農業の将来と憲法9条  
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H.Rの手記で、すでに「日本の農業が抱える課題」というエッセイを書きましたが、ここでは、同じテーマを少し異なる角度から考えてみようと思います。

農業の将来を考えると今のままで良いわけがないと思えてきます。食糧安全保障、WTOでの議論、食の安全の問題、畜産や食品の廃棄物問題など非循環型システムの問題、温暖化など環境問題、農村の過疎・老齢化問題、農耕地の荒廃や零細所有など農地管理問題 等々、どう考えても、今のままで良いわけがない。いずれをとっても複雑に絡み合った大問題であって、小手先細工でことがすむ問題でない。農業も世界経済に組み込まれています(といっても、政府などの国際競争力をつけるため、という言い方はごまかしで、それとは違った意味で組み込まれています)ので、なかなか大変です。私は、まずはアメリカ中心の経済から離脱しない限り、日本の農業は救われない、というのは上記エッセイと同じです。ここでは違った角度から見てみます。

幸か不幸か、アメリカの世界における権威が、ベトナム戦争以降、低下しつつあり、ソ連の崩壊を経てもそれは変わらず、最近は、中南米が急激にアメリカの傘の下から離脱しています。従来から、アメリカに批判的だったヨーロッパ、IMFの呪縛を振り払って自主路線を歩きつつある東南アジア。このように、近年の世界の流れの特徴は、大国の権威や指導力の下に、ではなく、それぞれの地域、国の自主的で独自な経済を追求する方向に変わってきております。そこには、人間が生きるということは、それぞれの風土にあった形で展開されるべきで、世界中一律の基準のもとで成り立つものではないという、あたりまえの理由があるのでしょう。食料を考えた場合、それは一層当てはまります。

アメリカの傘の下で引き続きやっていこうとしている国は、日本の他にどれだけあるでしょうか。21世紀を考えると、日本国は、方針変更をせざるを得ないと思います。そのなかで、農業は、日本の風土にあった形で、自給自足をまずは追求し、狭い国土故にどうしても不足するところ、技術で対応できないところ(基礎的な技術開発を大学、研究機関はそれに見合うように一層発展させてほしいのは勿論です)は、国際友好関係を発展させる中で貿易によって補うということしかないのではないか、と思います。そう考えると、憲法と農業も同じ土俵の問題だという気がします。今議論されている憲法も戦争をしやすくする案よりも、現行第9条の方が好ましい、と思えるのです。


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