加藤周一・・・・二十世紀を問う 岩波新書(岩波書店 (2013/4/20) 海老坂 武(著)
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加藤さんも学び成長発展を遂げてきた, 2013/5/30
加藤周一さんの文章に接して感ずることは、難しい問題であっても、事実、つまり具体的で確かな情報に基づき、緻密な論理で分かり易く書かれている、ということです。その積み重ねで、萬象にわたることどもを論じ来たって知の巨人といわれる域に達しておられたのでした。逝かれて、はや五年になろうとしています。この時点で、この本が出版されたのは、加藤さんの業績が世人に適度に咀嚼され直され、その意義が思い返されていることも多いと考えられることに鑑みてタイムリーだと感じます。
著者は、多くの読者と同じく、加藤さんの論に共感し、ともに考察を続けてきたうえに、専門的立場から加藤さんにつき考察を続けてこられたように拝見します。その結果として、本書では、「羊の歌」正続、雑種文化論、「日本文学史序説」など日本文化論を中心に、加藤さんの生い立ちからはじめて、いかにして知の巨人に到達したかを解き明かしています。
そこから見えてくるのは、まず、加藤さんといえども、最初から巨人だったのではなく、学び成長発展を遂げてきたことです。緻密ではあるけれども、彼の論にも不完全なところ、矛盾したところがあって、その多くは、時間を経て解決を見ているのです。そして、近年に至るにつれ先鋭化、左傾化してきていることも見えてきます。加藤さんが扱ってきたいくつかの重要なテーマ、そして、事実に依拠して肯定否定が明快な論理、比較により論点を明快にする論理も、フランス留学を契機に学習を通して身につけてきたものであることが理解できます。
この本で、著者が未確認故に他書に委ねていることもあって、その最たるものが、胃がんが見つかり、余命幾ばくもない時点で加藤さんがカトリックの洗礼をうけたことについてです。加藤さんが求め続けてきたもの−多分、絶対的な価値に関すること−の大きなひとつがこれだったのかも知れません。その意味は、私たちも、今一度、じっくり考えて見る価値があるのかも知れません。