夜店
 祭と言えば夜店,やっぱりこれが一番!楽しいですね。
 子どもの時の想い出昔懐かしいなどといっていてはお年ですよ〜。
 売っている物は けっこう時代に合わせ進化しているのです。
 写真をとったのはまだ明るい内でした。ですから人通りは少ないです。
 やがて暗くなってどっと人が出ると,写真などは撮れなくなってしまいます。
 このHPでゆっくりと夜店を観察してみて下さい。

 一見,衛生面でずさんに見えるけど,露天商で食中毒など一度も聞いたことがありません。
 その秘密は,新鮮な材料と加熱。必ず熱して作る物ば

かりなのです。リンゴだってアメで包んでいます。
 冷たいものといえば,かき氷とアイスクリーム,ラムネなどのような物だけです。
 きちんと保健所の許可を取ってやっています。

 商品にダマシは一切ありません。
 「北海道名産 とうもろこし」とあっても,決して「北海道産」とうたっておりません。
 まんがのキャラクターのお面。ちょっと高いように思えるが,こちらはキャラクター使用契約を結んで著作権料をきちんと払っている。だから,アニメ キャラクターとぴったり同じなのである。まがい物感が無いので本物を知る小さい子にうけるのです。
 けっして町のスーパーや百貨店では見つからないおもちゃばかりなので,売れます。
 買い手に迎合することなく,客の顔を見て商品を並べることはいたしません。
「これでどうじゃ!」
と,自信を持って,堂々と商品を並べております。

 店のあるじの世代代わりはいたしますが,毎年,同じ所に同じ人が同じ種類の店を開店します。ずっと昔からのそういう仕組みで店の場所の権利はきちんと守られて,喧嘩の無いようになっています。

 簡単に組み立てられる小さなテントの店で,明日からでもはじめられそうな商売に見えますが,看板,商品,売り方,売る場所など,見えないところで営業の ノウハウがあるのです。

香具師
 やし : [野師・香具師] 祭礼・縁日などで,のぞきからくり・居合抜いあいぬき・ 独楽回しなどを
       興行して人寄せをし,歯磨き粉・歯ぐすりなどの粗製品を売るのを業とする者
       江戸の長井兵助・松井源水などが有名であった。てきや。
                               『辞海』 金田一京助編 三省堂

  矢師・野士・弥四・薬師・八師とも書く。また的屋ともいう。
   歴史的に伝統をもった露店商であり,人々が多数集まる盛り場において,技法,口
   上で品物を売る。香具師の起源については,古代にさかのぼる伝承をもっているが
   明確ではない。
    明治時代以降には的屋ともいわれ,各地に露店商組合,縁日組合,三寸実業組
   合などが組織された。
    親分子分,兄弟分関係が中心となり,家相互が結合すると親戚関係となる。営業
   の場所としては,都市の平日ひらびと,地方のいわゆる高市たかまち(祭礼縁日)がある。
    仁義・旅・破門・盃式・襲名・手打符牒・隠話などの慣行がある。
                        『旅研』歴史データベース より          
伝承
 今の夜店とストレートにつながらないとは思うが,歴史的に伝統を持ったとか古代にさかのぼる伝承といわれる一部を古文書でご紹介しよう。
 原文は6枚の断片のみで,欠落している部分もあって完全ではない。

表紙
 江戸御町奉行大岡越前守様 御裁許仰せつけなされ 此度,仲間の様子御尋ねにつき,お恐れながら書き付け差し上げ候以上

 寛保の年
大岡越前守様
       免々

渡り香具御件談
一 渡り香具商売の儀は,寛保三の亥の年,上州赤城村佐兵衛仲間の時,紋助と申す者飴商売仕り候は殺され候に付,仲間中御訴申し上げ候。其時の
御町奉行大岡越前守様,仲間の様子御尋ね遊ばし為され,則,友達の儀委細 申し上げ,国々友達中申し合わせ,一ヶ年両度(二度)会合知縁を相定め,仲間一渡世仕り,万一相背き候者は,国々へ通使を触れ流し,その上,宿宿へ張紙を出し香具商売相極め候旨申し上げ候得ば,其段々吟味の上仲間利運に相成り
と仰せ出  国々へ罷り越しまかりこし,其上仲間も至極便利宜しく商売御座候につき,御用も御座候えば日本国中海上共,御案内致すべく仰せ付けられ,其上江戸の友達中より
御町奉行様へ相詰め罷り在る様仰せ付けられ,則ち,相詰め罷り在る者二人へ御扶持下し置き候て,日本国中広々商売御免仰せ付けられ候。

渡り香具十三ヶ条
一 諸々薬種売買     一件
一 諸の薬売り       一件
一 小間物せり売り    ならびに火打鎌

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大岡越前守
 大岡越前守様といきなりよく知っているエライ人の名前が登場して,読んだ者を驚かせます。
 江戸時代,伊勢国に置かれていた山田奉行の18代奉行をつとめた大岡越前守忠相ただすけは当時でもよく知られた実在の人物です。
 伊勢神宮領は宮川を境に紀州領と接していたため,その境界をめぐってたびたび争いが起こっており,代々の奉行は,徳川御三家の紀州家をおそれてはっきりとした態度を示しませんでした。
 奉行に着任した忠相は,自ら検分し,紀州領内に入り込んだ場所に杭を打ち,これを境界とした伝説があります(確証はない)。
 吉宗が第八代将軍となった翌年の享保二年(1717)に江戸南町奉行に異例の若さで抜擢されました。
 江戸の市政・司法・治安に活躍し,名奉行・政治家として人々から尊敬された人物です。

偽文書
 この種類の文書は大変珍しく手に入りにくいものです。
 なぜなら,字はあまり上手でなく,花押や印鑑が抜けており,学者なら偽物とすぐにも見破って通常は研究の対象にしない偽文書と呼ばれる種類のものだからです。
 偽ものだということで捨てられたりします。
 しかし,これによく似た文書が,江戸の中期以降に香具師の間でチョコチョコと出回り,模写され伝えられてきたのは事実です。昨日今日作られたものでもないのです。
 香具師の間で,密かに脈々と伝承されてきた文書でその世界がかいま見られそうです。
 いわゆる映画・寅さんの世界につながってくるものであろうかと思います。
 この文書自体は,墨跡や紙の感じからいって江戸中期には遡らないようには思いましたが,鼈甲べっこう細工ならびに継磨とか,国中評判記 ならびに読み売りなど古くさい言葉が見られるところを見ると,江戸末か明治初期に書かれた物でないかかと考えられます。
 昔のクシや髪留めなどは本物のベッコウでできていましたから,折れたら継いだり磨いたりして小さくなっても大切に使いました。

 江戸時代は瓦版かわらばんのことを読み売りとよんでいました。