完訳 ファーブル昆虫記 第7巻 下
ジャン=アンリ・ファーブル
(著), 奥本
大三郎 (翻訳) 集英社 2009/9
科学というより文学, (2010/11/10)
この巻では、有名なエピソードが並ぶとともに興味深い現象についての考察が冴えわたります。糞をかぶる、アスパラガスの実に潜り込む、裸で過ごすという風に異なる暮らしぶりの3種のクビナガハムシが、ともに同一の起源を持っているのなら、どうやってこれほど異なる暮らしぶりに至ったのか。羽化したばかりの雌の蛾のまわりに40頭ほどもの雄が乱舞する、それらの雄を引き付けるものは一体何なのか。また、泡をかぶるアワフキムシの幼虫、土の壺や糞の家、いろいろなものから出来る蓑の中で暮らす虫たちの行動を観察し考察します。そして、真ん中あたりの章では、よく知られた子ども時代のアヒルの沼での思い出が語られます。
それらは、いずれ劣らず興味深いのですが、本巻を読んでいてふと気がついたことがありました。ファーブルがノーベル賞をもらったとしたら、それはやはり文学賞だったろう、と。昆虫記は、科学論文の形態を採っていないし、画期的新知見を呈示しているという程でない反面、虫たちとともに生き、その不思議を解明せんとするひとりの人間の姿を描いており、それは、貧乏とかの各種困難に負けずに挑戦しつつ未知なる虫の世界をあくまで事実に則り解明せんと戦う姿を描いてドラマチックです。科学というより文学としての要素が強く、その面では大変ユニークでまったく新しい種類の文学なのです。その新しさは、今現在もその通りではないでしょうか。