% 数の濃度
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\def\baselinestretch{1.33}
\begin{document}
\noindent\textbf{数の濃度}
「数(すう)の濃度」も不思議な表現だろう。でも、数は``数えるもの''ではなく``量るもの''と言えば納得するだろうか?
なに? 数は数えるために存在しているのではないか?と思うかもしれない。もちろん数えるためにある。しかし、数自体がどれだけあるかと考えたら、それは量るしかないのである。お金は日本語では数えるもの(\textit{many coins})だが、英語だと量るもの(\textit{much money})みたいなものだ。
偶数の``量''を量ってみよう。それには、自然数と偶数を
\begin{center}
\setlength\tabcolsep{8pt}
\begin{tabular}{cccccccccc}
$1$ & $2$ & $3$ & $4$ & $5$ & $6$ & $7$ & $8$ & $9$ & $\dots$\\
$\updownarrow$ & $\updownarrow$ & $\updownarrow$ & $\updownarrow$ & $\updownarrow$ & $\updownarrow$ & $\updownarrow$ & $\updownarrow$ & $\updownarrow$ & $\dots$\\
$2$ & $4$ & $6$ & $8$ & $10$ & $12$ & $14$ & $16$ & $18$ & $\dots$
\end{tabular}
\end{center}
のように\textgt{一対一対応}させるとよい。そうすると、自然数と偶数は同じだけの``量''があると感じられるだろう。
同じことを奇数に対して行えば、やはり奇数も自然数と同じだけの``量''があると感じられる。すると、ちょっと変なコトになる。偶数と奇数を合わせると自然数になるが、それだと``量''が倍になっちゃうんじゃない?
そう。だから``量''ではなく``\textgt{濃度}''と呼ぶのである。食塩水なら偶数の濃度は$50$\%などと言いたいところだが、これは数学の話なので、偶数の濃度は自然数の濃度と等しく、それを$\aleph_0$(アレフゼロ)で表す。だから奇数の濃度も$\aleph_0$である。もちろん自然数の濃度も$\aleph_0$だ。したがって、偶数と奇数を合わせると自然数になるのだが
\[
\aleph_0(偶数) + \aleph_0(奇数) = \aleph_0(自然数)
\]
という関係式が成立する。量ではなく濃度の計算だから、同じ濃度のものを足しても濃度に変化はないのである。
\end{document}