満天の蒼い森―若き日の宮沢賢治 菅原千恵子(著) 角川書店 (1997/04)
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賢治像構築の試み, 2012/1/22
著者の前著「宮沢賢治の青春―“ただ一人の友”保阪嘉内をめぐって」(角川文庫)においては、「銀河鉄道の夜」のモチーフが、主として賢治から嘉内への手紙にもとづき、盛岡高等農林時代に始まる保阪嘉内との交友と別れにあるとされ、その他の多くの作品もその文脈により明快に理解できることが示されていました。
本書で、著者は、賢治の青春時代における家族や友などとの関係を広く取り上げ、小説の形態をとって、前著の説を肉付けしました。その試みは、本書の前半、主として盛岡中学時代において、著者の賢治像が生き生きと描かれ、成功しているように見えます。しかし、盛岡高等農林から童話作品が表に出るにいたる前、保阪嘉内との別れまでの時期については、むしろ前著の評論において一層リアルに描かれているように見え、ここではその試みが成功しているように見えません。
前著が、保阪嘉内との関係に、「銀河鉄道の旅」などの童話の主なモチーフと読み解く鍵を見るところに焦点が当てられていましたが、本書で、それにまつわる人間関係を描くことで肉付けした分、そこには焦点が定まっていない感があります。その代わり、賢治と母イチや妹トシなど家族、特に父政次郎との関係が生き生きと描かれているように見えます。イチの母らしい暖かさ、トシの進取の精神が副次的ですがきらりと輝いています。政次郎との確執と相互理解などのプロセスにもしばしば焦点が絞られる記述も多く、本書の多焦点ぶりがうかがえるところです。
著者なりの賢治像構築の試みと読みました。