『ある密かな恋』 Story「5」
彼が私を探してる……。
なんだろう……。
まさか……、違うよね……。ううん、違ってもいい。やっぱり私、伝えたい、この気持ち。彼にとっては迷惑だろうけど、このままじゃ私……。
今まで、心の奥底にムリヤリしまい込んでいた気持ちが、みのりの一言で爆発的溢れ出た。
"彼"が自分のことを探している。ただそれだけのことが沙希には、神様がくれた最後のチャンスの様に思えた。
気がつくと沙希は伝説の樹の下に立っていた。
沙希は周囲を見渡した。もう、樹の周りには誰もいない。沙希は樹に寄りかかると大きく深呼吸を1つした。
こんなところで待ってるのって、ズルイかな……? 私がここいるって気づかなくてあきらめちゃうかな……? ううん、信じてればきっと来てくれるよね。
何かが麻痺しているのか、不思議と緊張は無かった。ただ後ろで組んでいる腕をぎゅっと掴んだ。
ぽんっ。
なにかが沙希の肩に触れた。手だ。
今度は未緒ちゃんじゃないよね……。
「虹野さん、ここにいたんだ。探してたんだよ」
……振り向くと"彼"がいた。
沙希は溢れ出しそうな気持ちをグッと堪えた。
「え、えっと、なに?」
"彼"は伝説の樹を見上げていた。
「あ、もしかしてこれから誰かに告白するの? じゃあ、急がないと」
えっ……。ち、違う! 違うの! 私は、あなたに……。
心の中で叫んだが、どうしても声にすることができなかった。
「べ、別にそういうわけじゃないんだけど……。で、私に用って?」
沙希はひたすら気持ちを抑えつけた。というより、いきなりの先制パンチに気持ちが引けて、切り出すきっかけを失ってしまっていた。
「いや、たいした用じゃ無いんだけどさ。ほら、虹野さんってのサッカー部マネージャーなのに良く野球部の試合の応援に来てくれてたでしょ。で、野球部のみんなで相談してさ、お返しって言うか、みんなで何かプレゼントしようって事になったんだ」
「…………」
「でさ、みんなで渡そうって言ったら、みんな、代表でお前が行け、って。変だよなあ。てっきりみんな、虹野さんには俺が渡す! とか、奪い合いになると思ったのに。あれ、どうしたの虹野さん? 元気無いね。もしかして、迷惑だったとか?」
「そ、そんな事ない。そんな事ないよ……」
「それなら良かった。あ、じゃあ、これ。ウチの野球部の試合用キャップ。虹野さん用に新しく作ったんだ。虹野さんは10番目のプレーヤーだからね。って全然たいした物じゃなくてごめんね。ほんとは、ユニホームにしよう、って話だったんだけどさ、さすがにユニホーム貰っても困ると思って」
そう言って、"彼"は持っていたスポーツ用品店の紙袋を沙希に手渡した。
「ありがとう……。とっても、嬉しい……」
嬉しいけど嬉しくない。それが沙希の本当の気持ちだった。
……そっか、やっぱり私って、友達としてしか見られてなかったんだね……。分かってたけど、悲しいな……。でも、告白、するだけしよう……。そのためにここに来たんだから……。
彼の顔を見上げようとしたその時、ふと、彼の制服が目に入った。
あ……、第二ボタンが……無い……。
「あの、第二ボタンは……?」
「え、あ、こ、これ!?」
"彼"は頭を掻いた。少し照れているようにも見える。
「ボタンは……、詩織にあげたんだ。俺、今日、詩織に告白されて付き合うことになったんだ。ボタンはその時に……」
「……そう、なん……だ……」
"彼"は嬉しそうだった。
そして、沙希のつぶらな瞳からは涙が溢れ出していた。
目の前の現実……。
ムリヤリ抑えつけていた気持ちの余波……。
告白するとかやっぱりあきらめるとか、何度も繰り返した挙句、結局告白できない自分への苛立ち……。
そのまま、沙希は紙袋を抱きしめながら泣き崩れてしまっていた……。
96年1月某日 深夜3時過ぎ……
よっしゃ〜っ! やっと詩織クリアしたゼ〜っ! まさか3回も振られるとは思っても見なかったぜ。さーてと、さすがにそろそろ寝ますかね。
……あ〜っ! やっぱ、なんかスッキリしねえっ! 虹野さんじゃないとダメだ! オラオラオラ〜っ! 怒涛の現在願書受付中だぜ〜っ! というわけで、もう1回、プレイしましょうか〜。
そして、君が幸せであるために……。
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Story「4」
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