農業の多面的機能にみる自然と人間
浅見輝男編著「自然保護の新しい考え方−生物多様性を知る・守る」(古今書院)に書いたものを改訂して掲げました。やや長いので、印刷してお読みいただくと読みやすいかもしれません。
目 次 (番号をクリックするとその章節にジャンプします) 1.はじめに 2.狩猟採集からポスト・ゲノムまで・・・農業の歴史 (1)狩猟採集段階 (2)農耕段階 (3)工業化段階 (4)これからの農業・・・「人と自然に優しい」農業の多様な展開 3.「多面的機能」とは・・・農業は食料生産機能以外の機能を多く持っている 4.環境問題からOECDの議論とWTO農業交渉へ・・・現在、何が問題か 5.多面的機能の内容 6.多面的機能は人間と自然の共同作業から生じた (1)水田の洪水調節機能と地下水涵養機能 (2)気候緩和機能 (3)農村の物質循環形成機能 (4)人文社会学的機能、その他 7.まとめ 参考文献 1.はじめに 自然保護という行為または問題は、自然と人間の関係をどのように認識し、その関係を、人間の生存がベストになるように人間がいかに管理するかに眼目があると考えられる。何が「ベスト」かは、人間の立場により異なることが多いので、自然保護の議論は複雑になりやすい。しかし、人間の歴史自体が、多くの問題を、試行錯誤を繰り返しつつ、時には多大な犠牲を払いつつ解決して現在に至っている。自然保護もそれに違わない。本章では、自然の破壊から始まったとしばしば言われる農業を題材に自然保護を考えてみたい。 農業は、食料獲得が主要な目的であるとしても、食料生産以外にも環境保全など、多くの機能を発揮している。それらを多面的機能と称し多くの議論が展開されている。農業の多面的機能は、農業が自然と密接に関係して発展してきたところにその機能発現の契機があると考えられ、その考察から、自然界にうまく組み込まれた人間の生業としての農業のあり方に対し多くの示唆が得られると期待される。 目次へ 2.狩猟採集からポスト・ゲノムまで・・・農業の歴史 (1)狩猟採集段階 人類は、その生を維持・発展させるために、労働を通じてその環境、すなわち自然界に働きかけ数百万年の歴史を築いてきた。人類の自然界への働きかけは、人間の本質的な特性と言える。その働きかけの長い歴史を通じて、人間がその環境に撹乱(disturbance)を加えつつ試行錯誤を含む経験を積み、環境にうまく溶け込んだ新たな平衡系を築き上げてきた。 狩猟採集の段階においては、人間は自然界から集めてくる食料に依存して生を維持していた。もっぱら自然に依存した農業の段階である。世界的には、450万年以上前に人類が誕生したとされ、それと同時にこの段階が始まった。日本では、その始まりは約60万年前とされている。農耕が始まったのは、わが国の場合、約2万年前といわれる。自然界のくびきから脱却したともいわれた近代科学の時代、たとえば産業革命以後の歴史はたかだか200年ほどに過ぎない。空中窒素の固定により化学肥料を作る技術の開発から100年は経っていない。人類は、そのほとんどの歴史を自然界に依存して生存してきた。 目次へ (2)農耕段階 農耕の開始以降、20世紀半ばまでのわが国の伝統的な農耕の歴史において重要なことは、自然界に対する撹乱が、自然現象に固有に存在するゆらぎの範囲内にあって、それを超えることがほとんどなく、その条件下であらたな平衡系としての農耕地が成立していたことである。そのような人間−環境系は、生態学的にはディスターバンス・クライマックス(disturbance climax)、哲学的には第2の自然、または原生的自然に対し人間が関与したという意味で二次的自然などと呼ばれ、伝統的な農耕は、その典型例であった。そこでは、人間がその他の自然要素とうまく結合した合法則的(従って持続的な)プロセスができあがっていた。いずれの呼び方をするにせよ、次の段階が、機械や化学物質に大きく依存することと対比すれば、人間の経験や知恵が大きく発揮されて畜力、自然力が活用された農業の段階であった。 目次へ (3)工業化段階 ところが、その後、撹乱がゆらぎの範囲をしばしば超えてしまい、そのプロセスがいろいろなところから破綻してきた。農業が蒙る環境問題も農業が及ぼす環境問題も、農業を巡る環境問題は、いずれもその代表例である。わが国においては20世紀後半にこれらの問題が急激に広まったことは周知のことである。産業革命以降の急激な社会発展は、豊かな社会を築き、人々の幸福を実現したかのように見えたが、少し遅れて続発した環境問題の前に、すっかり色あせてしまった。食の安全性の問題も、食品流通など経済・社会のグローバル化と関連して発生している。最近では、それらが、副次的・一時的な経済の失敗などではなく、市場原理を強調し利潤獲得を最優先させてきた現代の経済・社会システムの本質的帰結であるという指摘がなされている。 この段階の特徴は、大型農業機械、それまでに比べ大量のエネルギーを使う施設、農薬や化学肥料など化学物質を大量に使う栽培法などにあって、それらに依存して労働生産性や土地生産性を上げる効率志向の農業が展開されたことである。いわば農業の工業化の時代ということが可能である。 目次へ (4)これからの農業・・・「人と自然に優しい」農業の多様な展開 他方で、世界の人口は、減少傾向を示す先進国があるとはいえ、全体としては依然として増加傾向にあり、それを支える食料生産の発展は将来にわたって必要である。そのような中で、伝統的農業において発展してきた物質循環や食物連鎖、生物間相互作用などのしくみを生かした農法、たとえば自然農法や有機農法が見直され広く行われ、他方では、ヒトやイネなどの遺伝子配列の解読をきっかけとして、バイオテクノロジーなどのいわゆる「ハイテク」に対する期待も高まっている。1999年に制定された食料・農業・農村基本法では、軸足を、農業基本法の構造政策から機能政策に移して、いくつかの重点施策の一つとして農業の多面的な機能の発揮、農業の持続的な発展を掲げている。これからの農業は、紆余曲折はあるであろうが、経済効率のみを追うのではなく、自然農法からハイテク農法までの幅の広い多様な形態のもとに展開されるのではないかと予想される。その基本的な方向は、安全・安心・安価な農業、換言すれば「人と自然に優しい」農業にあると考えられ、多面的機能の認識は、そのような農業を実現するための第一歩になると期待される。 目次へ 3.「多面的機能」とは・・・農業は食料生産機能以外の機能を多く持っている 農業の多面的機能の定義としては、食料・農業・農村基本法(第3条)(1999年7月)、学術会議答申(2001年11月)、OECDレポート(2000年12月)の暫定的定義などが代表的である。それらの中で食料・農業・農村基本法の定義は簡潔かつ明瞭であり、そこでは、「国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等農村で農業生産活動が行われることにより生ずる食料その他の農産物の供給の機能以外の多面にわたる機能」とされている。 OECDの定義をみると、先進国における多面的機能の認識の特徴が分かる。 OECD農業大臣会合(1998年3月)においては、「農業活動は、その一義的な機能である食料と繊維の供給に加え、景観を形成し、国土保全、再生可能な自然資源の持続可能な管理、生物多様性の保全のような環境便益を提供し、農村地域の社会・経済的活力にも貢献している。多くのOECD諸国では、その多面的機能的性格(multifunctional character)故に、農村地域の経済生活に非常に重要な役割を果たしている。」(農業大臣会合コミュニケ)と現状を規定した上で、「多面的機能性(multifunctionality)とは、既に明確な市場が存在している食料及び繊維の提供以外に、社会に対して果たしている多くの役割、つまり、市場がなかったり不完全なことの多い農村開発や環境及びアメニティの創出への貢献という概念を伝えるものとしてますます使われてきている。」(農業大臣会合に提出されたOECD事務局の作成した文書「農政改革:さらなる改革の必要性」)と述べている。そのうえで、OECDレポート(2000年12月)で、「@農業に付随して複数の農産物および非農産物が一体的に生産されること。Aこれらの非農産物の一部が外部性または公共財的な性格を有していることにより、こうした非農産物に対する市場が存在しないかまたは十分に機能しないこと、を要素として含有する農業の機能」としている。 OECDの定義の特徴として、経済性に関する特性をより強く意識していることがあげられる。これは、OECDなどの議論がどのようなものであるかが反映している。 目次へ 4.環境問題からOECDの議論とWTO農業交渉へ・・・現在、何が問題か わが国で農業の多面的機能が大きく取り上げられたのは、公害が噴出していた1970年代であった。たとえば、昭和47年農業白書では「食料供給の役割と並んで、国土の保全や自然環境の保全・培養に果たしている農業の役割ならびに余暇空間としての農村の役割」を説いていた。農林水産省の試験研究機関では、国土保全機能に関する研究プロジェクトを展開し、それら機能の科学的解明と評価を開始した。 しかし、社会的に大きな関心を引くようになったのはガット・ウルグアイラウンドで「効率を重視した画一的な農業のみが生き残りうる貿易ルール」を確立しようとした議論を通してであった。経済・社会のグローバル化が進んでいるもとで、農業は市場機能では律しきれない側面をもっていることが配慮されるべきではなかろうか、という認識が広まったことは明白である。そして、1998年のOECD農業大臣会合において、農業活動がその多面的機能を通じて農村経済におおきな役割をはたしているとの確認がなされたのを受けて、多面的機能に関する議論が1999年から本格的に開始された。その議論は、@多面的機能の概念整理、A多面的機能の実証分析、B農政改革と貿易自由化の関係を含む政策論議、の3つの段階に分けて進められている。@に関しては、2000年12月にOECDレポート"Multifunctionality: Towards an analytical framework"として公表されている。第2段階として、概念分析結果を検証する加盟各国による実証作業が、2001年7月の多面的機能ワークショップを皮切りに展開された。その枠組みは、多面的機能の@農業生産との密接不可分性または結合性、A外部経済性または市場の失敗、B公共財的性格の3点からなっている。2003年8月現在、第3段階の政策論議が展開されている。 我が国でもそれらに沿った作業が農水省を中心に行われているが、これら一連の取り組みは、言うまでもなくWTO農業交渉を自国にとって有利に導く条件作りとしての意味を持っている。OECDにおける議論の結果がWTOに大きく影響するはずである。 これらの流れの中で、これからの時代(グローバル時代;環境と生命の時代)の農業は、市場経済のみで進められるのかどうか、が問われているといえる。裏を返せば、農業は、自然界の特性に依存するところが多いが、それを背負った市場経済はどうあるべきか、が突きつけられている。 目次へ 5.多面的機能の内容 業・農村のもつ多面的機能は、どのような内容に分類されるのであろうか。 清野(1999)によると、農水省の試験研究機関の研究成果を踏まえ、 1)国土保全・環境保全機能 @自然科学的(資源保全的)機能 水の保全(洪水調節、水資源かん養等) 土の保全(土壌侵食防止、土砂崩壊防止等) 大気の保全(大気の浄化等) 生物の保全(身近な生物の保全) A保健休養機能(景観保全、快適環境の提供) Bその他の機能 2)人文社会学的機能 @地域社会の維持 A自然情操教育 B伝統文化の保全 と分類されている。その他、2001年11月の学術会議答申における農業・森林の多面的機能の分類も参考になる。 目次へ 6.多面的機能は人間と自然の共同作業から生じた 前節で、OECDにおいて多面的機能の農業生産との密接不可分性または結合性について議論されていると記したが、これは、個々の機能が農業生産と結びついていないならば、農業とは関係のない技術として存在できることになるので議論の対象とはしないことにしようという意図を表している。それは、同時に多面的機能がまさに人間の生業によって発揮されていることを示しているのであるが、いくつかの例を通して、確かめてみよう。 目次へ (1)水田の洪水調節機能と地下水涵養機能 水田は、作付け期間の多くの時期に水を蓄えている。水田によるこの貯水がなければ、降水の多くが生活域等に流出することになり、それが洪水被害を引き起こさないような施設等が必要になる。 近年、耕作放棄地が増えている。近接した水田と耕作放棄水田の水収支を観測、比較した結果(図1)によると、水田が降水を貯めているのに対し、耕作放棄水田ではより早く流出していることが見て取れる。また、水田地区と耕作放棄水田地区を比較した別の調査結果によると、前者では100年に1回程の洪水発生の確率であったものが、耕作放棄により50年に1回程の確率に増加していた。これらは、いずれも水田が洪水を減らす効果を備えていることを示している。 図1 耕作水田と放棄水田からの流出量の比較(増本ら、1997) 水田では、犁による耕起と代掻きにより粘土粒子を分散沈降させることを長期にわたって繰り返すことから、作土の底、心土との境目に犁底盤と呼ばれる難透水層が形成され、蓄えられた水が容易に下方へ浸透しにくい構造となっている。これは畑や草地、林地には見られない構造である。 同時に水田は、地下水涵養機能をも合わせもっている。上記の犁底盤といえどもまったく水を通さないわけではなく、たとえば、水稲根はしばしば犁底盤をつらぬいて下層に至り、その根際や枯死腐敗後にできる間隙を通して水は下層にしみ出し地下水層に至る。また、非灌水期には地割れがおこり、それが犁底盤をつらぬく水道を形成し地下水を涵養する。この機能は、森林の保水能力に起因するものとともに地下水涵養機能の双璧をなすとされているが、水田のそれが、季節的な水田管理作業と密接不可分であるところに特徴がある。 図2は、森林や農耕地の地下水涵養機能を実験・調査結果を基にモデルを開発し1km四方ごとに定量化して地図化した結果である。これによると、平地水田地帯はその能力があまり大きくなく、山間地あるいはそれらの中間の地帯が大きく、それら地帯の能力は森林地帯より概して大きい傾向が見てとれる。 図2 農林地の持つ水涵養機能の全国メッシュマップ(加藤、1998) 目次へ (2)気候緩和機能 海洋や湖沼など、水面の気候緩和機能は、例えば、千葉県銚子の気温が、関東諸都市の気象官署の気温に比較して夏に低く冬に高いことからも知られるように顕著である。植生の気候緩和効果が大きいことは、大都会のヒートアイランド現象が問題とされることから推測できる。緑地が、防風や温度・湿度の調節といった気候緩和機能を持つことはよく知られている。 農業の気候緩和機能のうち、比較的狭い地域の例として、夏期の都市近郊水田の周辺市街地に対する気温低減効果(Yokohari et al, 1997; 横張ら、1998)が知られている。水田と市街地の混在化が進んでいる地域で、水田が夏期日中の気温を低減する効果と水田の分布形態との関係、および気温低減効果の市街地内への影響範囲が調べられた。その結果によると、水田の気温低減効果は、水田が固まって分布し面積率の高いほど高く、その場合、最大約2℃の低減効果が期待できる。市街地と水田が同程度存在するような地域では、水田が細かく分散するよりはまとまって存在した方が気温低減効果大きい。さらに、水田での気温低減は、大規模にまとまった水田の縁から風下側150〜200mまでの市街地内に影響していた。このことから、水田と市街地の混在化が進みつつある都市近郊において、水田に周辺市街地への気温低減効果を期待する場合には、面積率の高い個所の水田を保全するとともに、市街地による水田の分散・孤立化を抑制すること、面積的に大規模な市街地の造成を避けることが望ましいことが見てとれる。 次に、関東平野の規模の例として、農林地の気温低減効果を都市と比較して夏期間につき解析した結果(清野、1997)を示す。関東平野部のアメダスデータとその周辺の土地利用データを用いて1979年〜1995年の17年間につき、5〜9月の平均、最低、最高気温の日別値から期間平均値を求め解析した。その結果、平均、最低、最高気温のいずれもアメダス地点周辺の農林地の面積が増えるほど、東京との気温差が大きくなった。平均気温では農林地の面積が40%のときに東京より1.1℃低く、80%になると2.0℃低くなった。最低気温では、それぞれ1.6℃、2.8℃、最高気温では、それぞれ0.9℃、2.0℃低くなった。 これらの例は、本項の冒頭で記したような水や植生の熱特性が農業において発揮されている典型的な事例である。 目次へ (3)農村の物質循環形成機能 上記の学術会議答申における分類にあたっては、農業が物質循環に組み込まれて成り立つ点に注目しているところに特徴がある。洪水調節機能は水循環をうまく進めていることであり、農耕地土壌の有機物分解機能は、農耕を繰り返すことにより活発となる微生物や土壌動物の機能を介して、添加される堆肥や農作物残さなどを分解・無機化して植物が利用しやすい形態に変えるなど、養分の循環を円滑に進むようにしていることでもある。 この機能により、伝統的農業を展開した家族経営型農家のシステムにおいては多様な物質が循環の環に取り込まれ、それがさらに地域的循環を円滑に行うことにもなっていた。たとえば、1950年代までの多くの農家においては、農家で発生する有機物は資源としてほとんどすべてが農耕地に還元され肥料となっていた。江戸時代後期の「百姓伝記」には、屎尿や農業残さの活用はもとより、崩れた壁土、手洗い水や風呂の廃水をも田畑に戻せと勧めている。大都会周辺では、都市で生産される大量の屎尿が農村に回収・活用され、都市を衛生的に保つとともに都市住民に食料を供給することに貢献していた。自然と人間がうまく折り合って社会システムを構成してきたことがよく分かる。 ところが、現在、そのような循環が至る所で分断され、都市ゴミ問題、家畜糞尿の過剰問題、滞った循環に由来する水域の富栄養化や大気汚染、温暖化などに関わる結果となっている。この実態が、食料自給率が40%という食料・飼料の輸入依存に主な原因があることは、第○章に見るとおりである。食料・農業・農村基本法では、農業のもつ自然循環機能の重視がうたわれ、食料自給率の向上策も取り組まれ始めた。 農業形態を半世紀以上昔のものに逆戻りさせることはできないので、温故知新、すなわち農業において太古から展開されてきた物質循環の実態に学びつつ、新しい循環システムを作り上げることは、これからの農業に科せられた大きな課題のひとつである。 目次へ (4)人文社会学的機能、その他 民話、民謡、民俗芸能などのほか生産・生活用具など民俗物資を含む農村文化が、町民文化と並んで長い年月を掛けて成立し、地域文化を豊かに形成してきた。それらは、同時に、日本の民族的アイデンティティの重要な一部をなしてきた。それらの多くは季節とともに展開される農業生産と密接に結びついて成立してきたことはいうまでもない。 現代においては、それらは外国文化を始め多様な文化と混合しつつ新たな変化を受けているところが多いとはいえ、地域社会や国民的なまとまりや、国民の精神的拠り所などにとって不可欠な要素であることは将来にわたって変わらないだろう。環境教育、情操教育などを通じて次世代に継承されるべき事柄でもあろう。 近年、グリーン・ツーリズムにみられるような農村への関心は、農村の自然景観資源によるほか、これらの文化的資源、文化的景観に対することが多いと考えられる。 これらの機能は、農村住民の自然との交感過程から形成されたものと考えることができ、農業・農村が有する重要な機能の一部である。 なお、多面的機能を経済的に金額で評価する試みが行われ、いくつかの評価の方法が確立している。しかし、いずれも限定された仮定の下での計算であり、評価結果には少なからぬ批判がある。その中には、母なる大地で展開される農業に対し、その機能を金額で評価することは、母を金額で評価できないようにそもそも不可能ではないか、といった厳しい批判も含まれる。限定された条件の下で個別具体的機能の相対的な比較を行うような応用にとどめるのが無難ではなかろうか。 目次へ 7.まとめ 21世紀が生命の時代だとすれば、生命の営みそのものである人間の生活とそれを支える根幹である広義の農業がこれから重要性を増すことになる。21世紀が人間の時代になるとすれば、多様な個性が尊重されるようになると期待されるが、多様な価値観に沿った多様な食料が多様な農業形態から生まれるに違いない。また、21世紀が環境の時代だとすれば、全ての人類の行為が環境制約のもとでうまく展開されることが必須である。 自然環境に関して、人間が手を加えるべきでない自然のままの区域が、小さくない国には必ずあって、そこがたとえば自然保護区などに指定されている。しかし、そのような行為のみが自然保護でないことは今やいうまでもない。人口増加が少なくとも今世紀において不可避であって、そのための食料確保を使命とされた農業においては、すべての行為を自然の法則に沿って行い、復元可能な攪乱の範囲を踏み越えないことが、自然保護なのではなかろうか。 農業を環境制約のもとでうまく展開させるためには、経済効率の追求を旨とする市場経済をどう取り組むかも大きな問題である。その鍵は、多分、農業が、地域特有の品目や農法を生み出したり、遺伝子情報やハイテク技術などを活用したあらたな品種や生産方式を考案することにより一層多様な形態を生み出し、社会・経済の運営において科学的知見をどれだけ取り込むことができるかにあるのではなかろうか。 これからの農業の発展には、環境保全・生命倫理をはじめとして従来とは異なる原理やルールの構築が求められている。農業における新しい原理やルールとは何であろうか?食料生産及びその他の多面的機能の有するゆらぎとは何で、その幅はいかほどか?科学的知見の活用は、農業にとどまらず、21世紀社会の重要な課題と考えられる。 目次へ 参考文献 1)日本学術会議(2001)地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(答申).pp.104 2)食料・農業政策研究センター(2001)OECDレポート 農業の多面的機能.農村漁村文化協会.pp.196 3)清野 豁(1999):平成11年度農業環境技術研究所運営委員会資料 4)増本隆夫ら(1997):農業土木学会論文集,189,59-68 5)加藤好武(1998):環境情報科学,27,18-22 6)横張真ら(1998) :ランドスケープ研究,61,731-736 7)Yokohari, M. et al.(1997):Landscape & Urban Planning, 53,17-27 8)清野 豁(1997):農業環境技術研究所資源・生態管理科集録, 13,1-8 9)百姓伝記(上、下):岩波文庫 |