いよいよ青蔵鉄道乗車    いざ出発

そうこうするうちに出発の時間になった。自分のベッドに戻ってしばらくすると静かに列車は走り出した。
私のベッドは『軟臥』(ソフトスリーパー)といって、いわゆる一等寝台。
他には『硬臥』(ハードスリーパー、二等寝台)と『硬座』(リクライニング無しの座席)がある。
軟臥は2段ベッドが2つの4人で一つのドア付きのコンパートメントになっている。
硬臥は3段ベッドが2つの6人で一区切り、確かドアとかは無かったような気がする。
9年前の北京-トルファンの2泊3日列車では硬臥だった私も、年と共に楽な方へ…。

さて、そんな私のコンパートメントはどんなメンバーなのだろう。緊張しつつ様子を伺った。
どうやら私以外の3人は家族のようだ。夫婦と娘(20才台かな)。
当然向こうも私の事を気になっているようす。でもまだ特に挨拶とかもしていない。
9年前の時には思いもしなかった不安も正直あった。反日主義の人だったらヤダなぁ、という事。
2,3年前の反日デモが大きなニュースになって以来、どうしてもそれが気掛かりになってしまった。
仕事で広州へ行った時、私が出していたパスポートを見てものすごい恐い顔で睨まれた経験もあったから。

ドキドキしていたら客車係の乗務員が切符のチェックにやってきた。
チベット鉄道では最高で高度5000mくらいの所を走るので、体調チェックのような紙に記入しなければならない。
私は宿で英語版の紙をもらって書いていたからそれを切符とパスポートと共に差し出した。
緊張の一瞬。
中国人は国内用の身分証明書を出していたので当然パスポートを出しただけで外国人だと分かる。
見た目は日本人か韓国人か区別付かないだろうけど、パスポートの「日本国」が見えるとどういう反応だろう?
3人家族はパスポートを黙ってじっと見つめていた。
今の所はどういう風に思ったかは分からないが、特に睨まれるとかそういう反応ではなく
ただ「お!ガイジンか、日本人か」といった感じかと思われた。
これから約48時間、2泊3日、どんな車内生活になるのだろう。期待と不安でいっぱいだった。

少し落ち着いてから車窓の景色を見ると、もうすっかり田園風景の中だった。
飛行機で成都に到着する時に見えたような菜の花畑がずっと続いていた。
列車の出発が夕刻だったので、割とすぐに外は暗くなってしまった。
中国人家族は早く就寝してしまい、1日目は彼らと特にコミュニケーション取れないまま終わっていった。