和辻哲郎―文人哲学者の軌跡  岩波新書 (2009/09)  熊野 純彦(著)

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地球環境時代という文明の曲がり角に, 2009/10/2

本書の目次を見ると分かるとおり、この本の論じ方は三題噺の構造になっている。序章、終章をのぞけば章、節、項がそれぞれ三つずつからなる。

本書で著者は、和辻の主著「倫理学」「人間の学としての倫理学」「古寺巡礼」「風土」「自叙伝の試み」他の著作を引きつつ三題噺を展開するが、引用された和辻の文章がことのほか抽象的でなく、具体的で時に平易な例示を伴うことが多い。これは和辻の特長なのであろうか。著者の扱う題材は、例えば、第U章の項全部を上げれば、第1節が「夫婦と信頼」「日本古代へ」「原始仏教へ」、第2節が「風土論から」「カント解釈」「日本語論へ」、第3節が「マルクスへ」「倫理の意味」「関係と身体」と幅が広い。

三題噺は、しかし、実は、これも和辻の特長かも知れないが、歴史、人生という時間の流れを扱うことが多いので、いわゆる「三題噺」に終わっているわけではなく、その三次元構造に時間軸を加えた四次元構造で和辻を跡づけることになっている。

和辻の思索の跡はまた、詩人的直感などといった文人の特質によりつづられ、著者はそれをもって文人哲学者と称している。かくして、歴史、人と人、風土と営み、太古からの知恵などを経て、知への愛と始原への回帰という時空間をめぐる思索の文人として、著者は和辻を描き出すのである。

こうしたアプローチは、構造主義とか言語論とかいう分野のそれなのだろうか。

ところで、和辻は、評価が極端に流れない思想家、強烈な批判に晒されない哲学者である。それは上記のごとく著者が紹介するような幅の広さ、懐の深さ故のことであろう。そのことは、どのような立場に立つ人にとっても席をともにするに値する思想家、哲学者ということでもある。そして、和辻のどこから何を引き出すかは、読者のセンスに属する問題である。地球環境時代という言い方に代表される文明の曲がり角にある現代において、和辻から大きな何かを学ぶ入り口として本書を推す所以である。


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