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■□■□■□■□ 絵本で考える死と老い(第1回) ■□■□■□■□
『パパとのぼった木』 C・S・アドラー 作 岡本浜江 訳
津尾美智子 絵 1995年(文研出版)
対象年齢:小学校5年生くらいから
11歳のジェシカは、ママよりもパパが好き、という女の子です。
ジェシカが生まれてからずっと住んでいた
オールドマインズヴィルの家から新しい家に引っ越してきてすぐ、
大好きで大の仲良しだったパパを交通事故で失ってしまいます。
パパはジェシカにとって、太陽や空気や食べ物みたいに、絶対
必要な存在でした。 そんなパパをある日突然失うことになった
ジェシカは・・・・・・。これは、そんな少女があがき苦しみながら
ようやく父の死を認め、現実を受け入れられるようになるまでの
ひとつの家族の再生の物語です。
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ジェシカの母親は教師で、地域や学校の仕事に忙しく、父親とは
反対に家庭向きとはいえない人でした。ジェシカの場合特に父親との
結びつきが強く、母親との仲はそれほどいいとはいえません。
そして偶然の事故で、大好きだった父が去り、うまくいかない母が
家に残ります。 ジェシカの受けた衝撃は大きく、普段から心が
通わない母親の言葉を素直に受け入れることができません。
弟のティコに対しても、
「ママはうそをついているのよ。それとか、パパがママをからかって
いるの。とにかくパパは生きているの。」と事実を認めさせようとしません。
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でもいくらジェシカが否定しようとも、周りはパパが死んだという事実に
従って動き出します。新聞には死亡記事が載り、新しい家には、
続々と人が集い始めます。新しい家には、ジェシカが安全にかけこめる
所がありません。そこはジェシカにとって、居場所のない家でした。
ジェシカのパパは、生前特定の宗教グループに加わろうとしない人でした。
それ故、ジェシカは神さまの次元でパパの死をとらえることはしないのです。
魂が天に召され、パパは天国で神さまのそばにいる、とは考えません。
パパが大好きだった、オールドマインズヴィルの家に行けばきっとそこで
会えると考えるのです。 そして葬儀の帰り、ジェシカはパパを探しに
元いた家に戻ろう、と決意します。
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さまざまなアクシデントに遭いながら、ジェシカと弟のティコは旅を
続けます。そして、やっとのことでオールドマインズヴィルに着くのですが
そこはジェシカの知るかつての家ではありませんでした。
ガランとしていて、妙によそよそしい、単なる空間にすぎなかったのです。
家の外には、パパとよく登った大きな木があります。 ジェシカは木を
見上げながら、パパといっしょにこの木に登った時のことを思い出します。
すると、木の枝に抱きかかえられながら風にゆすられ、パパの腕に
しっかりと支えられてた時の安心感が蘇ってきます。
「パパがいればいいのにね。」というティコに、ジェシカはこう応えます。
「どこかにいるとすれば、ここなのよ。」
そしてジェシカは木に登り始めます。
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今度はパパの支えなしで、ジェシカは登っていきます。もうこれ以上
登れないところまで、ついにジェシカは登りつめます。
高い木の上で、ジェシカは自分も死ぬことを考えます。そしてパパに
何度も「パパ」と呼びかけるのです。でも、何の答えもありません。
代わりに、弟ティコが泣きわめきながらジェシカに呼びかけています。
木の下で「おりなきゃだめだよぉぉ」と自分を呼ぶティコこそが
ジェシカにとって、まぎれもない現実でした。
ジェシカはこのとき初めて、「パパは死んで、灰になって
しまったのだ」と悟るのです。
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家は住む人がいなくなれば、広さばかりが目立つただの入れ物にすぎません。
そしていつかは、壊されます。でも思い出の木はずっと生き続けます。
ジェシカは、そうした木の命の力強さに励まされ、立ち直ることができた
のではないか、と思います。著者のアドラー氏が、あとがきで述べています。
「われわれ人間は 耐え難い別れに耐え、愛によってふたたび立ち直る
ことができる ということなのです。 わたしたち人間は、はかない
存在ですが、自分をよみがわらせる才能が残されているのは
ありがたいことです。」
冬にはすべての葉を落とす木であっても、春になれば再び芽を出し、
やがて夏には青々と緑の葉を茂らせます。
生きていくということは、こうした再生のドラマを繰り返していく、と
いうことなのかもしれません。 |