イスラムを知る努力
 

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カトリック・イスラム教徒間の常設的な対話フォーラムが創設されたというニュースが、今月初め(2008.3.6)、バチカンから届きわが国でも報道された(ロイター・AFP)。

きっかけは、2006年にローマ法王ベネディクト16世がドイツの大学で行った講演で、イスラム教徒と暴力を関連付けるような発言を行ったことにあるらしい。イスラム教指導者のグループがローマ・カトリック教会の指導者との対話を求めていたが、この度、法王庁諸宗教対話評議会とイスラム教指導者で構成される代表団が協議を行った。その共同声明によると、第1回フォーラムは2008年11月4-6日の日程でローマで開催され、双方から24名ずつの宗教指導者、宗教学者が参加し、テーマは「神の愛、隣人の愛」とのこと。

1.9・11テロ後の戦争

近年の国際戦争は、イスラム国を舞台にするものが多い。最近では、2001年の9・11テロのあと、アメリカのブッシュ政権が、このテロ攻撃をオサマ・ビンラディンをリーダーとするイスラム過激派アルカーイダによって計画・実行されたと断定し、アフガニスタンのタリバン政権に引き渡しを要求した。しかし、彼らを保護していたタリバン側は拒否。これに対してアメリカ合衆国軍はアフガニスタンに対し、攻撃を開始した。

さらに、2003年に始まったイラク戦争は、イラクのフセイン大統領が大量破壊兵器の査察に応じなかったから等の理由で空爆を開始したところから始まったが、アルカイーダなどによるテロに対するブッシュ政権の戦いの一環という性格が強い。

それらを背景として、例えば、空港の検問が厳しくなるなど一般民衆周辺においてもテロの危険が身近に感じられ、それらが正確な理解の不足からムスリム全般に対する偏見ともいえる状況を作り出していることも事実である。他方で、日本国内においても、メディアを通じて以外にも、同じ地面に立つムスリムの姿を見かけることも増え、身近に接する機会は昔に比べると増えている。いずれにせよ、私たちにとっても、今一度、ムスリムを正確に理解する努力が必要なようである。

その意味で、上記「対話フォーラム」は、互いに理解を深めようとする動きであり、注目して良いであろう。ギリシャ・ローマの文明が衰退した後、ルネッサンスに至るまで、それら文明の産物を維持発展させる上において、イスラム世界が大きな役割を果たしたことは、今やよく知られつつある。

2.ヨーロッパ中世におけるイスラム科学の役割

まず、イスラム科学の役割を見ておこう。ヨーロッパ中世は、ルネッサンスによる覚醒を待つまで眠っていたように思われている。実際には、その間も、いろいろな進歩があったことが分かっているものの、他方で、イスラム世界の科学史を見ると、その間のイスラム科学の発展は目を見張るものがある。古代ギリシャ、ローマの科学は、ヨーロッパ自身に相続されたのではなく、アラビア語への翻訳を通してイスラム社会に相続されヨーロッパの近世、特に近代に受け継がれ花開いたということができる。中世におけるイスラム科学は、その後、ヨーロッパの科学と互いに影響しつつ進むのであるが、科学史の教えるところによると、イスラム科学の優位性は20世紀に入るまで変わらなかったという。

ヨーロッパに多くの冨をもたらした大航海時代を考えてみよう。それを支えた天文学、地理学などの伝統は、イスラム教そのものからと、陸海における広範な通商、貿易からの需要に支えられて発展した。

イスラム世界では、アストロラーベ(いわば、アナログ天文計算尺)や四分儀が作られ、天文と計時に関する問題を解決していた。中国から持ち込まれた羅針儀も彼らにより改良が進められた。サマルカンド、デリーやジャイプールなどには大規模な天文台が作られた。それらは、季節の厳密な期間をさだめ、太陽や惑星、都市などの正確な位置を知るほかに、1日5回の礼拝のタイミングと聖地メッカの方向を正確に知るという実用的目的もあったのである。

地理学の発展は、それらとあいまって、大航海時代の準備を整える役割を果たした。イスラム商人は、イスラム世界の辺境を拡げ続けた。その結果、彼らの商業圏は地中海を大きく越えて、東南アジア、中国、ボルガ経由北欧、アイスランド、アフリカ内陸に及び、それらの経験を地図、海図に表し、海洋では航海術として高い水準を達成していた。たとえば、バスコ・ダ・ガマの航海が、イスラムの水先案内人なしにはあり得なかったところにイスラムの地理学の優位性が表れている。

このようなことは、地理学や天文学以外の諸科学分野に止まらないようであるし、広く文化・産業のかなりの分野にわたるのではないかと考えられる。

現在でも、イベリア半島を旅すると、地理的にも文化的にもイスラム教とキリスト教が混合してきた様子をうかがい知ることが出来るし、イスラム教の上にキリスト教が負ぶさっている関係にあるということさえできる。そのようなことを知れば、ブッシュ大統領の対テロ戦争には勝ち目がなく、近いうちに消え去る運命にあり、冒頭に記した「対話フォーラム」のような動きこそ、これからの地球が必要としているものと思えるのである。我々日本人にも、ムスリムとイスラム教に関し、もっと知る努力が求められている。

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