わが愛の譜―滝廉太郎物語 郷原 宏(著) 新潮文庫 (1993/07)
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滝廉太郎の読みやすい伝記だが・・・ 2007/10/29
ある必要があって、滝廉太郎の生涯について概観を得るべく、いくつかの伝記を読んでみました。そのうちから、文庫本になっている本書について、自分のための覚書の感が強いのですが、少しだけ書き付けておこうと思います。
本書は、いうまでもなく「花」「箱根八里」「荒城の月」などで知られる滝廉太郎の生涯を描く伝記です。
「伝記」というものは、主人公の生涯を比較的淡々と記述するものが多いようです。本書もおおむねその流れを汲むものです。近代日本の音楽の水準を一段と高め、以後の時代を生きる人々に大きな潤いを与えた滝廉太郎でしたが、その短い生涯を、「評伝」においてはしばしば為されるようにある特定の断面で浮き彫りにすることは、この本では目立ちません。音楽の天才を、いかに天才かという側面で切ることなく、幾人も登場する女性との愛を鋭く掘り起こすことなく、また、音楽史における彼の功罪をえぐることなく、普通の「伝記」という感が強いです。ですから読みやすいです。
作者は、「あとがき」部分で、「幸福な悲劇」、「愛されることと懲罰」との共在、「芸術と現実とからの二重の疎外」などを廉太郎の短い生涯にみるといっていますが、それは、漢方薬のごとく後から徐々に効いてくるようにうまく描かれたのでなければ、通読した限りではあまり成功裏に描かれているとは読み取れませんでした。
明治という時代は、西洋の文物を優れたものとして急速に導入した時代でした。そこには、日本古来のものと西洋から持ち込まれたものとの相克と融和、またその結果としての新生といったことがドラマティックに展開していました。音楽におけるそれらは、あまり世間に明らかにされていません。たとえば、そのようなことが滝廉太郎という不世出の音楽家について読みやすく描かれるならば、世に出す意義と読み甲斐がいっそう深まるだろうと思います。
ちなみに、同名の映画がありました。この本の著者は、その脚本を参考文献に挙げておられます。映画を観ていないので両者の関係は未確認です。