満州 安寧飯店―昭和二十年八月十五日、日本の敗戦
岡田 和裕(著) 光人社 (1995/07)
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満朝国境の町、安東の終戦前後、そこで起こったことは・・・ , 2008/02/17
1945年8月のソ連参戦以後、満洲の安東市において、民間会社の社員だった主人公に焦点をあて、彼が係わることになった安寧飯店の周辺で起こったことどもを追ったノンフィクション。
新京、奉天、大連、哈爾浜といった大都会で、あるいは満洲辺境に展開された開拓団の逃避行などで起こった日本人の戦後譚は数多く出版されているが、安東という鴨緑江を挟んで朝鮮半島と結んだ要衝の街における話は、少ないであろう。さらに、日本への帰国を待つ間に日本人女性の「防波堤」として作られた「安寧飯店というキャバレー」とその周辺に生きる道をおいた人たちの物語といえば、この本の独壇場に違いない。実名は原則として使われないがノンフィクションである故に、リアルさはたっぷりである。ソ連兵の暴虐ぶり、赤カブといわれた促成共産主義者の好い加減さ、八路軍の規律の良さとたまさかの規律はずし、日本人などへの「粛正」、民間人の要領の良さ、悪さなど、当時の人の行動と思考が小説風に描かれる。
しかし、この本には、当時の安東における出来事の記録という側面は、上述の通りふんだんに盛り込まれているといえようが、そこまでであり、それ以上に何かのメッセージがあるかといえばそれはあまり見当たらないのである。この時期の歴史の事実があまりにもドラスティックで強烈であるために、そこで生きる人たちがまさに生きようとするだけでそこにドラマが発生せざるを得ない。それらの事実の山を登りつつ読者がそこから何を引き出そうが、それで十分なのかも知れない。しかし、一般人が書いた本でなく、プロが書いたものとすれば、そこに意識的物語性と、それにこめたメッセージがあってもよいのではないだろうか。それらが希薄なためか、ニヒルな読後感が残ってしまうのである。
その他、結構多くの校正漏れというか、テニオハなどの文法上のミス、さらには「インターナショナル」と「赤旗の歌」を取り違える過誤さえある。これらは、この後に出たという文庫本では修正されているのだろうか。