ラパス     カテドラル

ムリリョ広場からひんやりとしたカテドラルへ入った。
ほとんど人がいなくてとても静か。
奥の方にあった祭壇の横でひとりの男がうなだれて座っていた。
じっと下を向いて動かない。私が写真を撮るシャッターの音が響いても顔も上げない。
何か物思いにでもふけっているのだろうか…。
あと数時間でボリビアを発ち、残すはリマだけとなった私の旅。短い中にも中身の濃い日々。
振り返る余裕などなかったけど2日前に旅連れと離れ1人になり、今ここで今日までのこと、
そしてこれまでの数々の旅のことが頭を巡り、何故かこの男に自分の姿を重ねていた。

旅とはなにか。なぜ旅をするのか。
宗教心など特に持っていない私だが、初めて50日ほどかけて一人旅をした時から
旅は巡礼なのではないかと思っていた。肩にずしっと重いリュックを背負ってトボトボと
見知らぬ土地を道に迷いながら歩いているとそんなふうに考えることがあった。
普段日本で暮らしている時には出てこないような喜怒哀楽がむき出しになって、
光・風・色・道すべてに感覚が敏感になり、自分の未熟さもまた情けないほど思い知らされる…。
旅をしながら日々そんなこと意識しているわけではないけど、結局旅とは内面との対話なのではないだろうか。

旅の終わりが近付き、しかも南米という日本からはるか遠くにいるせいで感傷的になっている。
ほんの数分の間にいろんな事を考えていた。
男が立ち上がってゆっくりと聖堂から出て行った。
男は何か想いがあってここにいたのか、ただ静かで涼しいから休憩をしていただけなのかは判らない。
男が去ったこの場所は、もはや私にとってだだっぴろい空虚でしかなくなっていた。
そして私もまた、ふたたび明るく賑やかな広場へと出ていった。