★その2
バベルの塔の後継者・古見由美子の手で倒されたヨミ。彼は、宇宙から侵入したビールスの力でよみがえり、再び世界征服への野望の火を燃やすのだった。
ヨミは体内に入りこんだビールスの影響で、死ぬ前よりも格段に力を増した。その強大になった超能力で由美子を倒そうともくろむ!
日本のとある場所、F市。廃墟と化した街を駆けてゆく浩一。
「はあはあはあはあ。なんだって僕が……」
背後からはヨミが追いかけてくる。とにかく今は逃げなくてはいけない。
「大体こんな事は、ロデムにやらせろっていうんだよ!」と、心でぼやいている間にヨミが追いつき、浩一の腕をつかんだ。
「ふふふ、エネルギー衝撃波を食らって内蔵を破裂させるがいい!」バリバリバリバリバリ……
「それっ!」バリバリバリバリバリ
「それっ!」バリバリバリバリバリ
「それっ!」バリバリバリバリバリ
「もう一発!」バリバリバリバリバリ……
浩一の意識は次第に遠のいていった。
「ふーん、だいぶ力をすり減らしたみたいね。」由美子がヨミの目の前に立ちはだかった。
「げえっ!?バビル2世!?では、わしが倒したのは……?」と、ヨミは自分の足元に転がっている由美子に目をおとした。
「それが私?フフフ、よくごらんなさい。」あお向けにして見ると、目をむいた由美子の顔がみるみる浩一の顔に変化していった。
「!!おとりを使ったのか。」
「フフフフフ、あなたを疲れさせるためにね。ロデムはエネルギー衝撃波を浴びせたらすぐにバレてしまうけれど、浩一くんならあなたも本物の私と信じて、力の限りをつくすだろうと思ったの。」
「まんまとはかられたか。今のわしの体でバビルと戦うのはまずい!」由美子に背を向け走り出すヨミ。
「このチャンスを待っていたのよ!逃さないわ、ヨミ!」
……………………
「ふーっ、ついにやったわ。疲労していたとはいえ、やっぱりヨミは手ごわかった。もし万全の状態のヨミと戦っていたら、私は確実に倒されていたわね。
ヨミを倒せたのは浩一くんのおかげよ。ありがとう、浩一くん。あら?…………冷たい!」
バベルの塔の救護カプセルに入れられる浩一。カツラとブレザーとミニスカートを着けたまま……。
★その3
ヨミが、日本を支配するための拠点を置いたF市で、ひとり戦う由美子。
追い詰められたヨミは、由美子をF市からひき離すために、砂漠の中のバベルの塔を攻撃し始めた。その様子が、戦闘中の由美子の目の前に映し出されたのだった。
「ははははは。今の映像のとおり、お前の拠点であるバベルの塔は攻撃されておる。お前がいない間に、このお前の拠点を征服させてもらおう。ははははは。」
「バビル2世、どうするんだい?」
「伊賀野さん、私がバベルの塔を気にかけて、F市から離れている間に、ヨミは日本支配をすすめるつもりだわ。私はF市にとどまります。」
「でも、あの塔が壊されたら、三つのしもべも動かせなくなるのだろう?」
「塔はコンピューターが守ってくれると信じて、ここで戦うしかありません。」
そんなわけで、F市で戦い続けた由美子は、三つのしもべを駆使して、とうとうヨミを倒すのであった。
ロプロスに乗って塔に帰る途中、由美子はある事を思い出した。
「塔には、浩一くんがいたんだった……!」
「バビル2世、オ帰リヲオ待チ申シ上ゲテオリマシタ。ピューピュー」
バベルの塔の、メーンコンピューターの部屋の真ん中には、頭の毛がほとんど無い、顔中しわだらけの学生服を着た男が倒れていた。
「こ、浩一くん!?」
「ゆ…由美ちゃん…おかえりなさい」
「一体どうしたの?なにがあったの?」
「…ナントカ共和国の空軍部隊が塔の上空までやって来て……ここいら一帯に爆撃を……」
「!!!」
「精神動力を使って攻撃をそらしたけど、なにしろ相手もしつこくて…ははは、おかげで超能力を使いはたしてしまったよ。」
「笑ってる場合じゃないわ!早く救護カプセルに入って休まないと……」
「もう遅いよ。僕の体は老衰しきって、今は朽ち果てるだけだ。」
「ばかな事言わないで!」
「彼ノ言ウ通リデス。ココマデエネルギーヲ放出シテシマエバ、モウ回復ハ不可能……」
「うるさいっ」バリバリバリ!
「由美ちゃん……もういいんだよ、僕は。」ガクッ。
「あっ、浩一くん!浩一くんしっかりして!ねえ、何か助ける方法はないの?」
「……………………」何も言わないコンピューター。
「無いって言わないという事は、方法を知ってるって事よね?」
「第4、第5コンピューター、ホボ修復ヲ終エマシタ」
「しらばっくれないで、答えなさいっ!」
「第2、第3コンピューターハ修復続行中、ピューピュー」
「そう、答える気がないの?………ネジよ外れろ、計器は狂え……」
「×∽○■△※!?バビル2世、血迷ッタノデスカ!メーンコンピューターヲ破壊スレバ、塔ノ機能ハオロカ、三ツノシモベモ動カセナクナリマス」
「壊されたくなかったら、浩一くんを助ける方法を教えなさい。」
「脅迫ナサルオツモリデスカ。塔ト三ツノシモベガ無ケレバ、アナタハ何モデキナイノデスヨ!」
「こわれろ!配線は吹っ飛べ、全ての機能を止めるのよ!」
「◇∽●□△♯!!!〜 アナタノ血ヲ輸血スルノデス!」
…………………………………
「……はっ、由美ちゃん?」
「浩一くん…」
「僕はどうしていたんだ?身体も元に戻ってるようだし。」
「一ヶ月も眠り続けていたのよ。どうなるかと思っちゃった。」
「ずっと看病してくれていたのかい?ありがとう、由美ちゃん。」
「なにを言っているのよ、もう…なんか食べるもの作ってくるわね!」
浩一が塔にいたなんて忘れていた、とは言えない由美子だった。
★その4
「えーと……大根とちくわとこんぶ巻、がんもどきとこんにゃく……買い忘れは無いよな?」
浩一を乗せて、雲の上を飛ぶロプロス。
「ん?どうした、ロプロス。そんなに急ぐなよ……おい、やめんか!」
浩一の命令を無視して、ロプロスはぐんぐん速度を上げていった。
「つかまってられなくなるだろ!よせってば!うわーーーーーーーーーーっ!!!」
ドッシーーーーーン!!!バキバキバキバキッ!ドサッ。
「何!?何が落ちたの!?」
少女が駆け込んだ建物の天井には、大きな穴があいていた。その穴の真下には少年がうつぶせになって倒れている。
「あ……!だ、大丈夫?」少年に近寄って声をかける少女。返事がない。
「!!!救急車を呼ばないと!」少女は建物を飛び出して行った。
その場に残された少年、浩一は薄れていく意識の中、一言つぶやいた。
「あず…き…あ……い」
ガクッ。
「ロプロスが帰ってきたわ、ロデム、運ぶの手伝って!」
ロプロスは空から降りてくると、塔から出てきた由美子とロデムの前に着地した。
「お買い物ごくろうさま、ロプロス。」ぱかっと開けたロプロスの口の中から買い物袋を運び出す由美子とロデム。
「あら?頼んでおいたあずきアイスがないわよ、浩一くん。……浩一くん?!」
「ロプロスガ降リテ来ル時点デ、乗ッテイマセンデシタガ」
「……………………」
「……はっ!ここは?」がばっと起きあがる浩一。
「まだ無理に動かない方がいいわ。ここは病院よ。安心して休んで。」浩一を寝かせる少女。
「……僕は、なんでこんな所で寝てるんだ?」
「覚えていないの?あなたは空から降ってきて、うちの小屋の屋根を突き破って倒れていたのよ。」
「空から?僕が?」
「それにしても、びっくりしたわ。あなたを病院に運びこんだ時は、からだ中の骨がくだけていて、お医者さまも命があぶないって言っていたのに、一晩たったらすっかり治って
いるんだもの。」
「僕は、そんな目にあっていたのか……?」
「私はわたりユキ。あなたの名前は?」
「僕の名前は…僕の……出てこない。」
「え?!」
「今までどこで何をしていたのか、思い出せない。」
「そんな!先生に知らせてくるわ!」病室を出て行くユキ。
浩一は、ただぼんやりと、天井を見つめていた。
一方、こちらはバベルの塔のメーンコンピューター室。
「帰ってくるまでにアイスが溶けたらいやだから、大急ぎで戻ってこーい!ってロプロスに命令したのよ。浩一くんは、その時に振り落とされたのかしら?」
「アナタガ命令サレタ時、ロプロスハチョウド日本列島ノ、北海道ノ辺リノ上空ヲ、塔ニ向カッテ飛ンデイマシタ。浩一ガ、買イ物ノ帰リデアッタ事ハ確カデス。」
「じゃあ、浩一くんはそのあたりにいるのね!ロデム、ロプロス!浩一くんを捜しに行くわよ!」
「オ待チ下サイ。彼ガ必ズシモ地上ニ落チタトハ限リマセン。ソレニ、北海道ハ自然ガ多ク残サレテイル所デスカラ。」
「どういう事?」
「タダイマ分析シマシタトコロ、浩一ノ安否ノ可能性ニツイテ、
山ニ落チテ 熊ノ餌ニナッテイル 66パーセント
海ニ落チテ 魚ノ餌ニナッテイル 33パーセント
釧路湿原ニ落チテ 丹頂ヅルノ餌ニナッテイル 1パーセント
トイウ結果ニナリマシタ。ソレカラ、今ノ時代ハ『ドライアイス』ト呼バレル物ガアリマスカラ、急イデ呼ビ戻ス必要ハ、全ク!アリマセン」
「…………………… ポセイドンも一緒に来てちょうだい!」
由美子は三つのしもべを連れて、浩一探索に出て行くのだった。
★その5
北海道、ワタリ牧場。
厨房で、野菜を刻んでいる少年。そこへ少女が駆け込んで来た。
「カン太くん、おじいちゃんが呼んでるわ。ジュジュの足の具合が悪いから、診るのを手伝ってくれって。」
「ジュジュが?わかった、今行く。」少年は割烹着を脱いで、靴をはき替えて外に出て行く。
少女、ユキは厨房からその姿を見送っていた。
馬小屋に向かって走って行く少年。小屋の中には老人が一頭の馬のそばについていた。
「おじいちゃん、ジュジュは大丈夫かい?」
「おお、カン太。ちょっとそこを押さえていてくれ。」
「はい。ジュジュ、すぐに楽になるから、じっとしていてくれよ。」
「本当に、ジュジュはカン太が来ると、おとなしくなるんだからのお。」
「毎日世話をしていたら、大分なれてくれたみたいです。」
「いやいや、ジュジュはお前が気にいっとるんじゃ、どうじゃ、嫁にもらわんか?」
「お、おじいちゃん!」
「ワハハハハ」
浩一がロプロスから落ちて、一ヶ月が経とうとしていた。
失なわれた記憶が戻る事もなく、浩一は助けてくれた少女、ユキが暮らす、ワタリ牧場の世話になっていた。落ちた際に突き破った、屋根の修理代を働いて返すため……
「ごちそうさま。カン太の作ってくれる料理はうまいのお。ユキより上手じゃて。」
「もう、おじいちゃんったら!」
「そんな事ないです。ユキちゃんのコロッケ、僕はあんなに上手に作れないもの。」
「私は……あれくらいしか満足に出来ないから。」
「でも、すごくおいしい。僕は好きだよ。」
「あ……ありがと……」
「じゃ、これ片付けるから、ちょっとごめんね。」
ひょいひょいとテーブルの上の食器を重ねて、厨房に運んでゆく浩一の後姿を、ユキはぼーっと見ていた。
「カン太が空から落ちてきた時には、何事かと思ったが、いやあ、いい子じゃ。」
「うん、お掃除も洗濯もお料理もできるし、ジュジュもニコラもグリフィンも、ハマーもウォンもラシェルもレアもよくなついてるし。」
「あの子はきっと、天からのさずかりものじゃな。」
「うん。そうね。」
ずっとここにいてほしい、とユキは思い始めていた。
そのころ由美子は、北海道の山中で白骨と化した死体を目の前にして、ぼうぜんとしていた。
「浩一くん……ごめんね、来るのが遅くなって。………」
死体の前でうつむいて静かに泣く由美子。ロデムはしばらく死体の様子を確かめてから、
「ゴ主人サマ、衣服カラ見て、コレハタダノ遭難者デス」
十七人目だった。
★その6
北海道近辺の、とある海の底に、ヨミの新しい秘密基地があった。
「ふふふ、バビル2世よ。お前の手で倒されたわしが、今またこうして復活し、世界に号令する日に向けて、計画を推し進めているとは、夢にも思うまい。
ふっふっふ。お前が気付かぬうちに、この基地を完成させなければ!」
「ヨミさま!基地の南西500メートルの位置に、巨大な物体を確認しました!こちらに向かってきています!」
「なにっ」
「ポセイドンです!ポセイドンが、海底をあちこちほじくり返しています。」
「この基地を探しているのでしょうか?」
「ヨミさまの復活が、もうバビルにかぎつかれてしまったのでしょうか?!信じらません。」
「今見つかったら、建設途中のこの基地など、簡単に壊されてしまいます。」
「ヨミさま、どうしましょう?」ざわざわざわざわ……
「うろたえるな!まだ何が目的なのかわからん。しばらく様子を見るのだ。」
基地の機能を停止させ、息を殺してポセイドンの動作を見守るヨミとヨミの部下たち。
「あ、バビル2世です。」「しっ。」
ポセイドンの陰に隠れるように、ウエットスーツを着た由美子がいた。
ポセイドンの掘り返した場所をしばらく泳いでいたが、やがてポセイドンを従えて、基地とは逆方向に引き返して行った。
「ふーっ。どうやら見つからずにすんだようですね。」
「でもまた現れないとも限りません。油断はできません。」
「うむ。もたもたしてはいられないぞ。基地の完成を急がなければならぬ。」
「はいっ」ばらばらに散って、自分の仕事に戻る部下たち。
「それにしても、バビルは本当にわしがよみがえった事に気付いたのだろうか?ううむ、なんにしても今の状態では、こちらから何もできぬ。」
ザブンと、海中から突き出されたポセイドンの右手。上には由美子がのっている。手はそのまま水面上を陸に向かって進み、由美子はちょこんと陸に降り立った。
「ありがとう、ポセイドン。また来るからね。」
ザブンと海に消えてゆく右手。
「浩一くん……無事でいるわよね?クマかサメに食べられていたりなんか、しないわよね?」
海は静かに波打っていた。
★その7
ワタリ牧場の入口からひとりの少年が出て来た。
買い物かごをぶらさげて歩いて行く、その少年カン太は、空に鳥の姿を見付けた。
「珍しい形の鳥だなあ……」
ポカンと空を見上げながら歩いて行くカン太。次第に、その鳥の姿が大きくなってくる。
「ずいぶんとでかいなあ……」
カン太は前に向きなおして、鳥には気を止めずに歩き続けた。
しかし、鳥はそのまま地面に向かって降りてゆき、カン太の目の前に立ちふさがった。
「うわあっ!」腰を抜かすカン太。
それは、胴体だけでもカン太の三倍以上はある、巨大な鳥であった。長い首を入れればさらにその倍。目つきは鋭く、くちばしは、カン太ひとりくらい丸飲みにできるんじゃないかと思えるほど立派であった。
「あわわわわ、でたあっ!」座りこんだまま、後ずさりをするカン太。
そしてその怪鳥は、くちばしをカン太少年の鼻先におろして来た。
食べられる!と、その瞬間、カン太は思った。
「浩一く…」「ひええええええええ〜!!!」
悲鳴をあげながら、全力でもと来た道を駆け戻って行くカン太。
怪鳥の首の付け根あたりに、ひとりの少女が乗っていた事を、カン太はちっとも気づかなかった。
★その8
自分とロプロスから全力疾走して逃げてゆく浩一を、ぼうぜんと見送る由美子。
「…ロデム、あれ、浩一くんよね?」
「ハイ。私モ、ソウ判別シマシタ。」
「でも逃げちゃうなんて、おかしい。……違う人だったのかしら?」
「他人ノ空似、ト言ウ事モ、考エラレマス。」
「そうよね、浩一くんがああやって無事でいるのなら、ロプロスを迎えに来させるなり、無事を知らせるなり、できるはずだもの。」
「地上ニ落チタ際に、何カ起コッタノカモ知レマセン。」
「そうね、とにかくあの人が浩一くんかどうか、確かめてみなくちゃ。」
一方こちらは、カン太、いや浩一が逃げ帰ってきたワタリ牧場。
「はあはあはあ、ああ、驚いた。死ぬかと思った…」
「カン太くん?買い物に行ったんじゃなかったの?」
「ユキちゃん。いやあ今、大きさが僕の三倍くらいはありそうな鳥に、襲われそうになってさ、お店に行く前に逃げてきちゃったんだ。」
「カン太くんの三倍〜?!そんな鳥がいるなんて、信じられないわ。」
「本当なんだよ。この目でみたんだ。」
「ふうん、そういえばカン太くん、顔が真っ青になってるわ!ちょっと座って休んでなさいよ。お水を持ってくる。」
「ごめん、ユキちゃん。」
(浩一くんのばかぁーーーーー!)
「!!!ユキちゃん、今何か言った?」
「え?何も言ってないわよ。」
「変だなあ、今確かに叫び声が聞こえたんだけど…気のせいかなあ…」
「…カン太くん、きっと最近、働き過ぎで疲れているのよ。」
「そんな事ないよ。全然平気さ。」
「ううん、顔色だってよくないもの。今日はもう休んだ方がいいわ。夕飯なら私がやっとくから……えっ?キャーーー!」
「どうしたんだい、ユキちゃん!」
「今、窓からおっきなネコが、じっとこっちの方を見てた……」
「ネコ?」振り返って窓を開ける浩一。
「何もいないけど…」
「本当に見たのよ!黒くて大きなネコが、外にいるのを。」
「そうか…きっとユキちゃんがあんまり驚くから、ネコの方もびっくりして逃げちゃったんだよ。」
「そんなに大げさに驚いてた?」
「驚いてた驚いてた。ユキちゃんの顔見た僕も、おったまげたよ。」
「もうー、カン太くん!!」
「ハハハハハ……」
少しでも早く、さっきの怖い出来事を忘れたいと願う浩一であった。
★その9
「どうしたんじゃ、ユキ?ぼうっとして。何かあったのかの?」
「ううん、おじいちゃん。ただ、さっき大きな黒猫が、窓からこっちをのぞいてるのを見ちゃって……なんだか、悪い予感がするのよ。」
「ははははは。お前にも縁起をかつぐところがあったのかのう。あんなのは迷信じゃから、気にせんでもよろしい。」
「うん。でもカン太くんも外でおっきな鳥に襲われかけたっていうし……」
「カン太が?それで具合が悪いと休んでおるのか。あの子も災難じゃのう。」
「ケガがなかったからよかったけど、また同じ事が起きそうな気がして、心配なの。」
「ふむう。しかし鳥の方も、カン太ばかりを狙ったりはせんじゃろう。大丈夫じゃよ。」
「そうね、気にし過ぎたわ。黒猫の事が引っかかってたもんだから。つい、ね。」
ユキと祖父が話している部屋の外で、その大きな黒猫が、建物の壁に耳をくっつけて二人の会話を聞いていた。
「そういえば、カン太が空から降ってきてもうひと月にもなるが、いまだに自分の名前も思い出せないようじゃのう。」
「おじいちゃん、カン太くんがこのまま、自分の事を思い出さなかったら、ずっとここにいてもらう?」
「あの子はまじめで働きものじゃから、わしとしてはいてほしいんじゃがな〜。」
「いっそおじいちゃんの子供にしちゃえば?そしてこの牧場を継いでもらうの。」
「ほっほっほ!そりゃ良い考えじゃ。息子は死んでしまっておらぬし、孫のユキに継がせるよりは、安心してまかせられるしのう。」
「もーおじいちゃん!……まあ、カン太くんが思い出しそうにもなかったら、の話だけどね。」
黒猫は建物から耳を離して、そーっとワタリ牧場の入り口から出ていった。
「じゃあロデム、あの男の子は、間違いなく浩一くんなのね!」
「ハイ。ゴ主人様ノテレパシーニモ、明ラカナ反応ヲ示シマシタ。浩一自身ハ、テレパシーダト判ッテイナイ様子デシタガ。」
「落ちた時に、私達の事も、超能力が使える事も、忘れちゃったなんて……でも無事で良かった……」
「ゴ主人サマ……」
「目にほこりが入ったみたい。クスン……」
「……………」
「よおおおし!こーなったら、浩一くんの記憶を元に戻して、塔に連れて行くわよ!」
「元ニ戻スッテ……ドウヤッテ戻スノデスカ?」
「まかせてちょうだい。こう見えても、私は医者の娘よ!ふっふふふ。」
由美子は不敵な笑みを浮かべた。
★その10
翌日、浩一は、買い物のために外に出た。
「カン太くん、大丈夫?なんなら私が代わりに行くわよ。」
「平気だよ、ユキちゃん。鳥だって、二日も続けて襲ってきやあしないだろうし。」
そう言って出かけ、無事買い物を済ませ、牧場への帰り道を歩いて行く途中、浩一はふと気付いた。
(……?なんか変だなあ。足音もしないのに、誰かが僕の後を歩いているような気がする。)
気のせいだよなあ、と思いながらも立ち止まって振り向くと、すぐ背後に大きな黒猫、いや黒いヒョウが、浩一の顔を見上げて、立ち止まっていた。
「……………」
浩一の額に、冷たい汗が流れた。
「ぐるるるる……」
鋭い目で浩一をにらんだまま、うなり出すヒョウ。
「ひいいいいいーーーーーっ!!!」浩一は駆け出した。
全速力で走る浩一。しかしヒョウも浩一のすぐ後ろを走って追いかけてくる。
その時、浩一は常人では不可能な程の超猛スピードで走っていたのだが、命からがら逃げている浩一が、そんな事に気づくワケがなかった。
「はあはあはあ、はっ!ワタリ牧場だ!助かった……」
牧場の入り口に向かって走る浩一。
と、そこへ進行方向から飛んでくる影。昨日浩一を襲った怪鳥である。
「?!!」
怪鳥は大きなくちばしを上下に開いた状態で、浩一めがけて飛んできた。
「ぱくんっ」
浩一の身体が、怪鳥の大きなくちばしに飲みこまれた。 |