『Eternal Heart』

永遠という言葉が真実だとしたら……。

 3年前の高校の卒業式……。
 僕は卒業の次の日、遠くアメリカへと旅立っていた。自分の実力がどれだけ世界で通用するのか。どうしても知りたかった。
 野球。それが僕の高校時代の全てだった。……いや、それほどまでに打ち込む事ができたのは、マネージャーをしていた虹野沙希さんの力が大きかった。彼女がいるだけで、僕は自分の持つ実力以上の力を発揮する事ができた。厳しい練習でつらかった時、試合が押されぎみで精神的に負けていた時、そしてスランプで悩んでいた時……。彼女のやさしい
微笑みは僕を、いや野球部全員を支えてくれた。もしも彼女がいなかったら、とてもここまでやって来れなかっただろう。
 僕はというと、全打席ホームランで答えてあげたかったが、さすがのそこまでは無理だった。でも、4番打者としての仕事はやってこれたと思う。そして、彼女の喜ぶ顔を見ることができるのが、たまらなく嬉しかった。
 そんな彼女にほのかな思いを寄せ始めている自分に気付いた。勉学と部活動、この2つの両立は僕にとってたやすい事だったが、こと恋愛が絡んでくると話は別だ。僕はこれまで、誰かと付き合ったとかいう経験はまるで無かった。だから、これまでどおりの生活を続けられるか不安だった。それに、学校の伝説 ――卒業に日に、校庭のはずれにある1本の大きな樹の下で、女の子からの告白を受けて誕生した恋人たちは、永遠に幸せな関係になれる……――があるから、在学中の告白はあまり見られなかった。もっとも自分自身傷つく事を恐れていた事も否定はしないけど……。

 僕達の仲は、たまにどこかへ遊びに行ったりする程度のものだった。もちろん、いつも一緒にいることができれば、恋人同士と呼ばれるようになれば……、いつも心の中は葛藤していた。
 最後の夏の甲子園。僕達はベスト8、準々決勝で姿を消した。優勝できなかった悔しさで涙がぽろぽろとこぼれた。誰が見ていようと関係なかった。ただ泣きたかった。僕はグラウンドないで大泣きに泣いた。彼女を……もう1人のプレイヤーというべき虹野さんの想いに答える事ができなかった。悔しさ、やるせなさ、情けなさ……。ただ泣く事しかできなかった。
 ベンチに戻り、控え室に戻った時、彼女は一緒に泣いていた。
「みんな本当に努力してた。私はいつも見ていたからよく知ってるわ!だから胸を張って!」
 これまでも励ましつづけてくれた虹野さん。この時、このままでは終われないという思いでいっぱいだった。メジャー……僕が自分自身の将来について決心した日でもあった。

 卒業式の日、僕の机の中になにやら1枚の紙が入っていた。
「伝説の樹の下で、待っています」
 その一言だけ書かれていた。この意味は僕もよく知っている。いったい誰が……?でももしかしたら……!?
 僕は期待と不安が入り混じった心で、伝説の樹へと向かった。

「私を……、私を忘れないで!」
 僕はそんな事は絶対に無いと思いながらも、虹野さんにはやはり不安が残っている様だった。
 彼女にとって、思い出などでない、確実な証拠となるもの。そう、僕達が1つになる事だった。

 僕は伝説の樹の下で虹野さんから告白を受けた。天にも昇る思いとでも言おうか、これ以上ない喜びに包まれた。虹野さんも僕のことが好きだった!今まで生きてきた中で1番嬉しかった。
「幸せ」
 この言葉の意味を、僕は深くかみしめていた。
 でも僕は明日になるとアメリカへと旅立つ。これもまた事実だった。どれくらい日本を離れるのか分からない。そのあいだ僕達は、もちろん離れ離れになってしまう。いくら伝説の樹の下で告白しても、やはり彼女にとっては不安な事に違いない……。
 卒業式のあと、僕達は2人だけのパーティーを開いた。僕は虹野さんのとても美味しい料理を食べ、高校時代の話に花を咲かせた。そしてそろそろ宴も終わりにさしかかったころ……。
「どうしても……、アメリカに行くの……?」
 虹野さんが、僕に確認を求めてくる。さっきまでの楽しい時間……。それが音も立てずに、霧のように消えてゆく感じがした。
 僕は、少しためらいながらも、
「うん……」
 と答えるしかなかった。
「どれくらい……?」
「……自分が納得するまで」
 僕はきっぱりといった。僕は虹野さんのことが好きだ。世界中の誰よりも。その想いは変わらない。でもメジャーで自分の実力がどこまで通用するのかも知りたい。それもまた疑う事のできない事実だった。
 虹野さんの瞳からは涙が少しずつ溢れて出していた。そしてすぅーっ、と一筋の跡を作った。
「虹野さん……」
 僕は自分でも気がつかない間に、虹野さんの肩を抱いていた。
「あなたはいつもそう……。自分に高い目標を設定し、それに向かって努力した。そしてその目標を達成すると、さらに高い目標を設定し、また努力しつづけた。私は、そんなあなたのひたむきなところにひかれたの。だから……」
 僕はただ静かに虹野さんの話を聞いていた。
「だから、私はあなたを応援する!メジャーで活躍できるよう祈ってる!」
 虹野さんの瞳からは、涙がこぼれ落ちていた。拭いても拭いてもとまることなくあふれ出ていた。
「でも……。あなたと離れたくない!ずっと一緒にこうしていたい……」
 僕は何も言わずに虹野さんを抱きしめた。ただ、今はこうしていたかった。
僕達はどれくらいの間抱き合っていただろう。自分でも時間の感覚が分からなくなっていた。そして、虹野さんが目を閉じ、ゆっくりと僕にキスを求めてきた。僕も半ば目を閉じながら、彼女の唇を求め返した。
至福の刻なのか、悲しみの刻なのか、僕にはよく分からなかった。ただ彼女の温もりを感じたかった。抱き合う事で、キスを交わす事で、互いの存在を感じあっていた。ゆっくりと僕らの唇が離れて行く。すると虹野さんがすっと立ち上がり、ゆっくりと服を脱ぎ始めた。
「私を……、私を忘れないで!」
 僕はそんな事は絶対に無いと思いながらも、虹野さんにはやはり不安が残っている様だった。
身に付けるもの全てを脱ぎ去った虹野さんは、前を手で隠しながらこちらを向いた。顔は相当赤く、僕から目をそらそうとしている。
「わたし、どうすればいいのかわからないけど……」
 虹野さんは震えていた。寒さのせいじゃない。おそらく……。
「本当にいいの?」
自分でも何を考えているのか。女の子が精一杯勇気を振り絞っているというのに。僕は言葉にした次の瞬間、自分の情けなさを恥じた。
 虹野さんはうんうんとうなずきながら、
「お願い……」
 と言ったただ一言に、僕は決心した。
 僕はおもいっきり虹野さんの身体を抱きしめた。小柄ながらも、そのスタイルの良さがはっきりと直に分かる。この人と1つになる。身も心も。ある意味、僕が待ち望んでいた事だ。でも今この状況において言うならば、多少違っていた。僕がアメリカに行くから。どれだけの間離れるか分からないから。もし、アメリカに行かずに普通に大学に進学していたら、こんな風にはなっていないだろう。おそらく僕らは清い関係を保っていた事だと思う。しかし……。
 虹野さんはというと、震えがおさまらないまま目を閉じて両手を僕の胸に当てていた。
「恐い?」
「大丈夫……」
 少し強がってみせるところも虹野さんらしい。僕はゆっくりとあごを持ち上げ、顔を近付けた。もう一度、キスを交わす。さっきのキスとは違う。これは一種の儀式に近かった。
そう、これから僕らが身体を重ね合わせ、2人が1つになることの。

 飛行機から降り、ゆっくりとゲートの方へ向かって歩いて行く。ゲートを通過し、ロビーに着いた僕は辺りを見回した。
「沙希が迎えに来てるはずなんだけどな……」
どうやらまだ着いてないらしい。どうしたんだろう……。めずらしいなと思いつつ、この広さでは迷っているのかもしれないとも思えた。
 僕は残念ながらメジャーデビューするには至らなかった。でも3Aでそこそこの活躍はする事ができた。その甲斐あってか日本のプロ野球でプレーする事ができそうだ。(もっともテスト入団という形からのスタートだけど)まあ、報道陣がいないのは仕方がない。今やメジャーデビューした選手も多く3A程度では話にならないのだろう。だがそんなことどうでもいい。報道陣より何よりも、沙希に会いたい。心からそう望んでいる。
 彼女とは、必要最小限の連絡しか取らなかった。この3年間会う事もなく、また電話のやり取りも数えるほど。ほとんどが手紙で現在の近況を知らせあう、という形だった。(実際国際電話など使えるような身分ではなかった)
 だからこそ、やっと彼女に会える。その喜びは体が震えるほどだ。彼女の存在を身近に感じる事ができる。高校時代は当たり前だったことも、いまこうして思えばすごく贅沢なことのように思えた。
 時計を見る。予定の時間から5分が過ぎた。どうしたんだろう……?ひょっとして渋滞に巻き込まれたかな?時間に関してはきっちりした沙希だからこそ不安になる。
周りを見まわすと……。あれ?ひょっとして……
「ごめんね……待たせちゃった?」
「あっ、沙希。あれっ!?……髪、切ったの?」
 見ると、おもいきってショートの髪型にした沙希がいた。
「うん……、どうかな?」
「いいと思うよ。沙希にとっても似合ってる」
 僕は正直に感想を述べた。
「ありがとう、よかった。気にいってもらえるか、どうかちょっと心配だったの……」
「うん、ますますかわいくなったよ」
 なんだか頬を赤らめている。多少なりともあった不安を払えた事で安心した事とほめられた嬉しさからだろう。
「あなたも身体が一回り大きくなったね」
「まあ、これでもプロのはしくれだからね」
 さすがに3年間みっちりと鍛えただけの事はあるな。やはりぱっと見ただけでわかるくらいのトレーニングは積んできたつもりだし。
「どう?プロは、やっぱり厳しい?」
「いや、そんなことはないよ」
 僕は少し強がってみせた。
「だって、練習とか大変でしょ?」
「いや平気だよ。心配しないで」
 確かに大変な事だけど、その分自分の成長が手に取るように分かる。だから厳しい練習にも耐える事ができた。確かにいつもいつもそんな風に思ってこれたわけじゃないけど……。
「あなたはいつもそうね。高校生の時からそうだった。どんなにつらい事があっても、くじけそうになっても、絶対にそれを表には出さないよね」
「そうかな?」
 というよりは好きな女の子の前で、そんな姿を見せたくないだけなんだけどね。
「うん、そして人一倍努力して、気が付いた時には何でもなかったような顔をして乗り越えているの。でも……、私にだけは弱音を吐いてもいい。ううん、弱音を吐いて欲しいの。
あなたのつらい事や苦しい事はみんな一緒に乗り越えて行きたい」
「沙希……」
 ……男の見栄なんて、女の子の前じゃ意味のないことなのか。むしろ、変にカッコつけるよりは全てを正直に話した方が喜んでくれるのかな?
「どうしても話したくないことがあったら、私、無理に聞いたりしない。でも、話せる事はなるべく話してほしいの」
「うん、でも……」
「私には、甘えてもいいんだよ。ねっ?」
「うん、そうだね……」
 久しぶりに沙希のやさしさを垣間見た気がした。そして、なぜ高校時代に子の女性に恋したのかも。全てを包み込んでくれる慈母のようなやさしさ。僕はそこに惹かれたのだと思う。
「さあ、いこう!みんな待ってるわ!」
そう言ってウインクしてみせた。
「沙希」
沙希がこちらの方へ振り返る。
「なに……?あっ!」
 僕は半ば不意打ち気味に沙希を抱きしめた。壊れないようにやさしく、でも彼女の暖かさを感じとれるようしっかりと。
「会いたかった……」
「うん、私も……」
 沙希もぎゅっと僕を抱きしめる。周りが見ていようが関係ない。僕らはこの時を待ち望んでいたのだから。
「ただいま、沙希……」
「うん……。お帰りなさい……」
 これからは全てを2人で分かち合いながら共に歩こう。自分1人の力じゃ通用しないことはこの3年間でよく分かった。けど、これからはいつもそばには沙希がいる。沙希と一緒ならどんな事でもやれそうな気がする。彼女の笑顔が最高の宝物なんだから……。
(Fin)

あとがきなど
はっきり言ってこれは「ときめきの放課後」のエンディング2がベースです。
ですんでそれを見てない人はよくわかんないんじゃないかと……。


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