城砦 クローニン全集(第8巻) 三笠書房 (1970;第2版) 竹内道之助(訳)
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医療崩壊がいわれるなかで, 2008/1/14
まず、筋書きをざっとおさらいしてみよう:
アンドルー・マンスンはウェールズの鉱山町に新米医師として赴任する。彼は、ここで鉱山に働く人々を診ながら経験を重ね、医療に関する経験も積んでゆく。医師仲間の親友もでき小学校教師のクリスチン・バーローと恋に落ち結婚する。診療しながら進めた炭塵吸入の調査研究で内外での評判が高まり、博士の学位も得て、政府の仕事に招聘されロンドンに住む。しかし、お役所仕事に嫌気がさしその職を辞し、庶民の街で開業する。次第にロンドンのハイクラスの医師社会の仲間に融け込むようになり高収入を得て金持ち万能医者となり、新しい医院を高級街に出しもする。妻との気持ちも離れて行く。しかし、ある庶民患者の手術を依頼した医師の手術ミスでその患者を死亡させた事故をきっかけに、自分は間違っていると悟り、鉱山で仕事をしていた頃の情熱が思い出され、路線変更を決意し、その頃の友人と小さな工業都市での共同医療を計画する。その矢先に妻は彼の好きなチーズで門出を祝おうと外出した先で交通事故で亡くなってしまう。彼は、しばらく茫然自失となるが、友人たちとの交流などをきっかけに立ち直り新しい医師の生活に向かってスタートを切る。
要するに、免許取り立ての新米医師が鉱山町で腕を磨き妻を得て、金持ち万能医師としての「成功」を経て、再び庶民のなかで働くことに戻って行く、という物語である。筋は単純で、言わんとすることもさほどむずかしくなく、大衆小説の部類に属するのかも知れない。しかし、単純な分、古今東西を問わず医療の世界に内在する基本的問題を扱っているようにも思える。医療事故、医者と患者の関係、医療労働環境、医と金の問題、医療に本来求められるもの、医師社会の姿とそのあり方などなど・・・。
私は、この本をほぼ40年ぶりに読んでみた。40年前、私は、その少し前に入院をしたときにずっと診ていただいた医師から教えられこの本を読んだ。その医師は、大学を出て北海道の山中の病院に赴任し、この本を読みながら医業に励んだ、と話してくれた。この本の解説にあるように、当時は多くの若い医者がこの本を必読書としていたらしい。近頃の若い医者は、この本を読んでいるのだろうか。絶版になっているところをみるとほとんどの医者が読んでいないということだろう。
近年、医療崩壊などということが言われる。医療を取り巻く社会環境に問題のおおもとがあるだろうが、現実に起こっていることを思い出すと、いくつかの問題にみるように医師の医療に取り組む考え方、姿勢にも問題があると言わざるを得ない。本書に書かれていることどもの多くは、現代にも通ずる医療における基本的な事項ではないかと思う。その意味で、現代においても、多くの特に若い医師にこの本を読むことをお薦めしたい。