匹の子豚とチャールストン』(fromおかあさんといっしょ)はスイングしてるよなあ・・・と思いつつ、
それだけじゃメンバーを説得できないなあ、と思い、外国盤のチャールストン特集CDを買ってしまいました。当時実際に
流行していた曲の貴重な録音が収められているCDなのですが、まあこんなことでもなかったらまず買わないだろうな、と
いう代物。私自身はこの時代から第2次大戦にかけての時代のジャズが好きなのでこれからも結構聴くとは思いますが。
ということでこのCDを全員にダビングして聴いてもらい、相談した結果やはりスイングしようということになったわけ
です。マルティヌーさん楽譜変えてごめんなさいね。でもタイトルだけでなく途中にもわざわざCharlestonって書いてある
ところをみると、本当はこれで正解のような気もするのだけど・・・。(そうだとすると今ある録音はクラシックしか
知らない奏者達によるものなのか!?)。
それにしても、チャールストンの流行には女性がコルセットを着用しなくなったことと関係があるとは!調べていて
驚きました。(ついでにココ・シャネルのことなんかも調べたりして、今回はいろいろ勉強になりました・・・)
(2)『観光列車』の笛
この曲ではトリオに「conductorhorn」なる楽器が登場します。直訳すると「車掌の笛」ですが、2001年のVPOニュー
イヤーでは「シャフナーホーン」という楽器で演奏していました。この楽器と同じ物が日本に1台あるので借りられない
こともないのですが、ピアチェーレの打楽器奏者I嬢に聞いてみると、実際にはおもちゃの汽笛やサッカーの応援に使う笛
など、実に様々な「楽器」で代用されているようです。要するに「列車」の雰囲気が出せれば「車掌」にはこだわらない
ということなのでしょう。
では車掌の笛という観点から言うと実際に鉄道で使っているのは?ということでてっちゃんの先輩(「推薦図書館」
にある「くろがね通信」の作者、ハンドルネーム=やっさん)に紹介して頂いた池袋にある某鉄道グッズ専門店で聞いて
みたところ、「体操で使う笛と一緒ですよ」とのこと。何か特別な物を想像していた私はショックでしたが、とりあえず
初回の練習で100円ショップで買った笛を使ってみたら、「これはこれでイイ感じ!」ということになりました。結局、
その後I嬢が調達してきたタクシーホーンに歌口を付けた特製の笛をオリジナルと同じ箇所で使い(といっても非音楽的に
なるようにリズムをわざと無視して吹いてもらいました)、私がアレンジで追加した一番最後の部分と、練習中のアイデ
アで追加した「曲の前に『出発進行!』って感じで吹く」箇所については本物の?車掌の笛で吹くことになりました。
(3)『観光列車』の小道具
これまた練習中のアイデアなのですが、鉄道会社で働いているメンバーが半ば冗談で、会社から制帽を借りてくるから
「車掌の笛」奏者さんは被ったらどうか?と言ったことから話がふくらんで、結局本番では都合5名がいろんな帽子を
被っていました。駅長用、助役用、機関士用等々。会社も合計3社分です。笛吹き本人もお父様が元駅長だったとかで
ノリノリだったし、私も珍しい物が被れて大満足!(私はその「元駅長」さん含めいろんな方から「似合い過ぎ!」という
お言葉を頂きました。たしかにビデオみると我ながら怖いぐらい似合ってる・・・)
(2003.6.1記)
J.シュトラウス:喜歌劇『こうもり』序曲
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲作品64
ベルリオーズ:幻想交響曲
ヴァイオリン:大谷康子、指揮:汐澤安彦
今回、初めて練習に出席したのが7月。周囲の反応は、「あれっ!?先輩どうしたんですか?」という後輩S君の言葉
(ちょっとカチンときたけど仕方ないか)に代表されるように、まず最初は驚かれました。それだけ前回までは初登場が
遅かったとも言えるわけで、まあそれは事実ですから仕方ないでしょう。でもその後、仕事や下に書いてある別の演奏会の
練習・本番で休んだことはあったものの、トップ(+α)合わせにも駆り出されていたくらいですから、まあ平均以上の
出席率はあったと思っています。その心境の変化については別のところ(721.3 音楽書き散らかし放題 演奏編1)に
書いた通りで、「人」に起因する部分が多いです。去年の演奏会の反省に書いたようなことももちろんありますが。
しかし、当日のコンディションは良くなかったです。ここのところずっと仕事が忙しく、飲んでもいないのに午前様が
続き、その疲れも抜けないまま本番を迎えてしまいました。今まで、どんなことがあっても本番前日は早く帰宅するように
していたのに(たまにマイナス1次会とかやってましたが^^;)、その日も帰宅は午前0時をまわっていました。そんな
だから体調はもちろん楽器や楽譜、さらには腕の準備も万端ではありませんでした。それでもやはり、ステージに上がると
躯のどこかから湧き上がってくる不思議な力に操られ、なんとか本番を乗り切ることができました。この力は一体何だろう?
やっぱり音楽そのものがもつ力なんだろうなあ。
演奏ですが・・・幻想はいやらしい曲だと思っていましたが、5楽章で見事にそのいやらしさにオケがハマってしまい
ました。要するに崩壊。オケがもっと棒なりコンマスなりを信じてついていかないとああなっちゃうんだよなあ、とは
思うものの、本番の怖さということも含めて割り引いて考えれば、やっぱり一番は曲の持つ難しさなんだろうな、と思い
ます。コンチェルトは、周囲の人達と私の感じたことは若干違いがあるものの、大谷さんの音楽はベテランでなければ
作れない音楽だと感じました。あんなにしっとりとした、暖かみのあるメンコンは初めてで、この曲の別の顔が見えた
気がしました。
来年は私にとって思い出深い、シューベルトの『ザ・グレート』(交響曲第・・・今は8番だったっけ?シューベルトの
交響曲って番号表記がよく変わるのでややこしい!)がメインです。なんとまた大谷さんでチャイコフスキーのコンチェ
ルトをやるそうです。こちらは初めてなのですが楽しみです。
(2002.10.29記)
モーツアルト:
アイネ・クライネ・ナハトムジーク
ヴァイオリン協奏曲第5番
交響曲第25番
ヴァイオリン:富川歓、指揮:富川歓、野原圭子
14年前の演奏会を最後に卒業した小4から20歳までが団員の団体で、子持ちのおぢさんになってからコンマス席に座る
ことになろうとは、全く予期しなかったことでした。トレーナーという肩書きはあったものの、それらしい仕事をしていた
のは卒団直後の1、2回の演奏会くらいで、その後は演奏会のお手伝いくらいしかやっていませんでしたから。ただ今回は
初めて管楽器が入るということで、オケのコンマスの経験者がいないためにアイネク以外はコンマスをやらせて頂くことに
なりました。まあ言ってみれば雇われコンマスってところでしょうか。そんなわけでしたので合宿練習にも約10年振りに
全日程参加し、団員並みの気合いの入れようで臨みました。
ふたを開けてみると、私以外にも1プルトにはプロやプロの卵の御仁が混じり(チェロ以外は皆先輩・後輩ですが)、
ちょっとプレッシャーをも感じつつ、でも開き直って自分の団体と同じように振る舞ってきました。演奏そのものも、
管楽器の方々(偶然ですが千葉フィルのメンバーでした)のサポートもあって響きのバランスが良かったし、弟子の
私が言うのもなんですが先生のソロも良い音楽でした。
ただ、今回はそれとは別に考えさせられたことがありました。トレーナーという立場で自分は何をすべきで何をしては
いけないのか、そもそも自分はトレーナーの資格があるのか・・・ということです。はっきり言えばアマチュアとプロの
違いです。私はアマチュア、そして私以外のトレーナーは全てプロ、なおかつ参加しているOBの中にも何人かプロあるいは
プロの卵がいる。そんな状況で私がコンマスを務め、トレーナーとして指導する。後輩とはいえ専門教育を受けている人間が
いる集団を相手に分奏をやる。こんなところに自分がいていいのだろうか?という不安が途中から生まれてきて、何だか
その不安に追い立てられながら演奏や指導をしていたような感じでした。演奏の上で支障はなかったし、能力に差があるとは
思えなかったけど、そういう風に思うこと自体が自惚れ、慢心ではないのか?とも思ったし、指導を受ける子供達にとっても
プロまたはプロの卵である人間とそうでない人間のどちらの言うことをきくべきかという判断がどうしても発生してしまうの
ではないか、そんな混乱を作る原因となってしまってよいのだろうか?とも考えました。先輩が後輩を教える、という単純な、
穿った言い方をすればきこえのいい図式で語ることのできる範囲を、この団体は既に越えつつあるのではないだろうか?そんな
ことを考えました。指揮者なら「これが私の音楽なんです」と言ってしまえる部分もあるけどトレーナーではそうはいかない
わけで。
まあ、単純にプロという人達へのコンプレックスの現れなのかもしれませんけどね。でもそうだとしても、では実際どう
したらいいのか?ということになればそう簡単に結論は出ません。3年くらい前の自分なら、プロかアマか?そんなこと関係
ねーよ、って堂々と言えたんですけど。知れば知るほど慎重に(臆病に?)なる、ってことなのかなあ?それとも歳をとった
だけ?ううむ。
このテーマ、自分の中でしばらく続いて行きそうな予感がします。
(2002.9.17記)
スメタナ:歌劇『売られた花嫁』序曲
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲作品77
ドヴォルザーク:交響曲第6番作品60
ヴァイオリン:小嶋沙織、指揮:イヴ・ラフォンティーヌ
卒業した団体の手伝いとかではない、純粋な(という表現が正しいかどうかわかりませんが)エキストラでの出演は
実に久しぶりですし、プログラムも、自分が責任ある立場だったら絶対に投票しないであろう『売られた花嫁』序曲に、
一度は弾いてみたかった「ブラコン」(ブラームスのVn協奏曲)、そしてもう二度と弾くことはないだろうと思っていた
「ドヴォ6」(ドヴォルザークの交響曲6番)というとっても魅力的なものでしたので、非常に楽しみでした。
幕張フィルというオーケストラは、オケとしても団員の平均年齢も比較的若いオケで、しかも人数も少ないことから、
多少面食らってしまった部分はあったものの(^^;)、それでも本番では団員全員の作り出す雰囲気と熱気に、「合奏」を
始めた頃の新鮮な気持ちを思い出させて貰いました。集客面ではなんと満席に近く、会場アクセスの不便さを考えれば
大変な快挙です。
ただ、指揮者だけはどうも・・・。今までそれなりの人数の指揮者の方と共に音楽を作ってきましたが、今回の方は、
一言で言えばいくらなんでもあれでは団員もソリストも可哀想、という感じ。あれほどの人はめったにいないよなー、と
感心した位です。オケが自分たちでどうにかしようにも若い(=経験が少ない)から限界があり、見ていて可哀相な部分も
多かったです。常任指揮者を持たないオケの苦労を垣間見ました。
しかし、それでも本番で感じたあの熱気やひたむきさは、やはり「音楽できる喜び」「好きなことをできる喜び」を
純粋に、素直に感じながら演奏している人が多かったからなんだろうな。勉強になりました。
(2002.7.5記)
ベートーヴェン:七重奏曲作品20
モーツアルト:フルート四重奏曲第4番KV298
シュポア:七重奏曲作品147
今回は珍しく、自分に及第点を出せる内容でした。もちろん周囲は私以上に高い音楽性と技術を発揮していました。
ピアチェーレは今回で3回目だったわけですが、その中でも最高の出来映えでした。
自分に御褒美!ってことで何をしようか、と一瞬考えたのですが、よく考えてみれば、こうやって楽しい時間を
過ごすことができたことが一番の御褒美なのかな、という気がして、やめることにしました。
しかし、この団体はいつも私にとって高すぎるくらいのハードルを用意してくれます。おかげで何度も悩んだり
落ち込んだりして周囲に迷惑をかけっ放しなのですが、その度に成長させて貰えていると思うと、実に幸せな
ことです。しかも、それだけ悩んだにも関わらず、なぜか本番になると上手くいくような気になっているのです。
そもそもそんな風に安心して(?)悩んでいられるのも、そういうことに意識が集中できている証拠。それらは
全て、私以外の運営陣の皆さんはもちろん、メンバー全員のおかげなのです。
今回、自分にとっては「やりたい音楽」と「できる音楽」とをどうやって折り合いをつけるべきかや、技術上の
問題で完全に自信を失い、本当にどうしたらいいのか全くわからなくなった時期がありました。そういう時って、
こんなんでコンマスなんかやってていいんだろうか、と考えたりもするのです。それを乗り切るには最後は自分の
力でしかない。でもその最後の力を与えてくれたのは、メンバー全員だったのです。直接何かをアドヴァイスして
くれた人もいれば、私自身の目標や情熱を思い出させるきっかけを作ってくれた人もいます。ただ黙って話を聞いて
くれただけで楽にしてくれた人もいるし、存在自体が支えになった人もいます。そうやって役割は様々ですが、
皆から力を与えて貰いました。
そういう人達に囲まれて音楽が出来て、私は本当に幸せです。(俺ってなんて我侭なんだろう・・・でも
きっと一生治らないんだろうな。)
そして、そんな私を、またピアチェーレ室内合奏団を支えて下さっているお客様やお手伝いの方のおかげで
そういう幸せをメンバーの皆さんと分かち合えるのだなあ、と思った次第です。
来年も頑張ります!
(2002.4.23記)
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
チャイコフスキー:荘厳序曲『1812年』
チェロ:三森未来子、指揮:汐澤安彦
白金に出たのは今回が4度目ですが、その中では最も楽しんで弾けた本番でした。仕事は一切なし、練習にはろくに出ず、と不良団員をやっておりますので当然と言えば当然ですが・・・。しかしそれを差し引いたとしてもやはり一番楽しかったのは、
このオケが純然たるOBオケだからということと、私自身の心の問題からでしょう。
OBオケの長所は懐かしいメンバーと共に音楽が出来ることだとよく言われます。しかしこのオケの場合、単に人間のつながりと
いう部分にとどまらず、エキストラまで含めたメンバーのほぼ全員が同じ指揮者による=同じメソッドによる訓練を受けている、
という部分がより大きなものとなっていると考えます。
私はこのオケの音楽的方向性に100%満足しているわけではありません。しかし、音楽に完璧はないけれども仮に完璧な演奏が
あったとしてそれを100とした時、このオケの長所が最大限活かされた時には75くらいまでは狙えるな、と感じています。他の
オケでそこまで辿り着くことはなかなか難しかったです。
ただし、逆にこのオケでは75を超えることはもっと難しいだろう、他のオケなら大変だけど80、90までいくこともあるだろう、
とも思います。でも今の自分にとって、団員として参加するならば、100を目指しても50、60しか出来ないオケよりも、どう
やっても75しか出来ないけどよっぽどでなければ55を下回ることはないオケの方が良いのです。
そして個人的には千葉フィルのコンマスを降りた後であることや、自分に近い年代のメンバーがこのオケの中心となっている
ことが楽しかった要因なのだろうと思います。来年の『幻想』も楽しみです。
(2001.12.9記)
ラヴェル:道化師の朝の歌
ドビュッシー:海(三つの交響的素描)
サン=サーンス:交響曲第3番『オルガン付き』
指揮:金子建志
さあ、困った。何から書けばよいのだろう。書きたいことが多すぎる。とりあえず、本番は客観的にみれば(聴けば)まあまあの出来だったのではないでしょうか。
でも、ここはそんなことを書くコーナーじゃない。ここではあくまで私自身が感じたこと、考えたことを書かなくては。
* * * * *
(千葉フィルでは)初めて全曲を通じてのトップサイドという経験をしましたが、思ったより疲れました。
もうコンマスじゃないんだからと自分に言い聞かせても、やはり長年やってきた癖はそう簡単には抜けない。
思わずザッツを出そうとしてしまい、あわててコンマスを見て彼女より小さいザッツにしたり。練習でも本番でも、
アンサンブルが乱れて来たり、とんでもない(注:良い意味の場合も含めて)出来のフレーズを管楽器が吹くと思わず振り
向いたり。練習中、コンマスが困っていると横から代わりに指揮者やトレーナーに説明したり。パートチーフでも何でもない
のにパート内の、時には他パートの人を注意したり。これじゃあいけないと思いつつ、ついやってしまう自分がいる。
「サポート」とか「フォロー」とかいった言葉で括ってしまえば聞こえはいいけど、やっぱり客観的にはその範疇を超えて
しまった。それが今回の反省点です。一言で言えば「何を偉そうにしてんだ俺は!」です。
しかし、同時にそれらは、やっぱりこのオケは私を(少なくともコンマスとしては)必要としていない・・・と感じさせる
結果でもありました。上の文を読まれた方の多くは「逆でしょ、本当はコンマスに復帰したくなったんじゃないの?」と思われる
でしょうけれどね。うまく書けないし、書いてはいけないこともあるから、これ以上詳しくは書きません。こんなところで
批判めいた事を書いたところで何の影響力もないとは思うけど、やっぱり気分よくないし。そんな風に逃げ腰で、いろんな
ことに未練があってしがらみや思い出を捨てきれない自分も嫌。
ただ、あえて言うなら、前述のように振る舞ってしまうのは、長年コンマスをやってきたクセからくるものもありますが、
音楽に関してはどうしても手が抜けないという性格が影響しているのも事実。ここは、否定することなく、自分の持ち味として、
良い方向に転化していこうと思います。
また、一つだけ自分に合格点を与えるなら、長年コンマスをやってきた経験から感じた「トップサイドとしてやるべきこと」を
演奏面で実践できたことです。譜めくり一つにしても、サイドのやり方次第でコンマスは気も散れば不安にもなるものなの
です(私の場合前者か、不機嫌になる、のどちらかでしたけど)。また、指揮者によって隠れて見えない他のトップ奏者が
いる場合、サイドがフォローしてくれているな、と感じれば安心して弾ける。そういう類いのことです。
まあ、長いこと音楽やってればこういうこともあるさ。と、自分に言い聞かせている本番4日後のわたくしでありました。
(2001.8.23記)
モーツアルト:ディベルティメント k.136
ビートルズメドレー、energy flow(いずれもchachaky編曲)ほか
リーガルアンサンブル(千葉フィル現/元メンバーによるアンサンブル)
久し振りの依頼演奏です。話がきたのは昨年秋、千葉フィル仲間のK夫妻からでした。温泉につられて(?)OKしましたが、実際行ってみると本当にのんびりできるいいところでした。演奏会場になったのは2階にある食堂の一角
で、背後に大きな窓があるため、広大な夜空をバックに演奏するという大変ロマンチックなシチュエーション(?)を
体験することができました。ちなみに、過去にも何組かプロのアーティストを呼んで、ディナーショーを開催している
ようです。こっわ〜、そんなとこで演奏するなんて、とも思ったのですが後の祭り。
90分の持ち時間を前後半に分け、弦楽5重奏(2Vn,Va,Vc,Cb)と木管5重奏とに分けて演奏したのですが、なんと
本番1時間前に「演奏中の進行は演奏者で」という指令が!いやぁ、正直言って慌てました。それ以前になんとなく
予感はしていたのであらかじめ確認したところ、司会者が別にいる、ということで安心していたんですが・・・。でも、
頓珍漢な曲紹介をされるよりはいいだろう、とりあえず曲名だけ言えばいいんだし、と気を取り直し、本番に臨みました。
そして、下の「MGOB室内楽フェスタ」の項でも書いた通り大の苦手の平土間ステージではあったものの、最初がやり慣れた
モーツアルトだったこともあり、なんとか緊張も収まってきて、いざマイクを持ったら調子に乗って営業トークまでして
しまいました。今から考えると顔から火が出そうな程恥ずかしい失敗もあったんですけどね!
演奏の方ですが、クラッシック系、ポップス系いずれも上出来でした。録音しておけば良かった!と後悔しています。
心配していたモーツアルトでの相方の出来も、本番では及第点に収まりましたし・・・ちなみにこれが産前最後の本番。
産後は当分楽器も弾けないでしょうから、いい思い出になったことでしょう。相方と交代で演奏してくれたS嬢も、
きれいな音で内声を充実させてくれました。あとの3人は千葉フィルから始まり今はピアチェーレで一緒のメンバー
なので、私としては何の心配も気兼ねも遠慮も要らず、リラックスして楽しみながら弾けたのが良い結果につながったの
だろうと思っています。またやりたいな!
(2001.7.29記)
ガーシュイン:『ポーギーとべス』ハイライト(chachaky編曲)
ブラームス:クラリネット五重奏曲より第1、4楽章
ました。いってみれば内輪の発表会みたいなもんですが(っていうかそのもの)、実はわたくし、こういうやつの
ほうが緊張してしまいます。いわゆる、ホールのステージというところへ上がってしまえば、全くといっていいほど
緊張しないのですが(というより、極度の緊張、つまり「アガる」という状態にはならない)、平土間で、ステージ
らしきものもなく、照明も部屋の全体明りだけ、さらに聴衆に後輩の集団がいたりなんかすると、もうダメ。いくら
万全に準備してあっても、ガチガチにアガッてしまいます。周囲にはなかなかそれがわからないらしく、そう言っても
信じてもらえないのでたちが悪いんです。
でも、今回はけっこう楽しめました。ガーシュインは89年、92年以来3度目で、コタニ氏とのアンサンブルも、
本番前にちょっと練習すればすぐに合ってくる。やっぱりこういうのは楽しいです。ブラームスは久しぶりにビオラが
弾けたこともあったけど、やはり周りのメンツが良かったからでしょう。私がビオラを弾く場合、ただ周りにつけるだけの
弾き方は絶対にしません。受け取ったボールは必ず投げ返すし、逆にこちらから先にボールを投げかけることもあります。
だから一緒に弾いてくれるメンバー、特にばよりん弾きの方は大変ですが(^^;)、今回のメンバーは二人共大学オケで
素晴らしいコンマスぶりを発揮していた、私の自慢の後輩達。文句のつけようもない程すばらしいアンサンブル能力を
発揮してくれました。おかけでこちらは楽しくて仕方なかったです。でも、自分は正直言って練習不足だったかな・・・。
来年も同じメンツで、カルテット出来ないかなあ・・・。
(2001.7.29記)
『大地の歌〜室内楽で聴くマーラーの交響曲〜』
交響曲第5番よりアダージェット(ピアチェーレ室内合奏団編曲による弦楽5重奏版)
交響曲『大地の歌』(シェーンベルク及びリーン編曲による室内楽版)
アルト:小道一代、テノール:見富文弥、指揮:橘直貴
終わって1ヶ月が過ぎようとしている今、ようやく感想をまとめようという気分になってきました。曲目決定から本番まで、実に様々な出来事がありました。喜び、怒り、悲しみ、落胆、そして歓喜。短い言葉で表そうとしても、
こんな言葉しかみつけられません。しかし、それらの中でネガティブな部分は、実に多くの方から助けて戴き、
本番を乗り切ることができました。また、同様に多くの方々の理解があってこそ、自分自身の喜びを思う存分に発散
することが出来たのだと思います。
今だから言えますが、本番1週間前頃は、自分の技術と音楽性の限界を突き付けられ、さらに他にも色々な事が頭の
中で交錯し、自分を見失いそうになっていました。それを振払う為にマーラーの精神世界に入り込もうとすればする程、
自分の精神が分解し、錯乱しそうになり、感極まって叫んだり涙したりしそうになることもありました。こんなにも
素晴らしい音楽を、心から楽しんで、また純粋な気持で向き合える時間があと幾日かで終わってしまうということへの
恐怖も、それに追い討ちをかけていました。バーンスタインは、「誤解を恐れずに言えば、マーラーの音楽を最も理解
できるのは子供達だ」と言ったそうです。その意味は、心に邪念があったり、心に知らず知らずのうちにブレーキを
かけてしまう大人と違って、子供はマーラーの喜び、悲しみ、怒りといった様々な感情のストレートな表現を、そのまま
フィルターを通すことなく感じる事ができるから・・・ということのようですが、今回、私もそういう意味では童心に
帰って演奏が出来ました。それだけに録音を聴くと、自分のそんな体験を聴衆の皆さんにきちんと伝えられなかったのでは
ないか、と残念な気持で一杯です。やはり、私も邪念をもつ大人の一人だったのでしょうか・・・?まあ、運営陣のはしくれ
として雑務もすればチェレスタの運搬もしていましたから、邪念とは言わずとも、深く考える手前で強制的に現実世界へ
引き戻されていたということはありました。でも、おかげで本当に錯乱することはなかったし、そのような運営の仕事が
あったおかげで見えてきたものも沢山ありましたから、後悔はしていません。
それにしても、マーラーってなぜこんなにも難しくて、しかも怖いくらいに魅力的なんでしょう!
編曲版についての私の見解は、ピアチェーレのホームページやプログラムの曲目解説で書いた通りですが、実際に音を
出してみると、編曲版の方がいいのでは?と思うところがけっこうありました。例えば、1楽章の中間部や、6楽章の
途中で、1st violinが旋律を歌うところ。これをオーケストラで16人で弾いたら、どうしても合わせる事が優先になって、
のびのびと、思う存分歌い込めないのではないかな、と思います。歌手と楽器群とのバランスも、オリジナルよりも
室内楽編成の方が自然ではないかな、と思える箇所がいくつかありました。オリジナル版でも室内楽的な響きを要求している
箇所が多いだけに、一層そう思います。
それから、なんといっても今回は、橘直貴さんという素晴らしい音楽家に出会えた事が大きな収穫の一つでした。
指揮者の存在がこんなにも有り難く感じたのは初めてでした。(^^;)
これからも、このピアチェーレという団体とその精神を、大事に大事に育てていきたい。そう思えた本番でした。
(2001.6.3記)
オネゲル:パシフィック231
チャイコフスキー:バレエ組曲『眠れる森の美女』
ブラームス:交響曲第2番
指揮:金子建志
8年半、途中休団期間を除くと7年7ヶ月の在任期間。こなした演奏会の回数は16回。こんなに長くコンマスをやらせてもらってきたのに、私は自らその任を、この演奏会を最後に打ち切りました。
なぜか?いろいろな思いが交錯していて、この限られたスペースではそれを語れません。が、このまま続けられるものなら
続けたい、と感じた瞬間が、ほんのわずかですが、ブラームスの演奏中にありました。ステリハの時は、これが最後、後悔
しないようにやれることは全てやる、恨まれようが何されようが、このオケのために全力を賭けてやる、と気合いを入れて
臨んだものの、気合いだけが空回りして楽員には伝わらず、そしていつものごとく一抹の不安を抱えたまま本番を迎えてしまい
ました。でも、終わってみれば千葉フィルの苦手とするブラームスを、一番良い状態で演奏できました。実はソロのない
演奏会は今回が初めてでしたので、今回はコンマスの、ソロではなくアンサンブル能力というもう一つの側面の真価が問われた
演奏会だったも言えるわけで、そこでこれだけの結果が出せれば、とりあえず及第点ということで終われたのかな、と思います。
アンコールの『祝典序曲』(ショスタコーヴィッチ)で冒頭のファンファーレを聴きながら、ああ、これを今までの自分への
「(訣別の)祝い」とし、そして新しい自分へと踏み出す「序曲」としなくては、という考えが頭をよぎりました。これからは、
より高い音楽性と技術、そしてより謙虚な人間性を身につけるべく研鑽を積みたいと思います。そしていつかまた、どこかのオケで、
私をコンマスとして必要としてくれるオケがあれば、またやってみようかな、と思いますが、当分は、室内楽という、別の森を
探検してみたいと思います。在任中お世話になった皆様、拙いソロを聴きに来場下さった皆様にこの場を借りて御礼申し上げます。
(2001.1.8記、8.23補筆)
ショスタコーヴィッチ:交響曲第5番
指揮:汐澤安彦
数えてみたら、これで通算12回目のお手伝い出演。OB8年目ですから、出ていないのは16回中4回だけということに
なります。まあ、我ながらよくやったものだと思います。こちらはまだまだ卒業後せいぜい3年目くらいの感覚ですが、
相手から見ればどこのおぢさん?って感じなのでしょう。30歳にもなったことだし、いい加減そろそろ終わりにしようかと
本気で考えはじめています。といっても今回はもともと人数に入っていなかったのですが。(切られてたってこと。ちょっと
ショック。でも人数が増えた証拠だから、良しとしなくては。)
汐澤先生のショスタコは、譜面をなぞるだけではなく、また奇をてらうでもなく、という演奏でした。もちろん
「汐澤流」も健在でした。
(2000.12.10記)
ドヴォルザーク:弦楽五重奏曲第2番ト長調より第1楽章
千葉大出身でない私が、前回も今回も出させて頂けているのは、千葉フィルで知り合った人達のおかげです。まあ、本音を言えば多少、いづらかった部分はありましたが、それは仕方のない範囲でしょう。
前回はアマービレSQでの参加でしたが、今回はこの演奏会のための急造アンサンブル。たった2回の練習で、果たして
ちゃんと最後まで通るのだろうか?と不安でしたが、本番は開き直って勢いだけで飛ばしたのが功を奏したのか、
迫力だけは他団体にもひけを取らなかったのではないかと思います。それにしても、このメンツは素晴らしかった。
ピアチェーレ以外でこんなに弾きやすかったアンサンブルは久し振りでした。
(2000.12.10記)
プロコフィエフ:交響曲第7番
チャイコフスキー:弦楽セレナーデ
ボロディン:歌劇『イーゴリ公』より「だったん人の踊り」
指揮:汐澤安彦
久々に参加の白金フィル。以前はとても退屈だったはずの長く暇な練習時間が、なぜか楽しく、新鮮でした。そして、あんなに嫌いだったはずの「OBオケ」が、こんなに楽しいものだとは…。四年間という短く、しかし密度の濃い時間を共に過ごした仲間や
先輩・後輩達と共に同じ指揮者の元で音楽が出来る喜びに、いまさらながらに気付きつつあるようです。
そうかといって、今までたまにしか参加しなかった時間を後悔はしていません。離れていたからこそ出来た経験もあるし、
だからこそ見えてくるものもある訳ですから。
肝心の演奏は…随所に冷や汗モノの瞬間がちりばめられた、スリリングでエキサイティングな演奏でした(^^;)
やっぱりというべきかなんというか。まあ、楽しかったからいいんじゃないかな。また来年!
(2000.11.3記)
楽しめなかった本番でした。最大の原因は「練習不足」。いつの日か、リターンマッチを!と固く心に誓ったのでありました。
ただし、収穫もありました。シューマン2番は、思った程難しくない!バーンスタインみたいなテンポでもなんとかなる。
こんどは自分のオケでやってみたいな。2楽章のコーダは思いきり速く!もちろんばよりん全員スタンドプレーだ!!
…無理だろうなあ。
(2000.9.17記)
ミヨー:ヴァイオリン、クラリネット、ピアノの為の組曲から第1,4楽章
発表会(おさらい会)のお手伝いというのはなんというか、いや〜なものなんですよね。発表する者同士でも、何となく隙を見せまいという気合いというか、意地というか、そういうものが程度の差こそあれどこでもあるものなのに、そこへヨソ者が
入ってくるから、より厳しい目で見られてしまうわけです。今回は全く違う楽器で参加するので、それに保護者または同伴者の
教育的論評の対象となる(早い話が、教材として扱われる)という側面が加わるので、ますますやりにくい(一挙手一投足全てが
お手本になっていなければならないのだ!そんなこと無理なんだけど)。でもタカノさんに「(ピアノしか見たことのない)
子供達に、楽器の楽しさを教えてあげたいんです!」と実にもっともな意見で口説き落とされてしまいました。もともと子供に
楽器を教えるのは嫌いじゃないし、Oさん(ピアチェーレのcl奏者)も一緒だし、いいか、ということで火の中に飛び込んで
きました。曲はミヨーの組曲(vn,cl,pf)から1,4楽章。
子供達のお行儀はよかったんで、ミヨーでの数々の失敗は、決して子供達のせいではありません(^^;)
今回の収穫。「フランスもの」における音楽の流れの作り方のコツを掴んだことです。今頃わかってもなあ、と悔やまれる
過去の本番の数々…。ま、今回には間に合ったことだし、いいか。
(2000.9.10記)
本番1ヶ月前にあった『ハイドン/チェロ協奏曲第1番』のソリスト合わせに出たきり、当日まで姿を現わさないという、
トレーナーらしからぬていたらくでした。しかしそんなトレーナーの指導など必要ないと言わんばかりのきれいな音が出て
いました。件のソリスト合わせは千葉フィルと同じ練習会場で、しかも千葉フィルの練習前にやっていたので、こちらの
練習を終えて出て来た私を見た千葉フィルのK嬢に「すごくきれいな音がしてるから、どんな子が弾いてるのかと思ったら、
すごいおじさんが出てくるんだも〜ん!しかもなんでchachakyなの!」と笑われてしまったのでした。とほほ。まあ、その
くらい、耳の肥えた人にも通用するようないい音だったということです。そして、肝心のソリスト(矢野 智久さん)ですが、
これがまた素晴らしかった!子供の弦楽オーケストラ相手でも本気でぶつかってくる。そして、ちょっと畏縮ぎみの子供達を、
伴奏じゃなく、一緒にアンサンブルしようよ!と誘って子供達の積極性と潜在能力を引き出す。その人間性と、演奏中に放つ
オーラが実に素晴らしかった。しかも、演奏を終えて話してみれば実に謙虚。自分とたった3つしか違わない、しかも年下の
(プロの)演奏家でこんな人がいたなんて、とまさに驚きでした。彼が今後、もっと多くの人を感動させてくれるような機会に
恵まれたらいいな、と思います。
(2000.9.5記、9.10補筆)
兄貴分、姉貴分に混じってトラで出させて頂いたのが高一の春休みにあった第2回演奏会。そしてその次が忘れもしない、
オケでの(もちろん千葉フィルでも)トップデビューとなった第3回演奏会でした。その時の曲はバーンスタインの
『シンフォニック・ダンス』と、ショスタコーヴィッチの5番。しかし、まさかその12年半後に同じ曲をやることになるとは
思ってもみませんでした。そんな思い入れの強い曲だけに、今回は我ながらかなり気合いを入れて本番に臨みました。結果は、
合格という事でいいんじゃないかなあ。あ、シャブリエもラフマニノフも含めてですよ、もちろん。ティアラはやたらと響く
ホールで(その前に千葉フィルの音量がでか過ぎ?)、合わせに苦労する場面もけっこうあり、冷や汗ものではありましたが…。
それにしても、このオケって、なんでこんなに本番に強いんだろうなあ。てゆーか、練習でももうちょっと本番に近いテンションで
やろーよ、ということですかね…。
(2000.9.5記)
集めている、と言われてびくびくしながら練習に行ったのですが、蓋を開けてみたらやっぱりうまかった。でも自分
だけがトラなのだと思っていたら全員がトラだったというオチがついていました。というのもこの「コレギウム.ム
ジクム」は基本的に毎回の演奏会(自主公演やこの演奏会のようなトラまで含め)ごとにメンバーを集めているのだ
そうでして。私の知っている中では「PVM」が似たようなシステムをとっていますね。どちらにも共通して言えるこ
とは、マネージャーというかインペクというか、まあそういう運営担当の方がいわばプロデューサー的役割をも兼ね
て活動していて、しかも非常に有能である(なんて言うととっても偉そうですね。ごめんなさい)ということでしょう。
相違点は「コレギウム」が自主公演の為にこういう仕事を受けているというのに対し、PVMは特定の指揮者の音楽に
共感し、彼と共に音楽することが目的だというところでしょうか。あくまでも私が見聞きした中での分析ですが、当た
らずとも遠からず、ってとこだろうと思います。
いづれにせよ、こういう形態のアマチュアクラシック音楽演奏団体(長いなあ(〜△〜) )は今後、増えていくのだ
ろうな、と思います。楽器もある程度出来て、しかもそれだけでは飽き足らない有能な人物が、人脈と指導力を元手に
やりたい音楽を出来る環境を自ら作ってしまう、というね。上に挙げた2つの団体や、我が「ピアチェーレ」にはきちん
とコンセプトがあってしかも実際には毎回そう大きくは変わらないメンバーでやっているわけですが、そうではない、
形態だけは似ているが中身は大きく違う団体が増えていくという気がするのです。
どういうことかというと、ただでさえアマオケが際限なく増加していく中で、その中でさえ「やりたい事」が自由に
出来なくなり、あるコンセプトの下に「一発オケ」が出来る…という現象は以前からありましたが、それを継続的に
行なっていく団体、つまり「常設の一発オケ」とでもいうべき団体が増えていくということです。そこでは団員一人
一人の負担は少ないし、つながりもわりと緩やかだから、濃い人間関係を好まない人や、運営を完全な犠牲や損失と
考える人にとっては非常に住み心地のいい環境でしょうが、アマチュアの良い所って、音楽を追求するだけじゃない
というところにあるという気がするんだけどなあ。 あっ、今回は演奏会そのものの感想を書くスペースがなくなっ
ちゃった…。
(2000.8.4記)
技術的、音楽的水準が高かった。
個人的には、運営面に携わったり、ナレーションに挑戦したりと、音楽以外の面で勉強になることも多かったが、
やはり何といっても指揮者なしの合奏団でこれだけの演奏が出来たのは収穫だった。しかし、記号を芸術に変える
作業、つまり音符に生命を吹き込む作業が今一歩であったというのも事実。もちろんアマチュアは記号に忠実な
再現作業をする(=楽譜通りの音を出す)という段階で苦労するだけに、それが出来たということに素直に喜ぶ
べきなのだろうが、えてしてアマチュア(自分を含め)はそこを隠れミノにしてしまう場合があるから、せっかく
ここまでのことが出来たのだからその先を目指していきたいという意味も込め、あえて言わせて貰った。第2回も
頑張ります。
(2000.6.12記)