更浜(美弥好) 東京都江東区大島6−24−9 п@03-5628-9238
 江戸更紗の伝統を伝える数少ない紺屋として活動を続けている更浜をおたずねしました。
 かつて江東区は染物業が多い地域でしたが,戦後しだいに減少し,現在は区内で更紗染めを行う型染め屋は更浜(美弥好)ただ一軒となりました。
 更浜(美弥好)は初代・浜次郎,二代目・一幸そして現在の佐野兄弟の三代にわたって続いてきた,更紗や小紋を染める紺屋です。
 オーッ,これは〜,なつかしいなぁ。
 まさに,かつて戦後の日本のどこにでもあった昭和の風景が続く商店街(丸八通り),大きいマ
ンションに見下ろされるように隣接して,のどかな昭和のたたずまいが軒を並べる一画に,更浜
の作業場がありました。
 佐野利夫さんと一つ年下の佐野勇二さんの二人が経営する染色工房で,希望する人はここで
染色を学ぶことも出来ます。
 また,修学旅行の生徒たちが旅の途中で研修をすることも出来ます。
 先代の祖父が立ち上げた工房がそのままの姿で残されて,今も昔のままに更紗が染められて
いるので,昭和期の染色の歴史がそのまま保存されているといえるでしょう。
 裸電球の照明がぶら下がり,天井には長い板がたくさんつり下げられていました。
 電気の照明は色加減を誤るもととなるので,灯下では作業をあまりしないのが普通だとのことでした。
 天井の板は,張り板といって,巾48cmで6mの長さの樅もみの木の一枚板です。
 片端には10cmほどの包丁の刃のように削った剣先がついています。
 剣先があることによって,布を裏側に折り曲げ回して染めるとき,模様を連続させるのに都合良く出来ています。
 右の張り板は,馬と呼ばれる足の上に乗せられていますが,50cmほどの高さで,立ったままで作
業するにはやや低いように思えます。
 しかし,これは型紙のオクリボシアワセボシを真上からまっすぐ見下ろすために大切で,職人にあわせて若干の高低を調節して使います。
 床は黒い土の土間で,よく踏み固められこすられています。
 型紙を乾燥させず,湿度を良い状態に保つためには,土の床でないといけないのだそうです。
 昔は雪駄を履いていたのか,今は鼻緒サンダルが仕事の時の履き物の定番だそうです。
 これで横ばい式にすり足で台に平行に移動します。
 昔からそうやって続けてきた結果,土がまだら模様にでこぼこしているとの事でした。
 奥の窓下に棚が作られていて,おびただしい数の刷毛が並んでいます。
 どこもかも古い仕事場の内,刷毛だけは古さが見られずよい状態に管理されています。
 古くないということはそれだけ消耗が速いことを思わせます。
 更紗は,型紙の上からこすりつけて染料を布につけていきますから,刷毛の傷みはそうとうなものなのでしょう。
 型紙もよく痛み,はやく悪くなるといいます。更紗の染色では刷毛の良し悪しは重要です。
 刷毛は京都の井沢刷毛所いざわはけしょのものがいいと佐野さんはいいます。
 「悪い刷毛はだめだね,こんな風になってしまうんですよ」と中央部がすり減ってしまった刷毛を見せてくれました。
 よい刷毛は平たく均等にすり減っていました。
 更紗は型紙がいのちです。
 意外なことに,雑に重ねて置かれています。
 「大切な型紙に思いますが,このような管理で大丈夫?」
と心配ですが…
 「無造作に置いてありますが,風通しが必要で,こういう風に置いておくだけで保存がうまくいくんです」
と,お返事が返ってきました。
 和紙に柿渋を塗り燻蒸して作った型紙がいかに保存にも強い素晴らしいステンシル材
なのかと,感心してしまいます。
 更浜の型紙は10枚前後が多いです。
 これは戦後,他の様々な布地との激しい競争に耐え,持ちこたえるためにコストを下げる工夫がなされたのではないかと考えます。
 時代は化学染料にかわり,他の工房が機械染めに変わっていく,めまぐるしい近代化の流れの中で,江戸更紗の格調を保ちながら,型紙による染めにこだわりを保つには,多くの困難がおしよせた事でしょう。

 京都で型紙を使った型友禅が発達し,絹地に移行しながら,江戸更紗は技と色数を競い合うようになって高級着物への変貌をとげました。
 そのため,何十枚もの型紙が使われてそれが価格競争を圧迫するようになっていきました。
 そういった中,更紗の型紙の枚数を半減させるには大変な技術的な工夫と苦労があったに違いありません。
 「…でも,多ければいいってもんじゃないよね。無地場の多いもののほうがアラが目立って難しいんだよね。」
と,利夫さんはつぶやきました。
 売り場をもたない更浜では,仕事場で布に染めた端切れ見本や紙に染めた絵刷りを見せて客に選ばせます。
 そうして,色の注文を聞いた上で数日後に実際に染めた見本をみせて客の好みに色あわせをします。そしてなんとその場で色を変えて見せながら確認してくれます。
 客は職人と直接対話をして,生産者の顔が見えるところで注文をすることが出来るようになっています。
 更紗は染料で染めたはじめは,やや艶のある強い色合いになるので最後に渋木シブキ(ヤマモモの樹皮から作ったもの)を掛ける。
 渋木を掛けることによって,江戸更紗の特徴である渋いアジが加味されて完成します。
 着物柄の宿命として,どんなにいい柄を染めてもたくさんは売れないと言うことがあります。
 気に入った着物でお出かけしても,行った先で同じ柄の着物を他の人が来ていると嫌になります。
 そこで次々新柄を出せばよいのですが,なかなかそういうわけにはいきません。
 このように色を変えることによって違った感じにするのは,更紗の常套手段でした。
 また,すでにあった模様を寄せ裂風にして全く異なる新しい柄を創出したり,糸目の模様に金をくわえて金更紗にしてゴージャスな仕上げにしたりしました。
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