チワン族自治区旅行編帰国へ


ひょうたん笛売り

Street souvenir seller in Yangshuo, China

16時頃、バス2.5元で陽朔に戻ってきてホテルでカバン取ってまた懲りずに昨日のマッサージ店へ。
最後まで筋肉痛が治らない旅だったなぁ(笑)

マッサージ店を出るとそろそろ薄暗くなりかけてくる頃だった。
この繁華街も、夜になるとどんどん人通りが増えて賑やかになってくるだろう。
この時間はまだ人は多くなく、お土産の笛売りの音色とレストランの客引きの声だけが響いていた。

陽朔の思い出=
はちゃめちゃサイクリングと悶絶マッサージと、当初予想だにしなかった展開だったけど、
インチキツアーにハプニングはつきもの(?)だし結果オーライってことで!

そのままバスターミナルに移動し、桂林行きバスに乗った。15元。
一番前の席で運ちゃんが結構飛ばすのでイイ感じ。私は少しうとうとしたがFさんは爆睡だった。



春城眼鏡

Colorfully illuminated building in Guilin, China

桂林に到着したのは夜7時頃。久々の都会や〜!
ずっと家庭料理や食堂での中華料理ばかりだったからジャンクフード食べたい!ってわけでマクドへ行こうという事に。
最初の桂林で私が急遽メガネを作った時、あの店の近くにマクドがあったのでまたそこへ向かった。
おお、懐かしの(と言っても数日前)メガネ屋さん、『春城眼鏡』。
繁華街にあるのですごく人通りが多い。この時建国60周年とやらで広場でイベントやってたりしたから特に多かったのかも。
メガネ作った時はそれどころじゃなくて店の写真も撮ってなかったから記念に撮っておいた。
出来れば店に入ってお世話になった店の人達に挨拶して写真も撮りたかったけど時間が押してて諦めた。

マクドで急いで食べて、すぐに通りでタクシー拾って空港へ。
結局桂林では銀行・メガネ屋・ファストフード店・バスターミナルに行ったのみだった。




桂林空港

Guilin Airport at a foggy night

タクシーの運転手が「道が混んでるから違う道を行く」と言って暗い山道みたいな道を走り、
値段もどんどん上がっておいおい大丈夫かよ本当に空港に行ってるのか?と不安になった頃空港に着いた。

疲れでぐったりしているFさんには申し訳ないが、彼女には1つお願いをしていた。
この年の7月にウイグル自治区のウルムチで起きた暴動事件の後、ウルムチは完全に陸の孤島になっていた。
国際電話は繋がらずインターネットも自治区内で遮断されていたため、日本からウルムチの情報を得るのは不可能になっていた。
私にとってウルムチと言えば、そう、ウイグル民族楽器演奏家のアブ氏。(詳しくはウイグル2007-08編2009編へ)
そのアブ氏が現在無事なのか元気にしてるのか等、日本からは全く知る術がない状態だった。
そこで、中国国内からだと電話は通じるからFさんに中国語で無事を確認してもらう事を出発前からお願いしていた。
Fさん自身も今年の5月の旅行でアブ氏に会ってたのもあり快諾していただいていたのだ。
しかし毎日慌ただしい旅の中で、Fさんはその事をすっかり忘れていたようだ…。
私は当然覚えていたけど同じく毎日夜になると疲れてたりして「最後の日でえっか」と思っていた。

そんなわけでタクシーの中で電話する件を思い出してもらい、空港でかけようということになった。
しかし空港の公衆電話は全てテレカ式で、しかも常に大きな音でアナウンスが響いていてとてもかけられる環境じゃなく、
広州のホテルに着いてからかけようと言ってくれた。




夜のフライト

Night flight

桂林の夜景を眺め、広西チワン族自治区とはこれでお別れ。
メガネぶっ壊れから始まって絶景棚田ハイキング、蛾地獄、Fさんの再会成功、
程陽ののどかな村、陽朔迷走サイクリング、
そして最後のちょっと寂しい古鎮巡り…。こうやって考えたら短期間で結構盛りだくさんだったなぁ。


広州の空港に着いたのが深夜の12時。空港のホテル紹介コーナーへ行くと初日と同じ宿になった。
迎えのバスがきてホテルにチェックインし、部屋に入るともう1時前!すぐにアブ氏に電話をかけた。
ウイグル時間は2時間遅れだからアブ氏的には23時前なんだけど、もし寝てたら…と冷や冷や。
ただでさえあまり喋るタイプじゃないのに、寝起きで不機嫌だったりしたらどないしよ〜。
焦ってて心の準備が整ってないのにいきなりあっさり電話が繋がった!
Fさんが喋った後、私が電話を代わった。
「大丈夫ですか?」と「安心しました」の、Fさんから教わった中国語のフレーズだけしか話せなかったけど。
アブ氏の応対はボソッと「ああ、ああ」というだけで、予想通り過ぎやろって感じだった。
寝起きでも普通でも基本的にあんな感じだからな…。
でもとにかく無事を確認出来て本当に良かった。Fさんに大感謝!
5月の旅行の後EMSで送っていた写真も本人の手元に届いているとの事だった。


9月27日、帰国の朝。7時半にホテルを出て空港へ出発した。4時間しか寝られなかった。
すぐチェックイン出来て、私の関空行きにはまだ時間あるけどFさんの時間に合わせて一緒に出国した。
成田行きJAL便のゲートまで行って搭乗時間が近づいてくると、この1週間の感慨が沸き上がってきて涙が出そうになった。
最後はハードな一週間の疲れが出てしまって会話が少なくなってきたりもしたけれど、
高熱出したり酷い下痢したりが恒例な私の旅でそれらが全然なかったのは、常にFさんと栄養のあるちゃんとした
食事をしたり出来たお陰だったに違いない。通訳もしてもらって楽々だったし。
たいてい気ままな一人旅な私だが、たまには連れがいる旅もええもんやなぁとしみじみ感じた。

5月のウイグル旅行始まってすぐカシュガルで出会って意気投合したご縁で実現した今回の広西旅行、
自分では選ぶことはなかったと思われる今回の旅先に来られたのもそんなご縁のおかげ。
我が『因智喜旅遊』の因という字は『縁・つながり』という意味を込めて充てた字だ。
こんなエエ加減でマヌケな私の旅パートナーになってくれて、ありがとうFさん。

Fさんの搭乗時間がやってきた。乗客が次々に飛行機へ乗り込んでいく。
9月20日の夜に空港で出迎えた時と同様にハグハグしてお別れし後ろ姿を見送った後、
まだ治らない筋肉痛の足で関空行きの搭乗ゲートへと向かった。


< END >

チワン族自治区旅行編



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