阿倍仲麻呂(あべのなかまろ) 
 阿倍仲麻呂は,文武二年(698)大和の国に生まれた。奈良時代の人。
 19歳で遣唐使として中国に渡り,入唐後,太学(上級身分の子弟の最高教育機関)で学び,日本人でありながら,超難関の科挙の試験に合格をする。
 そして唐の高等官として,国立図書館長などと高い地位に昇進していく。
 皇帝・玄宗(唐の6代目皇帝の目にとまる所となり,厚い信任を得ることとなる。
 皇帝はその学才を惜しんで,帰郷をなかなか許さなかった。
 和歌は,古今集,百人一首にあるがこれ一首のみが知られ,中国で詠まれたとされる。
 百人一首では「安倍仲麿」と書かれることが多いが,阿倍仲麻呂が正しい。

 天の原(大空)をふりさけ(振り仰いで)見れば・・・・
と,遠い異郷にあって月を見て故郷をしのぶものである。

 三笠の山とは,山焼きで有名な若草山のすぐ南,春日神社の奥に広がる御蓋(みかさ)山をさすであろうと解されている。

 仲麿は753年に一時帰国を許されるも,船が難破して安南(ベトナム)に漂着。ついに帰国すること無く ,唐で72歳の生涯を終えた。

 あれは,昔見た,奈良の三笠山から出ていた同じ月だろう・・・・
 異国で詠まれて,人は帰らず,歌だけが故郷に帰ってきたのである。
 大空を仰いで望郷を伝えているところが,切々として,もの悲しいのである。

 白子の湊を出てどこかで遭難したのか,帰ってこない身内の安否を心配している家族がこの絵馬を奉納したのかも知れない。
「……もしや,安南(ベトナム)に……」と,せめても命があって欲しいと,かすかな望みをたくして絵馬の奉納したのではいかと考える事もできる。

 この歌は,古今,百人一首の中でもっとも良く知られた歌であるといわれ,百人一首を覚えようとする人はなぜかこの歌を先ず手始めに覚える人が多い。
 昔から,多くの人に好かれている歌である。仲麻呂が歌を書いた紙を月に見せているようすが描かれている。
 絵馬は和歌の好きな人が奉納したのであろうか。神様もまた喜ばれると考えて奉納したのかもしれない。